第12話。閲兵後のチャージ?
水系魔法。
低位…ウォーター(水)
中位…カスケード(落滝)
高位…アクアフォール(瀑布)
超位…アクアボーア(海嘯)
神位…ディバイン・ウォーター(大洪水)
……などなど。
閲兵式の後、【ドラゴニーア】軍によるデモンストレーションが行われました。
物凄く荒っぽくて物騒でしたが、あくまでもデモンストレーションです。
そのデモンストレーションとやらは、一応事故なく無事に終わりました。
多少張り切り過ぎて大怪我をした兵士達もいたようですが、自他ともに世界最強と認める【ドラゴニーア】軍にあって、あのくらいは事故などとは呼ばないようです。
軍の幹部達は、あくまでも……事故じゃない……と言い張ります。
「あの兵士さんは腕が捥げちゃっていますけれど?」
「はい。しかし事故ではありません。日常茶飯事ですので」
あ、そう。
私は【ドラゴニーア】の兵士だけには、なりたくありません。
さすがに四肢欠損となると軍医や軍所属の【僧侶】達では手に負えなかったらしく、アルフォンシーナさん直属の【高位女神官】達が出動して行きました。
【ドラゴニーア】軍が最強の武名を欲しいままにしている理由の一つに、この優秀な【女神官】達を擁する【神竜神殿】の存在があります。
単純に戦死者を減らすという事はもちろん、【女神官】の強力な治癒魔法のおかげで、兵士達は毎日怪我を恐れず死ぬ寸前まで苛烈極まる訓練を行っていました。
強くならない方が不思議です。
こんな重傷者続出のデモンストレーション。
一体何があったのかというと、大演習場で行われた騎兵による模擬戦のようなものでした。
第一軍騎兵、対、第二軍騎兵、対、艦隊陸戦軍騎兵による総当たりの重騎兵戦です。
これは……チャージ……という名称の歴としたスポーツだそうで、【ドラゴニーア】や周辺地域では、武道大会やドラゴン・レースなどと並んで最も人気があり、各都市にはプロ・チームもあるのだとか。
【ドラゴニーア】軍のチャージ・チームは最多優勝回数を誇る名門で子供達の憧れなのだそうです。
彼らは武器こそ持っていませんでしたが、全速力で騎馬を駆り本気で騎兵全軍突撃をして、双方真正面からぶつかり合っていました。
鬨の声を上げて突っ込んで行く双方の騎兵。
ガシャーーンッ!グワシャッ!バキバキバキ……。
激突の瞬間、大演習場には金属と骨がひしゃげて折れる大音響が響きました。
うわ〜、あれはヤバい。
衝撃で空中に投げ出され、紙吹雪のように舞い散る兵士達。
死人が出なかったのが不思議なくらいです。
とにかく、すぐに【治癒】を掛けてあげて下さい。
あの人なんて両手両足が、あり得ない方向に曲がってしまっていますよ。
はあ、心臓に悪い。
しかし、これは訓練でも普通に行われている事なのだとか……。
【ドラゴニーア】軍の士気……高過ぎます。
単なる交通事故に思えますが、これでも高度な戦術があり、その研究が進んでいるのだとか。
突撃陣形は……中央を厚くして突撃するか、両翼か、右翼か、左翼を厚くするのか……。
密度はどうするのか、あるいは隊を分けるのか……。
解説をしてくれたアルフォンシーナさんによると、単純なぶつかり合いに見えて、その実勝敗を分けるのは戦術なのだとか。
「第一軍は左翼を厚くして中央を散開させました。あれはオフセットのスティール・アックスというフォーメーションです。何か罠を仕掛けている可能性が高いです。艦隊陸戦軍の方は中央を厚くしています。スピアという最もオーソドックスなフォーメーションです。さて、どうなりますか?第一軍は左翼からクロスに突っ込みます。やはりトリックを使って来ましたね。艦隊陸戦軍が反時計回りに回頭します。速い!完全に読み切っていましたね。艦隊陸戦軍は右翼から斜行しました。あれはファイア・ブレードというフォーメーションです。決まりです。艦隊陸戦軍の完勝ですね」
実況解説のアルフォンシーナさんは言いました。
私には何の事やらサッパリわかりません。
とにかく、わずかな時間に心理戦や駆け引きが行われて目まぐるしい攻防が繰り広げられていたのだとか。
実際に激突する前には勝敗は決まっていた……とアルフォンシーナさんは力説します。
正直良くわかりません。
戦術云々もそうですが、こんな危険なスポーツを愛好する【ドラゴニーア】の人達の神経が私には全く理解出来ませんでした。
「チャージは極めて知的なスポーツです」
アルフォンシーナさんが言います。
私には、そうは思えないのですが……。
これが文化の違いというものなのでしょう。
いや、これはアレですね。
大相撲を見た海外の人から……太った裸の男たちが尻を丸出しにして抱き合う気持ち悪いスポーツだ……などと半笑いで言われて日本人が何となく、カチンッ!と来る、あの感じですね、きっと。
私は特に相撲好きでもないのですが、相撲をバカにしたアメリカ人の知り合いに……アメリカ人のトップ・アメフト選手が関取に全力のタックルを仕掛けて、まるで子供扱いで吹き飛ばされる……というネット動画を見せてやり溜飲を下げた記憶を思い出しました。
自国の伝統文化を異国人から揶揄されたら、誰でもムカつきますよね。
私は、そう思い直してチャージを理解しようと努めました。
ルールは単純明快。
騎兵で突撃して騎獣ごと敵軍に体当たりする。
必ずフィールドの中央にあるエリアを通過しなければならない。
騎兵が落馬したり騎獣が走れなくなったり、チームの統率が乱れたら戦死扱いとなる。
スタートの合図が掛かる前に隊列や陣形を動かすのは自由。
スタートの合図が掛かったら30秒以内に中央のエリアを通過して敵陣地まで駆け抜けた騎兵の数がポイントとなる。
指揮官の役割をする騎兵は3ポイント。
総ポイントの多い方が勝ち。
ただし、指揮官騎兵は最低1人以上生存していなければならない。
凄まじい競技ですね。
チャージのプロ選手はビックリするくらいの年俸をもらうトップ・アスリートで、多くの戦術が考案され無数のフォーメーションが開発されているらしいです。
何だかアメリカン・フットボールを連想しました。
勝敗の行方は2連勝を上げた艦隊陸戦軍騎兵の勝利。
艦隊は遠征帰りで疲労や消耗があったのに良く戦いました。
それは違う?
何が?
遠征に出て実戦投入されている軍は、むしろ消耗が少ない?
何故?
【ドラゴニーア】に留まっている待機軍は、毎日死ぬような訓練に明け暮れていてボロボロになるから実戦の方が楽な任務なのですか?
【ドラゴニーア】の兵士は一刻も早く戦場に出たがる?
普通は逆じゃないのですか?
【ドラゴニーア】軍……恐るべしです。
私は三軍の代表者に褒賞を授けました。
戦い終われば勝敗の結果に関わらずノー・サイド。
全員を労うのが【ドラゴニーア】軍の伝統なのだとか。
うん、そういう感じは嫌いではありません。
・・・
私は【ドラゴニーア】艦隊旗艦【グレート・ディバイン・ドラゴン】の艦内で四大権者と昼食を食べています。
料理の質は【竜城】のモノと遜色ありません。
ここが戦闘艦の中で、提供される料理は戦場糧食だという事を考慮すれば、これは驚くべき事でした。
【グレート・ディバイン・ドラゴン】では各国の要人を乗せて接遇する機会も多いので厨房設備が整い調理係の軍人も腕利きを揃えているそうです。
世界最大・最強の飛空戦闘艦に乗せて軍の糧食とは思えない最高の食事でもてなすと、外国の要人は、こう考えます……この国を敵に回してはいけない……と。
なるほど、豪華な食事が外交上の示威行動ともなる訳ですね……。
しかし、私には示威とはなりませんよ。
いざとなれば、私は【ドラゴニーア】の全軍と戦って一瞬で勝つ自信もあります。
【神竜】が敵に回る事を考えると簡単な戦争ではありませんが、本当にガチンコでやり合ったら私が負ける可能性は皆無ですよ。
私を無力化出来る可能性の問題として唯一危惧していた封印系の【大儀式魔法】ですが、実験の結果……当たり判定なし・ダメージ不透過……の私には無効である事が判明しましたからね。
私に暴力を背景とした威嚇の類は無意味です。
さて、この食事は美味しいですし贅沢だとは思いますが……。
如何せん、私には格式ある食事のマナーというものが何とも落ち着きません。
私はフラリと立ち寄った街角の料理店で、誰にも気兼ねせず好きな物を好きなように食べたいのです。
某輸入雑貨のセールスマンみたいに……。
先程エズメラルダさんに連行されて行ったソフィアは、今頃別室で、このご馳走と同じ物をお行儀悪く貪り食べているのだと思うと、多少羨ましいような気持ちさえしてきます。
「【調停者】様にお伺いしたいのですが、【ドラゴニーア】の施政について、どのような印象を持たれていますか?」
元老院議長のフェルディナンドさんが質問しました。
「そうです。忌憚のないご意見をお聞かせ願いたい」
執政官のジャンピエトロさんが言います。
私は現代知識の聞き嚙りを、もっともらしく喋りました。
いつものように、アルフォンシーナさんの秘書官さんさんが私の言葉を一言一句聴き漏らさないようにと耳をそば立てて、会話の内容を猛烈な勢いで速記しています。
正直言って私は、此方の世界の政治や経済についてアイデアを話し世界を変えてしまうなどという事は出来そうにありません。
そうしたいという使命感のようなモノも、別にありませんしね。
よく異世界物のラノベなどでは……現代知識を使って内政チート、あるいは産業革命……などというパターンがありますが、現実問題として、そんな事が本当に可能なのでしょうか?
あの物語の主人公達は凄いと思います。
【ドラゴニーア】が、かなり先進的な国家だという事もあるのだとは思いますが……。
私がゲームマスターとして、この世界の中を歩き回っていた頃の【ドラゴニーア】は魔法という地球には存在しない概念こそありましたが、文明水準は概ね地球で言えば中世の頃をイメージしてコンセプト・デザインされていました。
あの時代なら、もしかしたら私程度の者でも現代知識を活用して何か役に立てる事があったかもしれません。
しかし、あれから900年が経過しているのです。
900年の間に、こちらのNPC達は試行錯誤を繰り返して文明を紡ぎ出して来ました。
その歴史の重みは私の想像を超えています。
私が、こちらに異世界転移してしまってからの数日の間に見聞きした事柄でさえ、この世界の住人達の知恵や工夫に驚かされた事は少なくありません。
この世界は現代日本人達が創造したゲームの設定から始まって、それを雛型に研鑽・錬磨して独自に発展した世界です。
彼ら独自の営みの中で私が驚かされ、また感心した事の1つにユーザーや運営がゲームにログインしなくなって以後の世界の危機からの復興がありました。
こちらの人達は900年前にゲームをプレイしていたユーザーの事を英雄と呼びますが、その英雄の数百万人単位の一斉消失に起因する諸問題を1つ1つ解決して行った、この世界の住人達のアイデアの数々は私を感嘆させるものばかりです。
例えばユーザーの放置資産の問題。
900年前ユーザー達は、この世界の住人……即ちNPC達より格段に富裕でした。
NPCと比較して圧倒的な戦闘力や生産技術を持ち、隔絶した文明の知識を持ち、また不老不死のユーザーが富を築く事は簡単です。
そのユーザー達が築き蓄えた巨万の富が、彼らの突然の消失で宙に浮いた塩漬け資産となってしまいました。
ユーザーとともに消失してしまった価値のある装備品やアイテムの類は、いっそ無視出来ます。
もう存在しないのですから……。
しかし、【銀行ギルド】などに預けられ放置されたままになったユーザーの莫大な資金や、ユーザー達が所有していた動産・不動産。
これが問題でした。
当時の世界通貨総量の五割以上とも言われているユーザー資産の扱いをどうするか?
放置などは出来ません。
富……つまり、お金とは血液と同じ。
市井に淀みなく回してこそ経済も回るのです。
私が、まず思い浮かんだ対応策は、例えば利用された履歴や実績がないまま一定期間……仮に50年過ぎたら、その口座は自動解約され、動産・不動産は国庫に没収するという考えです。
他には国家がユーザー資産を徴収してしまい、もしもユーザーが戻って来たら返済するという考え。
実際に、この世界の住人が行なった事は……。
一旦、国家がユーザーの資産の保全を担保した上で、全てのユーザー資産を集めて、【銀行ギルド】や企業連合が資産運用を行う基金を設立。
その巨大資本で大規模な投資事業を行い、その事業の結果建設された施設や設備、または新しいビジネス・モデルなどを全て債権化して売却。
売却益で、また投資を行い運用益を上げるというモノ。
現在はユーザー資産基金は開発独裁や市場の独占に陥る事を防ぐ為、幾つもの投資基金に分社・民営化され運用されているそうです。
こうして900年が経ち、今ではユーザー資産の保全を完璧に担保しながら初期投資は全て回収済み。
もしも、今ユーザーが世界に帰還したとしても、経済には全く影響は出ないレベルに問題を収束させてしまったのです。
これは地球で云うところの金融工学の知識とかなんじゃないでしょうか?
とにかく、この世界の住人達は、私が現代地球の知識で簡単にチートを行える程、バカではないのです。
お読み頂き、ありがとうございます。
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