第1151話。ゼークトの組織論?
【竜城】の大広間。
大広間に到着すると、【レジョーネ】とグレモリー・グリモワール一行が揃っていました。
【ザナドゥ】による軍事行動の報告を聞いて早めに集合したようです。
皆は【完全記憶媒体】であるユグドラが現地の植物を端末として収集している情報を共有しているようですね。
「ノヒト、おはよう。フェリシアとレイニールは昨晩の内に【サンタ・グレモリア】に送ったんだけれど、私とディーテは調子に乗って、こっちで飲み会をしていたら大変な事になって帰りそびれた。だから、朝ご飯に参加させてもらってる」
グレモリー・グリモワールが言いました。
「なるほど。最新の状況は?」
「【ザナドゥ】軍は【ゴブリン自治領】の中心集落まで攻め落としてしまったよ。無抵抗の降伏さ。【ゴブリン自治領】側のレジスタンスは現在南東の【タカマガハラ皇国】方面に向かって撤退しているが、女子供や老人などの非戦闘員を引き連れての移動だから避難と言うべきかもしれないね」
ユグドラが報告します。
「現時点では、まだ【ザナドゥ】軍とレジスタンスは交戦していないのですね?」
「【ザナドゥ】軍は、【ゴブリン自治領】にレジスタンスが存在していて、現在彼らが逃げている事を知らないのさ。だからレジスタンスは今のところ【ザナドゥ】軍からの追撃を免れている。辛うじてだけれどね」
「わかりました」
「皆の者。我らが浮き足立っても状況が良くなる訳ではない。とりあえず朝ご飯じゃ。腹が減っては戦は出来ぬのじゃ」
ソフィアが言いました。
私達は着席して朝食を始めます。
今朝のメニューも毎度お馴染み、洋食風と和食風から選べました。
私は、もちろん和食風。
メインは子持ち鮎の塩焼きです。
本来、鮎の旬は夏ですが、子持ち鮎は9月〜12月が時期でした。
鮎は別名キュウリ魚と呼ばれるように、キュウリやスイカやメロンのような独特な匂いがする淡水魚です。
しかし、旬の夏鮎に比べて子持ち鮎はキュウリっぽい香りが少ないのが特徴でした。
子持ち鮎などという趣がある食材が食卓に上がっているというのに、誰もそんな事には触れませんね。
風雲急を告げるイースト大陸の状況が気になって、それどころではないのでしょう。
皆、黙々と食事を食べ終えました。
朝食後。
「アルフォンシーナ。改めてイースト大陸の状況について報告を頼むのじゃ」
早速ソフィアが促します。
「はい。まずは【ザナドゥ】による【ゴブリン自治領】侵攻への対応策から御報告致します。以前から【ドラゴニーア】は【ゴブリン自治領】に特殊エージェントを送り込んでおりました」
アルフォンシーナさんは報告しました。
「特殊エージェント?あ〜、スパイだね」
グレモリー・グリモワールが身も蓋もない事を言います。
「グレモリー様。【ドラゴニーア】は基本的に他大陸や他国で諜報活動を行う場合にも、極力非合法活動は行わない建前になっておりますので、あくまでも特殊エージェントでございます」
アルフォンシーナさんは、やんわりと訂正しました。
「アルフォンシーナちゃん。もはや、皆様の前で体裁を取り繕っても仕方ないわよ。【ユグドラシル連邦】も【ゴブリン自治領】にはスパイを潜入させています」
ディーテ・エクセルシオールが白状します。
まあ、【ドラゴニーア】や【ユグドラシル連邦】のような大国なら、安全保障の為に世界中にスパイ・ネットワークを張り巡らせていても不思議ではありません。
「そうですね。ご存知の通り、近年の【ゴブリン自治領】指導者層は事実上【ザナドゥ】に従属する方針を取っていました。しかし、ノヒト様と【神竜】様が御復活して以来、私達自由同盟諸国は陣営の力を増し、逆に【ザナドゥ】や【アガルータ】が加盟する神権連合側は陣営最強国の【ウトピーア法皇国】が脱退し、神権連合と協調関係にあった強国【ヨトゥンヘイム】も自由同盟に加盟する可能性が高くなり弱体化が顕著です。常に優勢な陣営に加わる……裏切り……を外交の常套手段とする【ゴブリン自治領】は当然ながら【ザナドゥ】の属国を離れて伸長する自由同盟陣営に寝返ろうと考えましたが、交渉の手法が致命的に愚かだった為に彼らの思惑は頓挫しました。この外交の失敗により、現在【ゴブリン自治領】の指導者層は民衆の突き上げを受け求心力を失っています。ディーテ様が仰る通り、【ドラゴニーア】と【ユグドラシル連邦】のスパイは【ゴブリン自治領】内で連携して情報収集と工作活動を行なっております。また、両国のスパイは【ゴブリン自治領】の現地住民をオーガナイズして、【ゴブリン自治領】の指導者層に反抗するグループを結成し、反抗グループから人材を選び軍事訓練を行い武器を供与して、複数の精強な……パラ・ミリ・チーム……を組織致しました。パラ・ミリ・チームには、残念ながら【ザナドゥ】軍30万を撃退する程の力はありませんが、ゲリラ戦術を駆使して年単位で【ザナドゥ】軍を【ゴブリン自治領】内に足止めする事は可能です」
アルフォンシーナさんは説明しました。
パラ・ミリ・チームのパラは……近い、反する……を意味する接頭辞です。
近い・法律に関わる→法律事務職。
近い・食べ物→寄生者。
反する・太陽→日傘。
反する・意見→逆説。
つまり、パラ・ミリ・チームとは……近い・民兵あるいは反する・軍隊の……を意味し、軍隊に近似してはいるが民間人を軍事要員として編成した武装組織や正規軍ではない準軍事組織を指しました。
「ゲリラ戦術を指導しているのは【ユグドラシル連邦】のスパイでございます」
ディーテ・エクセルシオールが補足説明します。
「【エルフ】のゲリラ戦術はエゲツないからね〜」
グレモリー・グリモワールは頷きました。
自領深くに敵を誘引し、兵站線を破壊して飢え殺し、撃滅する縦深防御戦術によって【エルフ】は……最恐の森のゲリラ……として他国から恐れられています。
「それから【ドラゴニーア】は、長年【ザナドゥ】と【アガルータ】にも多数のスパイを送り込んでおります。スパイ達は両国で以前から……オペレーション・M……を実行しており、間接的に【ザナドゥ】と【アガルータ】の軍隊を弱体化する謀略を講じております。仮に【ザナドゥ】と【アガルータ】の連合軍が【イスタール帝国】と戦争になっても、【イスタール帝国】の勝利は揺ぎません」
アルフォンシーナさんがニッコリと笑って報告しました。
「オペレーション・M?何それ?」
グレモリー・グリモワールが訊ねます。
「敵軍を率いる指揮官が有能で手強い場合に、転属や人事異動や昇進や左遷や更迭、あるいは失脚や暗殺などで交代させ、後任の指揮官を選択可能な中で最も無能な者にして味方を優利にする謀略です」
「ふ〜ん。Mは何かの略なの?」
「なるべく愚かな将に敵軍を指揮させるように誘導する謀略の事を一般に……オペレーション・M……と呼びますが、このオペレーション・Mという呼び名自体は一般名詞化していますので、不勉強ながら私はMが何を意味するのか寡聞にして存じません。一説には……神界の戦史において有名な愚将の名前から頭文字を取ったのではないか?……と云われています」
「地球で有名な愚将の頭文字?つ〜と、M……マ、ミ、ム……あ、もしかして、牟田口?」
「ミネルヴァによると……オペレーション・Mは、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線から由来する……そうです」
私は、グレモリー・グリモワールの誤解を訂正しました。
「あ、そう。ワールド・ウォー・ツーのヨーロッパ戦線で頭文字がMの愚将と言えば……あ〜、バーナード・モントゴメリーね」
「オペレーション・Mは、マーケット・ガーデン作戦から由来している……と、ミネルヴァが言っています」
「あ〜、そっちか。理解したよ」
「ノヒト様。マーケット・ガーデン作戦とは?」
アルフォンシーナさんが訊ねます。
「地球で起きた史上最大の戦役である第二次世界大戦において、ヨーロッパ戦線で圧倒的に優位だった連合軍が杜撰な計画で多大な犠牲を出した作戦がマーケット・ガーデン作戦です」
「なるほど」
「マーケット・ガーデン作戦の総司令官が、英国のバーナード・モントゴメリー。モントゴメリーは……マーケット・ガーデン作戦は計画の90%を達成し大成功だった……と自己弁護したんだけれど、マーケット・ガーデン作戦が行われたオランダのベルンハルト王子は……私の国には、もう一度モントゴメリーが言うような大成功を実現させる余裕はない……と痛烈な皮肉を言って、マーケット・ガーデン作戦が失敗だったと断じたんだよ。モントゴメリー本人も後年……もしも、マーケット・ガーデン作戦において、当初から十分な航空機と地上兵力と資材が与えられていたなら、私の計画の失敗や悪天候などの諸問題には関係なく作戦は成功していただろう……という言い訳で、自身の失敗を事実上認めているから、敵軍に倍する兵士の犠牲が発生した責任は、愚将モントゴメリーにあるというのが現代では定説になっている」
グレモリー・グリモワールが説明しました。
「ふむ。マーケット・ガーデン作戦なるモノは、目的こそ概ね達成したが、司令官が無能じゃった所為で味方に余計な犠牲を増やしたという訳じゃな?」
ソフィアが言います。
「そゆこと。地球には……有能な敵より、無能な味方の方が怖い……って言葉もあるからね」
「その格言は最近【ワールド・コア・ルーム】の図書室で読んだ本に書いてあったから知っているわ。真に恐るるべきは有能な敵ではなく無能な味方である……ナポレオン・ボナパルトよね?」
リントが訊ねました。
「あ〜、いや。あれは巷間ナポレオンの言葉として流布されているけれど、実際にナポレオンが言ったのは……1頭のライオンに率いられた羊の群は、1頭の羊に率いられたライオンの群に勝る……だね。そんで、その言葉も……私は1頭の羊に率いられたライオンの群れを恐れないが、1頭のライオンに率いられた羊の群れを恐れる……という、アレクサンドロス3世の言葉として伝わるモノをナポレオンが引用しただけなんだよ」
「そうなの?」
「うん。それに……有能な敵より、無能な味方の方が怖い……は、そもそもナポレオンではなく……ゼークトの組織論……から来ているっぽいね」
「ゼークトの組織論?」
リントが首を傾げます。
グレモリー・グリモワールは……ゼークトの組織論……について簡単に説明しました。
ドイツ軍人にして政治家のハンス・フォン・ゼークトは斯くの如く語れり。
人間の資質は……利口、愚鈍、勤勉、怠慢……の4要素に大別出来る。
この4要素の組み合わせで、その人間の軍における適性がわかる。
利口で怠慢な者は、指揮官に適している。
利口で勤勉な者は、参謀に適している。
愚鈍で怠慢な者は、命令を忠実に実行するだけの兵士に適している。
愚鈍で勤勉な者は、味方を危険に陥れ害にしかならないから殺してしまえ。
「でも、この……ゼークトの組織論……として広まっている言説は、実際はハンス・フォン・ゼークトとは全く関係ない日本で広まったミームの類で、単なる軍事ネタのジョークなんだよ。ゼークトの組織論の元ネタは、同時期のドイツ軍人だったクルト・フォン・ハンマーシュタイン=エクヴォルトが……将校の4分類……として副官に述べたとされるモノが大元らしい」
グレモリー・グリモワールは説明しました。
「ナポレオンなる神界人の言葉は、アレクサンドロス3世なる神界人の言葉の引用。ゼークトの組織論は単なるミームで、そもそもゼークトなる神界人の言葉ですらなく、エクヴォルトなる神界人の言葉。それを元に日本人が軍事ジョークとして流布したミームじゃったという事か?何だか、ややこしいのじゃ」
ソフィアが言います。
「ま、この手の名言や格言や諺や故事成句なんかの由来や語源や原義が、後世の人から本来の意味を曲解されたり誤解されて広まるのは、あるあるだよ。童話作家ジョスリーヌ・バシェッティが……【エルフ】は菜食主義だ……なんてデタラメを広めたみたいにね」
「ジョスリーヌが書いた子供騙しの作り話はともかく、【ワールド・コア・ルーム】の図書室で読んだ本に書いてある内容が誤りだなんて、そんな事があるのかしら?」
リントは驚いた様子で訊ねました。
「【ワールド・コア・ルーム】の図書室にある無限書棚のギミックは、地球に存在する古今東西の書物を何でもコピーして取り寄せられます。しかし、内容の真偽や正確性を問わず、あらゆる書物を取り寄せてしまえるので、その書物に書いてある内容を鵜呑みにしないように注意が必要です。【ワールド・コア・ルーム】の図書室の書物に記述されている情報の確度を、ゲームマスター本部としては保証出来ません」
私は、事実を説明します。
「そうだったのね……」
「ま、あらゆる情報は須く読解力が大切って事だよ。歴史家は、古代の文献の内容を無条件に信用したりせず複数の資料を当たるっしょ?」
グレモリー・グリモワールが言いました。
「それはそうね」
「話が横道に逸れました。アルフォンシーナさん、端的に伺いますが、アルフォンシーナさんの予想では【ザナドゥ】と【アガルータ】の連合軍が【イスタール帝国】に攻め込んで全面戦争になる可能性は、どの程度ですか?」
「わかりません。戦力で劣る【ザナドゥ】と【アガルータ】は本音では戦争を避けたい筈ですが、国境を挟んで大軍が睨み合う状況では、思いもよらぬ切っ掛けで全面戦争の火蓋が切られても不思議ではありません。ただし、万が一開戦しても自由同盟は負けないという事は確実に申し上げられます」
アルフォンシーナさんは言います。
「ならば、私とミネルヴァが推定しているように、とりあえず全面戦争になる可能性は低いと見て良い訳ですね?」
「私は全面戦争になる可能性を五分五分と見ています。【イスタール帝国】のラーラ皇帝陛下は……この期に【ザナドゥ】の軍隊を撃滅し、【ザナドゥ】の傀儡である【アガルータ】の独裁政権を倒して、【ザナドゥ】独裁政権によって【大寺院】に幽閉されている大僧正猊下を救出する……と意気盛んでございました。ラーラ陛下の旺盛な戦意が悪い方向に転ばなければ良い……と少し懸念しております」
アルフォンシーナさんが言いました。
「つまり、【イスタール帝国】の側から先制攻撃を仕掛ける可能性もある、と?」
「はい。ラーラ陛下には……くれぐれも慎重に……と申し上げましたが、ラーラ陛下御自身だけでなく前線の【イスタール帝国】軍の将兵も、【ザナドゥ】や【アガルータ】からの度重なる挑発を腹に据えかねている様子でございますので、何が起きるかは全く予断を許しません」
「イースト大陸に先行派遣した【ドラゴニーア】第1艦隊に加えて、此度ラーラには竜騎士団の精鋭三個師団を付けて帰してやった故、戦力的には問題はなかろうが、その戦力的優位をラーラや【イスタール帝国】が過信すれば突発的事象に対して過剰に反応してしまう懸念はあるのう」
ソフィアが言います。
一同は沈黙しました。
「ま、今んとこ私は嫌な予感はしないから、大丈夫なんじゃね?知らんけど」
グレモリー・グリモワールは科学的根拠のない事を言いました。
「うむ。ラーラは若いが肝が座った剛気な皇帝じゃ。自国の民や将兵の生命を賭けてまで軽々に蛮勇を奮うような愚かな真似はせぬじゃろうて」
ソフィアが言います。
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