第1183話。オタクの本気は月に届く。
【ワールド・コア・ルーム】の洋食屋。
「……それで、ロルフは【ガチャ】の景品で【機械細胞】を貰った、と」
「ノヒト先生。【機械細胞】って何ですか?もしかして、ロルフは【機械細胞】を自分に移植して機械生命体に変身しちゃうとかですか?」
ハリエットが訊ねました。
「いいえ。【機械細胞】とは簡単に言うと、自作【ドロイド】用の基幹パーツです。【機械細胞】を【魔法石】に接続すれば、【ドロイド】の中央演算処理装置になります」
「なら、【魔法石】と組み合わせれば【ドロイド】の【コア】になる部品という事ですね?」
リスベットが質問します。
「【コア】になるというか、そのフレームにはなりますね。【魔法石】と【機械細胞】を組み合わせただけでは、まだプログラムが空っぽなので【ドロイド】の【コア】としては機能しません」
「そのプログラムというのは、簡単に出来るのですか?」
「簡単ではありませんね。例えば、人型のロボットを作って、それを二足歩行させるだけでも大変です。ロボットが倒れないようにバランスを取らせて、片足を持ち上げて前方に下ろし、重心移動をして、後方の足を持ち上げて引き寄せて前方に出し……と繰り返す動作だけでも、無数の命令を実行させるようにプログラムを組まなければいけませんからね」
「ロルフは、また何でそんな面倒なモノを欲しがったのかしら?ロボットが欲しいなら、ソフィア様にロボットの完成品を【ガチャ】で出して頂くようにお願いすれば良かったのに」
「本当だよね?そんな玩具みたいなモノ……位階が高い【能力】とか、高性能のアイテムとか、そういう【宝】を見付けられる可能性がある【冒険の地図】とかの代わりに貰う程の【ガチャ】の景品なのかな?」
ハリエットが首を捻りました。
「ロルフが欲しかったのはロボットではなく、ロボットに自分で1からプログラムを組む経験なのだと思います。【超位魔法石】と【機械細胞】を接続して精緻なプログラムを組み上げれば、高度な自立【ドロイド】も作れます。ロルフは自分だけのオリジナル【ドロイド】を造ってみたかったのではないでしょうか?」
「オタクだね……」
ハリエットが言いました。
「本当に……」
リスベットが言います。
「オタクを馬鹿にしたモノではありませんよ。900年前に存在した世界史上最高の生産系ユーザー・サークルの【ヴァルプルギスの夜】のメンバーは、筋金入りのオタク達でしたからね。そういうオタク達が本気を出すと、世界最強の【ドラゴニーア】飛空船艦隊や、ロケットを飛ばして月面に巨大な基地も造ります。【ドロイド】造りの経験を通じたプログラミングの試行錯誤は、ロルフにとって実体験に基づいた確固たる知識の蓄積になる筈です」
「なるほど。そう意味なのですね……」
リスベットは頷きました。
「ふ〜ん。アタシには理解出来ないな〜。ま、ロルフが機械生命体とかにならなくて良かったよ」
ハリエットは言います。
「機械生命体なんか居る訳ないじゃない?」
リスベットが言いました。
「モフ太郎の冒険には、機械生命体軍団との死闘の回もあるよ」
「そんなの子供向けの絵本とか児童書の中の創作でしょう?」
「い〜や。モフ太郎の冒険は、事実を基に書かれているんだよ」
「ハリエット。モフ太郎様という英雄がいたのは事実でも、モフ太郎の冒険は後世の作家が面白おかしく作ったフィクションの物語なのよ」
「そんな事ないよ」
ハリエットはムキになって反論します。
「リスベット。モフ太郎の冒険の大部分は事実に即していますよ」
私はリスベットに言いました。
私はグレモリー・グリモワールとして、その……モフ太郎の冒険……の元ネタの幾つかに参加していましたからね。
「えっ!?では……宇宙から攻め寄せて来た機械生命体軍団との死闘……とかも史実なのですか?」
「はい。あれは事実です。そして、モフ太郎の冒険の中で描かれているモフ太郎氏が機械生命体軍団を打ち破った作戦は、実際に機械生命体への【対抗手段】として有効です」
「私は、アレは子供騙しかと思っていました」
「ほらね。モフ太郎の冒険は、実際に冒険者の知識として実用に耐え得るんだよ」
ハリエットが勝ち誇って言います。
「そうだったのね。ハリエット、子供騙しだなんて言ってごめんなさい」
リスベットは率直に謝罪しました。
「わかってくれれば良いよ。モフ太郎の冒険は、ソフィア様も……世に隠れなき高尚で芸術的な文学の金字塔……だって言ってたからね〜」
いや、そこまでのモノではありませんよ。
あれは、事実に即してはいますが、内容は純粋に児童文学です。
「ねえ、ハリエット。モフ太郎の冒険に書いてある機械生命体軍団に対抗する作戦て、どんなモノなの?」
イフォンネッタが訊ねました。
「あれはね〜。機械生命体に風邪を引かせたんだよ」
「風邪?機械生命体なのに風邪を引くの?」
「そう。機械生命体しか罹らない特別な風邪を、機械生命体の群に流行らせて全滅させたんだよ」
「良くわからないわね?」
一同は首を捻ります。
「機械生命体の本質は個にして全……つまり、個別の機械生命体はネット・ワークで繋がった同一自我なのです。モフ太郎氏は、機械生命体のメンテナンスや修理を行う母船に侵入して、全機械生命体のハブであるマザー・コンピューターをコンピューター・ウイルスに感染させました。その方法で内部から機械生命体のネットワークの全機体を完全に機能停止させられます」
私はハリエットの言葉を補足しました。
「コンピューター・ウイルス?良くそんな事を思い付きましたね?」
リスベットは目を見張ります。
「モフ太郎氏は、地球で計算機科学を研究する大学教授だったのです」
「史上最強の【剣宗】でありながら、同時に偉い学者様でもあるなんて、モフ太郎様は本当に凄いんだよ」
ハリエットは自慢しました。
「正に文武両道を極めた大英雄だわね」
リスベットが感嘆します。
一同は頷きました。
「チーフ。【レジョーネ】の皆さんが到着しました」
ミネルヴァが報告します。
昨日まで私は、【パンゲア】の【パノニア王国】民の輸送作戦を1人で行っていました。
しかし、都市部に集合した人達の纏った輸送が粗方進捗した後、残った人達は地方や辺境の小規模な町や集落に点在しているので、輸送効率が大幅に下がり、私の作業は滅茶苦茶大変になっているのです。
なので私は……今夜から【パノニア王国】民の輸送を【レジョーネ】にも手伝ってもらえないか……と、お願いしていました。
【レジョーネ】には沢山の優秀な【転移能力者】が揃っていますからね。
【レジョーネ】は、私の依頼を快諾してくれました。
ただし、リントとティファニーは、現在【サントゥアリーオ】の方が大変なので不参加です。
ノヒト……来たのじゃ。
ソフィアが【念話】で言いました。
今向かいます。
私は【念話】で返事をします。
「トリニティ、カルネディア。私は仕事に向かいます」
「私もカルネディアを寝かし付けたら合流致します」
トリニティは言いました。
「お父様。行ってらっしゃい」
カルネディアが言います。
私はトリニティとカルネディアに向かって頷きました。
「みんなも今日はありがとう。お休みなさい」
私は【ファミリアーレ】の女子チームに向かって言います。
「ノヒト先生。行ってらっしゃい」
ハリエットが言いました。
他の【ファミリアーレ】の女子チームも口々に挨拶をします。
私は、【レジョーネ】と合流する為に洋食屋を後にしました。
・・・
【ワールド・コア・ルーム】。
私が【ワールド・コア・ルーム】の表(地下空間なので屋外ではない)に向かうと、エントランス方向から【レジョーネ】がやって来ます。
輸送を手伝ってくれるメンバーは、ブリギット(ミネルヴァ)とカリュプソとガブリエル、【幕僚団】の【転移能力者】達、【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】と、ファヴとウィルヘルミナ、ニーズとユグドラ、ヨルムン。
トリニティは、カルネディアを寝かし付けたら合流する予定でした。
カルネディアは、フェリシテとセグレタリアが付いていてくれます。
ウィローは、一応輸送作戦を手伝ってくれる予定でしたが、まだ研究室に篭っているのでしょうか?
あ、ウィローがやって来ましたね。
これだけのメンバーが居れば、輸送作戦も捗るでしょう。
「今夜は宜しくお願いします」
「うむ、任せておけ。午後の公務の間、我はしっかり眠っておった故、仮眠はバッチリなのじゃ」
ソフィアがフンスと胸を張りました。
「公務で眠って、大丈夫なのですか?」
「我くらいの睡眠の達人になると、目を完全に開けたままでも熟睡出来るのじゃ。誰も我が眠っておったとは気付くまい」
眼球が乾きそうですね。
いや、そうでなくて。
私は、公務で眠っていて何も問題ないのかと訊ねたつもりなのですが……。
まあ、ソフィアの【ドラゴニーア】国家元首としての公務は、私には関係ありませんので如何でも良いのですけれどね。
「リントとティファニーは、【サントゥアリーオ】の方が大変な状況なので、今夜は急遽不参加になりました」
「うむ、リントから事情は聴いておる。致し方あるまい」
「では、【パンゲア】の【パノニア王国】に向かいます。現地で【レジョーネ】は私の指示で動いてもらいます。他はブリギット(ミネルヴァ)の指示で動いて下さい」
一同は頷きました。
私は、集まった全員を連れて【パンゲア】に【転移】します。
・・・
【七色星・マップ】。
【パンゲア】中央国家【パノニア王国】王都【パノニア】。
私達が、王都【パノニア】に到着すると、シピオーネ・アポカリプトとグゥイネス女王以下【パノニア王国】の首脳陣が出迎えてくれました。
いつもより出迎えの人数が多くて、多少仰々しい感じです。
【ストーリア】の神々が大勢やって来て、【パノニア王国】民の輸送を行ってくれるので、シピオーネ・アポカリプトが気を使って丁重に迎えてくれたのかもしれません。
いや、シピオーネ・アポカリプトは脳筋ですから、おそらくグゥイネス女王など側近の気遣いなのでしょう。
私達はお互いに略式儀礼で挨拶を交わしました。
「シピオーネ。何か問題はありますか?」
「問題は昨日までと同じで、高齢者や幼い子供などがいる世帯は集合がままならなず分散している。皆々様には御負担を掛けてしまい申し訳ありません。それ以外は、人が居なくなった場所で多少魔物が湧き始めた程度ですが、ま、今ん所は【中位】以下の雑魚がチラホラという程度なので、特段の問題はありません」
シピオーネ・アポカリプトは言います。
「この見返りは後でノヒトに請求する故、シピオーネは気にするでない。魔物もサーチに掛かるようなら、逐次駆除しておこう。大船に乗ったつもりで我らに任せておけ」
ソフィアが言いました。
「あはは……それは有難いです。皆々様、今日のリストと地図です」
シピオーネ・アポカリプトがリストと地図を配布します。
即座にブリギット(ミネルヴァ)が【共有アクセス権】にリストと地図を表示しました。
「早速、作業を始めましょう。取り敢えず、最初に私とブリギット(ミネルヴァ)で、各自に担当してもらう領域の上空に【転移】で送ります。そからは、各自で現地と【シエーロ】とのピストン輸送をお願いします」
一同は了解します。
私達は輸送作戦を開始しました。
・・・
【竜都】標準時では日付が変わっています。
輸送作戦の今夜のノルマは終了しました。
【レジョーネ】に手伝ってもらったおかげで、作業自体はスムーズに進捗して、想定より速く完了しています。
途中……ソフィアが作業に飽きてゴネ始める……という案の定の出来事がありましたが、想定の範囲内。
その分は、他のメンバーが頑張ってくれたので大きな問題ではありません。
グゥイネス女王に接待されて勝手に休憩をしていた【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】は……ゲームマスター本部からの今夜の輸送作戦のお手伝い報酬はなし……という事になりました。
「何故じゃ!?我は途中までは【パノニア王国】の民を輸送したのじゃ。報酬減額ならわかるが、全くなしというのは酷いのじゃっ!」
ソフィアは抗議します。
「本来なら様々な調整や指揮などで忙しいグゥイネス女王を3時間も拘束して接待をさせ、【パノニア王国】のお菓子などを大量に食べ散らかした挙句、報酬を貰う気でいるのですか?」
「接待など我が頼んだ訳ではないのじゃ」
「でも、お菓子は平らげたのですよね?7回もお代わりを要求して。【パノニア王国】の食糧事情は、余り潤沢ではないのですよ。ソフィアが食べた量は、【パノニア王国】民の何人分の食糧なのか知っていますか?」
「ぐぬっ……」
「ソフィアに当初約束した報酬を支払っても構いませんが、グゥイネス女王の拘束時間を換算した経費と、ソフィアがサボった分を埋め合わせたトリニティ達に、それぞれソフィアの取り分から報酬を分けて下さいね。それで、実質ソフィアの受け取り分の報酬はなくなる筈ですが?」
「ぐぬぬ……」
「途中までとはいえ、ソフィアが手伝ってくれた事には感謝しています。ありがとうございました。この、お礼が、実質的な今夜のソフィアへの報酬です」
「ぐぬぬぬ……ノヒトは意地悪なのじゃーーっ!」
【パノニア王国】の空に、ソフィアの絶叫が響きました。
まあ、結局は後でミネルヴァから、ソフィア達にも満額報酬が支払われるのですけれどね。
お読み頂き、ありがとうございます。
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活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
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【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
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