第1198話。面倒臭い巨人の姫。
【ドラキュラ城】正面ファサード前広場。
私とグレモリー・グリモワールとドラキュラは、【ドラキュラ城】の外に戻って来ました。
「ディーテ。大丈夫?」
グレモリー・グリモワールは訊ねます。
「【巨人】達は【機関砲塔】の射程直前で止まったわ。手を振って何か合図をしているようだけれど、どうやら敵意はないみたいね」
ディーテ・エクセルシオールが状況報告をしました。
張り詰めていた空気が弛緩します。
「あ、そう。私は【シエーロ】の【巨人】に知り合いはいないから、連中はノヒトに用があるんじゃないの?」
グレモリー・グリモワールは訊ねました。
「私も思い当たる事はありませんけれどね。もしかしたら、【ギガンティア】の住人(【巨人】族)達には、ミネルヴァから私が今日【ドラキュラ城】に来るというスケジュールが伝えられているかもしれませんが……」
チーフ……【ギガンティア】に居るユルドルム・ゴライアス皇帝には、一応チーフのスケジュールを伝えてありますが、特段会見のアポイントなどは取っていません。
ミネルヴァが【念話】で報告します。
「ミネルヴァも知らないそうです」
「あ、そう。取り敢えず、話を聞いてみたら?」
「そうですね。では、行って来ます」
私は【短距離転移】で【巨人】族の居る場所に飛びました。
・・・
私は、【巨人】族の直近に瞬間移動します。
「ノヒト・ナカです。何か用ですか?」
「わっ!」
私が話し掛けた男性の【巨人】が驚いて飛び退きました。
「お〜っ!御使様だ〜っ!」
別の女性の【巨人】が言います。
【巨人】達は3人居ました。
1人の男性【巨人】は【ティターン】で、もう1人の男性【巨人】は【トロール】です。
さて、最後の女性【巨人】は?
私は、はたと悩みます。
【巨人】族には、大別して5つの種族がいました。
つまりは、【ギガース】、【ヨトゥーン】、【ティターン】、【サイクロプス】、【トロール】です。
厳密には更に細分化した種族分けも可能ですが、それは例えば犬種で、ゴールデン・レトリバーとラブラドール・レトリバーを区別するようなモノで大差はありません。
【巨人】は、5大種族が大まかな分類と考えて良いでしょう。
ノース大陸の【隠しマップ】である【アースガルズ】には【アース】族や【ヴァン】族、イースト大陸の【隠しマップ】である【ゴンドワナ】には【ダイダラボッチ】というローカルな【巨人】達もいますが、彼らは【巨人】5大種族と交配出来ない別種の【巨人】でした。
しかし、この女性【巨人】の種族は、見た目だけでは判然としません。
【鑑定】すると、なるほど【ギガース】族と【ティターン】族の混血ですね。
「我らが主神【創造主】様の御使たるノヒト様。私は、【巨人】の国【ゴライアス帝国】の皇帝ユルドルム・ゴライアスの末娘バーガンディア・ゴライアスでございます。この度は【ゴライアス帝国】まで御運び下さいましてありがとうございます。この2人は私の共回りで、ゼノールとアロゴです」
バーガンディアは名乗り、他の2人を紹介しました。
「それはどうも。で、用件は?」
「あ、はい。神話に伝わる御使様が、今呪われた……魔城……に御出ましになっていると聞き、その御勇姿を一目拝見致したいと思いまして、急ぎ馳せ参じた次第でございます」
「はあ、それだけですか?ならば、目的は果たしましたね。私は忙しいので、さようなら……」
「お、お待ちをーーっ!」
「まだ何か?」
「誠に不躾ながら、私を御使様の御家来衆の末席にお加え頂けないでしょうか?自慢ではありませんが、私は【ゴライアス帝国】でも1、2を争う怪力の持ち主であると自負しております」
どうやら、私への売り込みのようです。
そして、バーガンディアは面倒臭さそうな感じでした。
「売り込みは一律で断っています。部下は自分で選びます。ミネルヴァからも、そのように通達していますよね?」
「しかしながら、私は如何しても御使ノヒト・ナカ様の家来になりたいのです。家来が無理だというなら、下僕でも何でも結構でございます」
ミネルヴァ……この、バーガンディアという【巨人】は、【世界の理】違反を犯していますか?
私は【念話】で確認します。
もしも、バーガンディアが【知の回廊の人工知能】とルシフェルが主導した虐殺などに関与しているとするなら、私が裁定した刑罰に服している筈でした。
もしも、【世界の理】違反に伴う受刑者なら、私の部下になりたいなどという要請は……身の程を弁えろ……と一喝すれば終わりです。
バーガンディアとゼノールとアロゴは、若い世代で【世界の理】違反には直接関与はしていません……バーガンディアの父ユルドルムは【世界の理】違反で刑罰を受けています。
ミネルヴァは【念話】で報告しました。
あ、そう。
一応バーガンディア達は無辜の民という訳ですね。
ならば、一般論として職業選択の自由が認められている訳です。
ただし、雇い主の私が、彼女を雇うか如何かは別問題ですが……。
「ならば、バーガンディア。あなたは、ガブリエルに勝てますか?」
私は質問しました。
「元【熾天使】でルシフェル様、ミカエル様に次ぐ、あのガブリエル様ですか?」
バーガンディアは訊ね返します。
「そうです」
「それは、武道大会ルールで1対1の立ち合いという事でしょうか?」
「そのレギュレーションで構いませんよ」
「ハンデとかは?」
「ありません」
「ははは……。ノヒト様、無敵の生物兵器と呼ばれる【熾天使】に真正面から挑んで勝てる【巨人】など居る筈がありませんよ」
ガブリエルは【改造知的生命体】ですので、生物兵器という評価は、ある意味では正確でした。
しかし、無敵というのは過大評価です。
ガブリエルは、少なくとも既に私とリントには負けていますので。
「ガブリエルは、私の部下のトリニティの部下です。私の部下になるなら、少なくともガブリエルと同等以上でなければ話になりません」
「いや、しかし、ゲームマスター本部には、失礼ながらガブリエル様より戦闘力で些か劣る方々も何人かいらっしゃるという噂を耳にしました」
「彼女達は頭脳労働職の文官ですので、業務に戦闘力は要求されません」
「では、この際文官枠の採用でも構いません。どうか家来にして下さいませ」
「失礼ですが、あなたは文官向きではないように思いますが?」
「ふふふ……私は、こう見えて頭も切れるんですよ。皆は私を……【巨人】族の歴史始まって以来の才媛……などと呼んでいます」
「姫。誰が才媛なんて呼んでいるんですか?」
ゼノールが訊ねます。
「姫は、才媛というか、災難だよな〜」
アロゴが言いました。
「違いない。わははは……」
「がははは……」
ゼノールとアロゴは大笑いします。
ボカ、ボカッ!
「お前らは黙ってろっ!」
バーガンディアが、ゼノールとアロゴを殴り付けました。
「痛え〜っ!」
ゼノールは頭を押さえます。
「酷えっ!殴る事はないじゃないですかっ!」
アロゴは抗議しました。
何だ、この茶番は?
私は忙しいのですが?
「バーガンディア。ならば、ゲームマスター本部の文官なら一瞬で答えられる3つの問題に答えて下さい」
「わかりました。楽勝です」
バーガンディアは自信満々で頷きます。
「第1問……5羽の鶏が5日で必ず5個の卵を産みます。では、10羽の鶏が10個の卵を産むのに何日掛かりますか?」
「そんなの簡単。10日です」
「第2問……部屋の中に【スライム】が1匹います。【スライム】は毎日2倍に増殖します。【スライム】が部屋の中を埋め尽くすのに10日掛かりました。では、【スライム】が部屋の半分まで増殖するのは何日目ですか?」
「それも簡単。5日目です」
「第3問……弓と矢を合わせて1銀貨6銅貨で買えます。弓は矢より1銀貨高いとします。矢の値段は幾らですか?」
「うわ〜、簡単過ぎる〜。6銅貨です」
「全問不正解です」
「えっ?何で?答えを教えて下さい」
「第1問の答えは、5日です。5羽の鶏が5日で必ず5個の卵を産むとするなら、1羽の鶏は5日で必ず1個の卵を産みます。つまり、10羽の鶏が10個の卵を産むのも必ず5日です。第2問の答えは、9日目です。【スライム】は毎日2倍に増殖するのですから、10日で部屋を埋め尽くしたなら、前日9日目の【スライム】は10日目の2分の1なので、部屋の半分。つまり【スライム】が部屋の半分に達するのは9日目です。第3問の答えは、3銅貨です。弓と矢が合計1銀貨6銅貨で、弓は矢より1銀貨高い。もしも、矢が6銅貨だとするならば、弓は矢より1銀貨高いので、弓の値段は1銀貨6銅貨となり、弓と矢を合計すると1銀貨12銅貨になってしまいます」
「な……そんな、引っ掛け問題は卑怯ですよ〜」
「ゲームマスター本部の文官は、こんな問題には絶対に引っ掛かりませんよ。つまり、バーガンディアは私の部下には不適格です」
「う、うう、うわーーん。うわーーん……」
バーガンディアは泣き出しました。
あ〜、これは、いよいよ面倒臭いですね〜。
・・・
私は、取り敢えず、ミネルヴァから【ギガンティア】に居るユルドルム・ゴライアスに連絡をさせ、バーガンディアを引き取りに来てもらう事にしました。
ユルドルム・ゴライアスは、ミネルヴァに対して……不肖の馬鹿娘が、とんだ粗相を致しまして誠に申し訳ありません……と平謝りしていたそうです。
ユルドルム・ゴライアスが自らバーガンディア達を迎えに来るというので、私はバーガンディア達を連れて【ドラキュラ城】に移動しました。
グレモリー・グリモワールに頼んで、一時的に【ドラキュラ城】の自動迎撃ギミックを停止してもらったので、バーガンディア達が【機関砲塔】と【歩哨機関銃】の餌食になる事はありません。
バーガンディアは……御使様の家来になりたい……などとブツクサ言いながら、まだグズグズと泣いています。
私は、フェミニストを自認していますので、絶対に女性の涙などには篭絡されませんよ。
真のフェミニズムとは、男女の性差によって決して対応を変えず、常に公平に処遇する事なのですから。
もちろん、私も女性には出来る限り穏やかに紳士的に接しますが、それは身も蓋もなく言うなら単純に女性にモテたいからです。
もしも、私が女性だったなら、逆に男性に良い顔をするでしょうね。
それが遺伝子にプログラムされた種の保存を目的とした本能ですので。
種の保存本能を否定するなら、人間という種は滅びます。
あ、いや、私がモテたいという話は、全く関係ありません。
私は、今のバーガンディアのように物事が自分の思い通りにならない時に泣く大人を好みません。
殆どの場合で泣いても状況が好転する事はないからです。
泣く事の効能として、悲しさが紛れたり、ストレスが緩和するという学説もあるようですが、少なくとも大人が……自分の思い通りにならないから……と泣くのは時間の無駄だと思いますけれどね。
もちろん、大切な人に不幸があった時など致し方ない理由があるなら、泣いても構いません。
それを泣くなというのは、人でなしですよ。
私だって家族に不幸があれば、きっと泣きます。
また、子供が泣くのは当たり前。
むしろ、我慢強くて滅多に泣かない子供は心配になります。
私は、職場で同僚や部下が、致し方ない理由以外の下らない理由で泣く場合には表面上は慰めますが、泣いて仕事の効率が下がるようなら次から重要なタスクは任せません。
それが……コードを書いてナンボ……のプログラマー業界の不文律です。
上司に泣かれたら放置ですよ。
上司の面倒を見る余裕なんかありません。
まあ、納期が迫って殆ど眠らずにデス・マーチを歩いている時には、正直私も泣きたくなりますけれどね。
いや、実際何度か泣いた事もあります。
終わらねーーっ!と泣き叫びました。
しかし、私は泣きながらコードを書き続けたのです。
泣き言を上司に言いに行くなんて時間の無駄無駄無駄。
私は、泣きながらでもタスクを熟して納期にキッチリ間に合わせてから、上司に向かってデッカい声でインセンティブを要求したのです。
すると、上司のケイン・フジサカは、翌月私を管理職に昇進させ、私の要求した言い値で年棒を上げてくれました。
おかげ様で、私は社内で3指に入る高給取りです。
いや〜、試しに吹っ掛けてみるもんですね〜。
余りにも私の年棒が高い所為で、営業部とかからの嫉妬が凄かったり、フジサカさんから、やりたくもないチーフ・ゲームマスターの仕事を追加で任されたりと、必ずしも良い事ばかりではありませんでしたけれどね。
それがプロの世界です……たぶん。
まあ、私は……プロが如何の……と講釈を垂れる程、業界での経験がある訳ではありませんが……。
なので、私はバーガンディアが泣く様子に1mmも共感出来ません。
逆に、私が……バーガンディアが泣いているから仕方ない……と、彼女の要求を飲んでしまったら、今後私と交渉をしようとする者達は全員泣き落とし戦術を選択するでしょう。
私は、そんなクッソ面倒で、おかしな状況を自ら作り出したくはありません。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。