第1157話。デス・ミリタリー・ケイデンス。
惑星【七色星】中央大陸【メガラニカ】中央領域【ゴルゴネイオン】。
【老婆達の森】の拠点。
辺りは夜闇に包まれていました。
現在私達が居る惑星【七色星】の此方側の半球は、太陽との位置関係で惑星【ストーリア】の日本サーバー(【地上界】)側と、ほぼ12時間の時差があります。
私達【竜城】から【七色星】に【転移】したメンバーは、初上陸時に私が造った拠点で、北米サーバー(【魔界】)で【チュートリアル】に参加していたメンバーと合流しました。
この拠点は、私の【超神位】で構築された【球体隔壁】で守られているので、安全を考慮した訳です。
まあ、【神格者】であるブリギット(ミネルヴァ)が引率しているので危険はないとは思いますが……。
【七色星】の現地【神格者】である【ギミック・メイカー】という存在が、現時点では未だ私達にとって友好的だという確証がないので念の為の安全マージンです。
「それにしても、ここも随分と開発が進んでいるようですね?」
私は拠点の変わり様に驚いて呟きました。
私が以前に建てた巨大な建物の周りに、様々な建築物が並んでいます。
「はい。【ドゥーム】から大量の建築【ドロイド】を投入致しましたので、ゲームマスター本部の支部としての最低限の体裁は整いました」
ブリギット(ミネルヴァ)が言いました。
「ほほ〜、これは、ちょっとした集落と言って良いのう。ちょっと、覗いてみるか……」
ソフィアが拠点の建物に向かって駆け出します。
「ハイヨー!トライアンフ」
「ウルスラ陛下。お待ち下さい」
トライアンフに跨ったウルスラと、自前の翅で飛行するキアラが、ソフィアの後を追いました。
「あ、ソフィア……」
私が声を掛けたものの時既に遅し、ソフィア達は建物の中に入ってしまいます。
これから葬儀だというのに、まったく仕方がない連中ですね。
「お呼びして参りますか?」
オラクルが訊ねました。
「いいえ。少し見るくらいなら構いませんよ」
「畏まりました」
私も構造体だけを造って内装を放置したままだった建物の中が、如何なったのか少し興味がありますからね。
「チーフ。本日の昼食は、こちらで召し上がって頂く予定です」
ブリギット(ミネルヴァ)が言います。
「厨房なども造ったのですね?」
「はい」
あ、そう。
私達は、ゾロゾロと建物に向かいました。
・・・
ゲームマスター本部【老婆達の森】支部。
私が建てた中央にある建物は、【収納】内にあったオリハルコンなどの超硬度金属を芯材に、そこら辺にあった土を【超神位魔法】で覆って硬化しただけのシンプルなプエブロ風の建物です。
見事なまでの豆腐建築……。
いいえ、機能美と言っておきましょう。
建物内には、柱や梁、壁や床や天井、窓枠やドア、家具や調度や備品、照明や空調や通信などに使用される各種【魔法装置】が作り込まれていました。
内装は私が造った訳ではありません。
中央にある建物の周囲にも沢山の建物が並んでいました。
周囲にある建物も、私が造ったモノではありません。
こちらは木材や石材や煉瓦やモルタルなどによって建てられています。
私が造ったモノ以外は、全て建築【ドロイド】の手によるモノでした。
【ドロイド】が建てたモノの方が、私の力作より建築様式が洗練されているのは、ご愛敬です。
中央建物の内装材や、周囲の建築物に使われている建材は【老婆達の森】で手に入るモノで間に合わせたのだとか。
それらを現地調達したのも【ドロイド】です。
金属部材や魔導部品はゲームマスター本部や【ドゥーム】から持ち込まれたようですが、【魔法石】は現地調達。
つまり、戦闘【ドロイド】が【老婆達の森】で狩猟をして魔物から獲ったモノなのだそうです。
内装は全体的に落ち着いたクラシックな雰囲気に設えられていました。
なかなか趣があって、悪くありません。
私は、地上3階・地下1階の巨大な伽藍堂の空間を造っただけだったのですが、柱が立てられ梁が渡され床と壁が張られ階数と部屋が増えていました。
まあ、以前の内部構造では、飛空船の格納庫みたいに無闇矢鱈と徒っ広くて使い勝手が悪いですからね。
建築【ドロイド】の匠の仕事で、以前の無機質さが緩和して、多少は生活感や温かみが感じられるようになっていました。
「チーフ。一応、チーフの執務室も作らせました」
ブリギット(ミネルヴァ)が言います。
「私が、ここに居付く事はないと思いますけれどね」
私は、どんな場所でも【転移】1発で移動可能でした。
なので、いちいち出先の拠点の執務室に仕事を持ち込むよりも、【ワールド・コア・ルーム】のゲームマスター本部で中央集約的にタスクを処理した方が効率的です。
それに、最も先進的で使い慣れている【ワールド・コア・ルーム】の自分の執務室が一番落ち着きますからね。
私の本質は、現場主義のゲームマスターと言うより、どちらかと言えば机上主義のプログラマーなのです。
机上主義は……机上の空論……などという言葉もあるように、ともすると悪い意味に捉えられがちですが、私は必ずしもそうは思いません。
要は現場から正確な情報を収集する能力と、現場に指示を徹底出来るシステムがあれば、情報の集約と分析が行えて指揮系統と責任の所在がはっきりする中央集権の方が組織業務は効率的だと思います。
もちろん、現場に送る部下達の事を信頼して必要なら裁量権も与えますが、だからといって私の任命責任や監督責任が1gも軽くなったりはしません。
そして部下達の能力で対応不可能な問題が発生したら、最終的には私が現場に出動せざるを得ないのですから、私が個別の現場に張り付くよりも、私は扇の要の結節点に居て、いざという時には様々な現場に駆け付ける方法論の方が合理的でした。
現場主義と机上主義は、どちらが良いという問題ではなく、組織として成果が上がる方を選べばよいのだと思います。
「将来的にはカリュプソに支部長を任せて、ここを使わせても良いかもしれませんね」
ブリギット(ミネルヴァ)が言いました。
「なるほど。しかし、カリュプソを【七色星】支部の責任者にするのは、いつになる事やら。【七色星】の住人達と平和的に邂逅を果たして、【七色星】の国家やコミュニティと、1つ1つ信頼関係を築き、何らかの共通理解を得て、ゲームマスター本部の役割や目的を説明して理解してもらって、それからゲームマスター支部の運用開始となると、年単位の予定になるかもしれません」
「おそらく、基本設定として、【創造主】を中心とした世界の在り方などについては、【七色星】の住人にも生まれ付きのデータとしてプログラムされている筈です。本体がカルネディアと話しましたところ、漠然とですが彼女は、【創造主】の存在や、世界設定や、【世界の理】についての認識を持っていましたので」
「そうですか。だとするなら【七色星】の住人とも、わかり合える素地はあるのですね?」
「そう推定されます。また、【七色星】の人口の大半を占める【魔人】は、人種に比べて信仰心が厚く、強者を信認する性質がありますので、その点でもチーフが【七色星】の【魔人】達から好意的に受け入れられる可能性は高いでしょう」
「しかし、それは一般論ですよね?個別の事例を考えれば、過去に私やゲームマスター本部と敵対した【魔人】のNPCは結構な数でいましたよ。まあ、ゲーム時代の話ですけれどね」
「はい。なので、あくまでも傾向としてそのような可能性が高いという推定です」
「つまり、最初の遭遇が大切だという事ですね?」
「チーフならば問題ないでしょう」
「余り期待しないで下さい」
・・・
何でこうなった?
何故だか、私達は紅茶とお菓子でマッタリしています。
この一服セットは、こちらのゲームマスター支部所属の【コンシェルジュ】達が用意したモノです。
何だか落ち着いてしまいましたね。
いやいや、いかん。
私達は葬儀を挙行しに来たのです。
「ノヒト。ちょっと目を通して欲しいモノがあるのだけれど?」
リントが声を掛けて来ました。
あ、今腰を上げて葬儀会場の【誕生の家】に向かおうとしたのに……。
「何でしょうか?」
「【ドゥーム】に輸送する順番なのだけれど、最初は官僚にする人員からにしようと考えているわ。これが、そのリストなのだけれど……」
リントが目配せすると、彼女の従者ティファニーからミネルヴァにデータが送信されました。
瞬時にミネルヴァから【共有アクセス権】のプラットフォーム上にデータが送られます。
「このデータは?」
送られて来たデータには、何やら名簿のリストでした。
ある特定のステータスが高い個性を持った人達ばかりが列挙されています。
「それはね……」
リントは眉間にシワを寄せて説明しました。
リントによると、このデータは【ウトピーア法皇国】の政権を牛耳っていた独裁者の枢機卿達が管理していたデータなのだそうです。
枢機卿達は、意識がないまま【魔力子反応炉】に繋がれて魔力を供給する為だけに生かされていた人達の詳細なメディカル・データを調べてファイリングしていました。
何故そのような事をしていたのか?
健康管理の為?
魔力供給源として安定して長期間使えるように健康を管理する意図もあったのでしょうが、枢機卿達の最大の目的は繁殖の為です。
【魔力子反応炉】に繋がれていた人達は、意識がないまま人工繁殖で子供を産まされていました。
生まれた子供達も両親と同じく【魔力子反応炉】に繋がれ、意識がないまま一生を魔力供給源として生かされるのです。
酷い話ですよ。
そして、枢機卿達は、より効率良く【魔力子反応炉】で魔力を搾り取れるように、魔力量が多い両親を交配して生まれて来る子供も遺伝形質的に魔力量が多くなるようにしていました。
その為、【魔力子反応炉】に繋がれていた人達の詳細なメディカル・データが管理・運用されていたのです。
枢機卿達は、それを……優生学的繁殖計画……と呼んでいました。
狂気の沙汰で、鬼畜の所業としか思えません。
「で、この人達は?」
「ティファニーが、【サントゥアリーオ】政府の官僚や、地方自治体の役人にする人材としてピック・アップしたのだけれど、如何かしら?」
リントは訊ねます。
なるほど、そういう意味ですか。
枢機卿達が集めた【魔力子反応炉】に繋がれていた人達のメディカル・データは各種ステータスなどの能力数値が詳細に調べてあるので、使い方によってはリントがやったように……官僚向き人材……とか……軍人向き人材……などがわかりました。
「如何と言われても……このデータの出所と存在目的を考えると、枢機卿達の非道に反吐が出そうになりますが、割り切って純粋なデータとして活用するのも一案だと思います。何しろ【サントゥアリーオ】は原始の人々が定住して集落を作り、やがて集落が成長して町や街や都市に至り、国家が形成されたプロセスを経ず、0から国家再建を図らなければいけません。【魔力子反応炉】から解放された1億人の人達に個別面談をして……あなたは何の仕事をしたいのか?……などの志望を訊いていたら埒が開きません。ある程度リントの方で適性を見て職業を割り振るなどショート・カットをしないと大変ですからね」
「なら、ノヒトは、このやり方を否定しないのかしら?」
「はい。理想的とは言えませんが、現実的には致し方ないと思います」
「なら、このデータを基に【サントゥアリーオ】国民の初期職業を割り振る事にするわ。もちろん転職の希望が強ければ、個人の自由意思で認めるけれどね」
「わかりました」
「はあ。【ウトピーア法皇国】の枢機卿達は、100回殺しても飽き足らないと思っていたけれど、今回ばかりは連中の非人道的で邪智暴虐な野望によって集められたメディカル・データが、【サントゥアリーオ】の国家体制構築のスタート・アップに役立つのだから皮肉なモノよね」
「データには罪はありません。良い事も悪い事も、あらゆる功罪に責任を負うべきは常に人間なのですから」
「まあ、そうね」
「では、今日【ドゥーム】に輸送する人員は、このリストにある官僚人材という事なのですね?」
「ええ。ただ、単純に1か所に集まっている【保育器】を無作為抽出で纏めて輸送する訳でなく、このリストの人員を選別して運ぶ訳だから、作業は格段に大変になってしまうのだけれど……」
あ……。
ダメです。
私は、その作業の大変さがイメージ出来てしまいました。
「あ〜、いや、止めましょう。【ドゥーム】は【時間加速装置】なので、数年間は一瞬です。既存計画では、全ての輸送作業が2週間で完了する予定です。2週間後に1億人に職業を割り切っても誤差みたいなモノですよ。なので、無作為に纏めて輸送してしまいましょう」
「でも、先ずは官僚や役人を先に各地の職場に配属して事務処理をやらせて、後続の国民達の受け入れ体制を敷いた方が圧倒的に業務が効率化出来るのよ。それに、この計画案はミネルヴァのアドバイスよ。ミネルヴァの計算によると、この方法を採らずに人員を無作為抽出のランダムで輸送すると、最大で1年の業務の遅延が発生するらしいわ。その被害と損失は甚大という他はない……と」
ミネルヴァ?
私は【念話】で確認します。
チーフ……リントさんの説明の通り、この方法が最適なタスクです……今日のチーフの苦労が、将来のチーフの仕事を楽にします。
ミネルヴァが【念話】で言いました。
では……今日の輸送作業は延期して、前乗りするガブリエル達に選別作業を行わせて、何日か掛けて事前準備を行い、ある程度【保育器】の集約が完了してから、私が参加して輸送作業を始めるというのは如何ですか?
私は【念話】で次善策を提案します。
それは非効率です……宇宙最高のスペックを持ち、魔力無限で疲労もしないチーフが行うのが最適です……ガブリエルなどに任せると時間も労力もコストも跳ね上がりますし、作業の繁雑さと技術的難易度から何か致命的なミスが起きるかもしれません……これは物理的にチーフでなければ行えない方法論です。
ミネルヴァが【念話】で言いました。
くっ……正論過ぎて何も言い返せない。
「……致し方ありません。では、その方法で実行しましょう」
私は諦観してリントに言いました。
「ありがとう、ノヒト。あなたには本当に感謝しても、しきれないわ。トリニティが見ていなかったら、抱きついてキスしたいところよ」
リントが言います。
大袈裟な……。
それに今の話にトリニティは関係ないでしょう?
いや、トリニティは関係ありますね。
「トリニティ。今夜の【パノニア王国】からの移民輸送は、あなたの指揮で行って下さい。私は午後から【サントゥアリーオ】の方に向かいます。少しでも早く作業を始めなければ、いつになっても終わりません」
「では、午後は私もマイ・マスターに御一緒致します」
「いいえ。あなたは午後【神竜海洋神殿】のメンバーに【チュートリアル】を受けさせる予定なのです。手伝ってもらいたいのは山々ですが、残念ながら私の方に付いて来てもらう訳にはいきません」
「しかし……」
「お願いします。あなたが頼りなのです」
「……仰せのままに致します」
あ〜、こんなデス・マーチになるなら……【保育器】を【ドゥーム】に運んで、【魔力子反応炉】に繋がれていた人達の育て直し期間の短縮をしよう……なんて事を思い付かなければ良かった……。
いや、それは幾らなんでも言い過ぎか。
【魔力子反応炉】に繋がれていた人達には、何も責任がないのですからね。
あの人達は何ら落ち度がない純然たる無辜の民。
助けてあげるのが、ゲームマスターの職責です。
しかし、これは……死の行進曲……どころではなく、もはや死の駆け足なのでは?
確か、アメリカ海兵隊などで有名な列を成してランニングする時の唱歌というか掛け声というか、コール・アンド・レスポンスの事を……ミリタリー・ケイデンス……と呼ぶ筈です。
つまり、これは、デス・ミリタリー・ケイデンス。
如何にも、ヤバそうな感じです。
お読み頂き、ありがとうございます。
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・・・
【お願い】
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