第1148話。【神格者】の影。
ノヒト・ナカ執務室。
【幕僚団】と【コントゥベルニウム】のメンバー、それからガブリエルは私の許可を得て退室し、各自朝食の為に【ワールド・コア・ルーム】内の飲食店に向かいました。
朝食後【幕僚団】と【コントゥベルニウム】は北米サーバー(【魔界】)に向かいブリギット(ミネルヴァ)の手によって【チュートリアル】を行います。
ブリギット(ミネルヴァ)と【幕僚団】と【コントゥベルニウム】は【チュートリアル】が終わったら後程また私達と合流し、皆で【七色星】に向かってカルネディアのお姉さん達の葬儀を行う予定でした。
葬儀の後、ガブリエルは、リントの従者で【リントヴルム聖堂】の法皇ティファニーと一緒にウエスト大陸中央国家【サントゥアリーオ】に向い、現地で【保育器】輸送の為の諸々の段取りを行う予定です。
輸送準備が完了したら、私とトリニティとリントも【サントゥアリーオ】に向かって【保育器】を収容されている【サントゥアリーオ】国民ごと【ドゥーム】に輸送しなければいけません。
執務室には、私、トリニティ、カルネディア、フェリシテ、それから【神の遺物】の【自動人形】が残りました。
「トリニティ。彼女は、ルシフェルが所有していた【神の遺物】の【自動人形】です。ルシフェルの私有財産は没収されグレモリーに所有権を移す取り決めになっていましたが、この【自動人形】はグレモリーの厚意でゲームマスター本部に譲渡してもらえる事になりました。ミネルヴァが、あなたの従者とする為に【ドゥーム】で研修と訓練をしていたそうですので役立つ筈です」
「【始まりの秘跡】を念頭に、私の味方ユニットにして下さる……という話をミネルヴァ様から伺っております。御配慮ありがとうございます」
トリニティはお礼を言います。
「早速、あなたの名義に登録を書き換えてしまいましょう」
「仰せのままに致します」
原則として、世界の設定上【神の遺物】の【自動人形】などのユニットの主人登録は、主人の同意なく変更出来ません。
しかし、【神格者】は、ユーザーや【神格】を持たないNPCの所有権登録を変更する事が可能で、同意も不要です。
なので、ブリギット(ミネルヴァ)は、ルシフェルから【神の遺物】の【自動人形】を接収しました。
もしかしたら、ブリギット(ミネルヴァ)は、ルシフェルに頼んで穏当に所有権譲渡手続きを行ったのかもしれませんが、結局のところ【神格者】のブリギット(ミネルヴァ)からの頼みはルシフェルなど人種にとっては強制執行と同義。
ルシフェルの意思など丸っと無視してしまえます。
それから、分離体のブリギットとカプタは、本体のミネルヴァに自我が統合されているので、彼女達3者間の所有権譲渡は登録を変更する必要がありません。
私はゲームマスター権限で、現在は便宜的にミネルヴァのモノとなっている【神の遺物】の【自動人形】の主人登録をトリニティに移しました。
すると……。
「マイ・ミストレスのお名前を教えて下さいませ」
【神の遺物】の【自動人形オートマタ】がトリニティに向かって言います。
「トリニティです」
「トリニティ様。私の名前を付けて下さいませ」
「あなたは……セグレタリアです」
「私は、セグレタリア。由来はイタリア語の秘書でしょうか?」
セグレタリアはトリニティに訊ねました。
「そうです。今後あなたには私の筆頭秘書として働いてもらいます」
ルシフェルは此の【神の遺物】の【自動人形】を……機械仕掛け……と呼んでいたようですが、トリニティの名付けも大概適当です。
まあ、名付けや命名に拘るのは日本人などに特有の東洋的な思想に関係するのかもしれません。
一説によると日本人の名前の種類は世界一多いそうですからね。
「畏まりました。素敵な名前を付けて下さってありがとうございます」
【自動人形オートマタ】のセグレタリアは微笑んで了解しました。
「こちらに在わすノヒト・ナカ様にも、あなたのマスター権限を与えます」
「ノヒト・ナカ様のマスター権限の序列は如何致しますか?」
セグレタリアは訊ねます。
「マイ・マスター。如何致しますか?」
トリニティが私に訊ねました。
「彼女は既にトリニティの従者です。あなたの望むようにしなさい」
「では、ノヒト様を第1位、ミネルヴァ様を第2位、私を3位、カルネディアを4位とします」
「いいえ。トリニティがセグレタリアの主人なのですから、あなたを1位とするべきです」
「しかし、私はマイ・マスターの従者で、ミネルヴァ様の下位者ですので……」
「世界の管理コードにアクセス可能な私とミネルヴァは、いざとなればトリニティを無視してセグレタリアに命令する事が可能です。なので、トリニティを権限第1位にしておいて問題ありませんよ」
「仰せのままに致します。では、セグレタリアのマスター権限は、私を1位、ノヒト様を第2位、ミネルヴァ様を第3位、カルネディアを4位とします」
トリニティはセグレタリアに命じます。
「畏まりました。トリニティ様、私に使命を与えて下さいますか?もし、特になければ、ベーシック・プログラムに基づいて行動致します」
セグレタリアは言いました。
「あなたの使命は、マイ・マスターたるノヒト・ナカ様のお役に立つ事です」
「畏まりました。私は、ノヒト・ナカ様のお役に立つ事を使命として行動選択致します」
ん?
何でそうなる?
「トリニティ。セグレタリアは、私ではなく、あなたに近習する従者ですよ」
「私はマイ・マスターのお役に立つ為に生きております。なので、私の従者であるセグレタリアにも、この使命を与える事が最善だと愚考致します」
トリニティは、さも当然という様子で言いました。
まあ、【神の遺物】の【自動人形】に与えられる使命とは、具体的な命令とは異なります。
誰かの役に立つように……などという抽象的な使命は、事実上あまり意味を持ちません。
なので、仮にトリニティの従者となったセグレタリアに……ノヒト・ナカの役に立て……という使命を与えても、特段の不具合は発生しないでしょう。
「まあ、トリニティがそれで良いなら、私は別に構いませんけれど……」
私は、セグレタリアの【コア】に【認識阻害】や【追尾誘導光子砲】やスマホ機能など純正にはない各種機能をプログラムしました。
これらのアップ・デートは、ゲームマスター本部の鍛治と工学技術の責任者であるデア・エクス・マキナ、ソフィアの従者であるオラクルとヴィクトーリア、ファヴの従者であるウィルヘルミナ、リントの従者で【リントヴルム聖堂】の法皇ティファニー・レナトゥス、【タナカ・ビレッジ】の管理者クイーン・タナカなど、私の陣営に所属する【神の遺物】の【自動人形】達、それから【コンシェルジュ】達には全て実装されている基本装備です。
こうして、セグレタリアはトリニティの従者になりました。
「ところで、チーフ。3つ報告があります」
ミネルヴァが言います。
「何ですか?」
「1つは、ジョヴァンニ・カンパネルラを捜索する為サーベイランスをしていたところ情報を掴みました」
「ジョヴァンニが見付かりましたか?」
「いいえ。ジョヴァンニ・カンパネルラとヨハンナ・ラ・フォンテーヌの行方は依然として不明です。ただし、ジョヴァンニの過去の行動を辿り、彼が保護する者達との関係性について調査していたところ興味深い事がわかりました」
「ジョヴァンニが保護する者達……【フェンサリル】の【グリルド・モツ】の従業員達ですか?」
「あの者達とは別件です」
ああ、ジョヴァンニ・カンパネルラは【グリルド・モツ】を【フェンサリル】だけでなく【ミズガルズ】の首都【ミズガルズ】でも営業していたのでしたね。
「つまり、【ミズガルズ】の【グリルド・モツ】の方ですか?」
「そちらも違います。ジョヴァンニは、【グリルド・モツ】だけでなく、他にも各国で複数の飲食店や小売店に出資して、パートナーのヨハンナと協力して難民や孤児や貧困者を保護する活動をしていました」
「そうだったのですか?」
ジョヴァンニ・カンパネルラが行く先々で、ほぼ何の見返りもなく社会的弱者を救済する慈善活動をしている事は、植物を端末として過去の様々な事象を見聞きして記録している【完全記憶媒体】であるユグドラからも聴かされていました。
「【ミズガルズ】の食文化では動物の内臓を食べる者達も居ますが、それは狩猟や畜産などに携わる者達の食習慣で、飲食業態として内臓を調理して客に提供する例は珍しかったのです。従って内臓の仕入れが安価で行え競合相手もいなかったので、ジョヴァンニは【グリルド・モツ】のような業態を選択したのでしょう。ジョヴァンニは他国や他の地域では、現地の状況に合わせた業態を選び、潜在需要を掘り起こすような事業戦略を採っています。端的に言ってジョヴァンニのビジネスの才腕には目を見張るべきモノがあります。おそらく彼は冒険者より、投資家や実業家を生業とした方が成功したでしょう」
「なるほど。で、ジョヴァンニが保護する者達との関係性についてわかった事とは?」
「ジョヴァンニによって保護されていた者達は、自らを……御使の使徒……と称しています。御使とは、ほぼ間違いなくジョヴァンニ・カンパネルラを指す呼称だと考えられます」
「御使ですか?ジョヴァンニは、随分と被保護者達から崇敬されていたのですね?」
「そのようです。問題はジョヴァンニの事を指す……御使……という名詞の語意を逐語的に正確に解釈した場合、1つの蓋然性が浮かび上がるという事です」
御使の語意?
この世界において御使とは、基本的に【神格者】の代理、あるいは直接【神格者】の意向を受けて行動する者達に対して用いられる肩書です。
例えば、ゲームマスターの私は……【創造主】の御使……ですし、トリニティは……ゲームマスターのノヒト・ナカの御使……と呼ばれました。
という事は……。
「つまり、ミネルヴァは……ジョヴァンニの背後には、ほぼ確実に【神格者】の存在がある……と推定するのですね?」
昨日もジョヴァンニ・カンパネルラの恋人であるヨハンナ・ラ・フォンテーヌが、ミネルヴァの追跡を撒いて忽然と姿を消しています。
その時、ヨハンナは【転移】の【スクロール】を用いた事が判明していました。
しかし、【転移】は【超位魔法】なので、通常ならば【スクロール】に魔法効果を【効果付与】する際に【下方補正】が起きて、原則として【転移】の【スクロール】は製作出来ないと考えられています。
ただし、例外として【神格者】が【神位】の【転移】を、【神位】の強度を持つ【スクロール】素材に【効果付与】すれば、【下方補正】分を補って【転移】の【スクロール】が製作可能でした。
つまり、その時点でジョヴァンニ・カンパネルラとヨハンナ・ラ・フォンテーヌには、既に【神格者】との関係が疑われていたのです。
今回ミネルヴァからの報告によって、やはりジョヴァンニとヨハンナには2人を支援する【神格者】の影が浮かんで来ますね。
「御使と呼ばれるジョヴァンニ・カンパネルラの背後には【神格者】そのものか、【神格者】と同等の敬意を以って扱われる何者かが居ると推定出来ます。もちろん、単なる深読みである可能性もありますが……」
「神が実在するこの世界の人種は信仰心が敬虔ですから、偽教や邪教などに騙されているのでない限り、【神格者】の代理人ではない者を御使と呼ぶ事はないでしょう。それにヨハンナ・ラ・フォンテーヌが【転移】の【スクロール】を使用した事を併せて考えれば、ジョヴァンニとヨハンナに【神格者】が協力あるいは支援している事は、ほぼ確定です」
「私も、そう思います。ジョヴァンニとヨハンナが見返りなく弱者救済をしているのは、彼らの背後にいる【神格者】の意を受けているからで、ヨハンナが私のサーベイランスを出し抜いて忽然と消息を絶った理由も、2人を使役する【神格者】が【神位】のギミックを行使して隠匿してしまったから……と解釈するのが最も確率が高い推定ですので」
「ジョヴァンニとヨハンナを神意によって使役している【神格者】が居る事は、ほぼ間違いないとして、私が支配下に収めミネルヴァが完全に【管制】している【知の回廊の人工知能】が関与している可能性は完全に排除出来ます。また、【レジョーネ】に参画している【神格者】が、ジョヴァンニとヨハンナを私達ゲームマスター本部から隠匿する理由はありません。それ以外の【神格者】ならば、私が異世界転移して以来、未だ邂逅を果たしていない4柱の守護竜……【アジ・ダハーカ】、【ザッハーク】、【バルドル】、【アンピプテラ】……か、あるいは【神格】の守護獣の誰かという事になります」
「それ以外にも、【魔界】の4つの島に封じられている【魔神】の残渣は【創造主】によって自我を完全に喪失させられて、チーフによって封印されていますが、一応【神格】を有しています。それから【七色星】の【神格者】であるギミック・メイカーもいます。この2柱は可能性としては低いですが……」
「ギミック・メイカーが超遠距離の宇宙空間を飛んで【七色星】から【ストーリア】に移動した可能性は低いと思いますが、理論上は一応あり得ます。しかし、私自身が(プログラマーとして)行った封印を破って4つに分割された残り滓に過ぎない【魔神】が自我を取り戻し、私が知らない内に暗躍するのは物理的に不可能です。そのようなプログラムは組まれていませんし、北米サーバー(【魔界】)の基幹プログラムを変更するには、アナログ認証による手続きが必要です。私は、そのような認証はしていません」
北米サーバー(【魔界】)にある4つの島には、太古の昔に【創造主】に叛逆して敗れた【魔神】が4つに分割されて封印されていました。
北米サーバー(【魔界】)は、この世界のチーフ・プログラマー兼チーフ・ゲームマスターである私が、チーフ・プロデューサーのフジサカさんから初めてディレクター権限を与えられて概念設計から携わった【マップ】です。
なので、私は北米サーバー(【魔界】)の設定を誰よりも熟知していました。
そもそも【魔神】が北米サーバー(【魔界】)の4つの島に分割されて封印されているという神話は、北米サーバー(【魔界】)【マップ】制作プロジェクトを指揮した私が……そういう設定にした……だけですからね。
「アナログ認証?私は、アナログ認証というプログラムを知りません」
ミネルヴァが言います。
「アナログ認証手続きはプログラムではありません。純然たる地球側の原始的なオフ・ラインでの作業なので、この世界内の管理者であるミネルヴァが知らないのも無理はありません」
アナログ認証とは、つまり手続き書類へのサインと印鑑の捺印でした。
ザ・ジャパニーズ・スタイル。
IDとパスワードによるデジタル認証システムは便利で合理的ですが、万が一それらが突破されれば脆弱です。
アナログ認証は本当に不便で仕方ないのですが、サインやハンコをいちいち偽造したり、都度うちの会社にワザワザ潜入して所定書類の現物に署名や押印をしなければならない手間は極めてコスパが悪いので、頭が良いハッカーやクラッカーは絶対にやりません。
このゲームの開発会社では、北米サーバー(【魔界】)開発のタイミングでハッキング対策として従来のIDとパスワードによるデジタル認証に加えて、昔ながらの署名とハンコによるアナログ認証を行う施策を試みていたのです。
とはいえ、日本人以外の社員・スタッフからのクレームが多かったので、署名・捺印による面倒なアナログ認証手続きは、北米サーバー(【魔界】)プロジェクトだけの試行で終わり、セキュリティ強化策は他の頭が良い方法で行うと決まりました。
私はアメリカに住んでいた時期もあるので、書類が回って来て、いちいち署名や押印をしなければならない事を面倒で非効率だと思う気持ちは理解出来ます。
しかし、外国人の社員・スタッフから……日本のハンコ文化は頭が悪い……と言われるのは少しだけイラッとしました。
まあ、別に私はハンコ業界の利益代表ではありませんし、単なるサラリーマンなので会社の決定には従います。
ただし、北米サーバー(【魔界】)の基幹プログラムへのアクセスに関しては、署名と捺印による手続き方式が残ったままでした。
北米サーバー(【魔界】)のアナログ認証方式を廃止する為にも、署名・捺印が必要なので面倒だからと放置されたのです。
「ならば【魔神】の線は消えます」
ミネルヴァは言いました。
「ジョヴァンニ・カンパネルラに関する謎は、新たな情報を得て一歩進捗したようで、結局は不明な点が増えて謎が深まってしまいましたね?」
「問題は、ジョヴァンニ・カンパネルラとヨハンナ・ラ・フォンテーヌを使役していると推定される【神格者】が、チーフやゲームマスター本部に対して敵対者なのか如何かという点に帰結します」
「考えてもわからない事は、考えるだけ無駄ですよ」
「【神格者】が何らかの意図を持ってジョヴァンニやヨハンナを使役しているとするなら、念の為、警戒の度合いを引き上げる必要があると考えます」
「そうですね。まあ、【神格者】の関与が確定的だとしても、ジョヴァンニの過去の行動は善意に基づく良心的な振る舞いであると見做せますので、直ちにゲームマスター本部として対応しなければならない深刻な問題が発生する可能性は低いとは思いますが、一応引き続きサーベイランスは行って下さい」
「了解です」
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