第1191話。【ドラゴニーア】の教育制度。
【竜城】の大広間。
「アルフォンシーナ大神官。カルネディアと【フラテッリ】の制服や学用品などが届きました。ありがとうございます」
トリニティが礼を言いました。
トリニティは1mmも頭を下げませんが、これは【魔人】が人種に頭を下げられないようにプログラムされている仕様があるからで、トリニティがアルフォンシーナさんに対して何か含む所がある訳ではありません。
「カルネディア様には……制服付属の靴、上履き、タイツ、靴下、運動着付属のズボン、運動靴、体育館履き、靴下……はご用意しておりませんが、それらはカルネディア様に合う規格がございませんので、何卒ご了承下さいませ」
アルフォンシーナさんは言います。
ああ、【ゴルゴーン】のカルネディアには脚がありませんからね。
「【蛇人】の生徒などは如何しているのですか?」
トリニティが訊ねました。
「【蛇人】など脚がない種族の生徒さんは、基本的に尻尾に着衣は身に付けないという前提で学用品をご用意しております。ただし、ご希望があれば制服のスカートや通学時に着用なさるコートなどは身丈が長いモノをご用意する事は可能でございます」
「カルネディア達に支給された衣類の中には、コートなどはなかったのですが?」
トリニティが首を捻ります。
確かに、私もコートなどの上着類は見ていません。
「防寒、防雨、防雪などを目的としたコートや外套など上着類は、種族などによって暑さ寒さ耐水などへの環境適応が異なる場合があり、学校指定のモノを一律ではご用意しておりません。校内の購買部で既製品のコートや上着をお選び頂くか、採寸してオーダー・メイドをする事が出来ます。その場合【ドラゴニーア】の国籍を持つ者は費用が無償ですが、素材やデザインなどは選べません。基本的に【ドラゴニーア】軍が使用している支給品の上着の素材やデザインと同一規格になります。なので、上着類は生徒さんや保護者の方が選んで立て替え購入したモノの領収書を学校側に御提出頂き、1銀貨までを上限に【ドラゴニーア】が公金から費用を還付する仕組みを採用しております。1銀貨を超過する分は自己負担となりますが、その場合も余り華美なデザインや高価過ぎるモノを御使用になる事は、学校側として認めておりません。穏当なデザインで、総額が概ね四捨五入して1銀貨までに収まるモノを御購入頂く事が望ましいです。また、恐れながらカルネディア様やグレモリー・グリモワール様のお子様達のように外国籍の生徒さんは全額実費負担して頂かなければいけません」
アルフォンシーナさんが説明しました。
「なるほど。わかりました」
トリニティは納得します。
【ドラゴニーア】の教育制度では初等部7年・中等部3年・高等部3年、大学4年、大学院2年の7・3・3・4・2制が敷かれていました。
高等部までは国立、公立、私立の3種の学校があり、中等部までが義務教育です。
その教育制度の中で高等部までの国立学校は、【ドラゴニーア】の国家に資する人材を育成する目的で存在していました。
国立学校は、生徒や学生の教育機会の為ではなく、国家人材育成の為にある……と法律にも明記されているのです。
従って、国立学校の教員と職員、教材とカリキュラム、施設と設備は全て最高のモノが揃っていていました。
そして、国立学校の入学試験に合格した【ドラゴニーア】国籍を持つ者は、入学金も授業料も全て無償なのです。
特に優秀であれば返還の必要がない奨学金も受けられました。
奨学金の支給額には幅がありますが、初等部入学から高等部卒業まで最高水準の奨学金を受け取れれば、平均的な1世帯であれば奨学金で家族を養う事も可能です。
【月虹】のリーダーであるペネロペさんなどが、正にこの例に該当しました。
ペネロペさんは中等部の時に書いた論文によって、グレモリー・グリモワール(私)が提起した、900年間誰にも証明出来なかった……不可能予想……という命題を証明してしまった程の天才です。
彼女は【ドラゴニーア】政府から奨学金を受け取り、両親がいない姉妹兄弟を養っていました。
まあ、ペネロペさんは中等部から冒険者としても活動していたそうなので、奨学金だけがペネロペさんの実家の家計を支えた訳ではありませんが、彼女は奨学金が貰えないなら義務教育が修了したら高等部には通わず冒険者活動1本で身を立てるつもりだったようなので、奨学金が出る事が高等部に進む理由にはなったのだと思います。
ペネロペさんのような超天才は例外かもしれませんが、奨学生は一部の優秀な生徒や学生に限られているので、余り大勢はいません。
特に優秀な生徒や学生が集まる【竜都】の国立学校では、成績でクラス分けされる各学年最上位クラスの生徒や学生なら奨学金を受け取れるレベルはクリアするそうですが、奨学金が支払われるか如何かは各家庭の経済状況も関係するそうなので、実際に奨学金を貰っている生徒や学生は、学年に10人程度なのだそうです。
これは全く返還の必要がない奨学金という意味なので、後で全額または一部を返還しなければならないタイプの奨学金を受けている生徒や学生の人数は、もっと多いらしいですけれどね。
国立学校の高等部を卒業した学生はエリートと見做され、就職で優利になる事はもちろん、何か自分で事業を始めようと考えても【銀行ギルド】からの融資が受け易くなりました。
従って、【ドラゴニーア】国民ならば貧困家庭の子供や親がいない孤児であっても、優秀でありさえすれば誰でも無償で国立学校に入学が可能で、奨学金を貰いながら家計を助け学校に通い、卒業後には将来が約束されます。
当然ながら、国立学校への入学希望者は非常に高倍率でした。
もちろん入試問題のレベルは高く、難関でもあります。
奨学金制度はありますが、やはり経済的に恵まれない家庭の子供達は、それこそペネロペさんのような突き抜けた天才は別として、国立学校のハードルは相応に高いのだとか。
何故なら、そこそこ優秀という程度なら、裕福な家庭の子供は高額な塾や予備校に通ったり家庭教師などを雇う事も出来ますが、貧困家庭の子供はそれが出来ません。
国立学校は、入学出来る人数が決まっています。
当然入試は相対評価で、熾烈な競争になりました。
同程度の能力の子供達で競争をすれば、塾や予備校に通う子供の方が、独学で受験勉強をする子供より入試の点数は良くなります。
つまり、奨学金制度があるとはいえ、どちらかと言えば経済的に恵まれた家庭の子供が国立学校に通う傾向が高くなりました。
地球でも、家庭の経済状況が子供の学歴と相関関係を持つそうですので……。
また、【ドラゴニーア】は、国外から多くの遊学生を受け入れてもいました。
もちろん優秀であれば、遊学生達は国立学校に入学します。
まあ、基本的には優秀だから遊学する訳ですので、【ドラゴニーア】の国立学校には国外からの遊学生も多く在籍していました。
【ドラゴニーア】の国籍を持たない遊学生は原則として無償ではありませんが、【ドラゴニーア】政府にとって特に有益な生徒や学生の場合には、費用を【ドラゴニーア】政府に負担してもらえる場合もあります。
ソフィアが【パンゲア】各国の王侯貴族や要人の子女を、【ドラゴニーア】への遊学生として受け入れていますが、彼らは、この例に相当しました。
各国の王侯貴族や要人の子女が、【ドラゴニーア】で教育を受けた後に帰国して自国で重要なポストに着く事が予想される場合などには、将来的に【ドラゴニーア】にとって国益になるからです。
つまり、【ドラゴニーア】の国立学校には、国内の上位社会階層に属する家庭の子供が割合として多く、また各国の王侯貴族や要人の子女も多く在籍していました。
その中に、経済的に恵まれない家庭の子供や、親がいない孤児などで特別に優秀な子供達が混ざるという状況になります。
こういう時に起こりがちなのが、身分や社会階層や家庭の経済状況や、親がいない孤児である事……などなどを理由とした差別や偏見や虐めでした。
もちろん【ドラゴニーア】の国立学校では、入試を勝ち抜いた生徒や学生は完全に対等な立場で公正・公平に扱われ、生徒や学生は成績だけによって評価されます。
また、先程言ったように……【ドラゴニーア】の国立学校は、生徒や学生の教育機会の為ではなく、国家人材育成の為にある……という理念があるので、仮に国立学校で差別や偏見や虐めが発生して、差別や偏見や虐めを受けた被害側の生徒や学生が不登校になったり、国立学校から転向してしまったりすれば、差別や偏見や虐めを行っていた加害側の生徒や学生は大変な事になりました。
何故なら、差別や偏見や虐めを行っていた加害側の生徒や学生は、国民の血税が使われている国家の人材育成政策に損害を与えた事になるからです。
【ドラゴニーア】などセントラル大陸の法科学の概念では……自己責任原則と能力主義原則……という2つの柱がありました。
セントラル大陸では、他大陸では一般的に違法指定されている場合が多い武器や薬物などの民間人による所持や、未成年者の飲酒や喫煙なども自己責任の範疇で合法です。
この場合の薬物には対魔物殺傷を目的とした毒劇物や、所謂麻薬類も含まれていました。
例えば、民間人でも公的機関に武器の所持を届け出て講習会に参加した上で、違法な用途に使用しない事を【契約】すれば、無免許・無資格で大砲や機関砲などの重火器類や毒ガス兵器なども所持可能なのです。
未成年者も同様の手続きを経て、別途保護者や看護責任者が監督責任を担保すれば、大人と同じ権利が認められていました。
【契約】の効力で基本的に犯罪や違法な用途に武器や薬物を使えない措置が講じられているとはいえ、日本人の感覚では少し理解に苦しむ考え方です。
しかし、セントラル大陸各国では、個人が武装する権利が自己責任原則との抱き合わせで、憲法によって認められていました。
つまり、自己責任原則とは、武器や薬物を所持する権利を行使する民間人は、同時にそれらを厳重に管理する義務も負わなければならないという事です。
民間人が管理する武器類や薬物などが盗まれて、他者によって違法行為に使用されれば届出上の所有者も重罪になりました。
なので、憲法で認められた権利だからといって、セントラル大陸で必要もなく武器や薬物を所持する民間人は、殆ど居ないそうです。
因みに、冒険者などが所持する剣や槍や弓や兵器類は、【冒険者ギルド】の登録事に同様の手続きをした扱いになりました。
そして、セントラル大陸の法科学で云う能力主義原則とは……能力を有する者は、その結果責任を負う能力も有している……とする概念です。
つまり、セントラル大陸では、未成年者だろうが、認知症や精神疾患を持っていようが、アルコールや薬物などで判断力が低下していようが、悪意を持って故意に法律を破れば、大人や健常者と全く同じ刑罰が適用されました。
悪意を持って故意に法律を破る能力を有している者は、その責任を取る能力も有していると考えられるからです。
つまり、差別や偏見や虐めを行う加害側の生徒は、未成年でも能力主義原則によって結果責任を負わなければいけません。
当然停学や退学などの処分を受けますし、刑事罪に問われるくらい程度が酷ければ、もちろん逮捕されて犯罪者として扱われます。
たかが子供の虐め……などと軽く考えていると、経歴に取り返しが付かない汚点を残すにもなりました。
なので、国立学校に通い、差別や偏見や虐めを行う加害側の生徒や学生は、本来なら約束されたエリートの将来を棒に振る覚悟をしてやらなくてはいけません。
もちろん、【ドラゴニーア】の大人者達は自分の子供に……違法行為をするな……と繰り返し言い聞かせて躾るのは当たり前の事ですが、同時に……差別や偏見や虐めなんかするな……と厳しく指導します。
セントラル大陸の自己責任原則と能力主義原則は厳しいですからね。
ミネルヴァによると、現代地球に比べてセントラル大陸の学校では、国立、公立、私立に共通して虐めなどが極端に少ないのだとか。
これを他大陸の国々の人達は……厳し過ぎる……と考えるようですが、自己責任原則と能力主義原則は、セントラル大陸の守護竜である【神竜】や【神竜神殿】の大神官であるアルフォンシーナさんが国民に押し付けたモノではありません。
セントラル大陸の各国の議会で、国民の代表である議員達が決めた法律なのです。
当然、セントラル大陸各国の国民の過半数も、この法律と、法律の考え方を支持していました。
そもそも【ドラゴニーア】には身分制度が存在しないので、出自や身分や社会階層や経済状況によって人々を差別する事自体を憲法で禁止していました。
場合によっては、子供同士の差別案件でも違法行為に相当します。
その他にも【ドラゴニーア】では種族や宗教や職業などによる、差別全般を禁止する事を国是としていました。
なので【ドラゴニーア】を事実上の盟主とする自由同盟は、奴隷制を敷く神権連合を絶対に許さないのです。
これを【ドラゴニーア】国民は、自国の代表的な美点の1つと考えていました。
そういう背景もあって、【ドラゴニーア】の国立学校では……家庭環境や経済状況による差別や偏見や虐めなどが、生徒や学生の服装や持ち物などの違いをきっかけにして起きないように……と配慮されていて、国立学校の制服や学用品などが全て規格統一されているのです。
まあ、私の個人的な見解としては、【ドラゴニーア】の強大な国家権力による厳格な法治と厳罰による管理社会は、やや強権的過ぎるという気もしますけれどね。
この辺りは程度問題なのかもしれません。
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