第1179話。親バカだって良いじゃない、娘が可愛いんだもの。
【ワールド・コア・ルーム】の洋食屋。
食後のコーヒー・タイム。
カルネディアの……大人様ランチ……は、私とトリニティとフェリシテが助けたものの、半分がセグレタリアの【宝物庫】行きになりました。
それでも、カルネディアは相当量を食べていたので、やはり【魔人】の強靭な胃袋には感服します。
【ファミリアーレ】の女子チームが、メニューを見ながら姦しくデザートを選んでいる様子を、カルネディアは羨ましそうに眺めていました。
カルネディアもデザートを注文したいようです。
しかし、トリニティが……カルネディアは既に大人様ランチのセットとしてデザートのバケツ・プリンを食べたのだし、そもそも自分で注文した大人様ランチが食べ切れずに残したのだから……と、食後のデザートの追加注文を許可してくれません。
トリニティには……デザート別腹理論……は通用しないようです。
カルネディアは、大人様ランチを食べきれずに半分【宝物庫】に回収しましたが、バケツ・プリンは最初に手を付け食べきっていました。
カルネディアは子供だからか、女の子だからか、やはり甘い物が好きみたいです。
「トリニティ。カルネディアにデザートを頼んであげましょう」
私は、娘に甘い父親ポジションで言いました。
「恐れながら、カルネディアは自分で注文した食事を食べ残しました。新しくデザートを注文するのは、リソースの利用という観点から言って、非効率で不経済だと愚考致します」
トリニティが反駁します。
「論理的にはトリニティが完全に正しいです。しかし、カルネディアは子供です。一般論ですが、子供は自分の願望と合理的判断との折り合いを付けるのが容易ではありません。また、激しい飢餓や欠乏を経験した者の特徴として、食糧や物資などを必要以上に備蓄したがる傾向が顕著になります。それに既に備蓄があっても、新しいモノが欲しくなる……という消費欲は人には良くある本能的な衝動です」
「欲望に際限がないのは愚かな人種の性質でございます。私達【魔人】は人種と比較して、遥かに理知に立脚する種族です。カルネディアは子供とは言え【魔人】なのですから、理を説けば理解出来ますし、自分の欲望をコントロールする事が出来ます」
正論過ぎて何も言い返せませんね。
トリニティは大概の場合、私の指示や説諭や提案に反論する事はなく……仰せのままに……と言って従います。
しかし、それは基本的に私の指示や説諭や提案が理に適っているからでした。
既にプリンを食べた上に食事を食べ残したカルネディアが、デザートを追加注文するのは整合性がありません。
それを踏まえて、尚も私がカルネディアを甘やかそうとすれば、当然トリニティは理由を訊ねますし、反論もします。
トリニティはカルネディアの躾には存外厳しいですからね。
カルネディアの将来の事を考えて厳しく接するのは、トリニティの母としての深い愛情に他なりません。
そして、トリニティが言う通り、高度な知性を持つ【魔人】は基本的に人種よりも合理的な判断が出来るようにプログラムされています。
【魔人】の中には【ワー・クリーチャー】や【ヴァンパィア】や【夢魔】族のように、繁殖が可能な種族もいますが、基本的には繁殖しない【スポーン】個体が大半でした。
繁殖によって生まれ、親や社会から必要な知識を学ぶ人種とは異なり、ある日突然世界に【スポーン】して孤独な状況から人生を始める【魔人】は、当然ながら人種より知性的な性質に創られていなければならない訳です。
【魔人】の【ゴルゴーン】であるカルネディアは、幼いながら種族の性質として理知的な判断が出来ました。
そうでなければ、とっくにカルネディアは【老婆達の森】で死んでいたでしょう。
また、カルネディアの姉達が自分が飢えているのに、妹達に自分の食べ物を与えて餓死してしまった理由も、【魔人】に生まれ付き非情なまでの合理性と高い知性が備わっていたからかもしれません。
なので、カルネディアは、今もデザートを強請ったりせず、楽しそうにデザートを選んでいる【ファミリアーレ】の様子を見詰めながらグッと我慢しています。
しかし、まだ幼いカルネディアが理性を発揮して必死に我慢している様子が、見ていて余計に切ないのですよ。
これなら……デザートが食べたい〜……と駄々を捏ねて床を転げ回って手足をバタバタしてくれた方が、ずっと気が楽です。
「カルネディア。デザートは何が食べたいですか?」
私は我慢出来ずにメニューのデザート・ページを開いて訊ねました。
「マイ・マスター……」
すかさずトリニティが私を窘めます。
「私はご飯を残して、もうプリンも食べたので我慢します」
カルネディアも首を振りました。
「例えばです。例えば、今カルネディアがデザートを頼むとしたら何が食べたいですか?」
「これです……」
カルネディアはメニューの写真を指差します。
ストロベリー・ヨーグルト・サンデーですね。
オーケー、オーケー。
「ストロベリー・ヨーグルト・サンデーを追加で1つお願いします」
私は【コンシェルジュ】に注文しました。
「畏まりました」
【コンシェルジュ】は了解して厨房に向かいます。
「えっ?」
カルネディアは、私とトリニティの顔を期待と引け目が相半ばする表情でキョロキョロと見比べました。
「マイ・マスター。これは、カルネディアにとって余り良くない前例になると思います」
トリニティが毅然とした口調で言います。
「トリニティ。誤解しないで下さい。ストロベリー・ヨーグルト・サンデーは私が食べたいから注文したのです」
「あ……」
カルネディアは、デザートが自分のモノではないと知って俯きました。
「はぁ……」
トリニティは私の魂胆がわかっているので嘆息して黙って首を振ります。
程なくして……。
「ストロベリー・ヨーグルト・サンデーでございます」
【コンシェルジュ】がデザートを運んで来ました。
「あ〜、何だか急にお腹が痛くなって来ました。このストロベリー・ヨーグルト・サンデーは食べられそうにありません。止むを得ませんね……これはカルネディアに食べてもらいましょう。はい、どうぞ」
私は、デザートをカルネディアの前に移動させました。
とんだ三文芝居です。
親バカ?バカ親?
そうですが何か?
カルネディアのように、僅か10歳で、頼るべき親も大人達も誰もいない深い森の奥で、3人の姉達が衰弱して亡くなる姿を看取り、最後はたった1人になりながら必死にサバイバルを生き延びて来た子供は、少しくらい甘やかされる権利があると思います。
ストロベリー・ヨーグルト・サンデー1つくらい甘やかした内には入りませんよ。
「えっ?良いの?」
カルネディアが不安そうに訊ねました。
「お腹が痛いので仕方なくカルネディアに食べてもらうのです。これはリソースの無駄を防ぐ意味で妥当な判断です」
「お母様?」
カルネディアは、戸惑いながらトリニティの顔を見上げます。
「カルネディア。今回は特別です。次回からは食べ物の分量などを事前に良く考えて適切に注文を選択するように心掛けなさい」
トリニティは説諭しました。
「わかりました」
カルネディアは頷きます。
尚も遠慮がちなカルネディアを私が促して、彼女はストロベリー・ヨーグルト・サンデーを美味しそうに食べ始めました。
良し良し。
・・・
さてと、私は先程の話の続きをします。
私は食事が始まる前に、この場にいる【ファミリアーレ】の女子メンバーから、今日の出来事の報告を受けていました。
普段なら【ファミリアーレ】から1日の報告をメールで送ってもらっています。
ハリエットが……今日は直接報告をしたから、レポート提出はなし……と言いましたが、それとこれとは話が別。
私が【ファミリアーレ】の子達に課した毎日のレポートは、単に私が【ファミリアーレ】の様子を知るという以上の目的があるのです。
私が【ファミリアーレ】に毎日レポートを書かせる理由は、やがて【ファミリアーレ】が私の庇護下から独立する際に、政府やギルドや企業などでも通用する報告書の書式を覚えておけば、きっと仕事探しなどで役立つと考えたからでした。
私は、報告書やレポートなど……必要最小限の文字数で要点を過不足なく纏めて、誰が読んでも誤解なく理解出来る内容……を書きさえすれば良いので、義務教育を受けていれば馬鹿にでも書けると考えていましたが、実際には私のゲーム会社にも報告書やレポートが書けない社員やスタッフがいて驚いた記憶があります。
どうやら……誰が読んでも誤解なく理解出来る……という演繹はもちろん、三段論法でさえ日本では高等教育以上で学ぶのだとか。
私は小中高は日本のインターに通って、大学と院はアメリカだったので意外でした。
スピーチやディベートなどは日本の公立学校ではカリキュラムにないみたいです。
演繹などを含む反証可能性は科学の基礎中の基礎なのに、それを学ばずに日本の学生は如何やって数学や物理を理解しているのでしょうか?
謎です。
私が、うちの会社に入って一部署を任された時に最初にやった事は、ホワイト・ボードの前に部下を集めて報告書やレポートの書き方を教える事でしたからね。
なので、口頭で報告を受けたからといって、【ファミリアーレ】の今日のレポート提出が免除される事はありません。
「サブリナ。あなたは、午後【剣聖】流道場で何をしたのですか?」
「私は、【剣聖】様と師範代から副武装の【フランベルジュ】での近接戦闘を教えて頂きました。それから主武装の弓の方は、少しフォームを修正して頂きました。腕ではなく肩甲骨を使うと効率的に力が使え、引き尺が大きく取れて威力と飛距離が上がり、疲れ難い、と」
サブリナが言いました。
「なるほど。人体の構造から言って、末端の筋肉より体幹に近い筋肉程大きくて強いモノです。腕力より身体全体を使った方が大きな力を出せますし、筋肉疲労も軽減出来ます。それは大切な指摘ですね」
日本の武道などで、腰を重要視する理由も身体の中心にあり人体の中でも大きな筋肉が幾つも繋がる腰を使えば効率良く全身を動かせるからです。
「肩甲骨周りにある幾つかの背中の筋肉の動きを意識すると、不思議な程無理なく大きく弦を引けるようになりました」
どうしても私は、キー操作1つで自動的にモーションが起動するゲームの感覚に影響されている所為か……特定の動作について何処の筋肉や関節を使うべきか……という視点が抜け落ちる傾向がありました。
【ファミリアーレ】を【剣聖】流道場に出稽古に向かわせて良かったです。
「グロリアとイフォンネッタは?あなた達は【竜城】で【高位女神官】の皆さんから【回復・治癒職】としての知識と技術を指導してもらったのですよね?」
「はい。魔力量や魔法制御能力を上げるのは大変だけれど、医療の知識と技術は学べば学んだだけモノになるから、座学は大切だ……という事に改めて気付かされました」
グロリアが言いました。
「そうですね。ともすると、こちらの世界では【回復】や【治癒】などの魔法的治療行為を……神の加護や、信仰の恩恵……などと捉えがちですが、【治療魔法】の根幹は医療であり施術です」
「はい」
まあ、【神官】や【僧侶】など信仰系の【回復・治癒職】は、【創造主】や主祭神である守護竜に敬虔な信仰を捧げる事で、魔力量が増えたり、魔法制御が高まるなど実際に恩恵を受けますので、この世界の医療は、ある意味では信仰と同期しています。
しかし、具体的に傷病者を治療する際には、病理学や生理学や解剖学の知識と、具体的な外科的・内科的・整形外科的な技術を持っていなければ魔力コストばかり無駄に掛かって有効な治療が行えません。
魔法の運用にも、系統的学識が必須なのです。
「イフォンネッタは?」
「私には、信仰系の【回復・治癒職】であるグロリアよりも、より医学の知識や技術が必要になると言われました」
イフォンネッタは言いました。
「イフォンネッタの【職種】は、必ずしも信仰に依拠しない【医療魔法士】です。【医療魔法士】は信仰する神への祈りによって魔力量が増えたり、魔法制御が高まる事はありません。信仰によって魔力量や魔法制御の恩恵が受けられないイフォンネッタにとって、より医学の知識や医療行為の技術が重要性を増す事は言うまでありませんね。しかし、信仰の恩恵がない【医療魔法士】の【職種】は、相応の素質がなければ発現しないので、それだけイフォンネッタは【回復・治癒職】として優れている証左でもあります。信仰系と非信仰系、これはどちらが良いという事ではなく、どちらにもメリット・デメリットがあるのです」
「はい」
「しかし、イフォンネッタの魔法には信仰の恩恵がないとしても、治療を受ける患者の側は信仰によって免疫力が高まったりする事例があります。そういう観点で、イフォンネッタも信仰の人体への影響を知識として知っておく必要があります」
「なるほど。そういう観点はありませんでした」
「知識には重さがありませんので、どれだけ持っても邪魔にはなりません」
「わかりました。それから私は軍医部長様からアドバイスを頂き、後方医療活動ではなく前線での衛生兵的な役割に活路を見出しました」
「衛生兵ですか?」
「はい。私は前線に飛び込んで行くのが性に合っていますので、【回復・治癒職】としての役割との整合性を如何やって取るか、と考えていました。なので衛生兵という役割は、我が意を得たりという感じがしました」
イフォンネッタは、端的に言うなら……脳筋……で、【回復・治癒職】なのに真っ先に敵に突撃するような気性なのです。
私は、その事に頭を悩ませていました。
しかし、イフォンネッタ自身も自分の性質を理解して、それなりに思う所があったのですね。
目的や問題意識は人を成長させます。
何かを感じて、イフォンネッタなりに考えていると知り、私は少しだけ安心しました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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・・・
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