第1185話。シアン・ルー。
本日2話目の投稿です。
イースト大陸北方国家【ザナドゥ】首都【コンロン】。
私は、【コンロン】上空高高度に【転移】しました。
現地時間は深夜。
考えてみると、異世界転移以来イースト大陸に来たのは初めてです。
おっと、そんな事を考えている場合ではありません。
私は高速で飛ぶ【輸送機】に乗り移る為に速度を併せて合流します。
私が到着した事を知った【輸送機】部隊の【コンシェルジュ】が後部ハッチを開放しました。
私が【輸送機】の床に降りると後部ハッチがスムーズに閉まります。
【輸送機】の後方区画の【医療ポッド】には人種が収容されていました。
私は【医療ポッド】の中を覗きます。
うわ〜、これは酷い怪我ですね……。
【医療ポッド】内には腕と下半身が捥げてしまっていて、顔にも大きな傷がある女性が横たわっていました。
【精神耐性】が低ければ、正視に耐えない惨い状態です。
この怪我で、良く即死しなかったですね。
彼女がジア・ジアンこと、シアン・ルー。
いいえ、ジア・ジアンというのは偽名という訳ではなく、ステータスにも表示された実名扱いになっています。
この世界では【ギルド・カード】や【鑑定】や【アンサリング・ストーン】など用いれば、偽名を名乗ってもバレるので、名前を変えるには戸籍ごと改名しなければいけません。
取り敢えず元の戸籍名であるシアン・ルーと呼ぶ事にしましょう。
【医療ポッド】は、私が開発・設計して、ミネルヴァが最適化して、【知の回廊】の工場で生産され始めた救急救命用の【魔法装置】です。
【魔法装置】と言いましたが、機構は極めてシンプルで原始的でした。
【医療ポッド】の形状は横長のタンク型で、その中に患者を寝かせ、タンクの蓋を密閉して、タンク内に大量の【ハイ・エリクサー】を充填して循環させるシステムです。
蓋は全面強化ガラス製で患者の様子を目視出来る他、各種計器類でバイタルを監視する事も可能でした。
【医療ポッド】の基幹構造は、何の事はない……患者を【ハイ・エリクサー】の中に浸けておく……というだけの単純明確な発想なのです。
しかし、効果は抜群。
これぞ……シンプル・イズ・ベスト……ですね。
【医療ポッド】に浸ければ、どんな重篤な容態でも、ほぼ死を免れます。
ほぼというのは……【呪詛魔法】などで負った傷や、遺伝子の障害や、寿命が尽きている……などの場合は【ハイ・エリクサー】では治療出来ません。
また、【ハイ・エリクサー】の効果が効き始める僅かなタイム・ラグで、救命が間に合わず患者が亡くなってしまう場合もあるでしょう。
ゲームマスター本部の【輸送機】は救急車ならぬ、救急救命飛空挺という役割も与えられているので【医療ポッド】が各機に搭載してありました。
【輸送機】のスペースの問題で、【医療ポッド】は1台しか積めません。
まあ、いざとなったら平均的な人種の体型であれば【医療ポッド】に数人纏めて突っ込む事も可能です。
シアン・ルーは幸運な事に、取り敢えず致命の容態を脱していました。
しかし、シアン・ルーの患部の状態は【医療ポッド】に収容されて間もないので、まだ生々しく痛々しい様子です。
シアン・ルーの左腕は肘から先が、右腕は肩ごと切断されていました。
シアン・ルーは【蛇人】です。
【蛇人】は脚がない替わりに下半身が蛇状の尻尾になっていますが、シアン・ルーは骨盤から先が千切れて臓器が露わになっていました。
また、下顎がなくなっていて、上顎の歯列が剥き出しになっています。
可哀想に、痛かったでしょうね。
さてと……。
「【完全治癒】、【完全回復】」
私は、シアン・ルーを治療しました。
立ち所に、シアン・ルーの傷が完治します。
私は【輸送機】部隊に後の事を任せて、シアン・ルーを連れて【転移】しました。
・・・
【ワールド・コア・ルーム】の医務室。
「……こ、こ、は?」
シアン・ルーは目を覚ましまして呟きます。
俗に言う……知らない天井……という状況なのでしょうね。
「【ワールド・コア・ルーム】の医務室です」
私は説明しました。
「【ワールド・コア】?」
シアン・ルーは言語が不自由になっています。
無理もありません。
何しろ自動車爆弾の起爆によって、舌が下顎ごと吹き飛ばされ、声帯もかなり損傷していましたからね。
私の【完全治癒】で傷は完治したものの、再生された組織が未だ馴染んでいないので上手く扱えないのです。
「【シエーロ】の【エンピレオ】という都市の【知の回廊】という施設の最下層にある神域です」
「天国」
「いいえ。危ない所でしたが、あなたは生きています」
「……神域……」
う〜む、シアン・ルーは未だ意識がハッキリしないようですね。
「チーフ。日本サーバー(【地上界】)と北米サーバー(【魔界】)の一部の人種達から【シエーロ】は天界、あるいは天国と呼ばれています。その場合……善良で敬虔な人種が死後に行くという永遠の神の楽園……という形而上学的な世界観を意味する場合と、単に地名として呼ばれる場合があります」
ミネルヴァが言いました。
なるほど。
私は、ゲームマスターのノヒト・ナカです……シアン・ルー……あなたは【念話】が使えますね?
私は【念話】で訊ねます。
【調停者】様?
シアン・ルーは【念話】で言いました。
私は【ドラゴニーア】のアルフォンシーナ・ロマリア大神官から頼まれて、あなたの身柄を保護しました……あなたがジア・ジアンとして【ザナドゥ】に潜入している【ドラゴニーア】のスパイ・エージェントだという事も聴いています。
私は【念話】で伝えます。
アルフォンシーナ様が……一体、何が起きたのですか?……私は、確か官舎に帰ろうとして……。
シアン・ルーは【念話】で言いました。
あなたが【ドラゴニーア】のスパイである事が、【ザナドゥ】の独裁政権に露見して、あなたは迎えの【乗り物】に仕掛けてあった爆弾の起爆により暗殺されそうになりました……実際怪我の状態が酷かったので救命措置が間に合わなければ、あなたは死んでいたでしょう。
私は【念話】で説明します。
暗殺……。
シアン・ルーは【念話】で言いました。
「チーフ。爆発現場に散乱するシアンの腕や下半身の肉片と夥しい血痕、それから燃え上がる【乗り物】の残骸によって、【ザナドゥ】独裁政権は……シアンが死亡した……と断定しました」
ミネルヴァが報告します。
「【輸送機】部隊の存在には気付かれていないのですか?」
「はい。【コンシェルジュ】も【輸送機】も【認識阻害】とステルスにより、完璧に隠蔽出来ています。【ザナドゥ】には、ゲームマスター本部が用いる隠蔽技術を探知可能な【魔力探知装置】も高度なレーダーもありません」
「わかりました」
「シアン。そういう訳ですから、あなたは安心して休んでいて下さい。【ワールド・コア・ルーム】は、宇宙で最も安全な場所です。あなたの怪我は完治しましたので、しばらくすれば問題なく回復します。ただし、未だ再生された組織が馴染んでいないので、当面無理は禁物です。しばらくは【コンシェルジュ】達の看護を受けて横になって過ごした方が良いでしょう。私は、今から【竜城】に向かってアルフォンシーナさんと会って、あなたの今後の事を相談します。何か訊きたい事や、欲しいモノがあれば、【念話】でミネルヴァか【コンシェルジュ】達に言って下さい」
【調停者】様……まだ、混乱しておりますが、生命をお救い下さりありがとうございます。
シアン・ルーは上体を起こし頭を下げ、【念話】で言いました。
私は頷いて医務室を後にします。
・・・
ノヒト・ナカ執務室。
「チーフ。【ザナドゥ】独裁政権は、随分前からジア・ジアン(シアン・ルー)がスパイだという情報を掴み内定捜査をしていたようです」
ミネルヴァが報告しました。
「何故【ザナドゥ】独裁政権はジア・ジアン(シアン・ルー)を逮捕拘束して口を割らせ、【ザナドゥ】国内のスパイ網を炙り出したり、背後関係を調べたりしないのでしょうか?」
「逮捕するまでもなく、既にジア・ジアン(シアン・ルー)への内定によって【ザナドゥ】国内のスパイ網の捜査は完了していたのでしょう。ジア・ジアン(シアン・ルー)の暗殺未遂と同時に、彼女に繋がる連絡員や工作員や情報提供者の多くが【ザナドゥ】の秘密警察によって一斉逮捕されています。もはや、ジア・ジアン(シアン・ルー)本人を叩かなくても、そちらの線から、ジア・ジアン(シアン・ルー)による【ザナドゥ】国内のスパイ活動の全容は判明すると考えたのでしょう。そして、【ザナドゥ】独裁政権がジア・ジアン(シアン・ルー)を逮捕せず、殺害を選択した最たる理由は、彼女が【ザナドゥ】軍内に強い影響力を持つ大物だったので、【ザナドゥ】独裁政権も慎重になったのだと推定出来ます。下手にジア・ジアン(シアン・ルー)を逮捕などすると、彼女が以前に率いていた【ザナドゥ】海軍の艦隊などが、ジア・ジアン(シアン・ルー)の身柄奪還を企図して反乱などを起こす可能性なども危惧したのかもしれません。また、ジア・ジアン(シアン・ルー)の背後関係は【ドラゴニーア】や自由同盟だとわかりきっているので、改めて調べる必要はありません」
「なるほど。面倒が起きるかもしれないならば、いっその事殺してしまえ……という訳ですか?随分と拙速というか乱暴というか……。そもそも軍法会議も裁判もなく、いきなり爆弾で暗殺という感性が理解出来ません」
「【ザナドゥ】は、憲法と国内法と政府の上に、全体主義政党があるという権威独裁国家ですので」
「私が今から【コンロン】に乗り込んで、独裁政権の指導部を根刮ぎ引っ捕らえて来てしまいましょうか?」
私はゲーム時代にグレモリー・グリモワールとして【コンロン】の宮城に単身乗り込んで、当時の皇帝と取り巻きを纏めて去勢してやった事もありますので、【コンロン】への殴り込みのノウハウは既に持っています。
「そうしますか?」
「……いいえ。やはり、ゲームマスターの遵守条項を守りましょう……こういう事は一度思慮分別を失って一線を越えてしまうと、際限がなくなりますからね……私は、ゲームマスターの領分を守ります」
「了解です」
「何処から……ジア・ジアン(シアン・ルー)が【ドラゴニーア】のスパイ……だという情報が漏れたのでしょうね?【乗り物】爆弾を使うという大掛かりな暗殺手段を用いていますので、私達が昨日シアン・ルーの身柄を保護する決定をしてから、準備した訳ではないでしょう?つまり、昨日の話し合いが漏れたのではありませんよね?」
「はい。【ザナドゥ】独裁政権は、少なくとも3年前にはジア・ジアン(シアン・ルー)が【ドラゴニーア】のスパイである事に気が付いていたと思われます」
3年前……。
私は、偶然にしては出来過ぎな年月の付合に気付きました。
ジア・ジアン(シアン・ルー)の現職は、【ザナドゥ】人民軍首都防衛隊指揮官で階級は大佐です。
しかし、3年前まで彼女は、【ザナドゥ】海軍北洋艦隊提督で階級は中将でした。
ジア・ジアン(シアン・ルー)は、【ザナドゥ】独裁政権によって左遷及び降格されていたのです。
ジア・ジアン(シアン・ルー)が左遷・降格された経緯は……。
3年前、【ニダヴェリール】船籍の貿易船が【ザナドゥ】沖合の公海を【タカマガハラ皇国】目指して航行中、【シー・サーペント】の群と【遭遇】し救難信号を発しました。
【ザナドゥ】独裁政権にとって、【ニダヴェリール】も【タカマガハラ皇国】も敵対国家だった為、貿易船を見殺しにするように命令したのです。
しかし、当時当該海域を担当する北洋艦隊を率いていたジア・ジアン(シアン・ルー)提督は、【ザナドゥ】独裁政権の命令を黙殺して【ニダヴェリール】船籍の貿易船を救援しました。
ジア・ジアン(シアン・ルー)提督は……通信機が不調で、政権指導部の命令が聞こえなかった……と嘯きましたが、【ザナドゥ】独裁政権はジア・ジアン(シアン・ルー)提督の命令違反を重く見て、彼女を粛清して左遷・降格したのだと考えられています。
現在【ザナドゥ】独裁政権は、自由同盟陣営に対して大規模な軍事行動を企てていました。
その派兵に伴い手薄になった首都【コンロン】で、首都防衛責任者であるジア・ジアン(シアン・ルー)大佐がクーデターを起こし、【ザナドゥ】独裁政権の転覆を図ろうとするのが、アルフォンシーナさんが仕掛けた謀略です。
その後、アルフォンシーナさんは、私の進言を受け入れて謀略の発動を保留しましたけれどね。
アルフォンシーナさんは……このタイミングで、ジア・ジアン(シアン・ルー)が左遷・降格され【ザナドゥ】首都【コンロン】の防衛責任者の任にあったのは偶然で、幸運だった……と評していました。
しかし、【ザナドゥ】独裁政権が、ジア・ジアン(シアン・ルー)が【ドラゴニーア】のスパイである事を3年前から気付いていたのだとすると、彼女の左遷による任地変更には別の意味が想起されます。
「つまり、【ザナドゥ】独裁政権は、3年前からジア・ジアン(シアン・ルー)がスパイだと気付いていて、敢えて彼女を泳がせ、【ザナドゥ】国内のスパイ網を暴き、そして最終的にはジア・ジアン(シアン・ルー)を殺す為に、目が届き易い首都【コンロン】の防衛責任者に人事異動させたのですね。ジア・ジアン(シアン・ルー)が【ニダヴェリール】の貿易船を救命した命令違反など建前だった訳です」
「結果から見れば、その可能性が高いでしょう」
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