第1172話。女王のお願い。
ウエスト大陸中央国家【サントゥアリーオ】王都【サントゥアリーオ】中央聖堂の礼拝堂。
私は、王都【サントゥアリーオ】の中央に建つ王城を兼ねる【リントヴルム大聖堂】に【転移】しました。
私を待ち構えていた者達が一斉に礼を執ります。
正面の数人は跪き、背後に立つ護衛の者達は儀仗を掲げて直立不動で敬礼しました。
ガブリエルと、リントとティファニーの【マップ】の光点反応は、大量の生体反応と共に階下にありますね。
彼女達は【保育器】が集積されている場所で、早速作業を始めて居るのでしょう。
てっきり直ぐにリント達と合流すると思っていましたが、別の場所に到着しました。
私は、【共有アクセス権】でミネルヴァが指定した座標に飛んで来ただけです。
つまり、ミネルヴァには、私を此処に誘導する理由があるのでしょうね。
ミネルヴァの意図が何であろうと、基本的に彼女のスケジュール管理に任せておけば、間違いはありません。
礼拝堂で私を迎えたのは、知っている人達でした。
【サントゥアリーオ】の女王ディオクレスタ・サントゥアリーオと、【サントゥアリーオ】で【保育器】の管理を行なっているガブリエルが率いていた技師団の責任者であるユリアンティラ技師団長です。
因みに、ガブリエルは現在トリニティ直属の部下としてゲームマスター本部に転属しているので、ユリアンティラ技師団長と技師団はミネルヴァの指揮下にありました。
「ノヒト様。我が主上の君【リントヴルム】様より【サントゥアリーオ】女王を拝命しておりますディオクレスタ・サントゥアリーオでございます。本日はお忙しいとの事で簡易的な儀礼でお迎えする非礼をお許し下さい。ノヒト様とは【ムームー】のチェレステ女王陛下即位戴冠式の際に謁する栄誉を賜りまして以来でございます」
ディオクレスタ女王は恭しく挨拶します。
ディオクレスタさんと初めて会ったのは、チェレステ女王の即位戴冠式の際で、当時彼女は、未だ【リントヴルム】から【指名】を受ける前でした。
ディオクレスタさんが正式に女王なってから会うのは今日が初めてです。
「お久しぶりです」
「リント様とティファニー法皇猊下は、【闘技場】でお待ちです」
「わかりました。【航路ギルド】の飛空船が王都の国際港に向かって来ていますので、到着したら迎えてあげて下さい」
「はい。我が国にとりましても【航路ギルド】の定期運行国際線の就航は復興の大きな助けとなりますので、歓待をさせて頂きます」
「頼みます」
「それから……誠に不躾ながらノヒト様にお願いの儀がございます」
ほら、来た。
このディオクレスタ女王からの……お願い……とやらが、ミネルヴァが私を此処に導いた理由なのでしょうね。
つまり、既にミネルヴァとディオクレスタ女王の間では何かしらの政治取引が行われていて、当然それはウエスト大陸の守護竜であり当地【サントゥアリーオ】の国家元首でもある【リントヴルム】も了解済の案件という事です。
なるべく面倒事でなければ良いのですが……。
「何でしょうか?」
「現在、各国政府に販売が開始されている【開拓農夫ロボット】製造【プロトコル】なのですが、ご存知の通り【サントゥアリーオ】は未だ国民の大半が【保育器】の中に収容されている状態で労働者がおりません。また、旧【サントゥアリーオ】国民が全員【ウトピーア】に移民し【ウトピーア法皇国】を建国した経緯で、国内の主要産業インフラを殆ど持ち出してしまったので、操業可能な工場もありません。従って、【プロトコル】だけを購入しても【開拓農夫ロボット】の生産の目処すら付かない状況でございます。なので、【ドゥーム】製品の【開拓農夫ロボット】を完成品として購入する事は出来ないでしょうか?」
何だ、そんな事ですか……。
「【開拓農夫ロボット】の普及事業は本来、【プロトコル】を安価で提供し、【開拓農夫ロボット】製造コストは各国政府が負担してもらうという決まりですので、完成品を【プロパー・プロダクツ】から輸入するのであれば、原材料費に人件費などが上乗せされ、他国が【プロトコル】を使って自国生産する【開拓農夫ロボット】より割高になる事は了解して下さいね」
「それは、もちろんです」
「ならば、結構。【サントゥアリーオ】が【プロトコル】で【開拓農夫ロボット】を自国生産出来るようになるまでは、【プロパー・プロダクツ】が完成品の【開拓農夫ロボット】を納品します。必要機数をミネルヴァに発注して下さい」
「ありがとうございます。それから……もう1つ……」
【サントゥアリーオ】が、当面【開拓農夫ロボット】を自国生産出来る余力がないという国情は、致し方ない事でした。
なので、本来【サントゥアリーオ】が自国生産するべき【開拓農夫ロボット】を【ドゥーム】で代替生産してあげる程度の事は、お安い御用です。
【サントゥアリーオ】政府の大変な状況を知れば、それを不公平だなどという国はありません。
あったとしても、私が黙らせます。
しかし、そんな受け入れられて当然の……お願い……を、ミネルヴァが取引材料に使うのも不自然な話でした。
つまり、ディオクレスタ女王が言い出そうとしている次の……お願い……こそが、本題なのでしょう。
そして、その……お願い……は、それなりに面倒事だという事が容易に想像出来ますね。
だからこそ、ミネルヴァは取引を済ませてから私に事後報告するのではなく、当事者のディオクレスタ女王の口から私に直接……お願い……をさせた訳です。
「まだ、何か?」
私は多少身構えて訊ねました。
「現在【ウトピーア】から移設された【保育器】の管理は、こちらのユリアンティラ技師団長を始め【シエーロ】の技師団の方々が行なってくれております」
ディオクレスタ女王は多少顔を赤らめて言います。
ユリアンティラ技師団長は、ガブリエルが天軍からゲームマスター本部に転属した際に、ガブリエルの代わりに技師団を指揮出来る人材が必要という事で、北米サーバー(【魔界】)のルシフェル陣営から引き抜いた人物でした。
現在ユリアンティラ技師団長は【サントゥアリーオ】で【保育器】の管理を現場監督として指揮しています。
「そうですね」
私はディオクレスタ女王の隣で跪くユリアンティラ技師団長に視線を落としました。
跪いているユリアンティラ技師団長は、微動だにせず顔を下げています。
以前ガブリエルが率いていた【天使】技師団は、元天軍第3軍所属の工兵軍団という位置付けでした。
また、私がログインしていない期間に起きた【シエーロ】内戦時に、ガブリエルは【天帝】を僭称していた【知の回廊の人工知能】陣営の研究機関を統括していたので、ガブリエルの技師団が、研究スタッフも兼ねていたのです。
しかし、ガブリエルがトリニティの部下としてゲームマスター本部に転属になった経緯で、天軍第3軍は、天軍第2軍に編入されました。
ただし、ガブリエル技師団だけは軍から独立して、現在ミネルヴァの指揮下にあります。
技師団の大半は【シエーロ】に帰還しましたが、現在もユリアンティラ技師団長を含む一部人員が【サントゥアリーオ】に残り【保育器】の管理に携わっていました。
「実は、私は……ユリアンティラ技師団長殿と、その……」
ディオクレスタ女王は口篭ります。
何だか要領を得ませんね?
「あの……端的に言って下さい。私は忙しいので」
「はっ、し、失礼致しました。はい、あの、実は私はユリアンティラ技師団殿と、懇ろな間柄になってしまいました。申し訳ありません」
「はい?」
「ですから、私はユリアンティラ技師団長殿と、男女の関係になってしまったのです」
チーフ……ディオクレスタはユリアンティラと婚前交渉を行いました……ディオクレスタは責任を取ってユリアンティラを王配に迎えたいと言っています……ユリアンティラの身柄はチーフの支配下にありますので、ディオクレスタはユリアンティラを王配に迎える許可をチーフに求めています。
ミネルヴァが【念話】で説明しました。
ミネルヴァ……私は聴いていませんが?
私は【念話】で訊ねます。
男女の寝室での出来事などを、逐一チーフの耳に入れる必要はないと判断して、私の所で情報を取捨選択していましたが、今後は男女関係を含めて私が知り得る全てを報告した方が良いですか?
ミネルヴァが【念話】で訊ねました。
いいえ……それは必要ありませんね。
私は【念話】で言います。
了解です。
ミネルヴァが【念話】で言いました。
あ、そう。
何だか、相当ややこしい事になりましたね。
「ディオクレスタ女王。それは、双方合意の元での事なのですよね?」
「はい」
「プライベートな事を訊ねますが、それは、どちらの主導で行われた事なのですか?つまり、誘ったのはディオクレスタ女王なのですか?それとも、ユリアンティラなのですか?」
聴き難い事ですが、これは確認しておかなければいけません。
ユリアンティラは、私の支配下に収まる以前は、ルシフェル陣営の一員です。
ルシフェルは、北米サーバー(【魔界】)のNPCに対して許し難い虐殺と人権蹂躙を行いました。
なので、ルシフェルと彼の陣営の者達は、私の支配下に入り刑罰として北米サーバー(【魔界】)の復興と、現地住民の庇護を命じられています。
ユリアンティラもルシフェル陣営の共同正犯者の1人として刑罰を受けていました。
私の支配下にあり刑罰を受けているユリアンティラが、主権国家の女王に手を出すなどという事は断じてあってはならない不祥事。
もし、そうなら、私はユリアンティラの支配者として監督責任を負わなければいけません。
「いいえ。誘ったのは、私の方からです。【サントゥアリーオ】の為に日頃働いて下さっているユリアンティラ殿を慰労する目的で、酒宴に招き……勢い余って、つい……。お許し下さいませ。ノヒト様の支配下にある方に対して道を外れた行い……如何ようにも処分を受ける覚悟がございます」
ディオクレスタ女王は跪いて謝罪しました。
ユリアンティラも下げている頭を益々下げて、とうとう土下座の姿勢になります。
なるほど。
手を出したのが、ディオクレスタ女王の方からであるなら、私が監督責任を負う必要もありません。
そもそも、私がゲームマスター権限を行使した上で行っている支配は、支配下にある者達に行動制限の拘束力を伴いますので、ユリアンティラが私の意に反して無体な振る舞いなど出来ないのです。
「そうですか……。では、ユリアンティラ側に同意はあったのですか?ゲームマスターたる私が支配下に置いているユリアンティラを、ディオクレスタ女王が立場を利用して無理矢理手篭めにした……というような事であれば、酷い事になりますよ。ゲームマスターである私には、女王の権威など通用しません」
「そのような事はありません……と、思います……」
ディオクレスタ女王は、自信がないのか語尾が小さくなりました。
「合意がございました」
ユリアンティラが断言します。
あ、そう。
ならば、問題はありません。
現代日本人である私の感覚では、成人した未婚の男女が双方合意の元でゴニョゴニョという事になったとしても、それは自由恋愛。
勝手にしろ……としか思いません。
「確認しますが、ディオクレスタ女王は、ユリアンティラを王配に迎えたいのですね?」
「はい」
ディオクレスタ女王は頷きます。
「それは……責任を取って……という事らしいですが、地球では未婚の男女が双方合意の元で、そういう関係になった場合は、子供が出来てしまうというような不測の事態が起きない限り、その場限りの関係で留めて、別に責任を取る必要はありませんが?」
「あ、いえ、責任を取らせて頂きたいと存じます。リント様にも、そのように命じられておりますし、私自身もそうすべきだと愚考致します」
形式論ばかりで、埒が開きやしね〜。
私は、業を煮やして【収納】から【アンサリング・ストーン】を取り出しました。
「責任を取るか如何かについては、一旦横に置いて下さい。つまり、私が確認したいのは、ディオクレスタ女王がユリアンティラを王配に迎えたいと思う気持ちには、ユリアンティラ個人に対する愛情があるのですか?私はユリアンティラの身柄を預る支配者として、ユリアンティラが王配に迎えられた後、ディオクレスタ女王から疎まれ不幸になるとするなら、それには反対したくなります。端的に訊ねるなら、ディオクレスタ女王は、ユリアンティラを伴侶として愛しますか?単なる一夜の過ちの責任を取った体裁を繕う為だけに王配に迎えるのですか?」
「私は、ユリアンティラ殿を伴侶として愛する気持ちがございます」
ディオクレスタ女王は答えます。
【アンサリング・ストーン】は光りませんでした。
つまり、ディオクレスタ女王の言葉には嘘はありません。
少なくとも、ディオクレスタ女王自身はそう信じています。
「ユリアンティラは如何ですか?」
「私は、最初に一目お見掛けした時から、ディオクレスタ女王陛下をお美しい御方だと思い、お慕い申し上げております」
ユリアンティラは答えました。
【アンサリング・ストーン】は光りません。
ユリアンティラも嘘は吐いていないようです。
あ、そう。
「未婚の男女がお互いに好き合って結婚するなら、私に否はありません。許可します」
チーフ……ユリアンティラに科されている刑罰について何らかの条件を付けなければ、今後第三者と婚姻関係になれば、刑罰が免除されると考える者が出るかもしれません。
ミネルヴァが【念話】で忠告して来ました。
確かに……。
「ユリアンティラ。あなたは現在私の支配下に入り、【知の回廊の人工知能】とルシフェルに従って行った罪の罰を受けています。その刑罰は、あなたがディオクレスタ女王の配となった後も継続されます。ユリアンティラ、あなたはディオクレスタ女王に貞操を誓う事と、ディオクレスタ女王を公私に渡り補佐する事と、【サントゥアリーオ】国民に対して公僕として奉仕する事と、【サントゥアリーオ】の国家繁栄の為に最大限尽力する事を、生涯に渡り遵守する事を【誓約】しなさい。これを以って、あなたの刑罰とします」
「畏まりました。私ユリアンティラは、ディオクレスタ女王に貞操を誓う事と、ディオクレスタ女王を公私に渡り補佐する事と、【サントゥアリーオ】国民に対して公僕として奉仕する事と、【サントゥアリーオ】の国家繁栄の為に最大限尽力する事を、生涯遵守致します……【誓約】」
ユリアンティラは【誓約】を行います。
ならば、良し。
「ノヒト様。ありがとうございます」
ディオクレスタ女王は言いました。
「ありがとうございます」
ユリアンティラも言います。
まったく、何で私が他人の恋路を取り持ってやらなければならないのか?
ゲームマスターは仲人じゃないっての。
私は、砂糖を吐きそうな気分で、ガブリエルとリントとティファニーが居る【リントヴルム大聖堂】の【闘技場】に【転移】しました。
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