第1188話。スパイのカテゴリー。
セントラル大陸中央国家【ドラゴニーア】竜都【ドラゴニーア】の【竜城】。
私達が【竜城】の礼拝堂に到着すると、アルフォンシーナさんに出迎えられました。
挨拶を交わして食堂代わりの大広間に向かう途中、早速シアン・ルーの事でお礼を言われます。
「シアンをお救い下さって本当にありがとうございます。ノヒト様とミネルヴァ様がシアンをお救い下さらなければ、【ドラゴニーア】が長年コストと労力を掛けて行って来た対【ザナドゥ】戦略の基本構想が瓦解してしまったかもしれません。また、私個人にとってもシアンは大切な人材でございましたので……」
アルフォンシーナさんは言いました。
「いいえ。私がもう少し早くシアン・ルーの身柄を保護しに向かっていれば、彼女が爆弾によって大怪我を負う事もなかったので、お礼を言われるのは何だか申し訳ない気分です」
「恐れながら、それこそ神の配剤、怪我の巧妙と申し上げるべき最良のタイミングでございました。先程ミネルヴァ様に中継をお願いして、少しシアンと【念話】で会話しました。この暗殺事件が起きる以前だったなら、シアンはノヒト様による身柄の保護をお断りしていたそうです。シアンの身柄保護が一旦保留されていたら、ノヒト様やミネルヴァ様がシアンの身辺直近に展開して下さっていた【輸送機】部隊は一時撤収していた可能性もあり、その後に暗殺に遭ったであろうシアンは、ノヒト様とミネルヴァ様の救いの御手が間に合わず死亡していたかもしれません」
「何故シアン・ルーは、私の身柄保護を断るのですか?」
「シアンは【ザナドゥ】で浸透工作を行っている間に、多くの知人や同僚や部下達と親交を持ちました。シアンの知人や同僚の一部や、部下の大半には良識や素朴な良心を持つ者達も多くいて、【ザナドゥ】独裁政権の行う恐怖政治や人権蹂躙に不満を持っていたり、可能ならば【ザナドゥ】の民主化を願っているのだそうです。もちろん、そんな事を公言すれば独裁政権によって粛清されてしまいますので、【ザナドゥ】では誰もが口を噤んでいます。シアンも、そういう【ザナドゥ】の良識派の人達に対して情や責任を感じていたので、自分だけがノヒト様の庇護を受ける事を善しとはしなかったのだと思います。しかし、暗殺事件が起きた事で、現状シアンは否応もなく身柄を保護されました」
「なるほど」
「シアンが懸念しているのは、今後シアンの部下達が、シアン……つまりジア・ジアンが暗殺されたと知って軽挙に逸って暴発しないかという事ですが……」
「シアン・ルーの部下達とは、首都【コンロン】防衛隊の兵達の事ですか?」
「もちろん首都防衛隊にもジア・ジアン(シアン・ルー)を国家の英雄として尊敬する部下もいるようですが、首都防衛隊は【ザナドゥ】独裁政権や、政権を支持する体制派の縁故によって採用されている隊員が多いようです。ジア・ジアン(シアン・ルー)暗殺に憤って暴発しかねないのは、ジア・ジアン(シアン・ルー)が長年率いて苦楽を共にして来た北洋艦隊のクルー達です。北洋艦隊のクルー達は、ほぼ全員が元司令官である提督ジア・ジアン(シアン・ルー)に心酔しているのだそうです。北洋艦隊のクルーは、ジア・ジアン(シアン・ルー)が【ドラゴニーア】のスパイだと知っても付き従う者が多いのではないかと思います。おそらく【ザナドゥ】独裁政権は、ジア・ジアン(シアン・ルー)の暗殺事件を……敵国によるテロだ……などと喧伝するでしょうが、ジア・ジアン(シアン・ルー)の元の部下達の中には、ジア・ジアン(シアン・ルー)を暗殺した犯人が【ザナドゥ】独裁政権であると考える者も少なくないでしょう。シアンによると、北洋艦隊のクルー達は反乱を起こす可能性があるそうで、彼女は部下達の事を心配しています」
「状況を調べてみましょう。ミネルヴァ……」
【ザナドゥ】独裁政権は、暗殺が成功してジア・ジアン(シアン・ルー)が死亡したと断定していますが、現時点までジア・ジアンが死亡したとの発表は行われていません……【ザナドゥ】標準時の明朝にはジア・ジアン(シアン・ルー)の死亡が【ザナドゥ】独裁政権によって公式に発表されると思いますが、その訃報を聞けばシアンが推測した通りに北洋艦隊による反乱が起きる可能性があります……むしろ、【ザナドゥ】独裁政権は、この機会にジア・ジアンの息が掛かった北洋艦隊を潰しておくつもりで意図的に反乱を起こさせるかもしれません。
ミネルヴァは【念話】で推定しました。
意図的に反乱を起こさせて粛清するとは、全体主義の独裁国家なら、然もありなんという話ではありますね……シアンの元部下達、つまり北洋艦隊のサーベイランスをお願いします……艦隊クルーによる反乱の兆候があれば、ジア・ジアン(シアン・ルー)は無事でゲームマスター本部が保護した事を教えて下さい……シアンにも、そのように伝えて下さい。
私は【念話】で指示します。
了解です。
ミネルヴァが【念話】で言いました。
「アルフォンシーナさん。シアンが気に掛ける北洋艦隊の元部下達の事は、ミネルヴァに監視させます。もしも、反乱を起こすような兆候が見られたら……ジア・ジアン(シアン・ルー)は生存していて、ゲームマスター本部が保護している……と教えて、早まった行動を採らないように忠告します。シアンにも、そう伝えますので心配ありません」
「御高配ありがとうございます」
アルフォンシーナさんは頭を下げます。
大広間の前まで歩いて来て、私は足を止めました。
大広間に入ろうとしていたアルフォンシーナさんが振り返ります。
ところで、ミネルヴァの調査によると、ジア・ジアン(シアン・ルー)が【ドラゴニーア】のスパイである事は3年前から【ザナドゥ】独裁政権に露見していたようです……ジア・ジアン(シアン・ルー)暗殺実行と時を同じくして、ジア・ジアン(シアン・ルー)に繋がる【ザナドゥ】国内の連絡員や協力者達も【ザナドゥ】の秘密警察によって一斉に摘発されました……【ドラゴニーア】は【ザナドゥ】でのスパイ網を失って痛手でしょう?……それから、【ドラゴニーア】から【ザナドゥ】独裁政権側にジア・ジアン(シアン・ルー)がスパイである情報がリークされた可能性があります。
私は、アルフォンシーナさんに【念話】で言いました。
御心配には及びません……人的被害という意味では確かに損失はありますが、【ドラゴニーア】が【ザナドゥ】に送り込んでいるスパイは、シアン達だけではありません……シアンと他のスパイ達は、お互いの正体を知りませんので、シアン達のルートが摘発されても、他のルートも芋蔓式に摘発される事はありません……また、【ドラゴニーア】から情報がリークされた可能性は極めて低いと存じます……私がノヒト様達にシアンがスパイであると話したのは昨日ですが、【ザナドゥ】独裁政権が3年前からジア・ジアン(シアン・ルー)がスパイだと知っていたとするなら、昨日の会話は情報漏洩とは直接の因果関係はありません……3年前からジア・ジアン(シアン・ルー)がスパイだと知っていたのは、私とエズメラルダとロザリア、それからゼッフィの前任者のチェレステだけです……この3人と私は全員【神竜】様に絶対の忠誠を【宣誓】しておりますし、機密情報を扱うエキスパートです……【ドラゴニーア】から情報がリークされた可能性はないと断言出来ます。
アルフォンシーナさんは【念話】で言います。
「であるなら、ジア・ジアン(シアン・ルー)がスパイだと露見したのは、ジア・ジアン(シアン・ルー)自身の【ザナドゥ】でのスパイ活動の経緯で足が付いたという事ですね?」
「そのようにお考え頂いて差し支えないと存じます」
「わかりました。ならば問題ありません」
私達は大広間に入りました。
・・・
【竜城】の大広間。
大広間には【レジョーネ】が全員揃っています。
私達は挨拶を交わしました。
リントとティファニーも居ますね。
昨日輸送した【保育器】の数は200万台でした。
あの人数の差配を今朝までに捌き終えたとは到底思えないので、リントとティファニーは【サントゥアリーオ】の仕事を一時中断して朝食に来たのでしょう。
「ノヒト。ミネルヴァから【コンロン】での事は聴いておる。シアンの生命を救ってくれたそうじゃな?礼を言わねばなるまい。ありがとうなのじゃ」
ソフィアが頭を下げました。
「暗殺が実行される前に上手く対応出来れば良かったのですが……」
「い〜や、アルフォンシーナも言っておったが、シアンを救出したタイミングはベストじゃった」
「結果論ですけれどね」
「ミネルヴァのサーベイランス、ゲームマスター本部の【輸送機】部隊と【コンシェルジュ】達、そしてノヒト……こうした他に代えが利かない最高の体制が準備されておった上での結果論ではあれば、それは、もはや偶然や幸運ではない。シアンの生命は救われるべくして救われたのじゃ。感謝しておる」
「シアン・ルーの怪我は完治しましたが、怪我の程度が酷かったので再生した組織が馴染むまで、しばらく【ワールド・コア・ルーム】で安静にさせておきます。【竜城】に移す事も考慮しましたが、誰かの目に触れて【ザナドゥ】独裁政権に……ジア・ジアン(シアン・ルー)が生きている……と知られても面倒だと思います。なので、彼女は【ワールド・コア・ルーム】でリハビリを行うのが最適だと思います」
「うむ、そうじゃな。世話を掛けるが、シアンの事を宜しく頼むのじゃ」
ソフィアは再び頭を下げます。
取り敢えず、込み入った話は食後にする事にして、私は朝食を食べる事にしました。
いつも通り、メニューは洋食(セントラル大陸風)と和食(【タカマガハラ皇国】風)から選べます。
もちろん私は和食(【タカマガハラ皇国】風)を選択しました。
今朝のメインは、鯖です。
鯖は塩焼き、西京焼き、味噌煮、トマト煮など好きな調理法を選べるのですが、私は鯖は生鯖や〆鯖などではなく加熱調理する場合なら塩焼きが好みでした。
魚の塩焼きの良さは、魚本来の味を邪魔しない調理法である事と、途中から柑橘を搾ったり、大根下ろしを乗せたり、醤油を滴らしたりと、味変出来る事です。
西京焼きや味噌煮やトマト煮に、大根下ろし醤油は……。
トリニティとカルネディアも今朝は和食(【タカマガハラ皇国】風)を選んでいました。
ただし2人は、私とメニューが少し異なります。
トリニティとカルネディアのご飯は、五目炊き込みご飯です。
お米と鶏肉と松茸と栗と銀杏と零余子を昆布出汁と一緒に炊いてありました。
それも美味しそうですね〜。
私は、朝食に青葱と和カラシが多めの納豆ご飯を食べないと何だか物足りない感じがしますので、当然ながら白飯です。
しかし、お代わりで五目炊き込みご飯を食べるのはありなのですよ。
もちろん私は、お代わりします。
・・・
食後。
「さて、ノヒトよ。改めて礼を言う。シアン・ルーを救ってくれてありがとうなのじゃ」
ソフィアは言いました。
「何程の事もありません。今回の件は、私がソフィアやアルフォンシーナさんにシアン・ルーの保護依頼を受けた保護責任者であったから保護しただけの事。つまり……医者が患者を助けた……というのと同じ至極当たり前の話ですので」
「うむ。じゃが、結果として【ドラゴニーア】は貴重な人材を失わずに済んだのじゃ。礼を言わねばならぬ」
「単純な好奇心として訊きますが、シアン・ルーは【ドラゴニーア】にとって、そんなに大切な人材だったのですか?もちろん、シアン・ルーが特別なスパイだという事は理解出来ます。スパイとして敵国に潜入させ、そのスパイが敵国中枢に浸透し一時は海軍提督の中将という重要なポストにまで昇進していた訳ですからね。しかし、それでもスパイはスパイ。場合によっては切り捨てられるのが、スパイですよね?」
「ノヒト様。【ドラゴニーア】のスパイには、3つのカテゴリーがございます」
アルフォンシーナさんが言います。
「スパイのカテゴリーですか?」
「はい。1つ目は、諜報員や密偵や間諜……など所謂スパイでございます。【ドラゴニーア】では……職員……と呼称されます。このエージェントの役割は主に情報収集です。2つ目は、情報部員や工作員……などでございます。外交官や駐在武官や在外邦人企業の駐在員などとして他国に入り情報収集する事はもちろん、現地で協力者や情報提供者をリクルートしたり、現地協力者に資金提供や軍事訓練なども行います。【ドラゴニーア】では……資産……と呼称されます。アセットは任地でエージェント達の指揮を行う場合もあります。3つ目は、他国で高い身分や職位や立場に付き、内部から【ドラゴニーア】の国益に資する活動を行う者達です。【ドラゴニーア】では……同盟者……と呼称されます。アライをスパイのカテゴリーに定義するのは少し語弊があるかもしれませんが、他国に浸透して【ドラゴニーア】に利益をもたらす存在という広い意味では、アライも【ドラゴニーア】の対外工作活動の一環を成しています。代表的な【ドラゴニーア】のアライは、【アトランティーデ海洋国】のゴトフリード王陛下や、【アルカディーア】のヘルマヌス王陛下や、【ムームー】のチェレステ女王陛下などです。【ドラゴニーア】に遊学なさる他国の王族や要人なども将来的にはアライとなる事を期待されます。つまり、【アルカディーア】のドローレス皇太王女殿下や、【ウトピーア】のエクストリア・プルミエール神殿長や、【パンゲア】各国からの遊学者の皆様などもそうです。そして、シアン・ルーの役割がアライです。この3つのカテゴリーの中で、【ドラゴニーア】にとって最も重要なのは、言うまでもなくアライでございます。ノヒト様がシアン・ルーをお救い下さった事は、単なる人命救助以上の意味がございました」
アルフォンシーナさんが説明しました。
なるほど。
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