第1184話。暗殺。
異世界転移58日目(世界暦919年10月28日)。
未明。
【ワールド・コア・ルーム】ノヒト・ナカ執務室。
帰還しました。
輸送作戦を手伝ってくれたゲームマスター本部チームと【レジョーネ】のメンバーは解散しています。
まだ時間が早いので、2時間程の仮眠を取るのだとか。
【レジョーネ】とは、また朝食の際に【竜城】で合流します。
輸送した【パノニア王国】民は、いつもの通り【コンシェルジュ】と【天使】達によるガイダンスと健康診断と相談対応を受けて、それぞれ【知の回廊】内の居住区画に入りました。
こちらは、ミネルヴァに任せておけば良いでしょう。
「おはようございます」
私付きの【コンシェルジュ】が挨拶をします。
「おはよう」
「お飲み物をお持ちしますか?」
「カプチーノをお願いします」
「畏まりました」
私は【共有アクセス権】のプラットフォームを見て、瞬時に必要な決裁を済ませました。
「おはようございます、チーフ。お疲れ様でした」
ミネルヴァが言います。
「おはよう、ミネルヴァ。前回は地獄でしたが、今回の輸送は比較的楽でしたよ」
「【パノニア王国】民の輸送作戦完了まで、【レジョーネ】には協力してもらえます」
「それは有難いですね」
「今朝の報告は4つです」
「何ですか?」
ミネルヴァは……報告は4つ……と言いましたが、ミネルヴァから私に報告すべき内容が……全部で4つしかない……という意味ではありません。
【共有アクセス権】のプラットフォームには、常にゲームマスター本部の責任者である私が承認しなければならない様々な案件と、私が知っておかなければならない大量の報告や連絡がアップされています。
毎日私に上がって来る情報は、細かなトピックや前日までの重複なども含めれば、4つどころか、4桁に及びました。
しかし、これらは私が確認して問題がなければ決裁を行ったり、機械的に了解していれば済む内容ですので、ミネルヴァがワザワザ言葉で報告する必要はありません。
ミネルヴァが口頭で報告して来る案件は、報・連・相で言えば……相談……に相当するモノでした。
ミネルヴァが私に相談をするのは、未知の問題、複数の合理的選択肢がある問題、以前とは状況が変化した問題について、私がゲームマスター本部としての見解や方針を決定する必要が生じた場合です。
逆に言えば、既知で、為すべき事が明らかで、状況が変わらなければ、私の決定に基づいてミネルヴァの裁量で問題を処理する事が出来ました。
つまり、ミネルヴァの言葉の意味は……ゲームマスター本部の最高意思決定者である私が何らかの決定をしなければならない問題が現在4つある……という事。
「1つ目の報告は、【ゴブリン自治領】に侵攻した【ザナドゥ】軍によって、【ゴブリン自治領】の事実上の君主であったスル・レイリークと彼の一族の者達が全員処刑されました」
ミネルヴァは報告します。
「ん?【ゴブリン自治領】の指導者層は、揃って【ザナドゥ】に無条件降伏して服従の意思を示したのですよね?であるならば、殺す必要はないのではありませんか?」
「スル・レイリークと彼の一族は、元々は親【ザナドゥ】独裁政権の立場でした。そもそもレイリーク一族が【ゴブリン自治領】の事実上の君主になったのは、【ザナドゥ】独裁政権がレイリーク一族の後ろ盾になったからです。つまり、スル・レイリークは【ザナドゥ】独裁政権の傀儡でした。しかし、チーフによって【神竜】さんが復活し現世に存在を固定された後、スル・レイリークと彼の一族は、【神竜】さんと【ドラゴニーア】の圧倒的な強さを恐れ、【ザナドゥ】独裁政権を裏切って自由同盟側に寝返ろうと画策し、【神竜】さんと【ドラゴニーア】の庇護を受けようとしました。周知の通り、その企だてはスル・レイリークと彼の一族が余りにも愚かだった為に失敗しました。【ザナドゥ】侵攻軍がスル・レイリークと彼の一族を処刑したのは、その裏切りに対する制裁だと思われます。また、スル・レイリークと彼の一族は、もはや【ゴブリン自治領】民から全く支持されていない死に体の政権なので、【ザナドゥ】独裁政権は……スル・レイリークと彼の一族には全く利用価値がない。それどころか【ザナドゥ】独裁政権がレイリーク一族の後ろ盾を続けていると逆にマイナスになる……と判断して処刑したのでしょう。【ザナドゥ】独裁政権は、【ゴブリン自治領】内の有力者の中から新しい指導者を擁立して新しい傀儡にするつもりです。スル・レイリークと彼の一族は、醜悪な暴政を極めていたので、【ゴブリン自治領】民から蛇蝎の如く憎まれていました。従って、レイリーク一族を処刑した【ザナドゥ】侵攻軍は、【ゴブリン自治領】民から……解放軍……として熱狂的に歓迎されるムードになっています」
「【ザナドゥ】独裁政権が立てた傀儡の指導者達を、【ザナドゥ】侵攻軍が処刑したら、傀儡の指導者達を憎んでいた現地住民達が歓喜して解放軍として歓迎されるとは……随分とおかしな状況になっていますね。これは、単なる【ザナドゥ】独裁政権によるマッチ・ポンプですよね?【ゴブリン自治領】民は、それを理解していないのでしょうか?」
「ロザリア・ロンバルディアの分析によると、【ゴブリン自治領】民の性質は相当に特殊で、物事の本質や道理などに深く思慮を巡らせず、常に短絡的で目先の利益にしか興味がなく、弱者に鞭打ち強者に媚びるのが彼らの行動原理であり正義なのだそうです」
ロザリア・ロンバルディアは、当代の【研聖】であり、【ドラゴニーア】の首席国家魔導師であり、同教育長官であり、【神竜神殿】の大神官であるアルフォンシーナさんの相談役であり、【ドラゴニーア】の国家的頭脳と呼ばれていました。
「あ、そう。その分析が事実なら、【ゴブリン自治領】民とは余り関わり合いになりたくないですね……。それはともかく、【ザナドゥ】侵攻軍が【ゴブリン自治領】民から歓迎されているとするなら、現在【タカマガハラ皇国】側に撤退している自由同盟側に付いたレジスタンスにとっては良くない状況になってしまったのではありませんか?」
「一時的には、その通りです。しかし、直ぐに【ザナドゥ】独裁政権の化けの皮は剥がれます。【ザナドゥ】独裁政権の目的は、【ゴブリン自治領】を完全に支配して併合し、【ゴブリン自治領】民を徴募して死兵や奴隷にする事です。実際【ザナドゥ】侵攻軍は現地で徴募を開始しています。徴募された【ゴブリン自治領】民は、劣悪な環境下無報酬で酷使される凄惨な未来があるだけなので、【ザナドゥ】侵攻軍が【ゴブリン自治領】民から解放軍と呼ばれるのも今だけでしょう」
「【ザナドゥ】侵攻軍が【ゴブリン自治領】民から支持されるのも一過でしかない訳ですね。【ザナドゥ】独裁政権が馬脚を露わした段階で、レジスタンスが自由同盟側の支援を受けて、【ザナドゥ】独裁政権の傀儡である【ゴブリン自治領】の新指導者を打倒すれば、レジスタンスが【ゴブリン自治領】民の支持を得られると?」
「断言は出来ませんが、ソフィアさんやアルフォンシーナ・ロマリアはそのように考えています。以上が【ゴブリン自治領】に関する最新の報告ですが、ゲームマスター本部としては、当初の予定通り【ザナドゥ】独裁政権による【ゴブリン自治領】侵攻には不介入方針のままで良いですか?」
「はい。人種の紛争には介入しません。【ザナドゥ】独裁政権が【ゴブリン自治領】民を実際に隷属すれば、【世界の理】違反として取り締まり対象になりますが、現時点では【ゴブリン自治領】民が自主的に徴募に応じている段階なので、一応の名目上は雇用関係です。後から騙されたと気付いても、その時点では、まだ詐欺に過ぎません。ゲームマスター本部が介入するのは、【ザナドゥ】に徴募された【ゴブリン自治領】民が実際に奴隷化された後です。そもそも奴隷制国家の【ザナドゥ】独裁政権への対応を優先順位の問題で後回しにしている状況ですから、今更ですしね。【ザナドゥ】独裁政権による奴隷制に関する執行は、余罪も含めて【魔界】平定戦後に纏めて行います」
「了解しました。2つ目の報告です。当代の【串聖】である可能性が高いシリロ・カルボーニを【タカマガハラ皇国】・【キョート】近郊の宿屋で完全に捕捉しました。既に複数の【キー・ホール】で周辺を固めています。シリロ・カルボーニの起床に合わせて現地にウィローを送り、平和的に接触を図りたいと思います」
「ウィローですか?」
「トリニティやカリュプソは【魔人】ですので、もしかしたらシリロ・カルボーニに警戒感を抱かせるかもしれません。ウィローは【祖霊】ですが受肉した外見上は【人】ですので第一印象で誤解を受ける懸念がありません。また、トリニティをイースト大陸に向かわせると、その時点で彼女に発給されて保留されている【始まりの秘跡】のシナリオが進行し、不測の事態に巻き込まれる可能性があります。ガブリエルは、現代の日本サーバー(【地上界】)の人種にとって見慣れない【天使】族なので驚かせる可能性がありますが、人化を取らせれば外見上の問題はありません。しかし、コミュニケーション能力の面で、軍司令官を長年務めて来たガブリエルよりも、生前は貴族令嬢だったウィローの方が言葉遣いや立ち居振る舞いの面で、平和的にシリロ・カルボーニと接触を取らせる使者には適任です」
「なるほど、わかりました。理解しているとは思いますが、シリロ・カルボーニ氏は、私の弟子であるモルガーナが……【串聖】に槍術を師事したい……と願って接触を図るのですから、丁重に接遇するようにウィローに伝えて下さい。必要ならば、ゲームマスターの名前を出しても構いません」
「了解です。3つ目の報告です。ジア・ジアンこと、【ドラゴニーア】が【ザナドゥ】に送り込んでいるスパイのシアン・ルーについてです」
「あ〜、身柄を保護しに行く予定でしたね。忘れていた訳ではありませんよ。この後ちゃんと迎えに行って来ますので」
「状況が変わりました。つい先程ジア・ジアン(シアン・ルー)が駐屯地から退勤する為、送迎用の軍用【乗り物】に乗り込もうとしたところ、仕掛けられていた爆発物が起爆しました」
!
「しまったぁ〜っ!……テロですか?」
「はい。この爆発は明確にジア・ジアン(シアン・ルー)の生命を狙ったモノですので、むしろ暗殺と呼んだ方が適切かもしれません」
暗殺。
私が、早く保護に向かっていれば……。
シアン・ルーは【ザナドゥ】の奴隷という出自に生まれました。
彼女は、家族や親類らと共に奴隷として働かされていた国営集団農場から逃亡したのです。
しかし、シアン・ルー達が逃亡の為に用いたボートは粗末で、荒海を漂流してしまいました。
ボートが、奇跡的にセントラル大陸に流れ着いた時、唯一の生存者がシアン・ルーだったのです。
シアン・ルーは亡命者として【ドラゴニーア】に保護されました。
やがて、成長したシアン・ルーは、自ら志願して【ドラゴニーア】のスパイとして【ザナドゥ】に潜入・浸透する任務に身を投じます。
ジア・ジアンというアンダー・カバーに変わったシアン・ルーは、【ザナドゥ】軍に加わり目覚ましい武功を立てて出世しました。
奴隷制を採用し【世界の理】に反する【ザナドゥ】を、私はゲームマスターとして是認しません。
【魔界】平定戦が片付けば、ほぼ間違いなく現在の【ザナドゥ】独裁政権は、私が滅ぼす事になるでしょう。
【ザナドゥ】独裁政権が滅亡・解体された後、新しく建国される【ザナドゥ】のリーダーとして白羽の矢が立ったのが、シアン・ルーでした。
守護竜達の相談によって、シアン・ルーは王政復古した新【ザナドゥ】の女王に内定していたのです。
なので、私はシアン・ルーの身柄を保護しに【ザナドゥ】に向かう予定でした。
本来なら、この後に……。
「どうやら、【ザナドゥ】独裁政権にジア・ジアン(シアン・ルー)が【ドラゴニーア】のスパイだと気付かれたようです。【ザナドゥ】独裁政権がジア・ジアン(シアン・ルー)を逮捕・拘束せず、いきなり爆殺を企だてた理由は、彼女が【ザナドゥ】国民から……国家の英雄……と見做されていたからでしょう。国家の英雄が、実は敵国【ドラゴニーア】のスパイだったと国民に知られて動揺が広がり、スパイに気付かなかった独裁政権の無能を晒すよりは、ジア・ジアン(シアン・ルー)が国家の英雄のまま犯人不明のテロで死んだ方が、【ザナドゥ】独裁政権の面子が立つという思惑のようです」
「プロパガンダですか?しかし、保護が間に合わず本当に悔やまれます。こんな事になるなら、モタモタしていないで最優先で身柄確保に向かうべきでした。痛恨事としか言いようがありません……」
「問題ありません。シアン・ルーは下顎と両腕と尻尾の大部分と下腹部を吹き飛ばされ、内臓にも致命的なダメージを受ける重体でしたが、辛うじて一命を取り留め無事です。【ザナドゥ】へ送り込んでいた【輸送機】部隊がシアン・ルーを回収し、【コンシェルジュ】達が救命活動を行い、一先ず生命の危機を脱し容態は安定しました。現在シアン・ルーは【輸送機】内の【医療ポッド】に入っています。速やかにチーフが治療を行えば、完全に治癒するでしょう」
「ミネルヴァが保護してくれていましたか!?直ぐに治療に向かいます」
私は【転移】しました。
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