第1173話。【サントゥアリーオ】国民輸送作戦。
本日2話目の投稿です。
【リントヴルム大聖堂】階下の【闘技場】。
私は、ガブリエルとリントとティファニーが居る【闘技場】に【転移】しました。
すると……。
「ノヒト。ごめんなさい。そういう訳なのよ」
リントは開口一番謝罪します。
そういう訳とは、ディオクレスタ女王とユリアンティラがアルコールの勢いで、ゴニョゴニョ……という事ですね。
「成人の未婚男女の自由恋愛ですから、基本的には何ら問題はありません。今回のケースでは、ユリアンティラが私の支配下で刑罰を受けているという状況と、ディオクレスタ女王の立場が特殊だった為に多少ややこしい事になりましたが、別にリントが謝る事ではありませんよ」
「ありがとう。ノヒトが話がわかる【調停者】で良かった。最初にディオクレスタから事の顛末を聴かされた時には、目眩がしたわ。【サントゥアリーオ】復興支援の為に【シエーロ】から無償で来てくれている技師団長を、【サントゥアリーオ】の女王がベッドに引き摺り込んでしまうなんて、有り得ない事だもの。取り敢えず、ディオクレスタには、グレモリーに作ってもらった……摂取したアルコールを分解するアイテム……を持たせて常に携帯させる事にしたわ。酔って前後不覚に陥るなんて、一国の君主としては致命的な弱点になりかねないもの」
「酒癖が悪いなら、リントが守護竜として禁酒を命じれば良いのでは?」
「女王たる者、他国の賓客を晩餐会などでもてなす機会もあるから、一滴も飲まないという訳にも行かないのよ」
「なるほど。で、今回の件を穏便に収拾させる為に、リントはミネルヴァと、どんな政治取引をしたのですか?」
「ミネルヴァから聴いていないの?」
「聴いていませんね」
「大した事ではないわよ。ミネルヴァがピック・アップした【保育器】に収容されている者を、数人ゲームマスター本部の職員としてリクルートしたいというから……本人が自由意思に基づき合意した上であれば、構わない……と了承したわ」
ウエスト大陸に帰属するモノは、原則として全てウエスト大陸の守護竜である【リントヴルム】の所有物でした。
【リントヴルム】の所有物である【サントゥアリーオ】国民を、ゲームマスター本部にリクルートするなら、確かに【リントヴルム】の了解を受けておく必要があります。
民間企業が行う普通のリクルートなら、いちいち守護竜の許可などを貰う必要はありません。
仮に民間企業が守護竜への信仰心を無視して社員や従業員に何らかの行動を強制しようとしても、社員や従業員が従わなければ、それまでの事ですので。
基本的に信仰と職業義務とが相反して個人が板挟みになるという事は余りないでしょう。
もちろん……信仰と職業義務とが双方【世界の理】や法律や公序良俗や倫理に反するモノでなければ……ですが。
しかし、ゲームマスター本部は、場合によっては守護竜と対立する可能性もあります。
そして、その際にゲームマスター本部は、職員の行動を強制せざるを得ません。
ゲームマスター本部の職員には……ゲームマスター本部と、信仰する守護竜の立場が対立した場合には、必ずゲームマスター本部の側に立つ……という【契約】を結ばせます。
非【神格者】が結んだ通常の【契約】なら守護竜は破棄してしまえますが、ゲームマスター本部所属時に交わされる【契約】は私が【超神位魔法】を行使しますので、守護竜にも破棄出来ません。
なので、ミネルヴァは、ディオクレスタ女王の……酔った勢いの不祥事……を政治取引として、【保育器】に収容されている【サントゥアリーオ】国民の中に見付けた目ぼしい人材のリクルートを手札として使った訳です。
また、この政治取引が、【世界の理】に反する……人身売買……のような良くない構図にならないように、本人の自由意思に基づく合意を取り付ける必要がありました。
もちろん……人種が【神格者】であるミネルヴァのリクルートを拒否するのは事実上不可能である……という事はあるでしょうが、それでも自由意思に基づく合意があれば、少なくとも【世界の理】には違反しない訳です。
ともかく、【保育器】に収容されている【サントゥアリーオ】国民は、旧【ウトピーア法皇国】の悪の枢機卿達によってステータスなど詳細な個人情報が集められていた為、その中にミネルヴァが余程ゲームマスター本部の職員として欲しい人材がいたのでしょう。
まあ、特段問題がない話ですね。
「わかりました。さてと、では仕事をやっつけてしまいましょうか……」
私は、【闘技場】の天井に付きそうな程、積み上げられた【保育器】を見上げて言いました。
「【闘技場】の【保育器】が一番多いから、ここから始める事にしたけれど問題ないかしら?」
リントが訊ねます。
「問題はありませんよ。一応は……」
先でも後でも私の労力は変わりませんからね。
「ミネルヴァのタイム・ラインを確認するわね……」
リントが作業行程を確認しました。
1……私が【サントゥアリーオ】各地を【転移】しながらリストにある者が収容された【保育器】を探し出してフレームから引き出して【コンシェルジュ】に渡す。
2……ミネルヴァが【管制】する【コンシェルジュ】が、それを【使い捨て門】を用いて順次【ドゥーム】に送り出す。
3……それを【ドゥーム】のカプタ(ミネルヴァ)と彼女の陣営の者達が受け取る。
4……【保育器】に収容されている【サントゥアリーオ】国民に人種として生きる上で必要な知識や教養や社会性をインストールし、同時に【保育器】の学習機能を利用して【サントゥアリーオ】の官僚や役人として必要な知識を与える。
5……必要な学習を身に付ける為の時間が経過したら、カプタ(ミネルヴァ)と彼女の陣営の者達が、【保育器】を【使い捨て門】を用いて順次【サントゥアリーオ】に送り返す。
6……リントとティファニーとガブリエルが指揮して、ユリアンティラ達の技師団と【コンシェルジュ】達と【ウトピーア】から派遣されている支援人材が手分けをして、【保育器】から【サントゥアリーオ】の公務員内定者を出し、必要に応じて仕事を割り振り配属先に送り出す。
まあ、エレガントとは言い難い、単なる人海戦術ですね。
人海戦術なので、ミネルヴァが【コンシェルジュ】を指揮しても全く同じ作業が出来ました。
しかし、私以外の者がやれば相応の時間が掛かります。
何しろ【保育器】は生命維持装置も兼ねているので、取り扱いには相応の注意が必要ですからね。
私なら、【保育器】の中にいる【サントゥアリーオ】国民のバイタルなどに影響を及ぼす事なく、超高速且つ同時並行で複数の作業が行えます。
なので、私が直接作業に当たる訳ですよ。
【保育器】に収容されている【サントゥアリーオ】国民の総数は1億人ですが、リントから頼まれて優先的に輸送しなければならないのは、国家官僚内定者100万人と、地方役人内定者400万人と、国軍軍人内定者の500万人の合計1千万人。
この1千万人が【サントゥアリーオ】再興のスタート・アップに不可欠なので、他の国民達に先んじて【時間加速装置】の【ドゥーム】に送る必要があるのです。
残りの【サントゥアリーオ】国民9千万人は、選別作業が必要ないので、纏めて一気に輸送してしまいまえる為、スタート・アップ人員のような手間は掛かりません。
取り敢えず、今日の輸送ノルマは、【サントゥアリーオ】の国家官僚内定者100万人全てと、地方役人内定者100万人で、合計200万人。
ここ毎日【パンゲア】の【パノニア王国】国民の移民事業でも、私は同じ人数を輸送しています。
しかし、【サントゥアリーオ】の【保育器】から公務員内定者を選んで【ドゥーム】に送る作業は、個体識別をして捜索する必要がある点で、無線別の【パノニア王国】移民事業より面倒でした。
ただし、【保育器】に収容されている【サントゥアリーオ】国民は安静に眠らされていてますし、【保育器】自体もある程度集積されているので、【パノニア王国】のように……数十世帯しかいない地方集落から老人や幼い子供達それぞれの状況に配慮しながら……という、人の集団を誘導する際に特有の面倒事はありません。
どちらの作業が楽なのかは、やってみなければわかりませんね……。
「さあ、やりますよ〜っ!」
私は【超神位魔法】をフル・スイングします。
ガブリエル、リント、ティファニーも持ち場に移動しました。
私は、強力なサーチを行い大量に集積された【保育器】のフレームの中から、リストにある人物を探し出して、次々に取り出して行きます。
・・・
夕刻。
……終わりました。
いいえ、私の役割が終わったというだけで、現在もリント達は、【保育器】から出たばかりの【サントゥアリーオ】の公務員内定者200万人の差配に忙殺されています。
しかし、この200万人は【保育器】の学習機能によって自分達の身に起きた状況を正確に理解していて、これからやらなければならない事情を的確に把握していて、その具体的な方法論まで既に身に付けていました。
なので、明日以降は、この先発200万人が後続の【サントゥアリーオ】国民の差配に加わるので、毎日着実にリント達の労力は緩和して行きます。
まあ、私の作業の大変さは全く同じなのですけれどね。
【保育器】は便利です。
【保育器】によって与えられた記憶は、人工的に作られた情報を脳に直接インストールしたデータに過ぎず、経験ではありません。
世界のメタ的な話をすると、経験を伴った本物の記憶のように【熟練値】も蓄積されないのです。
【サントゥアリーオ】の国民に関しては、【ウトピーア法皇国】の人権を無視した非道な政策の所為で社会生活を送る上で必要最低限の知識や経験すら全く身に付けていなかったので、他に採り得る選択肢がなく【保育器】の利用は致し方ありませんでした。
しかし、私は本来【保育器】によってインストールされた記憶は不自然なモノだと考えています。
なので私は、便利だからといって……【保育器】を一般的な養育環境下にある知的生命体の子供達の学習機器として使おう……などという考えは全くありません。
それは倫理的にも問題があると思います。
まあ、ミネルヴァや、【ドゥーム】のカプタ(ミネルヴァ)は、【自動人形】・シグニチャー・エディションのプログラミング・装置として【保育器】をガッツリ活用していますけれどね。
【自動人形】・シグニチャー・エディションは自我も感情もない純然たる機械なので、プログラムをインストールするのは普通の事だからです。
どうやら、【プロトコル】によって工場で大量生産されている量産型【自動人形】・シグニチャー・エディションは、私が手作りした【自動人形】・シグニチャー・エディションより性能が劣るらしく、その補填として【保育器】が有用なのだとか。
何はともあれ、【サントゥアリーオ】の公務員内定者の【保育器】を【ドゥーム】に輸送する私の今日のノルマは終わりました。
また、明日も同じ事をしなければいけませんが……。
そして、もちろん夜間に行われる【パノニア王国】国民の移民事業も、まだ何日かは繰り返さなければならないのですよね。
あ〜、面倒臭い。
・・・
【リントヴルム大聖堂】の戦闘指揮所。
私は、リント達がいる【リントヴルム大聖堂】内の戦闘指揮所に顔を出しました。
【保育器】から出た【サントゥアリーオ】の国家官僚100万人と地方役人100万人が、余りにも数が多いので対面での指揮や差配が不可能だったので、戦闘指揮所からの……統合管制……が行われている訳です。
戦闘指揮所から、リントとティファニーとディオクレスタ女王とユリアンティラ王配、そしてガブリエルが指示を出して、それをミネルヴァが中継し大勢の【コンシェルジュ】が現場指揮するという方法で、膨大な人数の公務員内定者達を差配して、彼らに仕事を振って配属先に送り出している訳ですね。
戦闘指揮所が利用されてるべき、正に戦争のような状況なのでしょう。
ユリアンティラは、早速ディオクレスタ女王と【サントゥアリーオ】国民の為に働いていました。
理系のユリアンティラは、こういう情報のトラフィックを捌くのは得意でしょうから、精々ディオクレスタ女王と【サントゥアリーオ】国民の為にデス・マーチを歩けば良いのですよ。
私は手伝いません。
ここから先は【サントゥアリーオ】が処理すべき問題ですので。
ゲームマスター本部は現時点でもミネルヴァが協力していますし、多数の【コンシェルジュ】も貸し出していますので、後はリント達に任せます。
「リント。私は戻りますよ」
「ノヒト。帰るの?」
リントは戦闘指揮所のモニターから目を離さずに訊ねました。
「はい。夕食を摂ったら、次は【パンゲア】で仕事がありますからね」
「あ〜、そうだったわね。ありがとう。明日も宜しくお願いするわ」
リントは、私の方を見ずにコンソールに何かを打ち込みながら言います。
やれやれ、大変そうですね。
今夜の【パノニア王国】移民事業は、【転移能力者】として【レジョーネ】も手伝ってくれる……という話でしたが、この様子ではリントとティファニーは無理かもしれません。
「今夜の【パノニア王国】移民事業の助っ人は、リントとティファニーは無理そうなら不参加でも構いませんよ」
「そう?有難いわ。なら私達は不参加で。ソフィアお姉様達に宜しく伝えておいて……」
「わかりました。ガブリエル、私達は引き揚げましょう」
「あ、はい」
ガブリエルは戦争指揮所の座席から立ち上がりました。
「えっ!?ガブリエルも連れて行くの?手伝ってくれるのかと?」
「わかりました。ガブリエルに夕食と適宜休憩を与えて、日付が変わる前に帰してくれるなら貸し出します」
「深夜0時まで?う〜ん、仕方ないわね。猫の手でも借りたい状況だから、借りるわ」
ガブリエルは、指揮官としても技術者としてもオペレーターとしても優秀ですので、猫の手よりは確実に役に立つでしょうね。
「ガブリエル。そういう事なので、手を貸してあげなさい」
「わかりました」
ガブリエルは座席に座り直して言います。
私は【ワールド・コア・ルーム】に【転移】しました。
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・・・
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