第1168話。ディスタンス・オペレーション(間合い操作)。
【ホーム・カルネディア】の広間。
昼食後。
チーフ……ジョヴァンニ・カンパネルラについて、たった今判明した追加報告があります……補足に過ぎず、緊急性・重要性が低いと判断出来るので、【共有アクセス権】のプラットフォームにタグを付けて保存しておきます……後で確認して下さい。
ミネルヴァが【念話】で報告します。
ミネルヴァ……今は暇なので直接聴きますよ。
私は【念話】で指示しました。
了解です。
ミネルヴァが【念話】で言います。
私は【スマホ】をテーブルに置いて、オープン通話モードにしました。
情報が【共有アクセス権】のプラットフォーム上にデータ化されていれば、私は0秒で瞬時に情報共有が完了するので、ある意味では言葉や【念話】などによる報告より早く効率的で便利です。
しかし、一見効率が悪く思える言葉による報告手法にもメリットがありました。
それは対話により、一次情報に対する他者からの多様な見解や解釈や印象を知れるという事です。
無機質なデータでは一面的な見方に偏る可能性もありますが、対話ならば自分が気付かない事に他者が気付いていたり、他者の意見から見落としていた重要な事実に気付かされる場合もありました。
これが集合知の考え方です。
もちろん、他者の見解や解釈や印象を聞く事で、本来純度が高い一次情報にバイアスが掛かり、情報が希釈されたり濁ってしまい本質を見誤るリスクもありますが、その辺りはメリットとデメリットの相対性……程度問題に帰結しますからね。
例えば、私が気難しくて横暴で無能な上司ならば、部下が何らかのミスを隠蔽しようとしたり、自分の立場を良くするような印象操作を行ったり都合の良い情報だけを報告したり、最悪の場合は意図的に虚偽報告をするかもしれません。
しかし、ゲームマスター本部における私とミネルヴァの立場は完全に対等ですし、私は部下の失敗の責任を取るのが上司の最大の仕事だと認識していますので、トリニティやカリュプソに何らかのミスがあっても、それだけを以って咎たりはしないように殊更気を付けています。
むしろ、部下が失敗を隠蔽しようとしたり、自己顕示欲や虚栄心などから自分の評価を実際より高く見せようとしたり、怠惰によって必要な報告を疎かにした場合には怒りますよ。
なので私は、時間的に余裕がある場合は、対話による情報共有や問題解決を好む傾向がありました。
それに、今この場に居るメンバーは、知能の基本ステータスが極めて高い守護竜や、【完全記憶媒体】の【世界樹】たるユグドラや、常人とは少し異なる発想力を持つグレモリー・グリモワールや、1400年という悠久の人生経験を持つディーテ・エクセルシオールや、遠隔での参加ながら世界最高の演算装置として設定されているミネルヴァのような、知性において傑出した者達ばかりです。
集合知の効能を発揮する土壌として、このようなオール・スター・メンバーは望むべくもありません。
しかし、ゲーム製作の専門知識や現場の苦労を知らない他部署の管理職達が、私達プログラミング・チームに適当な要望を出して来るような会議が私は大嫌いです。
まあ、あれはあれで、私達プログラマーが軽視しがちな、コスト意識や、取引先関係の大人の事情、営業・広報戦略などの観点から会社にとっては必要なフィルター機能ではあるのでしょうが……。
「ジョヴァンニ・カンパネルラは、どうやらパーティの中で戦術と指揮を担当しながら、同時に……【間合い操作】……を行う、【間合い操者】でもあったようです」
ミネルヴァは報告しました。
【間合い操者】ですか……なるほど。
どうやら、ジョヴァンニ・カンパネルラは、相当マニアックな戦術を採るプレイヤーみたいですね。
【間合い操者】とは、【ノック・バック】や【フック・アンド・リール】……つまり【間合い操作】を駆使して戦うプレイヤーを指します。
【ノック・バック】の本来の意味は……お酒をガブガブ飲む、出費を強いる、驚かせる……でした。
また、自動車用語でエンジン・ピストンが外的要因により戻される現象や、ラグビー用語でライン・アウトで投げ入れられたボールを自陣に引き入れて確保する行為の意味もあります。
ゲーム用語では……小突いて退かせる……つまり、攻撃時にダメージの大小に拘らず当たり判定により、仰け反らせたり、後退させたり、吹き飛ばしたりする事を意味していました。
転じて、攻撃によって大きなダメージは出せない、あるいは意図的に出さないが、【ノック・バック】効果がある特殊な攻撃手段を主として使用し、【敵性個体】を強制的に仰け反らせたり、後退させたり、吹き飛ばす事で行動阻害をしたり、攻撃を【中断】させるなどして、味方を有利にする役割のプレイヤーあるいはユニットを【ノック・バッカー】と呼びます。
【ノック・バック】の反意語としては、【フック・アンド・リール】という用語があり、引っ掛けてリールで巻き取るという意味になり、そういう役割のプレイヤーやユニットは【フック・アンド・リーラー】と呼ばれました。
【ノック・バック】や【フック・アンド・リール】を駆使して戦闘を有利にする戦術を……【間合い操作】……そういう役割を担うプレイヤーやユニットを……【間合い操者】……などと呼ぶ事は前述の通り。
【間合い操作】は、【敵性個体】に与えるダメージこそ低いですが、強力な味方支援になります。
しかし、この技術は当然ながら【敵性個体】の側が従順に従ってくれる訳もなく抵抗を受けるので、【敵性個体】の行動を強制出来るだけの何らかの方法や手段が必要で、高度な技術と的確な状況判断能力を要しました。
【間合い操作】は効果が高い反面、超が付く難しい技術なのです。
「あのさ、それって、本物の【間合い操者】な訳?つまり……ユーザーが使うレベルの【間合い操作】……って意味なの?」
グレモリー・グリモワールが訊ねました。
「グレモリーさんが言う……本物の【間合い操者】……の定義が……ユーザーが使うレベルの【間合い操作】を行使する……という事なら、情報を分析した限り、ジョヴァンニ・カンパネルラが駆使する戦術は、グレモリーさんが本物の【間合い操作】と呼ぶ戦闘技術と同一のモノだと推定されます」
ミネルヴァが答えます。
「それが真似事ではなく、本物の【間合い操作】である具体的な根拠は?」
「ジョヴァンニ・カンパネルラは【ノック・バック】と【フック・アンド・リール】を駆使し、単独で【マーナガルム】2頭との戦闘に勝利しています」
「単独で2頭の【マーナガルム】から死亡を取るとか凄くない?ま、ジョヴァンニ某が世界ランカー・レベルのユーザーなら……【マーナガルム】2頭の単独討伐……も可能だろうけれどさ」
【マーナガルム】は【超位級】の【魔狼】で、【魔狼】族の中では【マルコシアス】と並んで最強と見做されていました。
【マーナガルム】はヒット・ポイントと肉体強度が【マルコシアス】より高いので近接戦闘に優れています。
対して、【マルコシアス】は強力な魔法を駆使するので中・遠距離の戦闘に優れていました。
ただし、【魔狼】族は水に顕著な弱点があるので、ユーザーによって対【魔狼】に有効な戦術が確立されています。
なので、【マーナガルム】も【マルコシアス】も【超位】の魔物の中では比較的楽にお金や経験値を稼げる……美味しい獲物……と見做されていました。
もちろん、それは比較レベルでの話であり……高レベルのユーザーが完璧に対抗手段を張れれば……という大前提があり、NPCにとっては【遭遇】すれば生存が絶望的な強大な【敵性個体】である事に変わりません。
「いいえ。正確には殺したのではなく、ジョヴァンニ・カンパネルラは、【マーナガルム】2頭の戦意を挫き逃亡させて戦闘に勝利したのです」
「ま、それでも破格の戦果だよね。ノヒト、やっぱ、ジョヴァンニ某って奴はユーザーなんじゃね?2頭の【マーナガルム】と単独で殺し合って敗走させただけでも大したモンだけれど、超高難易度技術の【間合い操作】を駆使するこっちの世界の住人なんか私は見た事ないよ。ユーザーでも【間合い操作】を実戦で完璧に使い熟していたのは、私が知る限りライナー・ノーツと他数人だけだし」
グレモリー・グリモワールは言います。
ライナー・ノーツさんは、【ラ・リベルタ】という最古参クランを率いていた有名なユーザーでした。
実はグレモリー・グリモワール(私)も【ラ・リベルタ】の創設メンバーの1人で、ライナー・ノーツさんの事を良く知っています。
「大したモノだ……という見解には同意しますが、ジョヴァンニ・カンパネルラはユーザーではありません。それは私とミネルヴァが結論付けた確定事項です」
「いやいや。こっちの世界の住人にガチの【間合い操作】なんか出来っこね〜でしょうが?単に【ノック・バック】や【フック・アンド・リール】をやるだけなら、魔法や【能力】、それから【神の遺物】級の武器や防具や盾やアイテムがあれば誰でも出来るけれど、ガチの【間合い操作】は訓練とか経験で如何にかなるような類の技術じゃないんだから、こっちの世界の住人には無理なんだからさ」
「グレモリー。それは如何いう意味じゃ?」
ソフィアが訊ねました。
「【間合い操作】てのはザックリ言うと、魔法や【能力】や武器や防具や盾やアイテムで、【敵性個体】を【ノック・バック】させたり【フック・アンド・リール】して、自分や味方を一方的に有利にする戦闘技術だと思えば良いよ」
「【ノック・バック】は【敵性個体】を吹き飛ばす事じゃの?【フック・アンド・リール】とは何じゃ?」
「う〜ん。なら、そもそもの所から説明するね」
「うむ。頼むのじゃ」
「【ノック・バック】の定義は狭義においては、ソフィアちゃんが言ったみたいに、【敵性個体】に攻撃を当てて吹き飛ばしたり、後退させたり、仰け反らせたりする事を意味するんだけれど、広義においては【敵性個体】を怯ませたり、恐怖を掻き立てたり、鋭い痛みを与えるとか目潰しをするとか、熱さ冷たさ痒みなどの刺激を与えるとか、口の中に辛い物や苦い物を投げ込みむとか、毒、酸、アルカリ、臭い、汚い、ネバネバ、ドロドロ……などなど、とにかく嫌がらせをする事によって、相手の攻撃や接近の意図や目的やタイミングを逸失させる事全般も含む。これで【敵性個体】の攻撃や回避行動を遅らせたり、タイミングを狂わせれば、自分や味方が連続攻撃やコンボを当てられて有利になるよね?また、近接しか攻撃手段がない【敵性個体】なら【ノック・バック】で距離を保ち続けていれば、【敵性個体】からの近接攻撃は受けないんだから、相手の回復力や自然治癒力や再生能力を上回る程度の最低限の威力値で、遠隔からひたすらチクチク攻撃を当てていれば、いつかは倒せるっしょ?近接特化の相手なら、【ノック・バック】を有効に使えば位階で上回る強力な【敵性個体】でも倒せるから、【ノック・バック】自体に高い攻撃威力値がなくても強力な効果を生むんだよ」
「ふむ」
「【フック・アンド・リール】は、【ノック・バック】とは反対に【敵性個体】を自分や味方ユニットの側に強制的に引き寄せたり近付けて……距離を保ちたい……と考えている相手の攻撃や防御の意図や目的やタイミングを逸失させる事だね。自分から【敵性個体】に突撃したり踏み込んで距離を詰めるのは【フック・アンド・リール】とは呼ばない。例えば、【敵性個体】の遠隔がクッソ強いとか、高速で飛びながら攻撃して来るとか、水中とか地中とか砂とか溶岩の中に居て、味方の攻撃が通り難いか全く通らない場合に、自分や味方に有効な遠隔攻撃手段がなければ詰むけれど、【フック・アンド・リール】で【敵性個体】を強制的に近くに引き寄せられば、局面を打開出来るっしょ?」
「ふむふむ。ならば、ノヒトが使う地中に潜む無数の魔物を【理力魔法】で引っこ抜いて、空中に拘束して無力化する卑怯な技も【フック・アンド・リール】か?」
「そだね。地中から魔物を引き摺り出す所までは【フック・アンド・リール】の範疇と見做せるよ。ま、ノヒトみたいにバカ出力の【理力魔法】で大量の魔物を一気に空中に浮かべて無力化しちゃうようなのは、【フック・アンド・リール】に含まない。てか、あんなデタラメな事はノヒトにしか出来ないから分類する必要も意味もないけれどね。とにかく、そうやって【ノック・バック】と【フック・アンド・リール】を駆使して、自分や味方と【敵性個体】との間合いや距離感を自在に操り、自分や味方を有利にして【敵性個体】に不利を強いる戦術を【間合い操作】と呼ぶ。そして、【間合い操作】が得意だったり、パーティ内でその役割を担うプレイヤーを【間合い操者】と呼ぶ訳」
グレモリー・グリモワールは【間合い操作】の基本を、難解な数式などを一切用いず、皆が概念として必要十分な程度に理解可能な範囲に噛み砕いて過不足なく説明します。
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・・・
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