第1160話。お葬式。
【老婆達の森】の【誕生の家】。
私は【理力魔法】で慎重に彼女達29人を運んでいます。
誰も口を開かず、その様子を只黙って見守っていました。
何かを運ぶ目的として【収納】は便利ですが、生命ある生物は【収納】に入れて運ぶ事は出来ません。
しかし、遺体は、生物ではなく死物……。
死を迎えた者は、もはや物体でしかないので【収納】に入れて運ぶ事も可能です。
実際、現在も私の【収納】には幾つかの生物の死体が入っていました。
人種や【魔人】や魔物を含めた知的生命体の死体が……です。
しかし、私は、カルネディアの姉達(血縁関係は定かではない)を物として扱う事に抵抗がありました。
なので、こうしてミイラ状になった遺体に損壊が起きないように慎重に浮かび上がらせ、ゆっくりと歩を進めているのです。
遺体が安置されていた元の状態では、皆の衣類は毛布に切り込みを入れてポンチョのように頭を通し腰を紐で結えただけのようなボロ布でした。
初めてカルネディアと会った際に彼女が着ていたモノと同じです。
今の彼女達は、私が【収納】から取り出した礼服を、ウィローとカリュプソ、それからセグレタリアとオラクルとヴィクトーリアとウィルヘルミナが手分けをして着せ替えてありました。
元の衣類のままでは、あんまりです。
遺体がミイラ化していたので、丁寧に扱わないと損壊の恐れがあり、着せ替えに時間が掛かってしまいました。
【自動修復】を掛ければ、損壊が生じても直ぐ元に戻りますが、それも何だか違うように思いますからね。
遺体の埋葬方法は、守護竜達とカルネディアと相談して荼毘(火葬)に付した後、遺灰を土に埋めて自然に還帰す事にしました。
それが守護竜などが管轄する各神殿で行われている一般的なやり方だったからです。
この世界では遺体をそのまま土葬にしたり、あるいは保存処理を施して棺に納められ半永久的に霊廟や墓地に安置されるケースも多いそうですが、火葬も死者の正式な弔い方として認められていました。
もしかしたら、この世界を開発したゲーム会社が火葬を主とする日本にある企業なので、こちらでも火葬が導入されたのかもしれません。
その辺りの決定経緯はコンセプト・デザイン・チームの領分なので、私は正直良く知らないのです。
ミネルヴァなら知っているでしょうが、興味本位で経緯を明らかにする意味も必要もありませんし、故人の弔い方は、こちらの世界のNPCコミュニティに広く受け入れられていて、第一義的には遺族の希望が汲み取られていれば良いと思うので、実際の所ゲーム会社のメタ的な設定など如何でも良いのですよ。
火葬ではなく、いっその事私の【超神位】による【粒子崩壊】や【対消滅】なら、自然に還帰す為に、遺灰が残るように燃焼反応を調節したり、残った遺灰を穴を掘って埋めるなどという手間が省けて合理的ではありますが……。
知的生命体は……死……を単なる状態の変化などとは捉えず、きっと特別な意味を持たせるモノなので、不合理であったとしても構わないのです。
合理主義に徹するなら、そもそも葬儀などの儀式自体が不合理極まりないのですから。
葬儀とは、敢えて不合理で不自然な行為を行う事によって、死という究極の別離を、遺される者にとって虚無でなく思い出に変える必要なプロセスなのでしょう。
私は、カルネディアの姉達を、今まで安置されていた部屋から【誕生の家】のメイン・ホールに運びました。
ここは、中央にある祭壇が【赤ちゃんスポナー】になっています。
差し詰め、誕生の部屋でしょうか?
つまり、誕生の部屋で葬儀が行われるのです。
これは単に大勢の参列者が集まれる広い場所で……という意味でしかなかったのですが、誕生と死との対比に何か特別な意味を想起してしまいますね。
メイン・ホールでは、トリニティが木製の寝台を並べて準備を整えていました。
「ミネルヴァ様が……必要になるだろうから……と、用意して下さいました」
トリニティが言います。
「ありがとう」
私は、寝台にカルネディアの姉達を慎重に寝かせました。
すると、徐にカルネディアが寝台に歩み寄ります。
カルネディアは、姉達1人1人の枕元に何かを置いていました。
縫いぐるみ?
ああ、【エデン牧場】のお土産コーナーで、珍しくカルネディアがトリニティに強請った、あの縫いぐるみですか。
「お姉ちゃん達。この縫いぐるみを私だと思って持って行ってね。この子がいたら天国に行っても寂しくないでしょう?ご飯をくれて、お世話してくれて、狩の仕方を教えてくれて、遊んでくれて、お話してくれて、沢山教えてくれて、いつも一緒に居てくれて、守ってくれて……それで、それで……私のお姉ちゃん達になってくれて、ありがとう」
カルネディアは言いました。
幼いカルネディアの健気な言葉に、思わずホールにいる全員が涙を堪えます。
いや、トリニティは限界でした。
涙がトリニティの頬を伝い流れています。
無理もありません。
トリニティは【パス】を通じてカルネディアの思念がダイレクトに伝わって来るのですから。
私も【共有アクセス権】のプラットフォームで、カルネディアと繋がってはいますが、それはトリニティを中継してのモノ。
一段階クッションがあるので、辛うじて堪えられました。
無敵のゲームマスターは、状況判断を鈍らせないように感情の激しい動きを抑制する【常時発動能力】があるのですが、今回は【能力】を外しています。
そして、ソフィアから順番にカルネディアの姉達に、【誕生の家】の庭園で摘んだ花を手向けて行きました。
「カルネディア……」
トリニティが、姉達の側を離れようとしないカルネディアの肩に優しく触れて促しました。
カルネディアはトリニティと手を繋いで、列に戻ります。
「カルネディアの姉達よ、全ての業から解き放たれ安らかに眠れ。今その骸を地に委ね、土は土に、灰は灰に、塵は塵に還帰らん……」
ティファニーが葬儀のミサの……死者への祈り……を始めました。
ティファニーが皆を代表して祈りを捧げる役目に選ばれたのは、彼女が【リントヴルム】から【指名】を受けた首席使徒で、【リントヴルム聖堂】の正式な最高位聖職者である【法皇】だからです。
この場にいるメンバーで、ティファニーよりも葬儀のミサを執り行うのに相応しい者はいません。
当初はアルフォンシーナさんにミサをお願いする案もあったのですが、彼女は現在イースト大陸絡みの案件で謀殺されていて昨日から休息も睡眠も取っていないらしいので、休んでもらう事にしたのです。
ティファニーも聖職者としての位階では、アルフォンシーナさんと同格の権威がありますので役に不足はありません。
「偉大なる【創造主】、我らが最高神。【リントヴルム】の忠実なる使徒ティファニー・レナトゥスが畏って申し上げます」
ティファニーが言います。
ティファニーが、ウエスト大陸の人々の為に【リントヴルム聖堂】で……死者への祈り……を捧げる場合、このように【創造主】とウエスト大陸の主祭神である【リントヴルム】の名前が呼ばれました。
当然ながら他の大陸の神殿なら、【創造主】と当地の守護竜の名前が呼ばれる訳です。
「いと畏き【創造主】よ、永遠の安息をカルネディアの姉達に与え、絶えざる灯火の光明で御導き下さい。カルネディアの姉達の魂は、今あなたの御元に還帰るでしょう。永遠の安息をカルネディアの姉達に与え、絶えざる灯火の光明で御導き下さい」
ティファニーが祈りを捧げました。
「「「「「御導き下さい……」」」」」
ホールにいる全員が、ティファニーの祈りの末尾の部分を唱和します。
「御使よ、【リントヴルム】よ、現世の神々よ、カルネディアの姉達の魂が、天界までの道程に彷徨わぬよう御図らい下さい。カルネディアの姉達の魂を、悪しき【魔神】の【眷属】から御守り下さい」
ティファニーが祈りを捧げました。
「「「「「御守り下さい……」」」」」
皆が祈りの末尾部分を唱和します。
「「「「「カルネディアの姉達の魂を守ろう」」」」」
守護竜達を始め列席する【神格者】全員が厳かに言いました。
この【神格者】達が、ティファニーの祈りに返答した部分は、今回の葬儀に実際【神格者】達が参列している為、急遽付け加えられたくだりです。
この部分の祈りは、死者の魂が天界にいる【創造主】の元に無事辿り着けるようにお願いする文言ですので、当事者の守護竜達や【神格者】が……その願いを聞き届けた……という体裁になっていました。
この世界の世界観では【創造主】の神力は【常時発動】で影響力を発揮しています。
しかし、【創造主】は天界にいる為、現世に【任意発動】には介入出来ないので、死者の魂が天界に到着するまでの途上において、それを守るのは世界の現世神達の役割という訳ですね。
因みに、御使とは、現世における【創造主】の代理であるゲームマスターの事。
つまり、この場では私の事を指します。
また、現世の神々の部分には、【リントヴルム】以外の守護竜達、ミネルヴァと彼女の分離体であるブリギットとカプタ、そして【世界樹】の分離体であるユグドラなども含まれていました。
なので、私とブリギット(ミネルヴァ)とユグドラも一応守護竜達と一緒に唱和を行います。
私の個人的な見解としては死後の世界などを信じていませんが、そんな事を言って厳粛な葬儀を台無しにする程、空気が読めない訳ではありません。
死者の魂が実在するか……については確証はありませんが、こちらの世界では存在するような気がしていました。
何故なら、この世界には【リインカーネーション】という仕様があるからです。
【リインカーネーション】とは、かつては人種だったウィローや、グレモリーの従魔だった竜之介の身に起きた……生物だった者が、死後肉体の呪縛から解き放たれて【知性体】に生まれ変わる……という現象の事。
つまり、この世界の設定では、生物の死後にも生前の自我や記憶を保ち、恒久的にではないしろ少なくとも一時的には現世に留まっている何かが間違いなく存在していました。
それを……死者の魂……と定義しても【世界の理】と矛盾はしません。
「いと強き神軍の総帥【創造主】よ、カルネディアの姉達の魂が、悪しき【魔神】の虜囚とならぬよう御守り下さい」
ティファニーが祈りを捧げました。
「「「「「御守り下さい」」」」」
皆が唱和します。
この部分の祈りは、現世神が送り届けた死者の魂を天界の入口で【創造主】が迎える様子を語っていました。
その引き継ぎの際に……隙を突いて悪い奴らがチョッカイを出さないように気を付けくれ……という意味なのでしょう。
随分と念入りで親切な祈りですね。
「慈悲深き【創造主】よ、あなたの栄光に満ちる至高なる天界に、カルネディアの姉達の魂を御迎え下さり救い給え。【創造主】の御元に来たりしカルネディアの姉達の魂が、大いなる慈悲の御胸に抱かれ、祝福され、永遠の安息がもたらされますように……あなたの御名において」
ティファニーが祈りを捧げました。
「「「「「【創造主】の御名において……」」」」」
皆が唱和します。
「では、ノヒト様。お願い致します」
ミサを執り行ったティファニーが促しました。
この後は私の仕事です。
通常の人種の葬儀なら、この後は遺体を納棺して霊廟や墓地に運んで安置するか、荼毘に付す為、火葬場に移す訳ですが、【誕生の家】には火葬場などないので、今回は私が魔法で遺体を荼毘に付さなければいけません。
「わかりました。【炎】、【風】……」
私は、出力を絞った範囲魔法の【中位火魔法】と、煙を屋外に流す目的の【低位風魔法】を詠唱します。
すると、カルネディアの姉達は、寝台ごと炎に巻かれゆっくりと人の形を留めなくなって行きました。
その時……立ち昇る煙の中で、微かに光の粒子が揺らめいたように錯覚します。
……あり……とう……。
……でね……。
……せに……ね……。
ん?
何やら声のようなモノが微かに聴こえたような?
幻聴?
いいえ、幻聴などではありません。
ホールにいる全員が声が聴こえた立ち昇る煙に視線を向けています。
「お姉ちゃん?」
カルネディアが言いました。
「まさか……死者の魂が語り掛けた?」
ディーテ・エクセルシオールが目を見張っています。
【ニーズヘッグ聖域】の前の大祭司で、葬儀のミサも何千回となく経験しているディーテ・エクセルシオールも……死者の魂が生者に声を掛ける……というような現象には遭遇した事はないのだとか。
……ありがとう……。
……元気でね……。
……幸せになってね……。
今度は、はっきりと聴こえました。
そして、三人の【ゴルゴーン】の姿をした発光体が空中に浮かび、優しい表情でカルネディアを見下ろしているのがわかります。
「うむ。今この場には、これだけ大勢の【神格者】がおって、カルネディアの姉達の為に祈っておるのじゃから、その祈りによって莫大な神力が生まれ死者の魂を視認可能にしてもおかしくはないのじゃ」
ソフィアが言いました。
「お姉ちゃん。私は元気で、今とっても幸せだよ。ありがとう、ありがとう……。お姉ちゃん達……さようなら……さようなら……」
カルネディアは、泣きながら立ち昇る煙に向かって感謝と別れの言葉を言います。
何度も、何度も……。
そして、カルネディアの姉達の魂は、最愛の妹に向けて微笑み頷いて……光の粒子に変わって天に昇って逝きました。
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