第1145話。神の配剤?
ゲームマスター本部。
ノヒト・ナカの執務室。
「「「おはようございます。チーフ」」」
私が執務室に入ると、私付きの【コンシェルジュ】達が挨拶をします。
「おはよう」
「コーヒーをお持ちしましょうか?」
【コンシェルジュ】の1人が言いました。
「そうですね。エスプレッソをダブルでお願いします」
「畏まりました」
【コンシェルジュ】の1人がエスプレッソを取りに退室します。
直ぐに挽き立て淹れ立てのエスプレッソが運ばれて来ました。
食べ物などは【ワールド・コア・ルーム】内の飲食店から出前を頼んでいますが、コーヒーなど飲み物に関してはゲームマスター本部内のキッチンから運ばれて来ます。
ゲームマスター本部内のキッチンは、所謂給湯室などという簡易厨房ではなく、一般的なレストランなどであればメイン厨房でも差し支えない立派な設備でした。
【ワールド・コア・ルーム】を自らプログラムした【創造主】の謎の拘りなのです。
「チーフ。新たに【ドゥーム】から異動して来た職員達のデータを送ります」
ミネルヴァが言いました。
すると、私のステータス画面にカーミラ・ダークブルー以下、新任のゲームマスター本部職員の名簿が表示されます。
「ありがとう」
どれどれ……。
カーミラ・ダークブルー。
【真祖】の【ヴァンパイア】の女性。
元【ロヴィーナ】首長。
スコルピア。
【真祖】の【蠍魔人】の女性。
元【カラミータ】首長。
カーミラとスコルピアは【ドゥーム】で会っていますね。
2人共、アマンディーヌ同様にミネルヴァ直属の文官の管理職として配属予定。
序列としては、アマンディーヌが文官の首席で、カーミラとスコルピアは次席扱いになる、と。
なるほど。
カーラ・アルカヌム。
【真祖】の【ヴァンパイア】の女性。
【ロヴィーナ】でカーミラの部下として主に研究部門を指揮・統括。
ウィローの部下(あるいは助手)としてゲームマスター本部専任研究員に配属予定。
なるほど、なるほど。
ラーナ。
【真祖】の【蛙魔人】の女性。
元アマンディーヌの部下。
マーレ・プロフォンド。
【古代竜】の【深海竜】の雌。
元アマンディーヌの部下。
ラーナとマーレは、アマンディーヌ直属の文官に配属予定。
ふむ。
ニクス。
【亡霊】の【雪女】。
元【ドゥーム】軍参謀総長。
今後ニクスは、ミネルヴァが指揮・運用する【コンシェルジュ】達の外部活動について助言する作戦参謀に配属予定。
ふむふむ。
オランピア。
【真祖】の【サキュバス】の女性。
元カーミラの部下。
彼女はカーミラ直属の文官に配属予定。
パンタシア。
【真祖】の【リリン】の女性。
元スコルピアの部下。
彼女はスコルピア直属の文官に配属予定。
【ドゥーム】から人事異動して来た事務方職員は以上です。
「ミネルヴァ。単純な好奇心から訊きますが、彼女達の【名付け】は、やはりカプタ(ミネルヴァ)が行ったのですよね?」
「そうです。わかり易さを重視しています」
ミネルヴァがキッパリと答えました。
あ、そう。
カプタは、ミネルヴァの分離体ですから、本質的に同一自我です。
つまり、この安直な【名付け】は、ミネルヴァのセンスという事に……。
【ヴァンパイア】のカーミラやカーラは、地球の小説などに登場する【吸血鬼】のキャラクター名からの由来でしょう。
【蠍魔人】のスコルピアは、サソリからの由来。
【蛙魔人】のラーナと、【深海竜】のマーレ・プロフォンドと、【雪女】のニクスは、そのままズバリで、ラテン語のカエルと 深海と雪から。
【サキュバス】のオランピアは……。
19世紀頃のパリ周辺では、娼婦の事を俗称でオランピアと呼んでいたそうです。
フランスの画家エドゥアール・マネの絵画に同名の作品がありますね。
つまり、人種の男性を【魅了】で【精神操作】して襲い、場合によっては交わる事もある【サキュバス】の性質からイメージして、娼婦……でしょうか?
たぶん、そんな感じなのでしょう。
【リリン】のパンタシアは……。
もしかしたら、種族的に【幻覚】が得意だから、ラテン語で幻想なのかもしれません。
何ともはや、安直ですね……。
まあ、ネーミング・センスのなさは、私もミネルヴァの事を言えません。
さてと、個別の職員についての基本データと、カプタ(ミネルヴァ)によるプロファイルを詳しく見てみましょう。
カーミラとスコルピアは、アマンディーヌの下位職に置く予定なのですね?
先んじて【オーバー・ワールド】に転属しているアマンディーヌは、【時間加速装置】の【ドゥーム】で【スポーン】して現地時間で20年余りの人生……いいえ、魔人生を送って来ました。
原則として、この【ストーリア】の【魔人】は成体……つまり大人の状態で【スポーン】し、既に生きる上で必要な知識を最低限【創造主】から与えられています。
例外は、【誕生の家】という【赤ちゃんスポナー】で新生児として【スポーン】したカルネディアなどがいる【七色星・マップ】の場合と、繁殖個体の【ワー・クリーチャー】の場合。
基本的に【スポーン】する【魔人】の中には、一部繁殖によって子供を産み育て数を増やせる種族もいました。
それが、【ワー・ウルフ】や【ワー・タイガー】などの【ワー・クリーチャー】です。
【ワー・クリーチャー】は【魔人】の中では繁殖に関して比較的制約がありません。
しかし、高い繁殖汎用性とのトレード・オフで、【ワー・クリーチャー】には寿命がありました。
従って、【ワー・クリーチャー】には、グレモリー・グリモワールの陣営に加わった【ワー・ウルフ】の部族のように繁殖によって数を増やしコミュニティを築く集団も存在しています。
逆に言えば、【エキドナ】のトリニティや、【ゴルゴーン】のカルネディアのように寿命がない【魔人】は、全く繁殖が出来ないか、【ワー・クリーチャー】に比べて繁殖に制約がある訳です。
また、【魔人】の中には、【ゴルゴーン】や【メリュジーヌ】などのように、そもそも片方の性別しか存在せず、同族繁殖が行えない種族もありました。
しかし、確率は低いですが、【ゴルゴーン】や【メリュジーヌ】など女性しか存在しない【魔人】も含めた全ての【魔人】は、他種族の【魔人】の異性や、人種の異性と交配して、稀に子供が生まれる場合があります。
ただし、この場合の他種族交配は1世代しか繁殖出来ず、他種族交配で生まれた混血の子供には繁殖能力がありません。
地球の動物を例に取ると、馬と驢馬を交配した騾馬には繁殖能力がないのと同じ事です。
このケースに該当する実例が、【サキュバス】と人種との混血である【ガンビオン】のアレハンドラ・フランチェスコリですね。
従って、アレハンドラ・フランチェスコリは繁殖能力を持たないので子供を生めません。
人種の場合は状況が多少異なります。
【エルフ】と【ドワーフ】のような人種の他種族間交配の場合は、繁殖率が下がる事はあるにせよ、【魔人】の場合とは異なり何世代でも子供が生まれました。
特に【人】は他種族間交配でも比較的繁殖率の低下傾向が少なくなります。
だからこそ、全人種の中で【人】の人口が最も多くなっている訳ですね。
つまりは……。
同族の【魔人】同士の交配……繁殖可能。
他種族の【魔人】間の交配……繁殖率低下。
【魔人】と人種との交配……繁殖率低下。
混血の【魔人】……繁殖不可能。
同族の人種……繁殖可能。
【人】と他の人種との交配……繁殖率やや低下。
他種族の人種間の交配……繁殖率低下。
混血の人種……繁殖率低下。
……という事。
これは、この世界の住人に限った話で、ユーザーはアバターの種族に関係なく繁殖能力がありません。
総体として人種NPCに比べて寿命や各ステータスが高く設定されている【魔人】NPCは、繁殖力に関しては人種NPCより制約が高くなり、種族間のバランスが取られている訳です。
少し横道に逸れました。
話を本筋に戻しましょう。
【スポーン】した時に既に大人であったアマンディーヌは、【時間加速装置】の【ドゥーム】時間で丸々20年分の魔人生経験がありました。
一方で、カーミラとスコルピアは、アマンディーヌが【オーバー・ワールド】に転属した後も、【時間加速装置】の【ドゥーム】に留まり、現地時間で150年程アマンディーヌより長く生きている換算になります。
それを踏まえて考えると……アマンディーヌをゲームマスター本部事務方文官の首席、カーミラとスコルピアを次席とするのが正しいのか?……という問題提起は、あって不思議ではありません。
過去はともかく、現在において経験が豊富なのは、【時間加速装置】の【ドゥーム】で、より長期間過ごしたカーミラとスコルピアの方なのですから。
「以前はアマンディーヌより職位が低かったカーミラとスコルピアも、アマンディーヌより【時間加速装置】の【ドゥーム】に長く暮らした事によって魔人生経験でアマンディーヌを上回り、両者の能力が逆転している可能性はありませんか?だとするなら、アマンディーヌを首席、カーミラとスコルピアを次席と頭から決め付けるのは如何なモノかと思います。適性などを確認してから上司・部下を再配置し直した方が良いのではありませんか?」
私は、ミネルヴァに訊ねました。
「私も【時間加速装置】の効能によって、アマンディーヌを超える能力に成長する個体が生まれる可能性を期待したのですが、残念ながらアマンディーヌは経験の差などが余り意味を持たない特異な天才だったようです」
ミネルヴァが答えます。
あ、そう。
確かに、本物の天才にとって、平均的な才能の人達との比較における経験が余り意味を持たないというのは納得出来る話です。
仮に地球で私が何百年生きられたとしても、アルバート・アインシュタインを超える科学的功績は残せないでしょうし、マイケル・ジョーダンよりバスケット・ボールが上手くもなれないでしょうからね。
つまり、ミネルヴァのプロファイルによれば、天才のアマンディーヌは経験などに関係なく、カーミラやスコルピアより上席に置くのが適材適所という事。
ミネルヴァは【神格者】なので、差し詰め……神の配剤……という訳です。
「なるほど、わかりました。カーラ・アルカヌムをウィローの部下とするという配置は?」
「ウィローは、ゲームマスター本部主任研究員として研究室の責任者を任せていますが、彼女はトリニティの【使い魔】ですので、トリニティに付いて、あるいはトリニティから命じられて外部に出動する頻度が高くなる事が推定されます。従って、ウィローはフィールド・ワークを主に行い、カーラにゲームマスター本部の研究室を管理させるのが良いと考えました。これは、トリニティとウィローからの要望でもあります」
「ミネルヴァとトリニティとウィローの了解事項ならば、私から付言する事はありませんね。マーレ・プロフォンドは【古代竜】ですが、戦闘部隊の【フラテッリ】に加わる訳ではなく、事務方の文官としてアマンディーヌの部下になるのですか?」
「【古代竜】は当然高い戦闘力を有しますが、マーレの場合は個体の性質として戦闘より頭脳労働向きです」
「確かに……【古代竜】だから……というステレオ・タイプで一括りに考えるのは早計ですね。当然、【古代竜】のような魔物にだって……向き不向き、得意・不得意……各個体ごとの個性はあり得ます。わかりました。さてと、ニクスは【雪女】なのですか?どうして熱帯気候の【ドゥーム】に【雪女】が居るのでしょうか?」
【雪女】はノース大陸の極北【スヴァルトアールヴヘイム】や、万年雪に覆われた雪山や氷雪地帯などに【スポーン】する【悪霊】の【亡霊】ですが、人種の居住に不向きな厳寒域に住み着く【魔人】なので【遭遇】率が低いのです。
しかし【ドゥーム】の気候は熱帯でした。
熱帯気候には、原則として【雪女】は【スポーン】しません。
「【ドゥーム】の【サブ・秘跡・オブジェクト】である【ピラミッド】のボス【宝箱】から【召喚の祭壇】が出て、私の分離体が【召喚】したところ【雪女】が喚び出されました。それがニクスです」
「あ、そう。確かに【召喚の祭壇】からは、環境フィールドに関係ない個体が【召喚】されても不思議はありませんね。しかし、熱帯気候の【ドゥーム】での暮らしは、【雪女】のニクスには厳しかったでしょうね?」
「その通りです。ニクスは【ドゥーム】の酷暑が体質に合わず、以前から【オーバー・ワールド】への転属を希望していました。勤続契約期間の満了に伴い、本人たっての希望で【オーバー・ワールド】への異動です」
「まあ、そうでしょうね。【雪女】と熱帯気候は、対極に位置する相性が悪い組み合わせですので。外出するだけで【継続・ダメージ】を受け続けるのは、さすがに気の毒です」
「私の分離体としては、ニクスが陣営の軍参謀総長という要職にあったので手元に置いておきたかったのですが、ニクスの種族的に【ドゥーム】は生活環境が合わないので致し方ありません」
「ほう、カプタ(ミネルヴァ)が手放したくないというのは、アマンディーヌと同程度の能力があるという事ですか?」
「ニクスの軍事戦略立案に関する能力は、アマンディーヌ以上です。アマンディーヌは文官としては非の打ち所がない傑物でしたが、軍略など荒事に関する判断においては難渋な様子を見せ、やや甘さがありました。ニクスは、必要とあらば如何なる冷徹な判断も下せる稀代の軍略家です」
冷徹な判断……【雪女】だけに、かもしれません。
ミネルヴァ曰く……アマンディーヌとニクスは【ドゥーム】においてカプタ(ミネルヴァ)配下の政務と軍務の両輪として機能していた……そうです。
私はアマンディーヌを、【ドラゴニーア】の大神官であるアルフォンシーナさんと比肩すると見ていましたが、それは評価が甘かったかもしれません。
アマンディーヌは軍務を苦手としていますが、アルフォンシーナさんは政務も軍務も完璧に統率していました。
アルフォンシーナさんの能力が如何に傑出して異常なのかがわかります。
まあ、アルフォンシーナさんは800歳以上ですが、アマンディーヌは【スポーン】してからの経験が20年余り、ニクスでも200年以下でした。
年の功……ゲフン、ゲフン。
危なかった……女性に対して年齢に言及するのは地雷です。
兎にも角にも、アマンディーヌとニクスで、ゲームマスター本部の文武両面の役割分担をすれば問題はありませんね。
「わかりました。いずれにしてもゲームマスター本部の事務方文官に関しては、ミネルヴァの想定通りに配置して構いません」
「了解です」
ミネルヴァは言いました。
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