第1150話。最重要タグ付け。
本日3話目の投稿です。
ノヒト・ナカ執務室。
「チーフ。今日の葬儀に【ファミリアーレ】も参加させますか?」
ミネルヴァが訊ねました。
「う〜ん、【ファミリアーレ】は如何しましょうか……」
私は、ミネルヴァによる【七色星】のサーベイランスが進捗して、ゲームマスター本部と現地コミュニティとの間に平和的な邂逅が果たされ、相互理解と何らかの合意形成が得られるまでは、ある程度の戦闘力を持たない身内が【七色星】に渡航する事を推奨していません。
【チュートリアル】を経て以来、厳しい訓練と実戦の経験を積んだ現在の【ファミリアーレ】は、魔法や熟練値などを除いた単純な身体能力だけの比較なら、勇者ピルエット・ルミナスにも匹敵する基本ステータスを持っています。
ピルエット・ルミナスは、【ファミリアーレ】に2倍するレベルを持っていますが、彼女は基本ステータスが2倍になる【チュートリアル】を受けていません。
なので、既に【ファミリアーレ】は身体能力だけならばピルエット・ルミナスと遜色ない水準なのです。
つまり、この世界の常識では現在の【ファミリアーレ】は十分に強者と呼んで差し支えありません。
しかし、未知の【マップ】である【七色星】に連れて行くには、【ファミリアーレ】の戦闘力は些か心配でした。
それは……私の身内としては……という意味ですけれどね。
この世界では運営が侵入禁止に指定していない限り、ユーザーやNPCが渡航可能な【マップ】に侵入するのは自己責任の範疇で基本的に自由です。
なので、グレモリー・グリモワールのようなレベル・カンストした強者が……未知の【七色星】で冒険をしたい……と望むのなら、当事者の自由意思の問題として、私はそれを規制しません。
ただし、【ファミリアーレ】の場合は話が別です。
【ファミリアーレ】は私の弟子達でした。
弟子達の安全に関係する事柄について、師匠である私には責任がありますし、必要があれば行動に制限を加える場合もあり得ます。
「【ファミリアーレ】の子達は、カルネディアの家族の葬儀ならば是非参列したいと考えているようです」
トリニティが言いました。
【ファミリアーレ】のメンバーは善良で心優しい子達ですから、当然そう考えるでしょうね。
「現地の安全性が担保出来るのであれば、葬儀に【ファミリアーレ】を参加させる事に反対する理由はありませんが……」
「今回の葬儀は特例として【ファミリアーレ】にも参加を認めても良いのではありませんか?【七色星】にはチーフとブリギットとトリニティ、【レジョーネ】、そしてグレモリーさんを含む強大無比な戦闘力を保有するグループでの集団行動です。このグループと一緒に行動して危険があるとするなら、世界の大半は安全ではない事になります。また、目的地の【誕生の家】は登録者以外の侵入を拒む【創造主】の【結界】で守られています。葬儀の間だけ、チーフのゲームマスター権限で葬儀参列者以外の侵入を禁止すれば、【誕生の家】内の安全性は完全に担保出来ると推定します」
ミネルヴァが提案します。
「【誕生の家】は【公共領域】です。原則として【公共領域】の侵入規制は、ゲームマスターであっても無闇やたらには出来ませんよ」
【誕生の家】は……【七色星】で暮らす繁殖能力を持たない種類の【魔人】達が子供を授かりに来る……という【公共領域】でした。
ゲームマスターであっても【公共領域】を正当な理由なく閉鎖する事は出来ません。
「メンテナンスやアップ・デートなどの理由で、運営の裁量において特定の【マップ】やオブジェクトへの侵入規制は可能ですし、過去にも度々行われています。そもそも、現在【世界の理】の運用変更権限にアクセス可能な唯一のゲームマスターであるチーフが……正当な理由だ……と判断すれば、基本的には如何なる【世界の理】の運用変更も可能です」
「それは幾らなんでも【世界の理】とゲームマスターの遵守条項の拡大解釈が過ぎるのではありませんか?」
ミネルヴァの理屈なら、地球とのアクセスが途絶している現在、私は事実上どのような事でも好き勝手に出来る事になってしまいます。
私は、もしも地球に帰れた場合に会社から解雇されかねないような行動はしたくありません。
ゲームマスターは、必要があれば【世界の理】やゲームマスターの遵守条項を逸脱しても構わない……という超法規的措置は、あくまでも会社からの事前承認を受けていたら危機管理上の対応が間に合わない緊急避難の場合だけでした。
その緊急避難の超法規的措置は、もちろん事後に会社から査問を受けて、判断に瑕疵や過誤があれば当然ながら処分されます。
ゲームマスターが……必要があれば【世界の理】やゲームマスターの遵守条項を逸脱しても構わない……というのは、決して何をしてもOKという訳ではありません。
少なくとも、ゲーム会社的には。
「拡大解釈か如何かは見方によるかと……。事実、過去にも【公共領域】がゲームマスター個人の裁量で封鎖や立ち入り禁止になった前例があります。その判断が後に間違いだと判定された事例もありましたが、その場合でも当該のゲームマスターは厳重注意を受けただけで、実害のある処分は受けていません」
「処分に実害がなければ良いという問題ではありません。【創造主】から滅茶苦茶怒られましたからね。あれなら減俸とか期間出勤停止など実害を伴う処分の方がマシでしたよ」
ミネルヴァが言っている前例とは、ほぼ間違いなく私がしでかした過去の失敗の事です。
「一時的な侵入規制措置ですし、カルネディアが生活していた【誕生の家】は長期間カルネディア以外の利用実態がないので影響はありません。この件に関する限り、私は世界の管理者として全く問題ないと判断します」
「あ、そう。ミネルヴァが問題ないと考えるならば、現地の安全を十分に確保した上で、【ファミリアーレ】の希望者にも葬儀に参加してもらうのは構いませんが、この件で【創造主】から怒られたら……ミネルヴァが許可した……と弁明しますよ」
「もちろん構いません。最重要とタグ付けしてログに記録しておきます」
「まあ、葬儀自体は神殿などが行う荘厳で厳粛な正式な儀式を端折って、式次第を簡略化して済ませるつもりなので、【公共領域】の侵入規制をするとしても短時間です。そもそも現在こちらには運営がサービスを提供すべきユーザーは3人しかいません。その3人も(私の同一自我なので)私が了解していれば会社にクレームを言って来たりはしませんしね。ミネルヴァが許可するなら、そうします」
「了解です」
ミネルヴァに責任を押し付けるような私の言い訳は、会社には通用しないでしょうね。
ミネルヴァも、それがわかっています。
私は、ゲームマスター本部の最終意思決定者であり最高責任者なのですから、ミネルヴァが何と言おうとゲームマスター本部としての全責任は結局私が取らなければいけません。
「あ……そう言えば、私は【ファミリアーレ】の今日からの予定を関係者に伝えて根回ししていませんが、そちらは如何なっていますか?」
ノース大陸での観光旅行日程中、【ファミリアーレ】の普段のスケジュールは一時的に停止・変更されていました。
今日から【ファミリアーレ】は、久しぶりに日常のルーティンに戻る予定です。
通常のルーティンでは、【ファミリアーレ】は午前中【ドラゴニーア】軍や竜騎士団や衛士機構に混ざって【竜城】の【闘技場】での訓練を行っていました。
午後は【ファミリアーレ】のメンバー各自の自由時間です。
自由と言っても、ロルフは【マリオネッタ工房】に出社して、リスベットは【アブラメイリン・アルケミー】に出社しますし、ハリエットは【剣聖】クインシー・クインの道場へと出稽古に向かい、グロリアとイフォンネッタは【竜城】の【高位女神官】の皆さんから実践的な【回復・治癒職】としての技術を指導してもらう予定なのだとか。
特に午後の予定がない【ファミリアーレ】の子達も、それぞれ【ファミリアーレ】の誰かに付き添ったり、あるいは【ワールド・コア・ルーム】の図書室や【竜都】の図書館で調べ物や勉強などをしています。
【ファミリアーレ】が通常ルーティンで行っていた午後のスケジュールは私が指示した事ではなく、【ファミリアーレ】の子達が目的意識を持って自主的に行っている事でした。
勤勉で真面目な弟子達を持つと、師匠は楽が出来ます。
午後の自由行動はともかく、【ドラゴニーア】軍や竜騎士団や衛士機構との訓練は、公的機関の活動に関するスケジュールの調整なので、民間人である【ファミリアーレ】が何も根回しをせず勝手に参加したりは出来ません。
「【ファミリアーレ】のスケジュール調整は、既にアルフォンシーナ・ロマリアと【竜城】の関係各位に伝えて了解を取り付けてあります」
ミネルヴァが答えました。
さすがはミネルヴァ。
抜かりはありません。
私の【マップ】には、先程から幾つもの光点反応が動いている様子が表示されていました。
【ファミリアーレ】は数人ずつのグループに分かれて【ワールド・コア・ルーム】内の飲食店で朝食を摂っています。
ジェシカは従魔のウルフィと一緒でした。
ウルフィの件も、ミネルヴァが指示して、カリュプソがウルフィを【竜城】から【ワールド・コア・ルーム】に連れて来ておいてくれたようです。
個別に指示を与えなくても、ミネルヴァは私の意を汲んで必要な差配を滞りなく行っておいてくれますので、有能なバック・アップ・スタッフを持つと本当に助かりますね。
アマンディーヌは【転移】でゲームマスター本部に登庁し、彼女付きの【コンシェルジュ】に向かって……朝食を執務室に運ぶように……と指示しました。
どうやら彼女は、執務室で朝食を摂りながら研修や必要なタスクを始めるつもりのようです。
食事くらいゆっくり食べれば良いのに……とも思いますが、アマンディーヌなりの仕事の流儀というモノもあるでしょうから、私としては何か問題が発生しない限りゲームマスター本部のスタッフ各自の仕事のやり方について口を差し挟むつもりはありません。
アープとジャンヌ・ラ・ピュセルは、アマンディーヌより早く起床したらしく、既に朝食を済ませてゲームマスター本部の隣にある建物に出勤しています。
彼女達は、今日から本格的にミネルヴァによる研修を受ける事になっていました。
ゲームマスター本部隣の建物は、今後私の【プライベート・代理人事務所】(対外窓口)として使用される事になります。
当初ミネルヴァは、私のプライベート・オフィスもゲームマスター本部建物に置く予定でしたが、私が公私の区別を付ける為に敢えて分けるように指示しました。
【ワールド・コア・ルーム】は【竜都】の中心街と同じ街区配置となっていますが、【ワールド・コア・ルーム】はゲームマスター本部関係者以外には利用者が居ないので、大半の建物は空室でスッカスカです。
【ソフィア&ノヒト】など私のプライベート・ビジネスは急激に事業規模が拡大していて、現行の本社オフィスでは手狭になりつつあるので、【ワールド・コア・ルーム】の空物件に本社オフィスを移してしまう事も考えたのですが、その場合【転移能力者】の誰かが毎日社員達を送迎しなければならないので運用効率が悪く諦めました。
「さてと、私達も朝食に向かいましょう」
私とトリニティとカルネディアとフェリシテとセグレタリアは【竜城】に【転移】します。
・・・
【竜城】。
私達が礼拝堂に【転移】すると、アルフォンシーナさんが出迎えに来ていました。
「おはようございます。ノヒト様、トリニティ様、カルネディア様、フェリシテ様。はじめまして、セグレタリア様」
アルフォンシーナさんは微笑んで挨拶します。
セグレタリアの情報は、ミネルヴァから【念話】で伝えられたのでしょうね。
ミネルヴァは仕事が早くて的確です。
「おはようございます」
私達は挨拶を交わしました。
「ノヒト様。ご存知とは思いますが、今日未明、【ザナドゥ】が【ゴブリン自治領】に侵攻を開始し、同時に【アガルータ】に大軍を増派しました」
アルフォンシーナさんが報告します。
「ミネルヴァから聞いています。詳しい侵攻の状況は?【ゴブリン自治領】側の抵抗はあるのですか?」
「【ゴブリン自治領】の指導者層は【ザナドゥ】の侵攻軍に対して直ぐに降伏しました。しかし、【ゴブリン自治領】の指導者層とは立場が異なる現地勢力が未だ降伏せず抵抗を試みています」
「難民キャンプのような【ゴブリン自治領】に【ザナドゥ】の軍隊と戦う能力があるのでしょうか?」
「真正面から戦えば抗しきれません。ですが、ゲリラ戦術ならば多少は戦いようがあります。詳しくは、ソフィア様達も御一緒に朝食の後で御報告致したいと存じます」
「ゲリラですか、なるほど。【イスタール帝国】方面の状況は?」
「現時点では【イスタール帝国】国境に変化はありません。【アガルータ】と【ザナドゥ】連合軍と国境を挟んで睨み合いという状況ですが、おそらく【ザナドゥ】も【アガルータ】も、【イスタール帝国】、延いては自由同盟陣営との全面戦争は望んでいないでしょう」
「つまり、【アガルータ】と【ザナドゥ】は戦争を企図せず、単にチキン・レースを仕掛けている訳ですね?」
「はい。全体主義の独裁国家が用いる稚拙な外交戦術上の常套手段です」
「概ね私とミネルヴァの推測通りですが、実にくだらない話ですね」
「歴史を見ても全体主義の権威独裁国家とは、そういうモノです」
「【ドラゴニーア】や【イスタール帝国】の対応は?【イスタール帝国】のラーラ皇帝はどうすると?」
私は昨晩ディナーを同席した【イスタール帝国】の皇帝ラーラ・グレモリー・イスタールが、宿泊した【ホテル・ドラゴニーア】か然もなければ【竜城】に居るのではないかと考え、周囲をサーチしました。
しかし、【マップ】表示の縮尺を変えても、【竜都】近隣にラーラ皇帝の反応はありません。
「ラーラ皇帝陛下は、【ザナドゥ】の軍事行動の一報を受け、直ちに帰国されました。緊急時ですので、グレモリー様が高速飛空船【ハンニバル・バルカ】号を、ラーラ陛下達にお貸し下さいました」
まあ、敵性国家から侵略を受ける可能性があるとわかった当事国の皇帝なら急いで国元に帰るでしょうね。
「既に出発してしまいましたか?ゲームマスター本部の【転移能力者】に【イスタール帝国】まで送らせるつもりだったのですが……」
私は【イスタール帝国】に【転移座標】を設置していませんが、ミネルヴァによって世界中に展開されている【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】を【目標】にすれば、私の【共有アクセス権】に繋がるゲームマスター本部の【転移能力者】なら、ラーラ皇帝一行を【イスタール帝国】まで送り届ける事が可能でした。
「ラーラ皇帝陛下も、【調停者】たるノヒト様は基本的に国家紛争には不介入だという事を存じております。陛下は……ノヒト様のお手を煩わせるには及びません。宜しくお伝え下さい……と仰っておりました」
あ、そう。
先方が手助けはいらないと言うなら、無理矢理お節介を焼く必要もありません。
私達は情報共有をしながら朝食会場の大広間に向かいました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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・・・
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