第1192話。盗まれた職人達。
【竜城】の大広間。
ノヒト……着いたよ……大広間に向えば良い?
グレモリー・グリモワールからの【念話】を受信しました。
私が、そちらに向かいますよ。
私は【念話】で伝えます。
「グレモリー達が到着したので、私は出掛けますね」
私は席を立ちました。
「行ってらっしゃいませ」
「お父様。行ってらっしゃい」
トリニティとカルネディアが言います。
「おっ?グレモリーが来たのじゃな?どれ、我も挨拶をしておこう」
ソフィアが言いました。
【レジョーネ】も頷きます。
私達は、ゾロゾロと礼拝堂に向かいました。
・・・
礼拝堂には、グレモリー・グリモワールと彼女の養子のフェリシアとレイニール、ディーテ・エクセルシオール、それからピオ・パンターニCEOと、グレース・シダーウッド伯爵と、4人の女性達が居ます。
予想より大人数で来ましたね。
ピオさんは、元【銀行ギルド】の副頭取で、現在はグレモリー・グリモワール陣営の参謀格であり、【グレモリー・グリモワール・ファウンデーション】のCEOでした。
グレースさんは、【サンタ・グレモリア】の領主アリス・アップルツリー侯爵の直臣です。
女性達の内の1人は……確か、元【冒険者ギルド】の【サンタ・グレモリア】支部ギルマスで、グレモリー・グリモワールの陣営に移籍したヘザーさんでしたね。
他の3人の女性達は、私の個体識別のデータ・ベースには記録がありません。
「ノヒト。おはよう」
グレモリー・グリモワールは片手を挙げて挨拶をしました。
「おはようございます」
私達は挨拶を交わします。
「ノヒトは、ヘザーさんは知っているよね?」
グレモリー・グリモワールは訊ねました。
グレモリー・グリモワールがヘザーさんだけを名指しした理由は……ピオさんとグレースさんは何度も会った事があるので、当然知っているだろう……という判断をしたからでしょう。
ヘザーさんには会った事がありますが、ピオさんとグレースさんに比べれば印象が薄いですからね。
「ええ。元【冒険者ギルド】の方でしたよね?ご無沙汰しています」
「うん。今は【グレモリー・グリモワール・ファウンデーション】で、ピオさんの秘書的な仕事をしてもらっている。で、彼女達3人は、【グレモリー・グリモワール・ファウンデーション】の新しい【織士】だよ。名前はクシカ、イェパ、ジャプラね。グレースさんに【天蚕】事業の【サンタ・グレモリア】側の責任者になってもらって、クシカとイェパとジャプラは、その下で実際の作業をやってもらう予定」
「なるほど……。どうぞ宜しく」
私達は改めて挨拶を交わしました。
これから私はグレモリー・グリモワール達を、【ラピュータ宮殿】と並ぶ彼女の別荘【ドラキュラ城】に連れて行きます。
900年前、【ドラキュラ城】は、グレモリー・グリモワール(私)の別荘であると同時に、【天蚕】の飼育場、兼【天蚕糸】の紡績・織布工場でした。
グレモリー・グリモワールは、また【天蚕】の飼育と【天蚕糸】紡績・織布のビジネスを再開しようとしているのです。
クシカさん、イェパさん、ジャプラさんは、【織士】。
つまり、彼女達3人は、グレモリー・グリモワールの【天蚕糸】事業に携わる職人さん達です。
【サンタ・グレモリア】側の……と言ったので、【ドラキュラ城】で【天蚕】を飼育して、繭を【サンタ・グレモリア】に送って、【織士】の3人に紡績と織布を行わせる事業計画なのでしょうね。
900年前、【ドラキュラ城】ではグレモリー・グリモワール(私)が雇って育成した【天蚕】事業に携わるNPCの職人さん達が住み込みで大勢働いていました。
【天蚕】は飼育をするのも、糸を紡ぐのも、布を織るのも、繊細で精緻な技術とノウハウが必要なので、グレモリー・グリモワール(私)は莫大な資金と時間と労力を掛けてNPCの職人さん達に技術指導して、彼らを名人と呼べるレベルに育成したのです。
しかし、ユーザー消失後、グレモリー・グリモワール(私)が雇用していた【天蚕】事業に携わるNPCの職人さん達は、全員【知の回廊の人工知能】とルシフェルによって接収されてしまいました。
現在【シエーロ】の【天使】コミュニティが運営する【天蚕】関連事業は、グレモリー・グリモワール(私)が苦労して育成した名人級の腕を持つNPCの職人さん達に、直接技術指導を受けた者達から、更に代々技術を受け継いだ者達によって行われているのです。
【知の回廊の人工知能】とルシフェルは、グレモリー・グリモワール(私)の【天蚕】事業に携わっていたNPC職人さん達と、彼らが持つ技術とノウハウを盗みました。
幸いにして、グレモリー・グリモワール(私)の【天蚕】事業に携わっていたNPC職人さん達は、高度な技術と特別なノウハウを持っていたおかげで、【知の回廊の人工知能】とルシフェルの陣営でも大切に処遇された事が、せめてもの救いです。
私は、現在【天使】コミュニティが運営する【天蚕】関連事業に従事する職人をグレモリー・グリモワールに返すつもりでしたが、彼女は謝意を示しながらも、それを断りました。
【天使】コミュニティが運営する【天蚕】関連事業の職人達は、グレモリー・グリモワールが育成した当時のNPCの職人さん達ではないから……という理由です。
グレモリー・グリモワールは、もう一度初めから自分の【天蚕】事業を再開するつもりでした。
私は、せめて資金面や労力面でグレモリー・グリモワールの【天蚕】事業を支援したいと申し出たのですが、それも彼女は断ったのです。
グレモリー・グリモワール曰く……私の職人さん達を盗んだ泥棒は、虚な機械の【知の回廊の人工知能】と、クソ野郎のルシフェルであって、ノヒトの責任ではないから……と。
また、グレモリー・グリモワールは……自分が突然ユーザー消失で居なくなって、職人さん達には迷惑を掛けた……と、申し訳なさそうに、また悲しそうに言いました。
それこそ、グレモリー・グリモワールの責任ではありません。
矜持というか、責任感というか、とにかくグレモリー・グリモワールの筋の通し方は、尊敬に値します。
グレモリー・グリモワールからは断られましたが、私は彼女の【天蚕】事業を何らかの形で支援したいと考えていました。
私にも、元同一自我であるグレモリー・グリモワールと同じ矜持と責任感がある筈ですからね。
今日グレモリー・グリモワールが、クシカさん、イェパさん、ジャプラさんの3人を連れて来た理由は、グレモリー・グリモワールの【天蚕】事業の生産拠点だった【ドラキュラ城】を見せて、可能ならば何らかの指導をするつもりなのでしょう。
しかし、3人の【職種】は【織士】でした。
【織士】は繊維に関係する生産職ですので【天蚕糸】を扱う能力にも関連があります。
しかし、如何せん位階が低い。
【織士】は【低位】の【職種】でした。
900年前、グレモリー・グリモワール(私)の【天蚕】事業に携わっていたNPCの職人さん達は、育成途中の新人を除いて、ほぼ全員が【高位級】以上の【職種】で、【超位級】の名人も数多く居たのです。
【天蚕糸】の扱いに長けた【超位職種】の【大織物師】や、魔物の一種である【天蚕】の扱いに長けた【超位職種】の【大調伏師】や【大調教師】や【大訓練師】もいました。
【低位】の【織士】から【大織物師】に育成するのは大変です。
まあ、ユーザーであるグレモリー・グリモワールは、不老不死で不死身ですので、時間は無限にあると考えれば、いつかは昔と同じように優秀な職人組織が復活するでしょうけれどね。
「グレモリー。おはようなのじゃ。ミネルヴァからの報告は聞いておるか?」
ソフィアが訊ねました。
「うん。え〜と、何の報告だっけ?」
グレモリー・グリモワールは首を捻ります。
「グレモリーにとって関係があるのは、【イスタール帝国】方面の国境に【ザナドゥ】と【アガルータ】が大軍を集結させておる事の追加報告と、ディーテにとっては【ヨトゥンヘイム】情勢に関して【グリゴリ】のアラキバなる胡乱な【天使】が発見された事じゃ」
ソフィアは説明しました。
「あ〜、それね。ミネルヴァさんから逐一情報を共有してもらっているよ。何だか、【ゴブリン自治領】の指導者層が皆殺しにされたりとか、爆弾による暗殺未遂事件が起きたりとか、いよいよイースト大陸がキナ臭くなって来たみたいだけれど、【イスタール帝国】の事はラーラが上手くやるっしょ?」
「うむ」
「ソフィア様。【ヨトゥンヘイム】でアラキバなる者が暗躍していた件は、ミネルヴァ様はもちろん、ニーズ様やユグドラ様とも緊密に連携して対応したいと存じます」
ディーテ・エクセルシオールが真剣な表情で言います。
「そうじゃな。折角【ヨトゥンヘイム】が永年に渡る【ユグドラシル連邦】との対立に終止符を打って、和平に動き始めたのじゃ。訳のわからぬ者の介入で、この絶好の機会を不意にするのは惜し過ぎる。しっかりと着実に歩を進めるのが良かろう」
「畏まりました」
「あ、そうそう。リントちゃん、ノヒト、【ナイアーラトテップ・テクノロジー】の【エリュテイア】工場の件もあんがとね」
グレモリー・グリモワールが思い出したように言いました。
【エリュテイア】とはウエスト大陸中央国家【サントゥアリーオ】の西方都市です。
「あれは、【サントゥアリーオ】の国家事業でもあるのだから当然よ。グレモリーがお礼を言う事ではないわ」
リントが言いました。
「【ナイアーラトテップ・テクノロジー】の工場が如何したのですか?」
「ん?【ナイアーラトテップ・テクノロジー】の工場にノヒトが【ドゥーム】から【ドロイド】や【産業ロボット】を大量に送ってくれたんでしょ?」
グレモリー・グリモワールが訊ねます。
チーフ……【エリュテイア】は【ナイアーラトテップ・テクノロジー】の【乗り物】の一大生産拠点で、都市丸ごと関連工場が集約された工業都市になっています……リントさんから発注を受けて、生産ラインに組み込まれる【プロパー・プロダクツ】製の【ドロイド】や【産業ロボット】を大量に出荷しました。
ミネルヴァが【念話】で説明しました。
あ、そう……わかりました。
私は【念話】で了解します。
「【プロパー・プロダクツ】の【ドロイド】を大量に購入してくれたそうですね。お買い上げありがとうございます」
「お礼なら、スポンサーのリントちゃんに言ってよ。【エリュテイア】の工場に関しては、【ナイアーラトテップ・テクノロジー】からは、一部【プロトコル】とか、運営ノウハウとかの基幹技術以外、殆ど出資していないんだから」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「リント。ありがとうございます」
「いいえ、【サントゥアリーオ】にとって必要な設備投資だわ。【ナイアーラトテップ・テクノロジー】の工場誘致で、【サントゥアリーオ】は大量の雇用を創出出来るのだから、むしろ有難いくらいよ。それに、ミネルヴァには【ドロイド】や【産業ロボット】の割引やローン購入やレンタルにも応じてくれたし、感謝しているわ。グレモリー、ノヒト、どうもありがとう」
リントは頭を下げます。
ノヒト様……【転移】致します。
ウィローが【念話】で伝えて来ました。
10秒待ちなさい。
私は【念話】で待機を指示します。
「みんな。ウィロー達が【転移】して来るので、スペースを空けて下さい」
皆は、礼拝堂の中央にスペースを空けてくれました。
10秒後、ウィローが【ファミリアーレ】を連れて【転移】して来ます。
「ウィロー。ご苦労様」
私は【転移】での輸送役をしてくれたウィローを労いました。
「皆様、おはようございます。【フラテッリ】も輸送致しますので、もう1往復して参ります。トリニティ様、お手数ですが少し魔力を融通して頂けますか?少し胸焼けが……」
ウィローが言います。
「これで良い?」
トリニティは【パス】を通じてウィローに魔力を譲渡しました。
「ありがとうございます」
ウィローは【転移】して消えます。
午前中【ファミリアーレ】は、いつものルーティンで【竜城】の【闘技場】で行われる【ドラゴニーア】軍と竜騎士団の訓練に混ざる予定でした。
今日は、トリニティとカルネディアとフェリシアとセグレタリアと【フラテッリ】も、【ファミリアーレ】と一緒に訓練に参加します。
ウィローのスペックなら、【ファミリアーレ】と【フラテッリ】を同時に【転移】で運べる筈ですが?
胸焼けが如何の……と言っていましたね?
もしかしたら【ハイ・エリクサー】を飲み過ぎたのかもしれません。
きっとウィローは、直前まで研究室で魔力を使った何かしらの実験をしていたのでしょう。
実験で魔力が枯渇したら、都度【ハイ・エリクサー】を飲んで、魔力を回復し実験を続けていた、と。
そして、ミネルヴァに指示されて、【ファミリアーレ】と【フラテッリ】を【転移】しなければならなくなったが、【ファミリアーレ】を輸送する分しか魔力が足りなかった訳です。
しかし、もうお腹がタポタポで【ハイ・エリクサー】を飲めなかったのでしょうね。
【ハイ・エリクサー】を含む【ポーション】系の飲み物は、【古代竜】や【竜】の血液と【魔法草】が原料で、血生臭くて雑草臭くて、クッソ不味いのです。
あんなモノをガブガブ飲んでいたら、胃が膨らみますし、胸焼けもしますよ。
ウィローは【知性体】ですが、現在は受肉して【物質的肉体】を手に入れたので、内臓もありました。
【ハイ・エリクサー】を飲み過ぎて、もう胃の容量が満タンになってしまったのでしょう。
なので、ウィローは、【パス】で繋がる主人のトリニティに魔力の回復をお願いした、と。
そこまで、実験に集中しますか?
まあ、ウィローはゲームマスター本部の研究主任ですので、仕事熱心だと好意的に考えておきましょう。
ウィローが【フラテッリ】を連れて【転移】して来ました。
「ウィロー、お疲れ様」
「はい」
ウィローは頷きます。
「ところで、ウィロー。あなたは【ワールド・コア・ルーム】に居る時には、ミネルヴァから幾らでも魔力を回復して貰えるという仕様を知らなかったのですか?」
「知っています。ガイダンスでご説明頂きました」
「ん?【ハイ・エリクサー】の飲み過ぎで胸焼けがするのでは?」
「あ……はい。実は、ミネルヴァ様から……食事や休息や睡眠を取るように……と再三注意をされていたのですが、時間を忘れて研究に熱中し過ぎてしまい。ペナルティとして、しばらくミネルヴァ様からの魔力回復をして頂けない事になりました。なので、【ハイ・エリクサー】を……うぷっ……」
ウィローは手で口を押さえました。
「うわっ!吐くなら、トイレで……」
「失礼しました。大丈夫です」
「ウィロー……」
話を聴いていたトリニティが怖い顔で近付いて来ます。
「も、申し訳ありません」
ウィローは謝罪しました。
トリニティは、ウィローに手を伸ばします。
「【帰還】、【召喚】」
トリニティは、ウィローを一旦【帰還】させて、再度【召喚】し直しました。
「はあ〜、気分が良くなりました。ありがとうございます」
ウィローはスッキリした顔で言います。
ウィローは、【再召喚】された事でリセットされ、胃の内容物が魔力に還元されました。
「ウィロー。あなたがマイ・マスターのお役に立つ為に研究に心血を注いでいるのを知っていますので、好きなだけやらせていましたが、ミネルヴァ様のご忠告を無視してペナルティを受けるようであれば、話は別です。以後、実験は全面禁止にしますよ」
トリニティはウィローに説諭します。
ウィローの実験は自分の趣味の為だと思っていましたが、私の役に立つ為だったのですか?
知りませんでした。
「申し訳ありません。疲労も眠気も無視出来る【知性体】になったのを良い事に、幾らでも研究を続けられると高を括っていましたが、今回の件で懲りました。【ハイ・エリクサー】の飲み過ぎは、【知性体】でも厳しいです。今後は研究も程々に致します」
ウィローは反省しきりという様子で言います。
ミネルヴァ……ウィローも反省しているようなので、ペナルティを解除して魔力回復はしてあげて下さい。
私は【念話】で依頼しました。
了解です。
ミネルヴァは【念話】で言います。
【共有アクセス権】を通じて、ミネルヴァからウィローへのペナルティが解除された事が伝えられました。
やれやれ……。
私達は、それぞれの午前中の予定の為に行動を開始します。
私は、グレモリー・グリモワール一行を連れて【転移】しました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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【お願い】
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心より感謝申し上げます。
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