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第1153話。無抵抗は悪意を利する。

【竜城】の大広間。


「アルフォンシーナさん。肝心な事を訊いてなかった」

 グレモリー・グリモワールが訊ねました。


「何でございましょう?」

 アルフォンシーナさんは微笑みます。


「後学の為にオペレーション・Mについて詳しく(おせ)えてくんない?【ザナドゥ】と【アガルータ】の戦略目的から言って、両国が【イスタール帝国】に攻め込んで全面戦争になる可能性は低い……という話は理解したけれど、もしも思惑が空振って最悪戦争になっちゃった場合に備えてアルフォンシーナさんが【ザナドゥ】と【アガルータ】の前線指揮官を無能に変えておいたってヤツ。そんな便利な謀略、如何(どう)やってやんの?」


「【ザナドゥ】など全体主義の権威独裁国家の本質は……独裁者個人や政権指導部の命令や決定は、憲法や法律を優越する……という狂ったカルト宗教のようなモノです。そういう特徴を持った独裁国家に対するオペレーション・Mは、コツとタイミングさえ間違わなければ赤子の手を捻るよりも簡単です。概して独裁者は狂気と言って良い程の保身と猜疑心(さいぎしん)(かたまり)です。そして独裁者が最も恐れるのは、自身を物理的に排除可能な実力行使組織である自国の軍隊です。【ザナドゥ】と【アガルータ】の軍隊で自由同盟陣営にとって警戒すべき有能な指揮官がいたら、【ザナドゥ】と【アガルータ】に送り込んでいる協力者や内通者などスパイを利用して独裁政権の指導部に欺瞞情報を掴ませるか、偽の噂を流すか、讒言(ざんげん)させるのです。参謀総長がクーデターを計画しているようだ……とか……某指揮官は民主化運動のメンバーらしい……というように。もちろん、独裁者達がそれを信じてしまうような(もっと)もらしい状況証拠も事前にバラ撒いておきます。疑いを抱かせるような適当な状況証拠がなければデッチ上げます。そうすれば、不安と疑心暗鬼に取り憑かれた独裁政権の指導部が勝手にターゲットの有能な軍人達を粛清してくれます。自由主義と民主主義を採用している【ドラゴニーア】などの自由同盟諸国では、国家を運営する上で憲法や法律や制度や手続きが厳密に定められていますので、国家権力を担う大神官や執政官や元老院議長でも、正当な理由なく聖職者や公職者を更迭・解任する事は出来ません。しかし、全体主義の権威独裁国家では極少数の政権指導部の一存で、国家の方針が自由に決められますし、安易に変えられます。独裁国家の政治指導部から疑念を持たれた者達は、強制収容所や思想刑務所に送られるか、あるいは処刑されます」


「全体主義の独裁国家にだけは生まれたくないモンだね〜。で、その後は?有能な指揮官を排除するところまでは、私も似たような事をやるから大体想像が付く話だけれど、問題はその先だよ。オペレーション・Mで方法がわからないのは、有能な指揮官を排除するフェーズじゃなくて、その後に無能な軍人を後任に付けるように独裁政権の指導部の思考を誘導するフェーズだよ。有能な指揮官を謀略で排除しても、後任にもまた有能な指揮官が着けば意味がないんだからさ」


「そもそもの前提として【ドラゴニーア】軍が苦戦を強いられる程の有能な軍事指揮官は多くはありませんので、取り敢えず有能な指揮官を排除する事が出来れば成果と判断して差し支えありません。その上で、前任指揮官と後任指揮官で能力が同じか、あるいは後任指揮官の方がより有能であっても、後任指揮官が着任した時点では新しい任務には不慣れですし、新たに率いる事になった軍団や師団や部隊の状況を的確に把握したり、部下を統制したり、部下からの忠誠を得るのにも時間と労力が必要です。新しい任務に不慣れであったり、自軍の状況把握が完全でない状態ならば、敵軍に多少なりとも混乱を生じさせ、実際の戦闘になれば完全なパフォーマンスを発揮出来なくなります。その余計なコストを敵に強いるだけでもオペレーション・Mは意味があります。そして、必要ならば再度のオペレーション・Mで後任指揮官も排除してしまう事だって理屈の上では可能です。いずれにしても自軍には少しでも有利な状況を、敵軍には少しでも不利な状況を作り出せれば良いので、それ程難しく考える必要はありません」


「なるほどね。ついでに単純に気になったから質問するけれど、シアン・ルーが100年前に保護されたボート・ピープルの亡命孤児だって話だけれど、彼女は長命種族なのかな?それとも【聖格】持ち?」

 グレモリー・グリモワールは質問しました。


 確かに、【(ヒューマン)】なら100歳超は、いつお迎えが来てもおかしくないヨボヨボの老人です。

 (ほとん)どの軍隊には定年退役制度が採用されている筈なので、そんな老人を現役で任用しているのは疑問でした。


「シアンの種族は【蛇人(ラミア)】でございます。彼女は現在109歳です。【聖格】は持っておりません」

 アルフォンシーナさんが説明します。


蛇人(ラミア)】の寿命は200歳程でした。

 シアン・ルーが109歳で【聖格】を持たないなら、【(ヒューマン)】の感覚なら50代くらいと見做せます。

 シアン・ルーは、現在大佐に降格・左遷させられているそうですが、元は艦隊提督で階級は中将でした。

 まあ、エリート軍人のキャリアとしては妥当な所でしょう。


「あ、そう。それから、シアンは独裁政権指導部に対しての命令不服従で2階級降格されているらしいけれど、首都防衛隊の指揮官に左遷されたんだよね?でも共和制国家で首都を守らせる防衛隊って、君主制国家なら親衛隊か近衛騎士団だよね?エリート部隊だと思うんだけれど?独裁政権の指導部が、命令に従わなかったシアン・ルーを自分達を守る首都防衛隊の指揮官にするかな?左遷するなら辺境の部隊とか、あるいは兵士や兵器を扱わない後方部隊のデスク・ワークとかにしそうだけれど?ほら、アルフォンシーナさんが言ったみたいに独裁者は猜疑心(さいぎしん)が強くて、本質的に軍隊を怖がるから、命令に従わない軍人を自分の近くの部隊の指揮官にして、それこそ……クーデターを起こされないか……なんて疑わないのかな?」


「シアンは、【ザナドゥ】でジア・ジアンとして何度も勲章を受けている有能な軍人です。そして彼女は独裁政権の指導部に対して基本的に忠実に振る舞ってもいます。降格と左遷を受けた原因である(くだん)の【ニダヴェリール】貿易船の救援活動についてもジア・ジアン(シアン・ルー)は国際法に従っただけで、政権指導部の発した……見殺しにしろ……という命令の方がおかしいのです。ジア・ジアン(シアン・ルー)の命令不服従は、政権指導部からすると不愉快かもしれませんが、任務と規範に忠実なジア・ジアン(シアン・ルー)の事を、政権指導部も1人のプロの軍人としては信用しているのだと思われます。なので、政権指導部は……ジア・ジアン(シアン・ルー)に自分達がいる首都を守らせる防衛隊を率いさせてもクーデターなどは起こさない……と安心しているのでしょう。もちろん、それはジア・ジアンが……自分はシアン・ルーで【ドラゴニーア】のスパイだ……という事を疑われない為に気を配って慎重に行動して来た結果です」


「ふ〜ん。じゃあさ、この動乱の最終的な落し所は?」


「端的に言えば、それは全て【ザナドゥ】と【アガルータ】次第です。ただし、現状想定し得るあらゆる結果は全て【ドラゴニーア】として受け入れ可能です。最善のシナリオは【ザナドゥ】と【アガルータ】が自由同盟に対する敵対や、軍事的な威嚇や挑発を止め、和平を志向し最終的には【ザナドゥ】や【アガルータ】を含めた神権連合諸国が全て、平和的に自由で民主的で【世界の(ことわり)】と国際法を遵守する国に変わる事ですが、それは今の段階では現実的に難しいでしょう。最悪のシナリオは現在の軍事的緊張が限界を超えてエスカレートして、自由同盟陣営と神権連合陣営の全面戦争になる事ですが、私としては【ドラゴニーア】1国だけでも神権連合諸国全てを相手に全面戦争を戦い、神権連合諸国全てを徹底的に滅ぼす事も(いと)いません。その両極端のシナリオの中間には様々なグラデーションが想定し得ますが、既に私は最悪のシナリオを覚悟しておりますので、それ以外の全ての可能性も自動的に受容可能です。軍事的合理性から考えて可能性が高い現実的な落し所としては……【ザナドゥ】と【アガルータ】に今回のような軍事的な威嚇と挑発によっては絶対に目的を達成出来ず、何も利益が得られないどころか損害しかないと完全に理解させた上で、【ゴブリン自治領】のレジスタンスによるゲリラ戦で【ザナドゥ】軍に多大な損害を与え撤退させる……という辺りになると想定しています。もちろん、自由同盟陣営側が何らかの被害を受ければ、その分は必ず【ザナドゥ】と【アガルータ】に利子を付けて代償を支払わせます」


「ま、そりゃそうか。民間人に犠牲が出るのは避けたいのは当たり前だけれど、【世界の(ことわり)】と国際法を破っている【ザナドゥ】と【アガルータ】の側が結果的に何かしら利益を得るような形で事態が収束するのは、犯罪者の側が得をするという悪い前例を作る事になるから絶対に受け入れられないもんね」


「その通りでございます」


「うむ。【世界の(ことわり)】と国際法に則り、違法な側の【ザナドゥ】と【アガルータ】がチキン・レースから降りずに突っ張るつもりなら、合法な側の【ドラゴニーア】や自由同盟陣営も何処(どこ)までも付き合って突っ張るだけじゃ。全面戦争になれば最終的には【ザナドゥ】と【アガルータ】は滅ぶが、その責任は全て先に【世界の(ことわり)】と国際法を破った【ザナドゥ】と【アガルータ】が負わねばならぬ。自由同盟の側も犠牲は出るだろうが、それは後の世に悪しき前列を残し、より多くの犠牲を出さぬ為には致し方ない犠牲なのじゃ。イースト大陸の守護竜たる【アジ・ダハーカ(ハーカ)】も、此度(こたび)の仕業について非があるのは【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権で、連中は……神敵……だと断じておる(ゆえ)、もはや【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権の命運は完全に尽きておるのじゃ。【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権が謝罪と反省をして行動を改め、【世界の(ことわり)】と国際法を守るつもりがないなら止むを得ぬ。もはや滅ぼす事も致し方あるまい」

 ソフィアは頷きました。


「一応確認しとくけれど、【ザナドゥ】と【アガルータ】が全体主義の権威独裁国家になった原因て、もしかして私が900年前に、【ムツ】の戦いと【モ・グーラ】の戦いで、それぞれ【ザナドゥ】と【アガルータ】を滅多クソにやっつけたからかな?」

 グレモリー・グリモワールは訊ねます。


「間接的には理由の1つにはなったかもしれぬのじゃ。あの【ムツ】の戦いと【モ・グーラ】の戦いでの完膚なきまでの惨敗で当時の【ザナドゥ】と【アガルータ】の政府は民からの支持と、対外的影響力を一気に失ったのは紛れもない事実じゃからの。じゃが、グレモリーが、その責任を感じているとするなら、そんな必要は全くないのじゃ。あれは【ザナドゥ】と【アガルータ】から仕掛けた侵略戦争で、当時グレモリーが拠点を構えておった【タカマガハラ皇国】や、皇帝をしておった【イスタール帝国】は正当防衛を行った側じゃ。全責任を負わねばならぬのは【ザナドゥ】と【アガルータ】であって、グレモリーや【タカマガハラ皇国】や【イスタール帝国】ではない」


「だとするなら良いんだけれどね……。あのさ、【アジ・ダハーカ】が【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権を見放したなら、【アジ・ダハーカ寺院】の大僧正(だいそうじょう)と聖職者達は、【ザナドゥ】や【アガルータ】の独裁政権に対して何か具体的な行動を起こさないのかな?【アジ・ダハーカ】が【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権を神敵と断定したなら、【アジ・ダハーカ寺院】の聖職者達にとっても【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権は神敵じゃんか。私が【アジ・ダハーカ寺院】の聖職者の立場なら、【ザナドゥ】と【アガルータ】の国民に向かって……独裁政権を討ち倒せ。この戦いは神意を受けた聖戦だ!……って最大限喧伝(けんでん)して民衆を扇動(アジテーション)するけれどね。【モ・グーラ】の戦いの時も、【アジ・ダハーカ】からの支持を背景にして自陣営の士気を鼓舞して、国際世論を味方に付けたし」

 グレモリー・グリモワールは言います。


「当代の大僧正猊下(げいか)は、基本的に殺生を嫌う非暴力で平和主義の御方です。仮に敵であっても殺したり傷付ける事を望まないのでしょう。また、【ザナドゥ】と【アガルータ】の独裁政権が神敵だとしても、国民は独裁政権に支配されている無辜の民に過ぎません。【アジ・ダハーカ寺院】としては内戦によって、【アジ・ダハーカ】様の使徒同士・信徒同士で殺し合わせたくはないのでしょう」

 アルフォンシーナさんは推測しました。


「なら、もしもアルフォンシーナさんが、今【アジ・ダハーカ寺院】の大僧正だったら非戦派?」


「いいえ。私は戦います。自ら兵を率いて独裁政権の指導部の者達を殲滅に向かいます」


「だろうね」


「我から言わせれば、理由の如何(いかん)を問わぬ無条件の平和主義は考えが甘いと言わざるを得ぬ。それは、単なる無抵抗主義じゃ。無抵抗主義は、悪意を持つ者を利するだけの愚かな観念で完全な間違いじゃ。【アジ・ダハーカ(ハーカ)】は【ザナドゥ】の皇帝が共産革命で(しい)され全体主義の政権が誕生した際にも、【アガルータ】が共産化した際にも、当時から両国の政権が行う独善的で統制的な国家運営を批判して認めなかったのじゃ。その時点で、【アジ・ダハーカ寺院】の聖職者達が……イースト大陸の守護竜たる【アジ・ダハーカ(ハーカ)】も【アジ・ダハーカ寺院】も【ザナドゥ】と【アガルータ】の政権を決して信任しない……と堂々と宣言して、仮に内戦になる事を覚悟してでも独裁政権を排除しなければならなかったのじゃ。それをせずに楽な道を選んだからこそ、今このような【アジ・ダハーカ(ハーカ)】の使徒同士や信徒同士で争う戦争の危機などが起きておるのじゃ。当代の大僧正と聖職者達は代替わりしおる(ゆえ)、【ザナドゥ】と【アガルータ】に全体主義の権威独裁政権が誕生してしまった当時の責任を全て負わせるのは多少(こく)かもしれぬが、【アジ・ダハーカ寺院】として独裁政権を糾弾するのは、今からだって遅くはないのじゃ。暴力は()むべきモノじゃが、無条件に暴力を否定する者達は、暴力によって愛するモノを奪われるだけなのじゃ」

 ソフィアは言います。


 守護竜達とトリニティは深く頷きました。


 もしも、社会が無制限に寛容であるならば、その社会は最終的には不寛容な人々によって寛容性が奪われるか破壊される。

 従って、寛容な社会を維持する為に、社会は不寛容に対して断固として不寛容であらねばならない。


 カール・ライムント・ポパーの……寛容のパラドックス……です。

お読み頂き、ありがとうございます。

もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。

活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。


・・・


【お願い】

誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。

心より感謝申し上げます。

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ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。

何卒よろしくお願い申し上げます。

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