第1195話。キャビテーション(真空崩壊)。
【マルベリー・フォレスト】の【ドラキュラ城】。
私は、【知の回廊の人工知能】とルシフェル達によって破却・接収されてしまった【ドラキュラ城】の後付け構造物を修理し終え、手持ち無沙汰になりました。
なので、ディーテ・エクセルシオールが、グレモリー・グリモワールの2人の養子フェリシアとレイニールに魔法を教えている様子を眺めています。
フェリシアとレイニールは、ゲーム時代の感覚ならば、特に魔法に長じた名持ちNPC並の魔法の才能がありました。
端的に言って、NPC【魔法使い】として2人は天才と呼んで差し支えありません。
それどころか、フェリシアとレイニールの潜在能力はユーザーにすら比肩します。
グレモリー・グリモワール陣営には彼女自身はもちろん、ゲーム時代に名持ちとしてNPC【魔法使い】の頂点の1人に位置していたディーテ・エクセルシオールもいて、フェリシアとレイニールの魔法の教師には事欠きません。
グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールに英才教育を受けているフェリシアとレイニールの将来が楽しみです。
因みに、うちのカルネディアも、超天才ですよ。
既にカルネディアは、【魔法使い】として基礎のレベルは超えていて、魔法の運用段階に入っていました。
私とトリニティ、それからミネルヴァ、カリュプソ、ウィロー……などなど私の陣営の強力な【魔法使い】達が寄って集ってカルネディアに指導すれば、彼女が一体何処まで成長するか少し戦慄を覚えるくらいです。
まあ、カルネディアは、ミネルヴァやトリニティが……未来のゲームマスター代理にしよう……と考える程に期待を掛けているので、才能があって当たり前なのですけれどね。
「フェリシアちゃん。もう一度やってみましょう。魔力収束は力任せにするのではなく、肩の力を抜いてリラックスして、魔力の純度を高める事を意識してみて……」
ディーテ・エクセルシオールが言いました。
「はい。ふぅ〜……」
フェリシアは深呼吸して肩を解し、集中力を高めます。
「悪くないわよ。そう、その調子……」
「……【大気圧殺】」
フェリシアは詠唱しました。
「【結界】」
ディーテ・エクセルシオールが素早く【結界】を展開して、フェリシアの魔法効果が周囲に影響を及ぼさないようにします。
バンッ!
「あ!出来た」
「大変宜しい」
フェリシアが発動した【大気圧殺】は、まだ少し圧縮熱にエネルギーが逃げてしまっていましたが、仕様上間違いなく【大気圧殺】と魔法名が表示されていました。
「お姉ちゃん。凄〜い」
レイニールがパチパチと手を叩きます。
確かに凄いですね。
フェリシアは現在レベル30そこそこ。
彼女は【聖格】持ちなので、各種ステータスが2倍に換算され、【才能】で【気象魔法】を持つとしても、【超位超絶級】の魔法を行使可能なのは驚愕を禁じ得ません。
これも、グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールの影響なのでしょう。
フェリシアとレイニールは、設定上グレモリー・グリモワールの首席使徒という極めてレアな扱いになっていました。
信仰対象と首席使徒は、【パス】が構築され思念や思考や感覚の一部を共有します。
その為、フェリシアとレイニールは、世界史上最高レベルの【魔法使い】であるグレモリー・グリモワールの魔力制御や、【魔法公式】の構築法や、演算処理を、【パス】を通じてダイレクトに感じ身体で覚える事が可能でした。
また、フェリシアとレイニールの身近にはディーテ・エクセルシオールもいます。
ディーテ・エクセルシオールは、この世界における【気象魔法】の第一人者でした。
【気象魔法】の教師として、ディーテ・エクセルシオール以上の適任者はいません。
もちろん……ゲームマスターである私を除けば……ですけれどね。
「ディーテお姉さん。少し、頭がクラクラします……」
フェリシアが不調を訴えました。
「魔力酔いね。【完全治癒】、【完全回復】。フェリシアちゃんは魔力量が少ないから、現状【大気圧殺】は出力を最小に絞っても2回が限界みたいね」
ディーテ・エクセルシオールは、フェリシアを治療します。
「楽になりました。ありがとうございます」
「今日はこれくらいにしましょう。魔力酔いは魔力枯渇による【器】へのダメージを伝えるサインだけれど、同時に成長を示す指標にもなる。【魔法使い】は魔力を使えば使っただけ、ほんの微量だけれど最大魔力量が増えるのよ。だから、今フェリシアちゃんは、以前より僅かに魔力量が増えた。だから、危険がないように十分に配慮すれば、魔力酔いを怖がる必要はないわ。ただし、グレモリーちゃんや私が側に付いていない時に、自分だけで魔力枯渇を引き起こす程の強力な魔法の練習をしてはダメよ。約束だからね?」
ディーテ・エクセルシオールは言い聞かせました。
「わかりました」
フェリシアは頷きます。
「僕も、お姉ちゃんと同じ魔法を使ってみたいな〜……こうかな?」
レイニールが何やら魔力収束を高めながら言いました。
「レイニールちゃんは、【気象魔法】の【才能】がないから……って、えっ!?【結界】」
ディーテ・エクセルシオールが慌てて【結界】を展開します。
「……えいっ!」
レイニールが何らかの魔法を発動しました。
バチンッ!
刹那、【大気圧殺】と同じような瞬間的大気希釈効果が発生します。
「わ〜い。出来た〜」
レイニールは喜びました。
「【大気圧殺】を発動した?それも無詠唱で?嘘でしょう?」
ディーテ・エクセルシオールが驚愕します。
「いいえ。今のは違いますね」
私は、言いました。
「あ、ノヒト様。今のは何ですか?」
「さっきのは【大気圧殺】ではなく、【真空崩壊】ですね」
キャビテーションとは、流体(気体あるいは液体)の圧力差によって瞬間的に空間に真空の泡が発生し、それが崩壊・消滅する際の一連の物理現象を指し、空洞現象とも呼ばれます。
船舶のスクリューは、通常回転数を上げれば推進力も上がりますが、回転が一定以上に至ると計算上の推進力が得られないという不可解な事象が発生しました。
これも、高速で回転するスクリューにキャビテーションで発生した真空の泡が纏わり付く事で起きる事がわかっています。
また、海のボクサーの異名を持つモンハナシャコが、狩を行う際に捕脚を高速で弾き出して獲物を攻撃する時、捕脚の周囲に発生する真空空洞も自然界で起きるキャビテーションとして有名でした。
肉食で獰猛なモンハナシャコは、主食とする貝類や甲殻類の非常に硬い外殻を破壊し、捕食あるいは撃退する目的で、捕脚による攻撃を行う代表的な打撃型動物です。
モンハナシャコの攻撃は、捕脚による高速パンチ自体の打撃力だけではなく、キャビテーションによって発生する衝撃力によっても対象に大きなダメージを与える事が知られていました。
モンハナシャコの捕脚パンチ自体の打撃力は最大1千数百Nに及びますが、キャビテーションの衝撃力も数百Nに達します。
モンハナシャコは、捕脚パンチで対象の硬い外殻を叩き割り、捕脚パンチによって副次的に生成された真空空洞の崩壊で周囲の海水を瞬時に沸騰させ発生するキャビテーションによって対象の内部組織にダメージを与え、一瞬にして敵を倒しました。
つまり、モンハナシャコは1度の攻撃で、瞬時に2回の破壊作用を繰り出しているのです。
キャビテーションで生じる真空の泡の作用は、バブル・パルスやバブル・ジェットなどとして兵器や工学分野に応用されていました。
魚雷や機雷や爆雷など水中で炸裂する兵器の破壊作用は、火薬の爆発による衝撃波より、バブル・パルスによる衝撃波の方が大きくなります。
また、キャビテーションにより生じるバブル・ジェットを、計算上理想的な効果で意図的に魚雷や、潜水艦の船体、船舶の水中部に纏わせる事で水の抵抗を減少させ高速で推進させる技術もありました。
「【真空崩壊】とは何でしょうか?」
ディーテ・エクセルシオールが質問します。
「【大気圧殺】は極限圧縮した大気が解放される際に発生する爆発的な大気希釈作用を打撃力として応用したモノです。一方【真空崩壊】は、大気中に任意の真空空洞を生じさせ、それが一瞬で希釈する際に発生する現象です。つまり、真空希釈。加圧する【大気圧殺】と、減圧する【真空崩壊】は正反対の反応です」
「真空希釈……なるほど、【鎌鼬】や【真空斬】と同様のギミックですね?」
「そうです」
「さっきレイニールちゃんが発動した【真空崩壊】は、消費された魔力が【大気圧殺】より大分少なかったのですが?もしも、【大気圧殺】より少ない魔力コストで、同様の威力値が期待出来るなら、【大気圧殺】より【真空崩壊】の方が優れた魔法なのではありませんか?」
「いいえ。先程レイニールが発動した【真空崩壊】は、出力を絞った【大気圧殺】と見た目上同等の威力値を計測しただけの話です。出力を上げた【大気圧殺】は相応に威力値も上げられますが、【真空崩壊】は出力を上げても、威力値は一定の所で頭打ちになります。従って、【真空崩壊】は【大気圧殺】を代替し得ません」
「ああ、そうか。【真空崩壊】の破壊効果は、真空が希釈されるエネルギーに依存するので、つまり【真空崩壊】の威力値の原資は、真空の外側にある1気圧の大気に過ぎない。一方で【大気圧殺】は任意空間の大気を圧縮すればする程、魔力コストさえ捻出可能ならば理論的には無制限に威力を高められるからですね?」
「ご明察です。しかし、フェリシアさんの【大気圧殺】を見て、魔法の構造解析を行い、大気圧の変化を独自に工夫して【真空崩壊】を発動させてしまったレイニール君は、本当に凄いですね。率直に言って驚きました」
「そうですね。以前からレイニールちゃんは、見様見真似で模倣して、劣化版ではありますが、度々グレモリーちゃんのオリジナル・マジックを再現してしまうのです。この子の才能には、私もグレモリーちゃんも舌を巻いています」
「レイニール君の好奇心の強さが魔法の探究という意味で、良い方向に作用しているのでしょうね?そして、彼はグレモリーと【パス】が繋がっているので、知識欲や向学心が誤った方向に傾斜して、魔法の深淵に魅了されて道を踏み外すような心配も少ないですからね。本当に2人の将来が嘱望されますよ」
「私は、フェリシアちゃんとレイニールちゃんのどちらかを永年空位になっている【ユグドラシル連邦】の元首……大老君……の地位に就かせて、もう1人に【賢聖】の称号を継がせたいと思っています。でも、グレモリーちゃんが、それを嫌がっていて……」
「まあ、グレモリーは権威や権力に執着しませんし、きっとフェリシアさんとレイニール君には、伸び伸びと成長して2人が望むような人生を選択させてあげたいと考えていのですよ。私も、その考えに賛成です。時が来れば子供は成長し、放っておいても自分の人生を決めます。私達のような大人は、その時に子供達がより多くの選択肢から人生を選べるように教育をしてあげれば良いと思います」
「ノヒト様は、カルネディア様の御教育に対しても、そのような御方針なのですか?」
「はい。少なくとも私はそうです。子供は大人が考える程、未熟でも稚拙でもありません。周囲の大人が必要な知識さえ教えてあげれば、子供は上手に自分の人生を選べます。まあ、トリニティの方は少々教育熱心で、色々とカルネディアの躾に煩いみたいですけれどね」
「なるほど。私自身の子育てを思い出してみても、概して母親と娘の関係というモノは、そういう傾向があるかもしれませんね。グレモリーちゃんは例外みたいですが……」
私とグレモリー・グリモワールは元は同一自我でした。
つまり、本来グレモリー・グリモワールの中の人の性別は男性だった訳です。
自我が分かれた現在のグレモリー・グリモワールは、キャラ設定に人格が寄っていますが、それでも全ての性質がキャラ設定に置き変わってしまった訳でありません。
男性(私)だった部分も残っているのでしょう。
まあ、そもそも男女の性差は、個人差よりも遥かに乖離の幅が小さいので、比較をする意味などないのかもしれません。
すると、【ドラキュラ城】の入口からグレモリー・グリモワール達が出て来ました。
グレモリー・グリモワールは、3人の【ゴルゴーン】と1体の【神の遺物】の【自動人形】を連れています。
3人の【ゴルゴーン】は【ゴルゴーン】3姉妹ですが、あの【神の遺物】の【自動人形】は、まさか……。
「お待たせ〜。いや〜、やっぱ900年もメンテナンスされてなかったから、【罠】解除が大変だったよ……」
グレモリー・グリモワールが苦笑いしながら言います。
「防衛ギミックの解除は完了ですか?」
「うん、問題ない。【生体・ガーゴイル】に【敵性個体】判定されちゃって襲われたけどね。やっぱ、ナイアーさんが造った防衛【ドロイド】はヤバい。クッソ強かったよ」
【生体・ガーゴイル】とは、【機械細胞】を【コア】に使い、【ホムンクルス・ベヒモス】のヒモ太郎から採取した細胞を培養して外装にしたナイアーラトテップさん謹製の【ガーゴイル】でした。
あの【生体・ガーゴイル】のカタログ・スペックは【高位級】ですが、【神格】の守護獣である【ベヒモス】の細胞でボディが造られているので、強力な自己再生能力によって位階以上の強さがあります。
「戦闘になったの?大丈夫?」
ディーテ・エクセルシオールが心配しました。
「問題ない。【生体・ガーゴイル】は全部破壊しちゃったから勿体ないけれどね。ノヒト、【生体・ガーゴイル】を直せる?残骸しかないけれど」
「僅かでも破片や燃えかすが残っていれば、私の【完全修復】なら直せますよ。ただし、【コア】である【機械細胞】が完全に破壊されてしまうと、私にも復元出来ませんね。【機械細胞】は【創造主】以外には創造不可能な【神の遺物】ですし、ゲームマスター本部の【無限ストッカー】から補充出来ませんし、【神の遺物】の製造工場でも造れませんので」
「あちゃ〜、だとすると、何体かは、お釈迦になっちゃったか……。ま、しょうがないね」
「ところで……その【神の遺物】の【自動人形】は?まさか彼女ですか?」
私は、先程からグレモリー・グリモワールが連れている【神の遺物】の【自動人形】について訊ねます。
この【神の遺物】の【自動人形】は、一見してわかる特異な鎧を身に付けていました。
防護範囲が狭くて、明らかに防具としては役に立ちそうもない鎧です。
ビキニ・アーマー。
「うん。リサリア・ヨグ=ソトースだよ」
グレモリー・グリモワールは言いました。
やっぱり……。
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