第1190話。皇太皇女行方不明事件。
明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いします。
【竜城】の大広間。
「【ゴブリン自治領】の問題は如何じゃろうか?」
ソフィアはアルフォンシーナさんに訊ねました。
「【ゴブリン自治領】の事実上の君主であったスル・レイリークと彼の一族を始めとする旧指導者層は、【ザナドゥ】侵攻軍に対して無抵抗で降伏しました。しかし、【ザナドゥ】侵攻軍は、スル・レイリーク一族以下【ゴブリン自治領】の旧指導者層を全員処刑しています。自由同盟側に付いたレジスタンスは、現在家族を引き連れて隣国【タカマガハラ皇国】を目指して撤退しています。一部逃げ遅れたレジスタンスが居るようですが、彼らは一般領民の中に隠れていますので問題はありません。スル・レイリークら【ゴブリン自治領】の旧指導者層は、暴政を行い【ゴブリン自治領】の一般領民を虐げ憎まれていたので、彼らを処刑した【ザナドゥ】侵攻軍は【ゴブリン自治領】民から解放軍として歓迎されているようです。しかし、ミネルヴァ様の推定では、これは一過性の現象で、ノヒト様が【ザナドゥ】独裁政権を打倒した後は、簡単に手の平が返るでしょう」
「ふむ。では、全ては想定の範囲内じゃな?」
「はい」
「ならば【ゴブリン自治領】は、良し。して、ノヒトよ。ミネルヴァから……天帝を自称した【知の回廊の人工知能】が五大大陸(【地上界】)に【グリゴリ】なる【天使】の諜報機関を送り込んでいて、秘密裏に暗躍しておった……と聞いたが?【グリゴリ】なるモノは、どの程度の脅威が想定されるのじゃ?」
ソフィアが私に話を振ります。
「わかりません。全く脅威はないかもしれませんし、それなりに警戒を要するかもしれません。【グリゴリ】は既に【シエーロ】の【天使】コミュニティから離脱してしまったので、彼らが現在どのような行動原理を持って動いているのかは見当が付きません」
「じゃが、死亡したアラキバなる【天使】は【ヨトゥンヘイム】で暗躍し、対【ユグドラシル連邦】好戦派に協力しておったというではないか?のう、ニーズ?」
「はい。アラキバなる【天使】は、【ヨトゥンヘイム】国内で【ユグドラシル連邦】に対して不和を助長し争いを唆す立場で蠢動していたようでござりまする」
ニーズが肯定しました。
「うむ。もしかしたら、好戦派のオートンなる将軍が【エルフヘイム】に攻めて来たのも、アラキバの暗躍と何か因果関係があるかもしれぬ。アラキバと同じように他の【グリゴリ】も隠れて自由同盟に敵対的な活動をしておるなら、無視は出来ぬ」
「アラキバが、他の【グリゴリ】19人と同じ目的を共有していたか如何かもわかりません。【シエーロ】の【天使】コミュニティから出奔した【グリゴリ】は纏まって行動していないかもしれませんし、【グリゴリ】の他のメンバーは既に死亡していてアラキバが【グリゴリ】の最後の生き残りかもしれません。それに、【グリゴリ】は【智天使】級のシェムハザを筆頭に、僅か19人のグループです。そんな零細な集団に、一体何程の事が出来るのか?……という話です。懸念があるとするなら、【グリゴリ】の首魁であるシェムハザという【智天使】は、相当な切れ者だったらしく、元直属の上司ミカエルが率いる第2軍の副官として軍師的な役割を担っていたそうです」
ミカエル曰く、かつて天軍最高の軍師と見做されていたのはベリアルという【熾天使】で、彼は現在ルシフェル麾下で北米サーバー(【魔界】)の復興に尽くしています。
シェムハザは、天軍でベリアルに次ぐ軍師として、軍略のみならず政略にも辣腕を揮っていたのだとか。
まあ、ミネルヴァの分析では、ベリアルやシェムハザは、軍師としてゲームマスター本部のアマンディーヌやニクス、それからノート・エインヘリヤルの所のスライマーナ・トランスペアレントや、シピオーネ・アポカリプトの所のヘックス・スカイ・クラッドなどより一段劣り、将帥も兼ねるグレモリー・グリモワールと比較すれば足下にも及ばないそうですけれどね。
ミネルヴァの評価では、グレモリー・グリモワールはアマンディーヌやニクスより上という認識になるそうです。
たぶん、ミネルヴァは私に対して、かなり過大評価しているきらいがあるので、私の元同一自我であるグレモリー・グリモワールの評価も相応に嵩上げされている可能性があると思うのですけれどね。
グレモリー・グリモワール(私)の過去の成功実績は、相当程度運が良かった面もあり、今になって冷静に思い返してみると、大失敗と紙一重だったケースも多々ありますので……。
「軍師のう……。【天使】族は基本的には脳筋の戦闘狂じゃと聞くが、計略に長ける者は毛色が違い厄介かもしれぬ」
ソフィアが呟きました。
「どちらにしろ、今後【グリゴリ】に何か動きがあればミネルヴァかユグドラが見付けられるでしょう」
「じゃが、アラキバなる【天使】は、今まで尻尾を掴ませなかったではないか?何をしておるのか全くわからぬというのが何とも不気味じゃ。ニーズも心配じゃろう?」
「そうでござりますね……。市井に紛れて一般市民として穏当に暮らしているだけならば良いのですござりまするが……」
ニーズは言います。
「まあ、何もわからない状況で、あれこれ心配するのも馬鹿馬鹿しい話ですよ。現状手を尽くしてわからない事は、考えるだけ無駄です」
「うむ。それはそうじゃ」
ソフィアは頷きました。
「妾からも報告があります。ノヒト達のおかげで【サントゥアリーオ】の官僚達の配属が進み、何とか復興の端緒が開そうよ」
リントが報告します。
「どの程度進捗しましたか?」
「200万人を一気に各部署に配属しなければならないのだから、もちろん1日で差配しきれる訳がないのだけれど、想像したより遥かに官僚達の統制が取れていて、ずっと楽だわ。何とかやれそうよ」
「そうですか。それは良かった」
「【保育器】とは斯くも便利なモノなのじゃな?【知の回廊の人工知能】とルシフェルが主導した【シエーロ】の文明は恐るべきモノじゃ。ノヒトが復活せず、あのまま【シエーロ】の発展が続いておったら、やがて【シエーロ】は五大大陸(【地上界】)にも侵略を企図しておったと聞く。そうなっておったら……我らが負けるとは思わぬが、五大大陸の民に一体どのくらいの被害が出ておったかを推定すると、戦慄を禁じえぬ」
ソフィアが言いました。
「そうですわね。しかし、現状【サントゥアリーオ】にとって【保育器】は間違いなく役に立っています」
リントが言います。
「【保育器】はクローン【天使】による一糸乱れぬ組織を作り上げる目的の学習装置ですから、統制という意味では間違いなく役に立ちます。しかし、一方で【保育器】による学習個体は思考が画一化されてしまい、独創性や多様性などは削がれます。官僚や役人や軍人などとして【保育器】を経た人材は使い易いですが、一方で科学者や企業経営者や芸術家などとしては【保育器】による学習個体は多様性を生まず、弊害があります。あくまでも、社会性を持たずに意識がないまま【魔力子反応炉】に繋がれていた人々の救済目的で、他に選択肢がないので【保育器】を利用せざるを得ないので利用しているだけ。緊急避難的措置です。【保育器】は本質的に人種の子供達の養育や教育を代替するモノではないという事だけは念頭に置いて下さい」
「多様性を生み出すのが、今後の【サントゥアリーオ】の課題だわね。【保育器】世代は致し方ないとしても、次の世代で何とかなるかしら?」
「リントよ。国の発展にとって何より重要なのは子供らの教育じゃ。【サントゥアリーオ】の人材育成には、【ドラゴニーア】としても最大限協力と支援をする用意がある。遠慮なく、我を頼るが良い」
ソフィアが言いました。
「はい。ありがとうございます」
「話は変わるが、ノヒトよ。ノヒトやグレモリーは、ジョヴァンニ・カンパネルラという者に執心しておるそうじゃが?彼の者はノヒトやグレモリーが興味を持つ程の逸材なのか?」
ソフィアが話題を変えます。
「私は別に執心している訳ではありません。グレモリーが……ジョヴァンニ・カンパネルラがユーザーかもしれない……と言うので一応確認しているだけですよ。私とミネルヴァは、既に……ジョヴァンニ・カンパネルラはユーザーではない……という結論に達しています」
「ふむ。グレモリーが執心しておるのか?【スカアハ訓練所】の【スポーン・オブジェクト】攻略任務の際に死亡したと聞くが?グレモリーは、ジョヴァンニは生存している可能性が高いと見ておるのじゃな?」
「そのようですね」
「ユグドラよ。改めてジョヴァンニ・カンパネルラの事績を知っておるだけ話してくれぬか?」
「そうだね……ジョヴァンニ・カンパネルラは【認識阻害】やステルスを頻繁に使っている上に、どうやら名前や外見すら変えて行動しているようだから、私が知っているモノは彼の事績の極一部で、また断続的な動向でしかないのは了解してくれたまえ。私が知るジョヴァンニ・カンパネルラの代表的な事績を列挙すると、彼は【イスプリカ】で一部奴隷の解放闘争を主導し、解放奴隷による集落を造り自立支援をした。【アトランティーデ海洋国】では対魔物防衛戦にパーティとして参加し、幾つかの目覚ましい武功を立てた。【タカマガハラ皇国】では当時の皇太皇女の廃立を巡る問題解決に陰ながら尽力して、後継者問題の拗れから【タカマガハラ皇国】に内紛が起きる危機を未然に防いだ。直近では【ミズガルズ】で多数の難民に自立支援をした。他にも各地で、パートナーである聖少女ヨハンナ・ラ・フォンテーヌによる無償の医療奉仕活動を主催したり、現地貧困層の自立支援活動を行ったりしている。偶然出会った恵まれない人々に手を差し伸べるような小さな善行は枚挙に暇がない。そして、それら全ては無償の善意に基づいていて、ジョヴァンニ・カンパネルラ自身は全く報酬を得ていない。率直に言ってジョヴァンニ・カンパネルラは聖人君子と呼んで差し支えない傑物だろうね」
ユグドラは説明しました。
ジョヴァンニ・カンパネルラの過去の事績は、ユグドラとミネルヴァで情報共有されています。
【イスプリカ】での奴隷解放活動や、【アトランティーデ海洋国】での対魔物防衛戦は、そのままの意味でした。
また、【ミズガルズ】での難民支援は、【グリルド・モツ】の事業展開で、私も直接状況を見ています。
【タカマガハラ皇国】での皇太皇女廃立を巡る問題とは、当代の皇の長女で既に立太されていた皇太皇女が無断で国元を出奔し、しばらく行方不明になっていた事件が発端でした。
公式には……皇太皇女は病で伏せっている……として行方不明である事は秘密にされていましたが、次期皇になる事が正式に決まっている皇太皇女の行方不明は、もちろん【タカマガハラ皇国】にとって王権を揺るがしかねない大問題。
【タカマガハラ皇国】の皇は、病を理由に皇太皇女を廃立し、次女を皇太皇女に立太しようとしましたが、これに対して……長女相続の前例に反する……として臣下の多くから反対意見が続出し、対応を誤れば最悪の場合ユグドラが言ったように、【タカマガハラ皇国】が長女派と次女派に分かれて争いになる可能性すらあったのです。
【タカマガハラ皇国】の憲法では、一度正式に立太された皇太皇女を廃立するには、病であろうと生きている限り、再度儀式を伴う正式な手続きを踏まなければいけません。
例え国家元首の皇の意向であっても、コロコロと皇太皇女を変える事は認められていないのです。
これは、無益な後継者争いによって国政が乱れる事を防ぐ意図がありました。
先人の知恵です。
しかし、皇太皇女が行方不明になるという想定されていない前代未聞の事態になり、皇太皇女廃立の正式な手続きは行えませんでした。
また、当代の皇も……皇太皇女が行方不明になった……とは公式に発表出来なかった訳です。
そんな事が公になれば、【タカマガハラ皇国】の威信に傷が付きますからね。
そして実際に皇太皇女の廃立が断行され、別の者が皇太皇女に立太された後、万が一にも廃立された皇太皇女が戻って来てしまった場合、極めて厄介な事になります。
正式な儀式を執り行って一度は立太され、正式な手続きで廃立されていない行方不明の皇太皇女は、解釈の上では未だ皇位継承権を持っているのですから。
そうなれば、【タカマガハラ皇国】には皇位継承権者の皇太皇女が2人並立する異常事態になってしまいます。
長女の皇太皇女にも、次女の皇太皇女にも、それぞれに直臣や盛り立てようとする者達がいて、彼らは……願わくは自分達が推す皇太皇女に皇になってもらいたい……と考える筈ですので。
もしかしたら、どちらが正当な皇太皇女なのかを巡り、対立や争いが起きる可能性がありました。
そういう厄介な状況の折、ジョヴァンニ・カンパネルラが行方不明だった皇太皇女を見付けて、【タカマガハラ皇国】に連れて来たのです。
行方不明になっていた皇太皇女は揉める事もなく皇位継承権を返上し正式に廃立され、改めて次女が正当な【タカマガハラ皇国】の皇太皇女として立太されました。
ジョヴァンニ・カンパネルラの働きにより、【タカマガハラ皇国】の内紛の芽は未然に摘み取られた訳です。
「ほ〜う、聖人君子か……。もしも、ジョヴァンニが生きておるなら、是非【ドラゴニーア】の然るべき役職に迎えたいモノじゃ」
ソフィアは言いました。
「私も独自に調べさせたのですが、【ミズガルズ】や【フェンサリル】でジョヴァンニ・カンパネルラが行った難民支援事業は、1銅貨の補助金も控除も受けずに持続可能な純然たるビジネスとして成立させています。本来なら、ノース大陸の社会的弱者に手を差し伸べなければならないのは、守護竜たる私の役目。目が届かなかったのは、私の不徳。調査結果を知って恥じ入るばかりでございまする。ジョヴァンニが【聖域】に支援要請をしてくれれば助けられましたが、彼は公的機関には一切頼らず、自力で社会問題を解決してしまったのでござりまする。現在はジョヴァンニが【ミズガルズ】に遺してくれた幾つかの事業が税制面で優遇されるように担当者に命じました。あのような者になら、私も一国を任せてみたいと存じまする」
ニーズが言います。
「亡くすには余りにも惜しい人材じゃ。ジョヴァンニなる聖人君子が生きておれば良いのう……」
一同は頷きました。
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