第1189話。三方丸儲け。
皆様。
良いお年をお迎え下さいませ。
【竜城】の大広間。
「アルフォンシーナよ。【ザナドゥ】方面の対応じゃが、シアンが暗殺未遂に遭ってノヒトに身柄保護された事で、当初の計画から何か状況が変わるのか?」
ソフィアが訊ねました。
ソフィアとアルフォンシーナさんは【パス】を通じて、ある程度思念を共有しているので、本来なら言葉で共通認識を確認する必要はありません。
にも拘らず、言葉で会話しているという事は、この場にいる他のメンバーにも話の内容を聴かせる意図があるのでしょう。
身も蓋もなく言えば……異論があれば言ってみろ。なければ了承したと見做す……という訳ですね。
「状況の変化はございません。【魔界】平定戦後にノヒト様が【ザナドゥ】独裁政権を解体して下さったら、奴隷制が廃止された新【ザナドゥ】の女王としてシアンを推戴するというプランは同じでございます」
アルフォンシーナさんは答えます。
「ふむ。シアンに女王の資質があるという事と、【ザナドゥ】の民と軍の一定数が、シアンを支持するであろうという推定は聴いておるが、実際にシアンが如何立ち回って王権を確立するのかは聴いておらぬ。【アジ・ダハーカ】の奴めは……シアンが人格・見識に優れた者で、自力で【ザナドゥ】の女王なり皇帝なり何なりの座を勝ち取り、民から支持を得られたなら、シアンを【指名】して後盾になってやる事は吝かではない……という言い方でシアンに王権神授する事を了解した。一見これは……シアンを【ザナドゥ】の女王にする……という、アルフォンシーナの計画に同意したように思えるが、実際には……シアンが自力で権力を確立したなら、【アジ・ダハーカ】が権威の後盾になってやる……と言っているだけで、【アジ・ダハーカ】は【アガルータ】の【シャンバラ】におる大僧正や【アジ・ダハーカ大寺院】の聖職者達に……シアンを支援しろ……などの神託を出すなどして、具体的に手を貸してくれる訳ではないのじゃ。シアンに自力で女王の権力を確立させるのは中々大変かもしれぬぞ」
「はい。歴史的に【ザナドゥ】という国は、乱立する各地の種族や軍閥や豪族を武力で捻じ伏せて統一し、乱世に覇を唱えて国家統一を成し遂げた者が隣国【アガルータ】の【シャンバラ】に登って……封禅の儀……を執り行って、【アジ・ダハーカ】様より【指名】を受けて初めて皇帝となります。皇帝は武力と【アジ・ダハーカ】様の後盾を利用して強力な中央集権を行いますが、皇帝の権力が弱まると再び各地の種族・軍閥・豪族が群雄割拠して国が乱れます。過去【ザナドゥ】では大体200年の周期で、中央集権と群雄割拠を繰り返しています。現在の全体主義の権威独裁政権は、【アジ・ダハーカ】様の【指名】は受けておりませんが、中央集権です。過去の歴史を鑑みれば、ノヒト様が【ザナドゥ】独裁政権を解体した後、何もしなければ【ザナドゥ】は群雄割拠の乱世のサイクルになってしまう可能性が高いでしょう。つまり、シアンを女王に推戴しても【ザナドゥ】は治りません。シアンは武力で【ザナドゥ】を統一し、封禅の儀を行って【アジ・ダハーカ】様の【指名】を受け皇帝に即位しなければならないでしょう」
「ノヒトが、シアンの覇業を手助けしてくれれば簡単なのじゃがのう……チラッ」
ソフィアは、ワザとらしく私を見ました。
「チラッじゃありませんよ。私は国家紛争には介入しません。国家紛争には、もちろん内戦も含まれます」
「ノヒトはケチじゃ」
「ケチで結構」
「致し方あるまい。アルフォンシーナ、シアンに【ザナドゥ】を武力統一させる具体的な方法論をブリーフィングをせよ」
「そう難しくはないと思います。シアンが【ザナドゥ】の武力統一事業を完遂する上での障害、あるいは競合となるのは、【ザナドゥ】各地の種族・軍閥・豪族です。彼らも……成れるモノならば、【ザナドゥ】の皇帝になりたい……と考えていますので。しかし、この連中には共通の弱点があります。しかし、彼らの弱点は、シアンにとって最大の武器になります」
アルフォンシーナさんは言います。
「なぬっ!それは何じゃ?」
「奴隷です」
「奴隷が【ザナドゥ】各地の種族・軍閥・豪族の弱点で、シアンの武器になるのか?」
「はい。現在の【ザナドゥ】の経済や産業は奴隷制に依存しています。【ザナドゥ】の総人口20億人の内、奴隷が19億5千万人です。奴隷制は言うまでもなく【世界の理】に違反しますが、ノヒト様による【世界の理】違反国家【ザナドゥ】への【神の怒り】執行によって【ザナドゥ】の奴隷達は解放されます。そうなった際には、【ザナドゥ】人口の圧倒的多数は、今まで奴隷にされていた人々です。【ザナドゥ】各地の種族・軍閥・豪族は、奴隷経済に既得権の根を深く張っています。当然ながら彼らは奴隷にされている人々から恨まれています。対して、シアンは奴隷制に全く権益を持っていません。それどころか、シアン自身が元奴隷です。【ザナドゥ】人口の圧倒的大多数を占める奴隷から解放された人々は、シアンと【ザナドゥ】各地の種族・軍閥・豪族と、どちらを支持するでしょうか?どちらに【ザナドゥ】の皇帝になってもらいたいと思うでしょうか?」
「なるほど。確かに【ザナドゥ】の現状は、シアンに有利な盤面じゃな?」
「問題は、むしろシアンが【ザナドゥ】を武力統一した後です。シアンが奴隷にされていた人々のリーダーとして勝利者になった後、奴隷から解放された人々だけでは国が治められません。つまり、シアンが皇帝として中央集権を行うなら、強力な官僚機構が必要です」
「必要な官僚は、現在の【ザナドゥ】独裁政権の官僚達の中から【世界の理】違反の罪が比較的軽い者を見繕って使うしかあるまい」
「奴隷にされていた人々が、旧独裁政権の官僚達を許せば良いのですが……」
「許すも許さぬも他に選択肢はないのじゃ。皇帝たるシアンが……国を統治するには官僚が必要だ……と奴隷にされていた者達、つまり新生【ザナドゥ】の国民達に説明して納得してもらう他はあるまい。他国から官僚人材を雇うにしても20億人もの【ザナドゥ】国民を管理するには到底足りぬじゃろう。ノヒトが新しい【ザナドゥ】政府の官僚として、大量の【自動人形】を当面の間、無償でレンタルしてくれるとかでない限りはな……チラッ」
ソフィアは、またワザとらしく私を見ました。
「そうでございますね……チラッ」
アルフォンシーナさんも、ソフィアを真似します。
なるほど。
ソフィアとアルフォンシーナさんの根端は……シアン・ルーが皇帝に即位した【ザナドゥ】新政府を回す官僚として、【自動人形】を無償レンタルして欲しい……という事ですか。
まあ、そのくらいの事なら引き受けても構いませんけれどね。
ただし無償ではなく、対価次第ではありますが……。
「実際にシアン・ルーの皇帝即位が成ったなら、【ドゥーム】から多少の援助はしても構いませんよ」
「本当かっ?確と言質を取ったぞっ!」
ソフィアが言いました。
「ただし、条件があります」
「条件とは何じゃ?」
「【ザナドゥ】独裁政権の【世界の理】違反者と、【ザナドゥ】で奴隷を使役していた者達で【世界の理】違反の程度が重い者は、北米サーバー(【魔界】)に強制移住させて開拓者とする刑罰を認めて下さい」
現在【ドゥーム】から大量の【自動人形】・シグニチャー・エディションと各種【ドロイド】が出荷された事で、北米サーバー(【魔界】)のタスク処理は進捗していますが、【自動人形】や【ドロイド】は所詮は機械に過ぎません。
北米サーバー(【魔界】)の本質的問題は、人口が少ない事です。
なので、私は旧【ウトピーア法皇国】や、【パンゲア】の【パノニア王国】などから移民を募り入植させていました。
しかし、まだまだ人口が足りません。
このままでは、北米サーバー(【魔界】)の人々は、【自動人形】や【ドロイド】による生産活動に養われるような歪な社会・経済構造になってしまいます。
また、【自動人形】や【ドロイド】は生産活動は行っても、一部の修理やメンテナンス以外では消費をしません。
現代地球では、各国のGDPの大半は消費でした。
消費を増やす事が、経済発展の最短距離なのです。
そもそも、私の持論では……文明の発展とは、養える人口が増える事……だと定義していました。
つまり、幾ら生産力や産業力や科学力が上がっても、人口の少ない機械文明みたいなモノを、私は発展した文明とは認めません。
従って、北米サーバー(【魔界】)は、消費者であり、文明の発展の原資である人口を増やさなければいけません。
「【ウトピーア法皇国】の時と同じで、罪人は流刑地送りという訳か?」
ソフィアは訊ねました。
「流刑地だなんて失敬な。北米サーバー(【魔界】)は、歴とした正規【マップ】ですよ。強制移民という刑罰自体も、北米サーバー(【魔界】)に移り住み、【世界の理】を守って勤勉に働き、普通に生活してもらうだけで良いので、甘々の温情裁定です。現在の北米サーバー(【魔界】)は多少環境が厳しいので、短期的には開拓事業が大変かもしれませんが、中・長期的には発展が見込めるフロンティアです。そして、北米サーバー(【魔界】)送りになる【ザナドゥ】の【世界の理】違反者は、自分達が無辜の民に行って来たような奴隷扱いは受けません」
「ふむ。我は別に構わぬが、イースト大陸の民の処遇は、イースト大陸の守護竜である【アジ・ダハーカ】の許可なく勝手には決められぬのじゃ。……うむ、【アジ・ダハーカ】は了解した。【ザナドゥ】の【世界の理】違反者は、ノヒトが好きに処して良いそうじゃ。じゃから、【自動人形】を無償レンタルして欲しいそうじゃ」
「わかりました。【ザナドゥ】から北米サーバー(【魔界】)に強制移民する【世界の理】違反者1人に付き、1体を100年間無償レンタルしましょう。メンテナンスや修理などアフター・サービスも【ドゥーム】が無償で請負います」
「ふむ。【ザナドゥ】問題は片付いたな。アルフォンシーナよ、これで良いか?」
「はい。素晴らしい合意が得られたと思います」
アルフォンシーナさんは微笑んで頷きます。
ん?……もしかして私は、ソフィアとアルフォンシーナさんの思惑に乗せられて、何か損をしていますか?
私は【念話】でミネルヴァに訊ねました。
チーフ……これは、双方に利があるウィンウィンの取引、いいえ、【アジ・ダハーカ】と【ザナドゥ】の新政府も含めて3者に利益を生む良い取引です。
ミネルヴァが【念話】で言います。
ソフィアとアルフォンシーナさんは、絶対に【ドラゴニーア】を裏切らないであろうシアン・ルーを【ザナドゥ】の皇帝に推戴出来れば、外交上・安全保障上の利益は計り知れません。
私は、北米サーバー(【魔界】)の人口を増やせてありがたい。
【アジ・ダハーカ】は、【世界の理】違反者を追放出来て、その替わりで有用な【自動人形】を100年間無償レンタル出来てラッキー。
落語の大岡越前の政談物で有名な……三方一両損……ならぬ……三方丸儲け……です。
【ドゥーム】の【自動人形】や【ドロイド】を【ザナドゥ】に無償レンタルする事で、ゲームマスターの遵守条項に抵触する可能性はありませんか?
私は【念話】で確認しました。
程度問題に帰結します……ゲームマスターの遵守条項は、より上位にある【世界の理】の執行に必要な場合には、ゲームマスターの判断で破棄する事が可能です……今回のケースは、その解釈で問題なく処理出来ます。
ミネルヴァが【念話】で言います。
あ、そう。
ゲームマスターの遵守条項には……ゲームマスターは、一党一派一国に与してはならない……というモノがありました。
ただし、【世界の理】は、ゲームマスターの遵守条項を優越します。
今回の場合、私は【世界の理】違反是正の延長線上に発生した諸問題の解決を行うだけなので、ゲームマスターの職務の範囲内という解釈が可能でした。
また、仮に【ザナドゥ】の新政府に対して【ドゥーム】の【自動人形】や【ドロイド】を無償レンタルしても、私やゲームマスター本部が【ザナドゥ】新政府に利益を供与したとは限りません。
【ドゥーム】の【自動人形】や【ドロイド】には、ミネルヴァが遠隔からリアル・タイムで行動や周辺状況をモニター出来て、必要ならば瞬時に制御を乗っ取れるバック・ドア・プログラムが漏れなく組み込まれていました。
【ザナドゥ】新政府は、決して【ドゥーム】の【自動人形】や【ドロイド】を使って不正や悪さが出来ません。
【ザナドゥ】新政府の官僚として【ドゥーム】の【自動人形】や【ドロイド】を送り込む事は……【ザナドゥ】政府の利益になるのか?あるいは、私とゲームマスター本部の利益になるのか?……と考えれば、もちろん私とゲームマスター本部の利益になります。
つまり、【ザナドゥ】新政府に【ドゥーム】の【自動人形】や【ドロイド】を貸与する事は、私やゲームマスター本部が【ザナドゥ】新政府に与している訳ではなく、【ザナドゥ】新政府がゲームマスター本部業務の下請をしてくれているという状況になりました。
多少拡大解釈にも思えますが、ミネルヴァがOKならば、取り敢えずは良いでしょう。
それに、ゲームマスターとして私が決定した事柄は後で全て会社から査問され、問題があれば処分されますので、最終的な判断は会社に任せるしかありません。
まあ、会社が如何判断するかが問題になるのは……私が日本に戻れるとしたら……の話ですけれどね。
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