第1156話。【キャスリング】と【フォーク】。
【竜城】の大広間。
【ザナドゥ】と【アガルータ】連合による【ゴブリン自治領】への侵攻及び【イスタール帝国】国境への大軍派兵によって引き起こされた軍事的緊張への対応方針の決定と、【イスプリカ】が【ブリリア王国】国内にある自治区【ログレス】方面に派兵している問題の情報共有が行われました。
その他、幾つかの報・連・相と意見交換が行われます。
チーフ……準備が整いました。
ミネルヴァが【念話】で連絡して来ました。
如何いう段取りで移動しますか?
私は【念話】で確認します。
【チュートリアル】組は、既に【七色星】に直行しました……それ以外のメンバーは【竜城】に合流します。
ミネルヴァが【念話】で報告しました。
わかりました。
私は【念話】で了解します。
すると、【竜城】の礼拝堂に大人数の光点反応が出現しました。
カリュプソとウィローとアマンディーヌとニクスが手分けをして、【ファミリアーレ】と【フラテッリ】、そして【ワールド・コア・ルーム】に居る陣営のメンバー全員を連れて【転移】して来たのでしょう。
皆が到着した事は、大広間に居るメンバー達も気付きました。
「では【七色星】に向かいます」
大広間の一同が立ち上がりゾロゾロと移動を始めます。
「ノヒト。フェリシアとレイニールを連れて来るから、ちょっと待ってて」
グレモリー・グリモワールが言いました。
「あ、はい」
「そんじゃ、【キャスリング】」
グレモリー・グリモワールが【キャスリング】を発動します。
刹那、グレモリー・グリモワールが立っていた場所に彼女の養子の姉であるフェリシアが出現しました。
【王の入場】は【パス】が構築された味方ユニットと自分の位置を瞬時に入れ替えられる【任意発動能力】で、【七色星・マップ】のエントリーによって【メイン・マップ】の【ストーリア】にも実装された新たな魔法や【能力】の1つです。
キャスリングの元ネタはチェス用語で、キングとルークを1手で同時に動かす特殊な指し手でした。
私達は、フェリシアと……おはよう……の挨拶を交わして礼拝堂に向かいます。
・・・
【竜城】の礼拝堂。
礼拝堂には、【ワールド・コア・ルーム】から【転移】して来た大人数のメンバーが並んでいました。
「グレモリー達が【転移】して来るので、真ん中のスペースを確保してあげて下さい」
私は皆に声を掛けます。
一同は、グレモリー・グリモワールが【転移座標】を設置している礼拝堂中央部に円形のスペースを作りました。
【転移】を行う場合、【転移】主体は自分の周囲直近に……【無敵領域】……という、あらゆる攻撃を無効にする一種の【結界】が張られた状態で【転移】が実行されます。
これは、敵対者に【転移座標】の位置が知られてしまった場合に……【転移】→即死……などというエゲツない罠を仕掛けられない為に、ユーザーに対して運営が配慮した仕様でした。
【転移】時の【無敵領域】は、時間経過や【転移】主体が【転移座標】から離れると自然消滅します。
しかし、罠を仕掛ける事自体は可能でした。
【転移座標】周囲に罠を仕掛けられた状態で【転移】が実行されると、【転移】主体は【無敵領域】によって守られます。
ただし、【転移】主体が罠の存在に気付かず【無敵領域】の範囲外に出れば、【転移】主体はダメージを受けたり死亡します。
また、罠の存在を探知しても、そのまま何も対策を取らければ、時間経過で【無敵領域】が消滅して【転移】主体は罠に曝露されました。
つまり、【転移】時には、【転移座標】地点に罠などが仕掛けられてないか注意する必要がありますし、罠が仕掛けられていれば【無敵領域】が展開されている時間内に何らかの防御や回避の行動を取らなければならない訳です。
また、簡単に罠を仕掛けられる場所に【転移座標】を設置しないとか、【転移座標】の周囲に敵対者が侵入しないように防衛ギミックを施しておくとか、【転移座標】を設置した場所に罠が仕掛けられたら【転移】する前に気付くギミックを構築しておくなど、対策をしておけば問題ありません。
そもそも、罠などを仕掛ける事が物理的に不可能な場所に【転移座標】を設置すれば良いのです。
そのような場所があるのか?
あります。
それは【公共領域】。
【公共領域】は運営が任意に指定するか、あるいは【世界の理】が運営の定めた基準に従って自動的に指定します。
【シエーロ】の【ハブ・ゲート・ステーション】や、一定の条件(人口など)を満たした都市の中央神殿の礼拝堂などが運営的な【公共領域】でした。
因みに、【サンタ・グレモリア中央神殿】の礼拝堂は最近人口などの諸条件を満たし、正式な【公共領域】に指定されています。
なので、個人が私有地に建てた礼拝堂などは、運営から【公共領域】には指定されません。
【公共領域】は基本的に交戦禁止です。
しかし、この交戦禁止規定は、交戦すると【世界の理】と国際法に違反して罰せられるという意味でしかなく、必ずしも物理的に交戦が不可能な訳ではありません。
(物理的に戦闘行為が不可能な場所もありますが……)
つまり、交戦禁止規定に違反すれば、ゲームマスターにペナルティを科されるか、当該地域の司法機関によって罰せられるという事です。
ただし、罠の類に関しては、【公共領域】では物理的に設置不可能になっていました。
【公共領域】では、【世界の理】的に罠を仕掛けても起動せず消滅してしまうのです。
なので、私や【レジョーネ】やグレモリー・グリモワールは、何処かの都市に【転移座標】を設置する場合、基本的に中央神殿の礼拝堂を選んでいました。
私は、当たり判定なし・ダメージ不透過の無敵体質なので、【公共領域】 に【転移座標】を設置して罠対策をする必要はありませんが、これは癖みたいなモノです。
閑話休題。
私は、グレモリー・グリモワールが【転移】して来るだろうと考え、【竜城】の礼拝堂中央にいる皆を移動させスペースを作りました。
【転移座標】や【転移目標】が何らかの物体で占有されているからといって、必ずしも【転移】が阻害される訳ではありません。
【転移座標】を設置してある場所に、例えば崖崩れや雪崩などが発生して、物体に占有されている場合、その状態のまま【転移】が実行されると【転移】主体は【転移】が実行可能な直近の空間に少しだけズレて出現します。
もしも、【転移】主体が【転移座標】の直近にズレる空間的余裕がない(例えば、【転移座標】が地下空間に設置してあり、岩盤崩落やマグマの噴出で空間が埋まっているなどの)場合、【転移】自体がキャンセルされました。
そして現状のように、グレモリー・グリモワールの【転移座標】が設置してある地点に生命体が居る場合、【転移】自体は可能ですが、【転移】主体の出現と同時に周囲に形成される【無敵領域】によって、【転移座標】地点を占有していた生命体は強制的に押し退けられます。
その際、【転移】主体は【無敵領域】で守られているので安全が担保されていました。
ただし、【転移座標】を占有していた側の生命体は【無敵領域】の外に居るので守られていません。
安全ギミックが施されているので、【無敵領域】自体による衝撃やダメージはないよう配慮されていますが、現在のように大人数が【転移座標】上を占有していると、【無敵領域】によって押し退けられた人同士がぶつかったりする可能性があります。
打ち所が悪ければ思わぬ怪我をするかもしれません。
なので私は礼拝堂中央部から皆を移動させた訳です。
礼拝堂中央の床に【転移座標】の【魔法陣】が光を放って浮かび、次の瞬間グレモリー・グリモワールが養子の弟であるレイニールを連れて【転移】して来ました。
私達はレイニールとも……おはよう……の挨拶を交わします。
今日初めて会うメンバーもそれぞれ挨拶を交わしました。
「グレモリー。【キャスリング】を使い熟していますね」
「うん。超便利だよ。もはや【キャスリング】がない生活には戻れない。価値観の転換が起きたね」
グレモリー・グリモワールは頷きます。
「グレモリーちゃん。【キャスリング】って魔力コストが【転移】の3倍も掛かるんでしょう?それに【キャスリング】で入れ替われるのは1対1だから、価値観の転換というのは大袈裟じゃないかしら?」
ディーテ・エクセルシオールが訊ねました。
「【キャスリング】では同時に2個体が入れ替わるから、対【転移】比の魔力コストは正確には1.5倍だね。【転移】1回1人分の消費魔力量を1単位とすると、【転移】の場合は私が【竜都】から【サンタ・グレモリア】を往復してフェリシアとレイニールを連れて来るには合計4単位の魔力コストが掛かる。【キャスリング】の場合には【竜都】の私と【サンタ・グレモリア】のフェリシアが【キャスリング】で入れ替わって3単位、私が【サンタ・グレモリア】からレイニールを連れて【竜都】までの【転移】して2単位、合計5単位の魔力コストだった。だから、【転移】と比べて【キャスリング】が法外に高コストって訳じゃないよ。それに私の場合は【サンタ・グレモリア】でバカ容量魔力タンクのヒモ太郎から魔力を補給出来て【キャスリング】分の消費魔力は実質相殺出来るから、逆に魔力コストはお得になった。それに【キャスリング】が【転移】を互換する【能力】だと考えるのは間違いだよ。【キャスリング】は【パス】が構築されていれば、相手が【転移能力者】じゃなくても入れ替われるし、【転移座標】を設置していない場所でも現地にいる【パス】持ちの相手を【目標】にして入れ替われる。例えばパーティ戦闘時に、攻撃特化で紙装甲の私と、防御特化で低火力の味方が【キャスリング】で入れ替わりながら戦えば、敵は攻撃選択が混乱して戦闘効率が下がり、味方が優利になる。そして私みたいな純粋魔法職が苦手とする、魔法防御や魔法耐性がクッソ高い対魔法特化型の敵性個体に対する初見殺しの必殺罠とかにも【キャスリング】は使えると思うね」
「対魔法特化型の敵性個体に対する必殺罠?何それ?」
「うん。まず、硬い金属が中身にギッチリ詰まった巨大な【アイアン・ゴーレム】を造って【パス】を構築しておく。この【アイアン・ゴーレム】は、とりあえず【パス】が構築出来る最低限のスペックがある小さな【コア】だけあれば良いから、回路とか駆動系とか機構部とかのギミックは何も要らない。形状も手足や頭がない立方体の鉄の塊であれば良いから安く造れる。で、その立方体の【アイアン・ゴーレム】がギリギリ収まるだけのスペースがある立方体の頑丈な部屋を造っておく。対魔法特化型の敵性個体に【遭遇】して普通には勝てないとするなら、その頑丈な部屋の中に逃げ込む。対魔法特化型の敵性個体が追い掛けて来て頑丈な部屋に入ったら、すかさず【キャスリング】を発動。対魔法特化型の敵性個体は、【キャスリング】で私との入れ替わりで出現した部屋の容積ミッチミチの巨大な【アイアン・ゴーレム】に……グシャッ……と圧殺される。楽勝。この必殺罠は如何よ?」
「如何って……相変わらず、エゲツない戦法を考えさせたら、グレモリーちゃんの右に出る者はいない……という感想しかないわね」
「つまり、【キャスリング】は単なる【転移】の応用や派生や互換ではなく、【転移】では不可能な様々な革新的用途で運用可能な全くの別物と考えた方が良いんだよ。だから、魔力コストが対【転移】比1.5倍というのは問題にもならないね」
「ふ〜ん。グレモリーちゃんが、そこまで言うなら、私も【キャスリング】を覚えてみようかしら?でも、如何やったら覚えられるのかしらね?」
「【キャスリング】は【任意発動能力】だから魔法習得とはプロセスが異なるけれど、たぶん【転移】や【空間魔法】の熟練値が上がれば習得可能になるんじゃないかな?」
「わかったわ」
「とにかく、【七色星・マップ】解放によるアップ・デートで新規実装された要素は使えるモノが多いよ。【キャスリング】の他には……【フォーク】、特に【グランド・フォーク】はヤバいね」
【両取り】と【グランド・フォーク】も【七色星・マップ】エントリーで新規実装された魔法や【能力】の1つです。
フォークとは、チェスや将棋などのチャトランガ系ボード・ゲームにおいて敵駒を取る為に1つの自駒で2つ以上の敵駒を同時攻撃する指し手でした。
防衛側は1ターンで1つの駒しか回避行動が取れないので、攻撃側は複数攻撃によって何れかの敵駒を確実に取る事が出来ます。
ロイヤル・フォークとは、チェスにおいて敵のキングとクイーンに同時両取りを仕掛ける指し手で、将棋の王手飛車取りに相当しました。
グランド・フォークとは、キングとクイーン、そして1つないし2つのルークに両取りを仕掛ける指し手です。
「【フォーク】って……【幻影】や【幻覚】を行使しながら同時に実際の攻撃も放つフェイント系の【複合魔法】を、いちいち複数の【幻影】や【幻覚】を作り出さなくても単一詠唱で完結させられるっていう短縮ギミックよね?あれなら、既存の方法でも普通に出来るじゃない」
「いいや、全く違うよ。今までも魔法や近接攻撃を偽装した【幻影】や【幻覚】の中に、1つか複数の本物の魔法や近接攻撃を紛れ込ませて、敵を騙して防御や回避行動を強要して戦局を優位にしたり先手を取る方法論はあったけれど、あれのデコイの方は所詮【幻影】や【幻覚】に過ぎないから、実際に本物の魔法や近接攻撃を被弾させてダメージを与えられるか如何かは確率問題に帰結するし、敵に【鑑定】や【看破】で本物とデコイを判別されれば意味がなくなる。【フォーク】のギミックとは根本的に違うんだよ」
「【フォーク】も本物とデコイをミックスした複数同時攻撃でしょう?相手が本物の方を避ければ、デコイはダメージを与えられないのは同じ事じゃない。それに【フォーク】の消費魔力は、本物の魔法や、本物の近接攻撃時に【闘気】によって消費される魔力の50%もある。【超位魔法】や【超位級】の【闘気】を用いた近接攻撃になれば、魔力コストが莫大になって効率が悪過ぎるわよ。【幻影】や【幻覚】は低い魔力コストで、【超位魔法】や【超位級】の近接攻撃のフェイントとして使えるわ。つまり【フォーク】は無駄じゃないかしら?」
「【任意発動能力】の【フォーク】を行使して放った複数の魔法や近接攻撃は、着弾時に……シュレーディンガーの猫……的に遡及して本物とデコイを自動選択するから、実質的には両方本物なんだよ」
「両方本物?良くわからないわ」
「つまり、攻撃魔法と【フォーク】で出したデコイを2発放つでしょう?この2つは、どちらが本物かは絶対に判別不可能。魔法詠唱者本人にもわからないんだよ。で、本物とデコイのどちらに当たっても着弾時には当たった方が本物で、外れた方がデコイになる。両方命中したら、片方が本物になる。着弾したのがデコイでも瞬時に本物と入れ替わるんだよ。つまり、【フォーク】のギミックは【キャスリング】の一種であり、量子もつれの応用だろうね。【フォーク】で作るデコイの魔力コストは本物の50%だから、攻撃魔法1発分のダメージしか与えられないのに1.5倍のコストで損だと思うか、実際に2発同時に攻撃魔法を撃つより得だと思うか、状況と使い方次第だね。【グランド・フォーク】を使って、本物の魔法数発と大量のデコイを撃ち弾幕にして、近接対空防御として利用すれば極めて有効だと思うよ。超音速の弾道ミサイルを魔法で精密誘導して迎撃するのは滅茶苦茶難しいからね。【グランド・フォーク】ならミサイルが飛来する方向に【グランド・フォーク】で適当に魔法とデコイをバラ撒いておけば、狙わなくても勝手にミサイルに当たって迎撃してくれるんだからさ。ミサイル迎撃の為に、実際に大量の攻撃魔法を撃つより【フォーク】はお得だね」
「そんな後出しジャンケンみたいなの、チートじゃない?」
「そういう仕様なんだよ」
「グレモリー、ディーテさん。そろそろ出発しますよ」
私は、グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールに促しました。
「あ、悪い悪い。やっておくれよ」
グレモリー・グリモワールは頷きます。
私達は、【七色星】に向かって【転移】しました。
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