第1175話。大人様ランチ。
【ワールド・コア・ルーム】の洋食屋。
私とトリニティとカルネディアとフェリシテとセグレタリア、そして【ファミリアーレ】の女子チームは洋食屋に入りました。
私達がテーブルに座ると【コンシェルジュ】達がメニューと水とおしぼりを持って来ます。
「良い匂いなの……」
ジェシカが言いました。
確かに、洋食屋さんの独特な匂いってありますね。
バターが焦げたりドミグラス・ソースが煮詰まった、甘いような香ばしいような食欲をそそる匂いが……。
「あなた達は、洋食屋は初めてではありませんよね?」
私は【ファミリアーレ】女子チームに訊ねました。
先程この子達は……洋食を食べたいけれど、敷居が高い……と気遅れしていたのです。
しかし、【ファミリアーレ】は何度も洋食を食べていますし、この【ワールド・コア・ルーム】の洋食屋にも私と一緒ではありませんが各自が来ていました。
「ここには来た事があります。でも、イフォンネッタさんから……洋食は、本来とても高級な料理だ……って教えてもらって、それからは何だか敷居が高く感じてしまいました」
グロリアが言います。
この【ワールド・コア・ルーム】の洋食屋は壁に煉瓦が埋め込まれていたり、アンティーク調のランプがあったりと多少内装に凝っていますので、やや高級感が醸し出されていますが、同じく【ワールド・コア・ルーム】にあるイタリアン・リストランテ、フレンチ・レストラン、高級寿司(【ワールド・コア・ルーム】には回転寿司もある)、江戸前割烹、懐石料理、鰻屋、高級中華(【ワールド・コア・ルーム】には町中華やラーメン屋もある)などのお店に比べればリーズナブルな部類でした。
「私は、洋食が高級という感覚はありません。日本の洋食屋さんは、寿司やイタリアンやフレンチより庶民的なイメージです」
「ノヒト先生。神界にルーツを持つ料理は、どれも私達にとっては高級料理という感覚ですよ」
イフォンネッタが言います。
まあ……地球にルーツを持つ……という事なら、この世界の世界観は全てがそうなのですけれどね。
「貴族のイフォンネッタさんが、そう言うので……。私達は、余りにも世間知らずで怖いモノなしだっただけなんだ……と気付きました」
グロリアが言いました。
なるほど。
確かに、貴族家の令嬢だったイフォンネッタから……洋食は高級料理……などと言われたら、孤児院出身の【ファミリアーレ】の他の子達はビビってしまうかもしれません。
「一口に地球の料理と言っても、高級なモノから庶民的なモノまで幅広いのですよ。そして、洋食には高級店もありますが、概して庶民的という感覚です。皆が知っている、こちらの料理店でも……例えば、庶民的な【ジャガイモ亭】は、鯖の塩焼きや牛モツの煮込みなどを出す定食屋さんですが、ハンバーグやオムライスやシチューも出す、所謂……町洋食……というジャンルの歴とした洋食店です。それから、そもそも【ファミリアーレ】が、つい最近まで下宿していた【宿屋パデッラ】が出している料理も、敢えて分類するなら紛れもなく洋食です。あなた達が毎日のように食べていた料理に気遅れする必要などありませんよ」
「えっ!?【ジャガイモ亭】や【宿屋パデッラ】の料理も洋食なんですか?」
ハリエットが驚きます。
「イフォンネッタが言う洋食は、おそらく狭義の意味ですね。狭義の洋食は、私の生まれ故郷である地球の日本という国で、外国の料理を元にして独自に発展した、ある定形化された料理ジャンルを意味します。洋食は日本の料理の範疇ではありますが、日本の伝統にルーツを持つ日本料理は一般に和食と呼ばれて洋食とは区別されます。広義の洋食は……西洋料理全般……を意味します。私が生まれた地球の日本という国は、地球の東の端っこにあったので東洋に含まれます。それに対して西に位置する国々が西洋。つまり、広義の意味では日本にある西洋にルーツを持つ料理なら、それらは基本的に全て洋食の範疇にあるのです。広義の洋食は種類も価格帯も物凄く幅広いですよ。ハンバーガーやフライド・ポテトなどファスト・フードも洋食に含まれますし、私の故郷から見れば、西洋の国々のごく普通の家庭料理だって洋食です。なので、洋食に気遅れする必要はありません」
「なるほど、そうなのですね」
イフォンネッタが納得しました。
「家庭料理が洋食なら、クズ肉とクズ野菜を何でも鍋に入れて煮込んだミネストローネとかも洋食なんですか?」
ハリエットが訊ねます。
「まあ、大枠では、そのように考えて差し支えありません」
「な〜んだ」
ハリエットは安堵の溜息を吐きました。
他の子達も少し安心した様子です。
「さてと、注文を決めましょう。カルネディアは何が食べたいですか?」
「これが食べたいです」
カルネディアがメニューの最初のページに掲載された写真を指差して言いました。
ああ、お子様ランチですね?
洋食屋さんと言えば……という感じがします。
夕食なのに、ランチとはこれ如何に……という気もしますが、お子様ランチは年齢制限はあっても時間制限は余りないようなイメージですね。
ん?
何やら写真の縮尺がおかしくありませんか?
赤いオープン・カー型のキッズ・プレートに盛り付けられた料理に比べて、隣に置かれたオレンジ・ジュースのコップがやけに小さく写っていました。
それに、良く良く写真を注視すると、コールスローに使われている野菜やフライド・ポテトなども、明らかに小さくて細いです。
えっ!?
これは、オレンジ・ジュースなどが小さいのではなく、オムライスや、目玉焼き乗せハンバーグや、海老フライや、プリンが馬鹿デカい?
こちらの世界には【巨海老】という巨大な海老の魔物や、巨大な卵を産む鳥の魔物もいますし、【ソフィア・フード・コンツェルン】はバケツ・プリンを販売しています。
そして、私は、このお子様ランチが巨大である事を、メニューに記載されたカロリー表示を見て確信しました。
15000Kcalですと?
1万5千って……単純計算で20人前(成人男性1食分基準)のカロリーです。
「これは、1人前ではなく、パーティ・セットですか?」
私は【コンシェルジュ】に訊ねました。
「1人前として、お出ししておりますが、そちらの新メニューは、一般的な人種が召し上がるには量が多いです」
【コンシェルジュ】は平然と答えます。
「いやいや、量が多いにしたって、このカロリーは有り得ないでしょう?」
1万5千Kcalは、成人男性の1週間分ですからね。
「マイ・マスター。これは、お子様ランチではないようですよ」
トリニティがメニューを示して言いました。
本当です。
写真が、お子様ランチのイメージだったので、メニュー表示を読む目が流れて勘違いしていました。
「お、大人様ランチ?何ですかこれは?」
「ソフィア様の要望で作られた新メニューです」
【コンシェルジュ】が説明します。
また、アイツか……。
メニューを詳しく見てみると、他にも……ハイパー・オムライス・ソフィア・スペシャル……などというデカ盛り新メニューが幾つか掲載されていました。
「カルネディア。この、お子様……もとい、大人様ランチは、物凄く量が多いようです。食べ切れないかもしれませんよ。こっちの本物のお子様ランチにしませんか?量が足りなければ、他にも料理を頼んで私とトリニティとシェアすれば良いのですし……」
【魔人】は大食漢の健啖家が多いですが、この量は幾らなんでもカルネディア1人では食べ切れないと思います。
「わかりました。でも、これが食べてみたかったです……」
カルネディアが一瞬悲しそうな顔をしました。
「あ……いいえ。カルネディアは、食べたいモノを食べて良いのです。食べ切れなかったら、【収納】に入れておけば良いですしね。なら、カルネディアは、この大人様ランチを頼みましょう」
「はい」
カルネディアは嬉しそうに頷きます。
やれやれ……ソフィアの所為で、危うく我が家に親子断絶と家庭崩壊の危機が起きる所でしたよ……。
アイツには、一度懇々と世間一般の常識というモノを1から言い聞かせる必要がありますね。
さてと、私は何を食べましょうか?
私の洋食屋の定番は、ビーフ・シチューかタン・シチューをメインに、前菜にはシー・フード系をチョイスする事が多いのですけれどね。
トンカツやビフカツという線もありますし、ポーク・ソテーやポーク・生姜焼きも捨て難い。
カレーやハヤシライスも良いです。
それから、私はピラフ好きでした。
炒めたご飯物のジャンルでは、チャーハンよりピラフ派です。
ビフテキというのも、所謂ステーキとは一線を画す、洋食屋ならではの特徴があって良いですね。
正式なイタリアンでは食べられない、日本化されたスパゲティ・ミートソースやナポリタンというパターンも悪くありません。
サーモンのホイル焼きや、オニオン・グラタン・スープも美味しそうです。
迷わせて来ますね〜。
「私は、このハンバーグ・チーズ・ドリアというモノを食べてみます。あと、ほうれん草とベーコンのソテーと、ロール・キャベツをお願いします」
トリニティが注文しました。
なるほど、なるほど。
ドリアというのは一見変化球ですが、今の気分的に何となく刺さるモノがありますね。
耐熱皿に入ったピラフやバター・ライスの上にベシャメル・ソースやラグー・ソースやチーズなどを掛けてオーブンで焼いたライス・グラタンという形式のドリアは、日本における体系的西洋料理の父とも呼ばれるスイス人シェフで横浜ホテル・ニューグランド初代総料理長のサリー・ワイルが創作した料理です。
なので、ドリアは日本発祥の洋食で、海外にはドリアという料理はありません。
また、ドリアという料理名自体が、ジェノヴァ共和国の貴族ドーリア家出身で16世紀に各国の海軍に雇われ活躍したアンドレア・ドーリアに由来して日本で名付けられているので、料理名としてのドリアは和製外来語……つまり日本語です。
サリー・ワイルがドリアを創作するに当たり着想を得た料理は、フランスの古典的料理のレシピに原型を辿る事が出来ました。
それは……オマール・トゥールヴィル(オマール海老のトゥールヴィル風)……という料理です。
トゥールヴィルとは、フランス・ブルボン朝の海軍提督で、後にフランス元帥にまで昇り詰めたトゥールヴィル伯アンヌ・イラリオン・ド・コタンタン(コタンタン・ド・トゥールヴィル)に由来しました。
オマール海老を使った料理なので、海軍で活躍した人物の名前が付いている訳です。
ドリアも、サリー・ワイルのオリジナル・レシピでは芝海老が使われていました。
なので、原型のフランス料理オマール・トゥールヴィルがコタンタン・ド・トゥールヴィルに因んでいるように、海軍軍人繋がりで、アンドレア・ドーリアに因みドリアと名付けられたのかもしれません。
「ロール・キャベツのスープは、トマト・ベースとコンソメ・ベースの2種類からお選び頂けますが、どちらになさいますか?」
【コンシェルジュ】がトリニティに訊ねます。
「では、トマト・ベースにしてみます」
トリニティが答えました。
良し、私も今日はドリアにしましょう。
「シーフード・ドリアとシーフード・ミックス・フライ、それからシーザー・サラダにコーンポタージュ・スープをお願いします」
「畏まりました」
【コンシェルジュ】は言いました。
皆も思い思いに注文を終えます。
料理が届くまで、私は皆の話を聞く事にしました。
「カルネディアは午後何をしていたのですか?」
「お母様とお買い物をして、お洋服や靴やペンやノートや、色々いっぱい買いました。それから【ギルド・カード】の使い方を習いました。ケーキ・バイキングでケーキを食べて、その後は図書室で買ったペンとノートを使ってお勉強をしました」
カルネディアは説明します。
「なるほど。確かに教科書などは支給されますが、筆記具やノートなどの学用品は買い揃えておく必要がありますね」
【ドラゴニーア】の国立学校と公立学校では、【ドラゴニーア】国民なら教科書や制服や学用品の類は全て無償で支給されました。
しかし、カルネディアの正式な本拠地は【ワールド・コア・ルーム】がある【シエーロ】です。
なので、カルネディアは国立学校で必要なモノを、学校側が用意してくれる教科書なども含め全て購入しなければいけません。
「それから、カルネディアの場合【魔法ペン】は必要だと思われますので、購入致しました」
トリニティが言いました。
【魔法ペン】は使用者の魔力反応によって書かれた文字などに情報として個体識別機能が付帯されるので、サインや文書の内容が本物である事を証明可能なアイテムです。
カルネディアは、ゲームマスターである私と、ゲームマスター代理のトリニティの養女という特殊な立場なので、カルネディアの署名を偽造されたりすると良くない事が起きるかもしれません。
従って、トリニティは……カルネディアが書いたモノは【魔法ペン】のギミックによって真贋が判定出来た方が良い……と考えたのでしょう。
「私も、余計なトラブルを未然に防ぐ方法として、カルネディアには常に【魔法ペン】を使用させる事に賛成です。トリニティ、良く気が付いてくれました」
「ありがとうございます」
「カルネディア。買い物は楽しかったですか?」
「はい。楽しかったです」
カルネディアは屈託なく言いました。
「それは良かった。トリニティ、【フラテッリ】の護衛訓練は如何でしたか?」
昼過ぎに私が【サントゥアリーオ】に出発する際、トリニティとカルネディアは、【フラテッリ】による近接護衛のシミュレーションを行っていましたからね。
私は、あれの結果を見ずに出掛けました。
「問題ありません。【フラテッリ】はカプタ(ミネルヴァ)様が直接御指導なさっただけあって、一騎当千の強者揃いです。【フラテッリ】11個体を同時に相手にしたら、私も苦戦するかもしれません。カルネディアの護衛として申し分ないでしょう」
トリニティは言います。
「そうですか。それは重畳です」
【チュートリアル】と私の【超神位権限祝福】を経て【神位】の領域に足を踏み入れているトリニティに苦戦を想定させるとは、11個体掛かりとはいえ【フラテッリ】の実力も大したモノですね。
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