第1154話。官僚答弁からの引き延ばし戦略。
【竜城】の大広間。
「う〜む……」
グレモリー・グリモワールは腕組みして唸りました。
「グレモリー。如何したのじゃ」
ソフィアが訊ねます。
「あ、いや、何か腑に落ちないって言うか、微妙にモヤモヤすんだよね。今回の【ザナドゥ】による軍事行動に端を発した一連の対応で、何か基本的な事で不明瞭な点があるような……」
「それは何じゃ?」
「むむ〜……ダメだ。良くわかんね。気が付いたら、その時に確認するよ」
「ふむ、そうか。して、ノヒトよ、其方は途中から何も話さぬようになったが、何か意見はないのか?」
「この【ザナドゥ】の軍事行動に端を発する諸問題には、私とミネルヴァが想定した通り、直ちにゲームマスターが介入する案件でない事はわかりました」
「何じゃ?【ザナドゥ】の軍事行動がイースト大陸や、世界をも巻き込んだ戦争になるやもしれぬ故、我らが頭を悩ませておると言うのに、其方は他人事か?随分と薄情な事じゃのう?」
「私はゲームマスターの職責に立脚して、今回の【ザナドゥ】の軍事行動に関する問題は、現時点ではゲームマスターとしての介入が不要だと判断して傍観するのが妥当だと機械的に判断しているだけなので、薄情であるか如何かなど、私の性質とは何ら関係ありませんよ」
「じゃが、其方は【マッサリア】のテロの時には介入したではないか?」
「目の前で無辜の人々が死に掛けていたら、取り敢えず救助しますよ。それは脊髄反射みたいなモノです。あの後、【マッサリア】の爆破テロ事件捜査に行き掛かり上致し方なく巻き込まれてしまいましたが、本来ならテロ事件の捜査に私はゲームマスターとして介入するべきではなかったと反省しています。なので、私は今回新たに【世界の理】の重大な違反や、看過出来ない事態の悪化が生じない限り、なるべく傍観者でいるつもりです」
「まったく、ああ言えば、こう言うじゃ」
「ただし、ゲームマスターの職責として……いいえ、ゲームマスターの職責は脇に置いても、私が素朴に気になる事があります。今回の問題がどのような形であれ終息した後、自由同盟陣営側に味方して戦った【ゴブリン自治領】のレジスタンスと、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって奴隷にされていて、アルフォンシーナさんの謀略に呼応して武装蜂起して反乱を起こし自由同盟陣営側の戦略を利する働きをする人達の処遇についてです。彼らは問題終息後、一体如何なりますか?」
「あっ、それだ。私がモヤモヤしていた理由は、その点が明確じゃなかったからだよ」
グレモリー・グリモワールが言いました。
まあ、私とグレモリー・グリモワールは元同一自我ですので、私が気になる事柄はグレモリー・グリモワールも気になる筈です。
「ふむ、なるほど。それは確かに必要な勘案事項じゃ。アルフォンシーナ、どのように処遇する予定になっておるのじゃ?」
ソフィアは訊ねました。
「【ドラゴニーア】としては、協力者には最大限の誠意を持って良心的、且つ真摯に報いて参るつもりでございます」
アルフォンシーナさんは答えます。
今までは単刀直入に話していたアルフォンシーナさんが、急に官僚答弁みたいな口調になりましたね。
「具体的には?」
「まず、【ゴブリン自治領】のレジスタンスに対しての処遇ですが、【ドラゴニーア】は【ゴブリン自治領】に暮らす【ゴブリン】達に主権を認め国家承認し、経済発展と安全保障上の支援に関与致します。また【ザナドゥ】や【アガルータ】で武装蜂起した奴隷達に対しては、可能な限り奴隷の身分から解放して基本的人権を保証し、必要があれば保護し彼らから希望があれば逐次【ザナドゥ】や【アガルータ】から安全に脱出させ他国への亡命を助けるように手配致すように努めます」
「つまり、その2つは【ゴブリン自治領】のレジスタンスと、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって奴隷にされていて今回武装蜂起して反乱を起こす人達に対して、【ドラゴニーア】政府から事前に約束されていた対価なのですか?」
「【ゴブリン自治領】のレジスタンスに対しては仰る通りです。【ゴブリン自治領】のレジスタンスが自由同盟陣営側に味方して戦えば、【ドラゴニーア】は彼らの主権を認め国家承認し様々な援助をし、それを以って彼らの流す血の対価とする事を事前に【契約】にて約束致しました。【ザナドゥ】と【アガルータ】の奴隷達については、現時点では私共が良心的判断から……そうすべき……と考えているに過ぎません」
「【ゴブリン自治領】のレジスタンスに対する処遇は了解しました。私としても特段の問題はないと判断します。しかし、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって奴隷にされている人達が武装蜂起して、【ドラゴニーア】や自由同盟を助ける為に【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権に対して反乱を起こした後の保護や亡命、又その具体的な方法については、【ドラゴニーア】や自由同盟陣営として一切約束していない訳ですね?」
「はい。【ザナドゥ】と【アガルータ】で武装蜂起する奴隷について明確に事前約束をしている訳ではありません。奴隷も含めて【ザナドゥ】と【アガルータ】に対して反乱を起こした者達への処遇は……状況を見て、彼らにとって出来るだけ悪いようにはならないようにする……という事しか、不本意ながら現時点の私達には約束致しかねます。【ドラゴニーア】の国家としての信用に拘りますので、出来る保証がない約束は出来ないのです」
「確認しますが……【ドラゴニーア】と自由同盟陣営は、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって奴隷にされている人達が蜂起し反乱を起こして、結果的に【ドラゴニーア】と自由同盟陣営の戦略を利するなら、彼らを解放し、基本的人権を保証し、保護し、安全に脱出させ他国への亡命を助けたい。しかし、それは単なる努力目標に過ぎず、履行義務はないと開き直る……という事ですね?」
「開き直るなどとは、滅相もない事でございます。少なくとも私と【ドラゴニーア】は、協力を受けた相手には相応の対価を支払う事を誠実に希求致します。言うまでもなく奴隷制は【世界の理】に違反しておりますので、他国によって奴隷にされている人々を救い出す事を心から願っております」
「しかし……約束は出来ない……と?」
「それは一面においては事実ですが、今回のケースでは致し方ない事かと。【ドラゴニーア】や【イスタール帝国】や【タカマガハラ皇国】など自由同盟陣営が……【ザナドゥ】と【アガルータ】の奴隷を解放する……と約束した場合、それを状況の変化に拘らず確実に達成する為には、究極的には【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権を完全に打倒し駆逐しなければならなくなります」
「【ドラゴニーア】と自由同盟が……【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって不当に奴隷にされている人達が、【ドラゴニーア】と自由同盟陣営を利する形で武装蜂起し反乱を起こせば、後に奴隷の身から解放し、基本的人権を保証し、亡命を助けたい……と本当に考えているなら、実際そうするのが筋なのではありませんか?」
「それは……将来的に……という意味でございますか?それとも……今すぐに……という意味でございますか?」
「今すぐに……という意味です」
「【ドラゴニーア】と自由同盟は、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権を承認しておりません。【世界の理】と国際法を踏み躙る【ザナドゥ】と【アガルータ】及び神権連合諸国の政権を打倒・駆逐する事は将来的な可能性は考慮するにしても、今すぐに軍事力を用いて【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権を性急に打倒・駆逐する事までは、少なくとも現時点では優先順位が高くありません。合理的に考えて、今回の問題は外交によって平和的に終息が可能ならば、それが望ましいと考えております。もちろん、実際に如何なるかは【ザナドゥ】と【アガルータ】側の出方次第……つまりボールは、【ザナドゥ】と【アガルータ】の側にありますので、場合によっては不本意ながら全面戦争に突入するリスクもあり得ます。諸々の状況を考慮すれば、現実的な妥結点は、先程グレモリー様に御説明した通り……【ザナドゥ】と【アガルータ】に対して、二度と軍事的な威嚇と挑発によって危機を煽るようなやり方での外交戦略は絶対に認めないと理解させ、【ゴブリン自治領】のレジスタンスとの戦闘において損害を与え、自由同盟陣営側が何らかの被害を受ければ代償を支払わせる……という所に帰結するかと存じます」
「アルフォンシーナさん。その見解は整合しませんよ。今アルフォンシーナさんが説明した問題終息の妥結点は、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって不当に奴隷にされている人達の蜂起と反乱によって、【ドラゴニーア】と自由同盟陣営の戦略を利する事の対価としては不十分です。【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって奴隷にされている人達に、【ドラゴニーア】と自由同盟陣営が真摯に報いるつもりならば、【ザナドゥ】と【アガルータ】を攻め滅ぼし実際に奴隷解放を成さなければ、傍観者である第三者の私の視点から見て釣り合いません。【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権は、自国内で武装蜂起し反乱を起こす奴隷にされている人達が、【ドラゴニーア】や自由同盟陣営によって解放され亡命させられる様子を指を咥えて見逃す筈はありませんよね?必ず反乱を鎮圧しようと考えて、結果的に【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって奴隷にされている人達の中から蜂起した反乱勢力は、多大な犠牲を出すでしょう。何故【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって奴隷にされている人達は、自分の生命を賭けてまで武装蜂起し反乱を起こすのですか?【ドラゴニーア】と自由同盟が実力を行使し、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権を打倒し自分達を解放してくれるに違いない……と期待するからではありませんか?にも拘らず、【ドラゴニーア】と自由同盟陣営は、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権を打倒して、隷属されている人達を解放せず、打算的な問題終息を見積もっている。これは、見方によっては、【ドラゴニーア】と自由同盟陣営は謀略を用いて、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって奴隷にされている人達に蜂起と反乱を焚き付けて都合良く利用しながら、その正当な対価は支払わずに使い捨てにしている事になりませんか?私が、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって奴隷にされている立場なら、【ドラゴニーア】と自由同盟陣営の振る舞いは到底納得出来ません。良心と信義に対する裏切りだと考えます」
「仰る通り、【ザナドゥ】と【アガルータ】の奴隷……いいえ、独裁政権によって不当に隷属されている無辜の民の立場なら、そういう見方も出来ますね……」
「ノヒトよ。余りアルフォンシーナを責めんでやってくれ。確かに、道理から言えばノヒトの話は尤もじゃ。しかし、政治や外交は綺麗事だけでは済まされぬのじゃ。アルフォンシーナの謀略は、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって奴隷にされている者達の……【ドラゴニーア】と自由同盟が自分達を解放してくれるに違いない……という期待を利用している事は間違いない。じゃが、それはアルフォンシーナが彼らを騙したり、約束を反故にした訳ではない。誤解を恐れずに言えば、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって奴隷にされている者達が勝手に期待しているだけじゃ。そして、そもそも論から言えば、より悪いのは何方じゃ?【ドラゴニーア】と自由同盟陣営か?アルフォンシーナか?はたまた、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権か?そんな事は決まっておる、程度問題として、より悪いのは【世界の理】と国際法を破り、奴隷制を敷き、此度も軍事的な威嚇と挑発で不当な利益を得ようとしている【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権の方じゃ。我から言わせれば、ノヒトはアルフォンシーナではなく、【世界の理】を公然と破っている【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権に対して詰問し、断罪するべきじゃ。敵を間違えるではない」
ソフィアは、アルフォンシーナさんを庇いました。
「もちろん、その通りです。程度問題として、より悪質なのは、もちろん【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権です。そして政治や外交に100%の正義も、100%の悪もないという事も理解しています。ですから、【ドラゴニーア】や自由同盟が、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権に対して謀略を用いても非難するつもりはありません。しかし、【ドラゴニーア】と自由同盟陣営が予定する、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって奴隷にされている人達が蜂起し反乱を起こす事の対価が、見殺しであるとするなら、それは私の立場とは完全に異なります。私は、今回【ザナドゥ】の軍事行動に端を発す一連の自由同盟陣営と神権連合陣営の全面戦争が起きかねない諸問題については傍観すると決めましたが、【ザナドゥ】と【アガルータ】が奴隷制を採用している事の【世界の理】違反に関しては……【魔界】平定戦……が落ち着いたら、ゲームマスターとして必ず職責を果たします。つまり、【ザナドゥ】と【アガルータ】に【世界の理】違反の即時是正を最終勧告し、従わなければ実力行使によって両国を滅ぼします。それを踏まえた上で、【ドラゴニーア】と自由同盟陣営は今回の問題への対応として、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権によって奴隷にされている人達を武装蜂起させ反乱によって彼らの血が流れる謀略を行うのですか?アルフォンシーナさん、その確認をさせて下さい」
「つまり、ノヒト様は……今回の問題の対応として【ザナドゥ】と【アガルータ】の奴隷、即ち無辜の民の血が流れるような私の謀略を好ましく思わない……と、お考えで……後日ノヒト様御自身が【ザナドゥ】と【アガルータ】において威を御示しになり、【世界の理】を執行する権限者たる神として裁定と処断を下すまで待て……と仰るのですね?」
「身も蓋もなく言えばそうです。私は、他に取り得る選択がある場合、無辜の民の血が流れるような謀略は、端的に言って気に入りません」
「【ゴブリン自治領】のレジスタンスによる対【ザナドゥ】戦線は、如何ですか?そちらも中止をお望みでしょうか?」
「【ゴブリン自治領】のレジスタンスは、【ドラゴニーア】と自由同盟陣営との【契約】によって自由意思に基づいて生命を賭けて戦うのですから別に好きにしてもらって構いません。しかし、どちらにしろ【魔界】平定戦の後に私は【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権を何とかしますので、レジスタンスの戦闘での犠牲は大局的に意味がある犠牲だとは思えません」
「畏まりました。では、【ゴブリン自治領】のレジスタンスは、このまま【タカマガハラ皇国】まで撤退させた上で待機させ、【ザナドゥ】軍に対してのゲリラ戦の計画は中止致します」
アルフォンシーナさんの言葉を聞いて、大神官付き筆頭秘書官のゼッフィちゃんが、即座に【タブレット】で関係各所にメールを飛ばします。
おそらく、【ゴブリン自治領】のレジスタンスを率いる【ドラゴニーア】のスパイ・エージェントにゲリラ戦の一時停止を指示したのでしょうね。
「その場合、【ドラゴニーア】と自由同盟陣営が、事前約束として【ゴブリン自治領】のレジスタンスと取り交わした【契約】の扱いは如何なりますか?」
「そうですね……。私の個人的な考えですが、【ゴブリン自治領】のレジスタンスは対価を提示されたとはいえ、少なくとも【ドラゴニーア】と自由同盟陣営に味方して自らの生命を賭けて戦う事を約定した協力者達ですから、今後の友好と信頼関係の深化を期待して、事前の約束通り彼らの主権を認めて【ゴブリン自治領】を国家承認しても構わないと考えます」
アルフォンシーナさんが答えました。
「それは良心的判断ですね」
「ありがとうございます。しかし、これは私の個人的な見解ですので、自由同盟諸国と擦り合わせをして各国から了解を得なければいけません」
「妾は、ウエスト大陸の守護竜として、アルフォンシーナの見解を支持するわ」
「僕もサウス大陸の守護竜として、その見解を支持します」
「私もノース大陸の守護竜として、支持しまする」
「私は直接の利害関係はないが、【アーズガルズ】の守護竜として支持しよう」
「もちろん我も支持する。【アジ・ダハーカ】も……支持する……と【念話】で言って来ておるのじゃ」
守護竜達が口々に、アルフォンシーナさんの計画変更を支持します。
各大陸の守護竜が支持したのですから、自由同盟諸国の政府からの了解は得たと見做せますね。
「畏まりました。現時点を以って【ドラゴニーア】と自由同盟陣営は、【調停者】ノヒト・ナカ様の御意向を全面的に受諾致しました。謀略は即時中止して、【魔界】平定戦が落ち着きノヒト様が裁定を執行なさるまで、【ザナドゥ】と【アガルータ】への対応は、外交による徹底的な引き延ばし戦略を採る事を正式に決定致します」
アルフォンシーナさんは言いました。
「理解して頂けて良かったです」
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