第1187話。朝礼。
ノヒト・ナカ執務室。
「【グリゴリ】のアラキバが【ヨトゥンヘイム】で発見されたなら、逮捕しに行かなければならないですね?私が現地に向かいましょう」
「アラキバは死亡しました」
「……つまり、アラキバは死体で発見されたという事ですか?」
「いいえ。アラキバは、【ヨトゥンヘイム】の対【ユグドラシル連邦】好戦派の領袖オートン将軍に協力していたようです。グレモリーさん達が、オートン将軍達好戦派による【エルフヘイム】侵攻を撃退した後、【ヨトゥンヘイム】国内では対【ユグドラシル連邦】和平派である当代の【ヨトゥンヘイム】巨王ノルダール・ヨトゥンヘイムによって、好戦派の残党が粛正されました。その経緯でアラキバも、巨王ノルダール・ヨトゥンヘイムらによって発見されたのです。アラキバは逃亡を図り戦闘になって、結果的に殺害されたのです」
「そうなると、アラキバを尋問して【グリゴリ】のメンバーの行方を喋らせる事は出来なくなった訳ですね?」
「はい」
「ユグドラは何かを見聞きしていませんか?」
「アラキバを含む【グリゴリ】のメンバーは、姿を消す【能力】に長じていて、【認識阻害】系のアイテムも使用していますので、ユグドラもアラキバが【ヨトゥンヘイム】で死亡する直前までの情報しか見聞きしていません」
「なるほど。【グリゴリ】は秘密諜報機関ですから、隠密行動に長ける人選だった訳ですね。シェムハザ以下【グリゴリ】のメンバーの残り19人は未だ行方がわからないままという事ですか……」
「【グリゴリ】のメンバー全員は既に死亡していて、アラキバが最後の生き残りであった可能性もない訳ではありません」
「う〜ん……。死体を確認するまでは、生きているという前提で対応するべきでしょう」
「巨王ノルダール・ヨトゥンヘイムは、ゲームマスター本部にアラキバの死体を提供してくれるそうです。現地に派遣した【コンシェルジュ】にアラキバの死体を受領させ、【転送装置】で此方に送らせます。死体からは有用な情報は得られない可能性が高いですが、巨王ノルダールからゲームマスター本部への誠意の証として死体を受け取っておきます。別途【ヨトゥンヘイム】政府によって身柄が拘束されている好戦派の残党から、アラキバや【グリゴリ】について何か情報が得られるかもしれません。巨王ノルダールはゲームマスター本部による好戦派の尋問要請を無条件で了解しました」
巨王ノルダール・ヨトゥンヘイムと【ヨトゥンヘイム】政府は……サウス大陸奪還作戦、【ウトピーア法皇国】滅亡、【シエーロ】の【知の回廊の人工知能】陣営打倒……など一連の私による実力行使案件を知って以来、一貫して私とゲームマスター本部に従順な姿勢を示していました。
その延長で、巨王ノルダール・ヨトゥンヘイムと【ヨトゥンヘイム】政府は国是を改め、永年に渡る不倶戴天の敵である【ユグドラシル連邦】との対立と抗争を止め、和平と【ユグドラシル連邦】加盟に舵を切っています。
基本的に【巨人】族は……強さこそ正義……という思考をする脳筋達ですからね。
「あ、そう」
「尋問は私の方でしておきます」
「わかりました」
「ただし、巨王ノルダール・ヨトゥンヘイムは……近い内にチーフに拝謁したい……と申し入れて来ています」
「ゲームマスター本部に協力的な国家の元首に会う事自体は吝かではありませんが、相手が【巨人】族の巨王だとすると、多少面倒な事になりませんかね?」
脳筋の考えそうな事は、概ね想像が付きます。
どうせ、ゲームマスターの私と……一度戦ってみたい……とか……一手御指南を……とか言って来るに違いありません。
「巨王ノルダールは【魔界】平定戦にも……自ら精鋭を率いて援軍に馳せ参じたい……と言って来ましたが、それは断りました」
「援軍どころか戦闘の邪魔でしかないですからね」
私は【魔界】平定戦の為に、【レジョーネ】やグレモリー・グリモワールやシピオーネ・アポカリプトという強力で基本的に不死身のオールスター・メンバーを揃えていました。
そこに不死身ではない者達が参加すると、戦地をウロチョロする脆弱な個体を守る為に、私達の限られたリソースを割かなければならないので、むしろ迷惑でしかありません。
「なので……その代わりに拝謁を……という話の流れです」
「はあ……断れない状況という訳ですね?」
「断れますが、ゲームマスター本部に対する【ヨトゥンヘイム】からの恭順を確固たるモノにするなら、今回は断らない方が得策でしょう」
「わかりました。会いに行きますよ」
「了解です。スケジュールを組んでおきます」
すると、トリニティとカルネディアとフェリシテとセグレタリアが私の執務室にやって来ます。
「マイ・マスター。おはようございます」
「お父様。おはようございます」
「おはよう」
私達は朝の挨拶を交わしました。
「チーフ。朝礼を行います」
ミネルヴァが言います。
「わかりました」
・・・
カリュプソ、ウィロー、ガブリエル、アマンディーヌ、ニクス、デックスが私の執務室に集合しました。
このメンバーに、私とミネルヴァとミネルヴァの分離体とトリニティを加えたメンバーが、ゲームマスター本部の幹部職員という位置付けになっています。
今後、緊急時以外は基本的に毎日ゲームマスター本部幹部職員の朝礼が行われる予定でした。
また、幹部職員達も各自の部下がいれば、同様に各チームの朝礼をしてもらいます。
【共有アクセス権】のプラットフォーム上のやり取りだけでも報・連・相は事足りるので、合理性を追求するなら別に直接顔を合わせて朝礼などを行う必要もないのですが、私は古臭い考え方なのかゲーム時代に多数のゲームマスターが働いていたオンライン上のゲームマスター本部でも、オフラインのゲーム会社のプログラミング・チームでも毎朝朝礼を行っていました。
上司・部下の1対1の関係性より、ワン・チームという感じがして、朝礼のような余り合理的ではない儀式が私は存外に嫌いではありません。
「私は午前中グレモリー達を【ギガンティア】の別荘【ドラキュラ城】に連れて行き、午後は昨日同様【サントゥアリーオ】国民の【保育器】輸送、夜は【パノニア王国】民の輸送を行います。トリニティは午前中カルネディアと【フラテッリ】と【ファミリアーレ】と一緒に【闘技場】の訓練に参加。午後は【ドラゴニーア・ニュース】社の【竜都】スタジオでテレビ番組の収録です」
「仰せのままに……」
トリニティは頷きました。
ミネルヴァの発案で、トリニティは【竜都】の国営テレビ局が制作するトーク番組のホスト役としてレギュラー出演する事が決まっています。
私やゲームマスター本部にはテレビ番組制作のノウハウがないので、制作は外部に委託しました。
ただし、番組収録は私が経営する【ドラゴニーア・ニュース】というニュース通信社が持つ自前のスタジオで行われます。
番組の放送予定は来年からですが、録画放送なので今から収録をして撮り溜めする訳ですね。
一応放送される内容を、私も事前に確認しなければいけません。
トリニティがテレビのレギュラー番組に出演する意図は、今後ゲームマスター代理として活動するトリニティの顔と名前を世界に売る為でした。
トリニティは世界の世界観的に、人種の【敵性個体】として位置付けられている【魔人】ですので、基本的に人種からは恐れられます。
【世界の理】を守らせるゲームマスター本部の目的から、ゲームマスター代理のトリニティが畏怖される事は必ずしも悪い事ではありませんが、恐がられ過ぎるのも問題でした。
罪なき無辜の一般大衆からは、トリニティが畏怖されると同時に敬愛される事も必要だとミネルヴァは考えたようです。
トリニティが強くて優しい市民の味方の【魔人】だというイメージを世間に定着させれば、トリニティがゲームマスター代理として業務に当たる時に、人種のコミュニティから協力を得られ易くなる……という、ミネルヴァの思惑でした。
プロパガンダ?
印象操作?
いえいえ、私とミネルヴァは……イメージ戦略……と呼んでいますよ。
番組の構成は、毎週各界の著名人をゲストに迎えて話を聴くトーク番組。
日本の日曜日の朝にやっているような、有閑で上品な当り障りのない内容です。
トリニティは未知の経験であるテレビ番組出演を不安がっていましたが、ミネルヴァがトリニティの共演者として世界的な大女優ジーナ・アットリーチェをキャスティングしました。
番組の進行は芸能界のベテランであるジーナ・アットリーチェが仕切り、トリニティは微笑んで時々ゲストに質問したりすれば良いそうなので問題ありません。
トリニティは【超位魔人】として威圧感がある見た目をしていますが、基本的に目鼻立ちやプロポーションは抜群に整っていました。
【創造主】(ゲーム会社)が、そのようなビジュアルとしてデザインしたので当然です。
恐るべき人種の【敵性個体】……という先入観さえ払拭すれば、トリニティは誰が見ても超絶美人でした。
つまり、トリニティの役割は、取り敢えずニコニコしてさえいれば成立するバラエティ番組の美人アシスタント枠なのです。
「カルネディアは午後は如何しますか?トリニティのテレビ収録に付いて行っても構いませんし、他に何かやりたい事があれば言って下さい」
「えっと、お母様と一緒に行きます」
カルネディアは言いました。
「わかりました。ならば、【フラテッリ】も其方に同行させます。ミネルヴァ、段取りをお願いします」
「了解です」
ミネルヴァが言います。
「カリュプソは1日【パンゲア】に出張し各国政府との会議です」
「畏まりました」
カリュプソが頷きました。
「カリュプソ。今日はシピオーネさんと【パノニア王国】のグゥイネス・パノニアが、【マギーア】のフレイヤ・パッサカリアと会談します。あなたは傍聴者として同席しますが、状況によってはゲームマスター代理代行として調停の必要があるかもしれません」
ミネルヴァが補足します。
「はい」
「ウィローは、午前中は研究室。午後一で【タカマガハラ皇国】に向かい、シリロ・カルボーニに会って来て下さい。こちらがお願いをする立場なので、くれぐれも丁重に接遇して下さいね」
「畏まりました」
ウィローが頷きました。
「ガブリエルは、1日【サントゥアリーオ】です。午後に行う【保育器】輸送の段取りをお願いします」
「了解しました」
ガブリエルは敬礼します。
「私からの連絡事項は以上ですね」
「チーフ。今日【ドゥーム】から2名此方に来ます」
ミネルヴァが報告しました。
「ゲームマスター本部の追加人員ですか?」
「1人はそうです。昼食時に紹介します」
「もう1人は?」
「【オーバー・ワールド】のエンターテインメントを学びたい……という者が期限付きで此方に遊学します。彼女の名前はハーレクインです」
「エンタメ遊学ですか?基本的にゲームマスター本部職員への転属や、【蟻魔人】のように繁殖相手を探すなどの致し方ない理由以外では、【ドゥーム】から【オーバー・ワールド】への移住は認めない方針では?」
「はい。ハーレクインは遊学が終わり次第、【ドゥーム】に帰りますのでガイドライン上問題ありません。また、ハーレクインは【カーバンクル劇団】の興行主だった【スケルトン】使いのアルレッキーノの娘です。実は、アルレッキーノが私の分離体陣営に正式加入しました。現在アルレッキーノは、【ドゥーム】の一般市民への娯楽提供に多大な貢献をしてくれているので、今回アルレッキーノの娘ハーレクインの遊学は、アルレッキーノの日頃の貢献に対する報酬という意味合いもあります」
あ〜、あの【カーバンクル】の娘さんですか。
直近で私が【ドゥーム】に向かった際、【クリスタル・ウォール】の劇場で【カーバンクル】が【スケルトン】を操って芸をする【カーバンクル劇団】のショーを観ました。
その【カーバンクル】が、アルレッキーノと名付けらたのです。
確か、私達が【ドゥーム】で会った当時は、アルレッキーノに番は居なかった筈ですが、【ドゥーム】は【時間加速装置】なので、【オーバー・ワールド】の1日は向こうでは86400日(約237年)。
私達が帰った後で、アルレッキーノにパートナーが出来て子供が生まれていても、全くおかしくはありません。
イタリア語であるアルレッキーノの英語訳がハーレクインです。
親娘なので関連した名前になったのかもしれません。
「つまり、ハーレクインはゲームマスター本部のゲストという訳ですね?」
「アルレッキーノは私の分離体に忠誠を誓っていますので、娘のハーレクインに対して過剰に丁重な接遇をする必要はありませんが、一応ハーレクインの遊学は、アルレッキーノの貢献への報酬という体裁なので諸々の便宜は図る必要があります。ハーレクインは、【ラウレンティア劇場】のコッペリア・フェリの元に預けます」
「なるほど。【カーバンクル劇団】座長のアルレッキーノの娘であるハーレクインがエンタメを学ぶ先としては、コッペリアさんの所が最適かもしれませんね」
コッペリア・フェリは世界的な劇作家・舞台演出家で、【ドラゴニーア】国立【ラウレンティア】劇場の総合芸術監督や、世界的なミュージカル・サーカス団【ラ・ストラーダ】の総合演出を務めていました。
その名声は舞台芸術業界では、半ば神格化されているそうです。
トリニティがレギュラー出演する番組のホスト役として共演する大女優ジーナ・アットリーチェは、コッペリア・フェリが作・演出した【ラ・ストラーダ】の演目で初舞台を踏んだ事がきっかけで大スターになったので、ジーナ・アットリーチェもコッペリア・フェリの弟子筋に当たるのだとか。
因みに【ラ・ストラーダ】は、ゲームマスター本部公認冒険者パーティ第1号の【月虹】の代理人であるキトリーさんが創設したミュージカル・サーカス団です。
存外に世間は狭いですね。
「アマンディーヌ、ニクス。あなた達【幕僚団】は研修がてら【シエーロ】の視察です。【ドゥーム】から異動して来る者は、ニクスの部下として参謀武官室に配属します」
ミネルヴァは言いました。
「わかりました」
「畏まりました」
アマンディーヌとニクスが頷きます。
朝礼は終了しました。
私とトリニティとカルネディアとフェリシテとセグレタリアは、朝食は食べに【竜城】に【転移】します。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。