第1147話。リクルート問題。
ゲームマスター本部ノヒト・ナカ執務室。
起床したトリニティとカルネディアとフェリシテが、私の執務室にやって来ました。
「マイ・マスター。おはようございます」
「お父様。おはようございます」
「マイ・ロード。おはようございます」
「おはよう」
私達は挨拶を交わします。
はて?
マイ・ロード?
何やらフェリシテの私に対する呼称が変わっていました。
昨日まではマイ・マスター呼びだった筈です。
現在フェリシテは、カルネディアの【使い魔】になっていますが、初めにフェリシテと【盟約】を結んだのは私でした。
そして、カルネディアが推定成人年齢に達するまでは、カルネディアの他に私とトリニティとミネルヴァも、フェリシテのマスター権限を持っています。
フェリシテのような【盟約の妖精】、トリニティやカリュプソのような【調伏】された従者、あるいは【眷属】などが、マスター(ミストレス)権限者を……マイ・マスターやマイ・ミストレス……と呼ぶ事は、この世界の公式設定における通則でした。
しかし……マイ・ロードやマイ・レディ……という呼称は、プレイヤー達が勝手に呼んだり呼ばせたりする事はあるにせよ、世界の公式設定ではありません。
「マイ・マスター。フェリシテがマイ・マスターを呼ぶ場合、今後は……マイ・ロード……の敬称を使用させるように指示しました。それから、カリュプソにもマイ・マスターの事をマイ・ロードと呼ばせたいのですが、構いませんか?」
トリニティが、私の疑問の解答となる説明をしてくれました。
なるほど。
トリニティの指示で呼称が変更されたのですね。
しかし、尚も疑問があります。
何故いちいち別の呼称を使う必要があるのでしょうか?
「呼び分ける事に何か意味があるのですか?統一した方が面倒がありませんし、わかり易いと思います」
私は疑義を呈しました。
「私の個人的な希望です。差し支えがありますでしょうか?」
トリニティが不安気な様子で訊ねます。
「差し支えがあるのかと問われれば、面倒でわかり難いという事以外には、これと言って差し支えはありませんが……」
以前のトリニティは、私の指示に盲目的に従うだけで、あまり自分の意思を主張する事がありませんでした。
私は、集合知の観点から、高い知性を持つトリニティのスペックを有効に活用する為に、もっと彼女には自分の考えを表すように求めています。
なので、トリニティが自分の希望を持つ事は、悪い事ではありません。
「では、マイ・マスターの事を呼ぶ際に……マイ・マスター……の呼称を用いるのは私だけで、今後マイ・マスターの従者や従魔が増えても、私以外の者達は一律……マイ・ロード……の敬称を用いるという事で構いませんか?」
トリニティは訊ねます。
「ええ、別に構いませんよ」
「では、仰せのままに致します」
トリニティは何故か嬉しそうに頷きました。
「畏まりました、マイ・ロード」
フェリシテも了解します。
結局のところ、何故トリニティが自分以外の従者や従魔に、私に対して……マイ・ロード……の呼称を用いさせる事になったのかは良くわかりませんでした。
まあ、私は別に何と呼ばれても問題はありませんけれどね。
「おはようございます。ノヒト様」
ガブリエルがトリニティ達に続いて入室して挨拶をしました。
ガブリエルはトリニティ直属の部下としてゲームマスター代理代行になっています。
トリニティが昨日ガブリエルを1日非番としたので、今朝から改めての上番でした。
「おはよう、ガブリエル。あなたに今日から行ってもらう任務について、ミネルヴァとトリニティから聞いていますか?」
「はい。昨日ミネルヴァ様から【保育器】輸送作戦に関する詳細なデータを受け取り、何度も作業工程のシミュレーションを行い。先程トリニティ様からも正式に命令を受けました。準備は整っていますので、全力を尽くして滞りなく作業を遂行します。どうぞ、お任せ下さいっ!」
ガブリエルは自信満々の様子で敬礼します。
ガブリエル直属の上司であるトリニティは満足気に頷きました。
ガブリエルには、今日大切な任務を行ってもらいます。
旧【ウトピーア法皇国】が行った非人道的な国家政策によって、人工繁殖で生まれ奴隷にされ【魔力子反応炉】に接続され、意識がないまま魔力供給源にされていた人々がいました。
彼らは、人として生きて行く為の最低限の知識も教養も社会性も全く身に付けていないので、現在【保育器】という脳に直接情報をインプットする装置に収容され、言わば……育て直し……が行われています。
その数……1億人。
【保育器】による育て直しが完了すれば、彼らは、そのまま【サントゥアリーオ】の国民となる予定でした。
しかし、【保育器】は通常より学習効率が高いとはいえ、数年の期間を要します。
なので、私は【時間加速装置】の【ドゥーム】に【保育器】ごと輸送して、育て直しの所要時間を短縮するつもりでした。
今日からガブリエルには、その輸送と移設作業の陣頭指揮を執らせます。
とはいえ、【ドゥーム】は【時間加速装置】なので、【オーバー・ワールド】の時間換算では一瞬で作業が完了しますけれどね。
「チーフ。【ドゥーム】から異動して来た後発組を集合させ挨拶をさせますが、宜しいですか?」
ミネルヴァが言いました。
「お願いします」
すると、ミネルヴァが既に待機させていたらしく、後発組の【幕僚団】達と【コントゥベルニウム】と、トリニティの従者となる【神の遺物】の【自動人形】、それから北米サーバー(【魔界】)に移住する【蟻魔人】のアリストテレスとアリーが入室して来ます。
・・・
【ドゥーム】から追加で異動して来た後発組メンバー達が順番に自己紹介をして、挨拶を済ませました。
大所帯で時間が掛かった他は、別に面倒な事はありません。
私から改めて薫陶するような事も特にありませんでした。
追加異動組は、既に【ドゥーム】時間で百数十年もカプタ(ミネルヴァ)からの指導と教化を受けて来たベテラン勢なのですから。
今後もミネルヴァの指揮で問題なく業務を熟してくれるでしょう。
後発組の【幕僚団】と【コントゥベルニウム】は、北米サーバー(【魔界】)に向かい、ブリギット(ミネルヴァ)の手で【チュートリアル】が行われます。
【チュートリアル】が終わったら、各自研修に参加する予定でした。
【蟻魔人】のアリストテレスとアリーは、北米サーバー(【魔界】)の【蟻魔人】達とお見合いを行います。
気に入った相手が見付かれば、そのまま結婚してコロニーを造り始めてもらう予定。
コロニーの営巣地は、既にブリギット(ミネルヴァ)によって候補地が選定されていました。
ガブリエルは【ワールド・コア・ルーム】で朝食を食べてから【サントゥアリーオ】に向かいます。
彼女の任務は、旧【ウトピーア法皇国】によって意識がないまま隷属されていた人達が収容されている【保育器】の調整役でした。
【保育器】は1億基。
ガブリエルの魔力量では、とてもではありませんが【保育器】ごと1億人もの【転移】輸送は行えないので、ガブリエルの作業進捗状況を見て、肝心の大量輸送は私とトリニティとリントで手分けして行う必要があります。
ウエスト大陸の守護竜【リントヴルム】は、【サントゥアリーオ】の元首でもありますので、この【保育器】を【ドゥーム】に移す作業の当事者でした。
なので当然リントにも手伝ってもらいます。
【サントゥアリーオ】に向かったガブリエルが段取りした【保育器】を、私とトリニティとリントで【ドゥーム】に輸送して、一旦私達は【オーバー・ワールド】に戻り、【ドゥーム】の現地時間で3年から5年経過した後、再度【ドゥーム】に向かって【保育器】を【サントゥアリーオ】に送り届けて任務完了。
後の事は、リントに丸投げです。
もちろん【保育器】の輸送作業は今日だけでは終わりません。
ミネルヴァは【保育器】の輸送作業日程を2週間と推定していました。
今日から数日間は、【パンゲア】の【パノニア王国】からの移民輸送とも重複するので、二重苦ですね……。
まあ、【サントゥアリーオ】の【保育器】は、ある程度纏まって集約的に管理されています。
魔力無限の私なら、どんな大質量の【転移】でも可能なので、【パノニア王国】の移民事業よりは【保育器】の輸送の方が単位辺りの労力は掛かりませんけれどね。
【パノニア王国】移民の輸送は、広大な【パノニア王国】中にバラバラに居住している人達を小口で運ぶ為に、何度も繰り返しピストン輸送するので頭がおかしくなりそうなのが問題なのです。
どちらにしろ、クッソ面倒なのは確定ですけれどね。
しかし、私にしか出来ない事は、やらざるを得ません。
「ミネルヴァ。今後も【ドゥーム】からの追加メンバーは増えるのですよね?」
「その事なのですが……【ドゥーム】の気候環境が合わないニクスや、繁殖相手を探さなければならない【蟻魔人】のように選択の余地がないケースを除いて、今後は【ドゥーム】からの人事異動の頻度は減少すると思われます」
ミネルヴァは言いました。
「何故ですか?【ドゥーム】は【時間加速装置】なのですから、こうしている間にも勤続契約期間を満了してフリー・エージェントになる個体が出るでしょう?その中から、【オーバー・ワールド】に異動を希望する人材をリクルート出来るのではありませんか?」
「現在【ドゥーム】から【オーバー・ワールド】に移住を希望する者は少ないのです。チーフからの指示は……本人が【オーバー・ワールド】への移住を希望した場合に限り、能力などを考慮して異動を行う……という条件です。今回、異動して来た文官達の大半は、アマンディーヌを個人的に慕い尊敬していた者達で……アマンディーヌが居るから……という理由もあって【オーバー・ワールド】への異動を希望しています」
「つまり、現在【ドゥーム】から【オーバー・ワールド】に移住を希望するカプタ(ミネルヴァ)陣営の者は、そもそも数が少ないという事ですか?」
「はい。チーフ達が視察した当時と比べて現在の【ドゥーム】は、かなり文明水準が上がり、良くも悪くも大半の住民達は【ドゥーム】での暮らしに満足しています。【ドゥーム】での暮らしに満足している住人達は、敢えてリスクを取ってまで未知の【オーバー・ワールド】に移住する事を希望しません。【ドゥーム】の現状に不満を持っている住人達の中には、【オーバー・ワールド】への移住を希望する個体がいますが、そういう不満分子達は身も蓋もなく言えば【ドゥーム】で成功出来ない程度の能力しか持たない個体か、そもそも社会不適合だったり、規範意識にルーズな性質だったり、素行に問題がある場合があり、カプタ(ミネルヴァ)の判断で移住を認めないケースが多くなります」
「【ドゥーム】の生活環境が良くなった事で、住人達の開拓者精神が減退してしまった、と?」
「そうです。アマンディーヌのアイデアで……家族政策……を推進した結果、繁殖能力の有無に拘らず家族を形成する個体が増えた事による影響もあるかもしれません」
「アマンディーヌが提唱した家族政策とは……カプタ(ミネルヴァ)陣営に加わった【魔人】や魔物や【知性体】に、税制優遇措置などを行い積極的に家族を形成するように促し、家族を持つ事でカプタ(ミネルヴァ)陣営の住民達に遵法意識や帰属意識を持たせて、保守的な志向に誘導し統治を行い易くする……という意図でしたよね?」
「家族政策自体は大成功でした。家族政策により【ドゥーム】の【魔人】や魔物や【知性体】は、個人的で利己的な欲望を追求するよりも、家族の安全や幸福を望み、社会の秩序や調和を好むようになりました。必然的に……力によって他者を従わせ、【ドゥーム】を支配してやろう……というような傲慢で胡乱な野望を抱く個体が減り、反乱や犯罪の発生率も減少しました。一方で、家族の形成によって保守化した【ドゥーム】の住人達の思考は概して安定を志向するようになり現状に満足していて、以前に比べてリスクを取らなくなっています」
「なるほど。アマンディーヌが提案した家族政策は、総論としては大変上手く行っているけれど、優秀な個体を【オーバー・ワールド】に移住させる事によって、ゲームマスター本部が体制を強化する目的において、各論としては逆効果になってしまった訳ですね?」
「そう思います。【ドゥーム】の家族政策を中止しますか?」
「いいえ。メリットが大きな政策を、小さなデメリットによって中止する必要はありません。家族政策は、今後も継続して下さい。ゲームマスター本部の人材リクルートなどは【ドゥーム】以外でも出来ます。単に【時間加速装置】の【ドゥーム】より効率が悪くなるというだけの事です。私もミネルヴァもトリニティも不老不死で不死身なのですから時間は無限にあります。目先の利益に焦って将来の損失を大きくするのは愚策です」
「了解しました。それに今後【ドゥーム】から全く人材リクルートが出来なくなる訳ではなく、頻度が減少するだけです。なので、今後も【ドゥーム】から異動してゲームマスター本部に着任する者達もいます」
「わかりました。【ドゥーム】の差配はカプタ(ミネルヴァ)に任せます。ところで、【ドゥーム】の文明水準が上がったとの事ですが、何か役に立ちそうな画期的な技術的進歩はありませんか?」
「細かな事柄ならば、【オーバー・ワールド】でも色々と応用出来そうな技術が生まれています。ただし、画期的なモノという事になると、率直に言って難しいところです。【ドゥーム】を既知の最先端技術の水準にまで引き上げるのは比較的容易でしたが、それ以上のイノベーションを創造するのはカプタが苦手とする分野なのです。しかし、チーフが再度【ドゥーム】を訪れて詳細に視察すれば有用な発見があると思われます」
ミネルヴァは、演算能力そのものに自我が芽生えたコンピューター生命体という設定になっています。
なので既知の問題の最適化においては宇宙最高の性能を持っていました。
しかし、0から1を生み出す閃きに関して、ミネルヴァは得意ではありません。
というか、ミネルヴァは完全な無から有を閃くようにはプログラムされていないのです。
だからこそ、ミネルヴァは【ドゥーム】で自由市場経済を構築して、【魔人】や魔物や【知性体】の集合知を利用して何らかの革新を実現しようとしていました。
「ならば、また近い内に【ドゥーム】を再訪してみます」
「是非お願いします」
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