第1144話。【ドゥーム】からの移住希望者。
【ワールド・コア・ルーム】。
「チーフ。お疲れ様でした」
ミネルヴァが言いました。
「疲れました。移民の集合率が低くなって、さすがに私1人での輸送は無謀でしたね。何とか気合いと根性でやりましたが、明日、いや日付変わって今日からはゲームマスター本部の【転移能力者】総動員で輸送をやらなければいけません」
無敵体質のゲームマスターである私は疲労しません。
しかし、気分的にはゲンナリしました。
「ならば、今夜からは、私の分離体達にも参加させましょう」
はて?
ブリギット(ミネルヴァ)達?
もしかしたら、ルシフェルなど北米サーバー(【魔界】)方面軍のメンバーの一部は【チュートリアル】を経て【転移】能力に覚醒しているので、彼らを動員するという事でしょうか?
本来【チュートリアル】は、ゲームマスターである私と、ユーザーであるグレモリー・グリモワールとノート・エインヘリヤルとシピオーネ・アポカリプト……つまり地球人にしか起動させられません。
しかし、ミネルヴァが依代とするブリギット(ミネルヴァ)やカプタ(ミネルヴァ)は、ゲームマスターである私の【空アバター】に自我が宿っているので、ゲーム・システムから地球人だと判定(誤認)され、【チュートリアル】を起動出来るようになっています。
また、トリニティは、彼女の種族【エキドナ】の固有設定と、私の【超神位】による【祝福】の相互作用により、スペックが種族限界を突き抜けて向上し、ゲーム設定上……定義不明……な存在に変質するというバグにより、ゲーム・システムから【不規則存在】と判定され……認定ユーザー……という訳がわからないプレイヤーに変わり【チュートリアル】を起動出来るようになってしまいました。
なので、ブリギット(ミネルヴァ)は、北米サーバー(【魔界】)に着任して以降、私から事前に与えられた裁量の範囲で、北米サーバー(【魔界】)の神殿において陣営の者達に対して順次【チュートリアル】を行っていて【転移能力者】の数を増やしているようです。
「北米サーバー(【魔界】)の方は問題ないのですか?」
「ええ。北米サーバー(【魔界】)は、【ドゥーム】から【自動人形】と【ドロイド】が大量出荷された事で、概ね体制が整いました」
なるほど。
まあ、北米サーバー(【魔界】)の差配は、現場監督としてブリギット(ミネルヴァ)に任せているので、彼女の段取りに乗っかっておけば良いですね。
とはいえ、北米サーバー(【魔界】)のルシフェル陣営の者を、【パノニア王国】からの移民を輸送する任務に上番させるなら1つ確認しなければならない事がありました。
「北米サーバー(【魔界】)の者達を動員するとして、彼らは私やミネルヴァとの【共有アクセス権】を持ちません。であるなら、現時点では【パンゲア】に【転移座標】を持っていない彼らを輸送任務に動員しても、【共有アクセス権】を介して【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】を【目標】にした【転移】が出来ないので、結局は二度手間になりませんか?」
私は、基本的にルシフェルの事を全く信用していないので、ルシフェルや彼の配下を【共有アクセス権】に加えるつもりはありません。
【共有アクセス権】は、宇宙最高レベルの機密を扱うネット・ワークですからね。
「いいえ。北米サーバー(【魔界】)から動員するのは、【共有アクセス権】を有する私の分離体だけです」
ん?
どゆこと?
「え〜と、ならば、ブリギット(ミネルヴァ)達という複数形は、誰達の事を指すのですか?」
「アマンディーヌと、それからカーミラ達【ドゥーム】の陣営の者達です。彼女達は優秀な【転移能力者】です。アマンディーヌは既に私を介して【共有アクセス権】に連なる存在ですし、カーミラ達もゲームマスター本部職員として人事異動して来るので、【共有アクセス権】に加えても差し支えないと思います」
「カーミラとは、【ロヴィーナ】の首長だったカーミラ・ダークブルーですか?」
「はい。カーミラ達は本人の希望によって、アマンディーヌに続き【オーバー・ワールド】に異動する事になりました。彼女達は既に【オーバー・ワールド】に到着しています」
【ドゥーム】でアマンディーヌが……私と同様にカーミラも【オーバー・ワールド】に移住したがっている……という話をしていましたね。
【ドゥーム】でカプタ(ミネルヴァ)の配下になった【魔人】や魔物には、50年の勤続契約が交わされていました。
しかし、【時間加速装置】である【ドゥーム】は数秒が数日ですから、50年など【オーバー・ワールド】の感覚では、あっという間に過ぎてしまいます。
勤続契約を満了したカプタ(ミネルヴァ)陣営の者達が……【オーバー・ワールド】に移住したい……と希望すれば……ゲームマスター本部職員になる……という条件はあるものの、原則として受け入れを許可していました。
例外は、ゲームマスター本部【ドゥーム】支部長であるカプタ(ミネルヴァ)が評価して……【オーバー・ワールド】のゲームマスター本部職員として能力や素養が不足している……と判断した場合には、移住希望が却下される可能性があります。
つまり、【オーバー・ワールド】に人事異動してくるカプタ(ミネルヴァ)の配下人材は、それ相応に優秀だという事なのでしょうね。
「なるほど。ならば、今夜からブリギット(ミネルヴァ)と、アマンディーヌとカーミラ達にも移民輸送を手伝ってもらいましょう。ところで、シピオーネは、北米サーバー(【魔界】)の北大陸への入植を希望しています。一応現地を確認してから最終決定をしてもらうつもりです」
「聴いていました。【パノニア王国】国民が入植する大陸の各主要都市にコンビニエンス・ストアとスーパー・マーケットとファミリー・レストランを作るのですね?」
「そうです。諸々の段取りは、お願いしますね」
「了解しました。スーパー・マーケットはチーフが【スクエア】を建設し、ソフィアさんの【ソフィア・フード・コンツェルン】に出店をお願いしましょう」
「そうですね。その方向性で行きましょうか」
「では、着手しておきます。それから、カーミラ達には、後程チーフとトリニティに着任の挨拶をさせたいのですが?」
「あ、そう。なら、トリニティが起床したら、私の執務室に集合させて下さい」
「了解です」
「ところで、カーミラ達は今朝到着したのですか?」
「昨日です。チーフが【パンゲア】に向かうのと入れ違いでした。彼女達も今日からアマンディーヌと一緒に研修を開始します」
「わかりました。諸々頼みます」
「お任せ下さい。それから、基本的にカーミラ達は、私直属の事務方としてゲームマスター本部に詰めて業務に当たらせますが、移住組の内9個体は【フラテッリ】に追加される魔物達です。他2人は北米サーバー(【魔界】)の一般市民で、残り1名は可能ならばトリニティ付きの従者にしたいのですが、構いませんか?」
「【フラテッリ】の追加組は了解しました。他は良くわかりませんが、詳細を教えて下さい」
「2名の一般市民は【ロード・蟻魔人】のアリストテレスと、【レディ・蟻魔人】のアリーです。2人は【デマイズ】の首長である【女王蟻魔人】のアントワネットの子供達で、アントワネットのコロニーから独立して自分達のコロニーを形成する必要があります。【ドゥーム】には現在アントワネットの一族しか友好的な【蟻魔人】コロニーがないので、アリストテレスとアリーは繁殖相手を見付ける為に【オーバー・ワールド】に移住して来ました」
「ああ、そんな約束をしていましたね。で、北米サーバー(【魔界】)には友好的な【蟻魔人】コロニーがあって、アントワネット女王の2人の子供達のパートナーが見付かりそうなのですか?」
「はい。既に複数の候補者達を選定していますので、アリストテレスとアリーにパートナーを選んでもらいます。北米サーバー(【魔界】)側の候補者達は、ゲームマスター本部麾下の【蟻魔人】コロニーからのパートナー候補であれば……高貴な家格の結婚相手なので大歓迎……という反応です。なので、アリストテレスとアリーが選んだパートナーであれば拒否される事はないでしょう」
「つまり、お見合いですか?」
「はい」
「う〜ん、ゲームマスター本部の息が掛かった見合い相手だから大歓迎というのは、何やら政略結婚的な意味が付かないか少し懸念しますが……」
王侯貴族間の婚姻において恋愛結婚は珍しく、大半は親や国家の思惑に左右されるのが一般的でした。
【リーシア大公国】のアルフレード皇太子(後の大公)と、平民の街娘クラリッサ(後の大公妃)との恋愛結婚や、【スヴァルトアールヴヘイム】の名門貴族家の令嬢シメネーラさんとジリオさんとの駆け落ちなどという例は少数派なのです。
しかし、私は、結婚とは第一義的に当事者同士の希望が優先されるべきだと考えていました。
つまり、私の個人的な感想としては、恋愛結婚が好ましいと思います。
アントワネットのような【蟻魔人】の女王個体は極めて多産で、多い場合には数百個体ものコロニーを築く場合もありました。
従って、【蟻魔人】の生息数は【魔人】の中でも比較的多いのですが、同一コロニーの【蟻魔人】達は全個体が兄弟・姉妹の関係性となり遺伝的に近過ぎて、原則として女王と王配以外の男女が同一コロニー内で繁殖は出来ません。
まあ、理屈の上では、兄弟・姉妹での繁殖自体は不可能ではありませんが、それは近親交配となり生まれて来る子供達は遺伝形質上、先天的障害を持っていたり脆弱な個体となり易いですからね。
なので、【蟻魔人】が繁殖相手としてパートナーを探す際に、恋愛結婚のような自由が許されるのか?という問題はあるのでしょう。
つまり、【蟻魔人】の社会では、お見合い結婚自体は致し方ない事なのかもしれません。
ただし、元ゲームマスター本部陣営だった【蟻魔人】と結婚する相手側が……私やミネルヴァやゲームマスター本部から何らかの便宜を図って貰えるのではないか?……と期待するのは、好ましい状況ではないと思いますね。
「実際には、彼らが期待するような不公正な既得権は何も与えられないので問題ありません。先方が勝手にチーフやゲームマスター本部の威光を期待してお見合いに乗り気なのは、チーフやゲームマスター本部には一切関係のない話です」
ミネルヴァは断言しました。
「もちろん、そうです。しかし、そういう存在しない私やゲームマスター本部の威光を期待して、アリストテレスやアリーと結婚して、後から……話が違う……というような事になったら、それはそれで面倒ではありませんか?私は一応アントワネット女王に独立した子供さん達を預かってパートナーを探すと請負った手前、責任がありますので」
「心配いりません。【魔人】の社会は概して権威主義的です。少なくともチーフやゲームマスター本部の息が掛かった相手との結婚によって箔が付けば、実利が全くなくても彼らは満足します。お見合い結婚自体には、不満は出ないでしょう」
「あ、そう。ミネルヴァが、そのように判断するなら私は別に構いませんが……。で、トリニティ付きにしたい残りの1名とは?」
「その1名は【神の遺物】の【自動人形】です」
「【神の遺物】の【自動人形】?カプタ(ミネルヴァ)は【神の遺物】の【自動人形】を何処から入手したのですか?」
基本的に【神の遺物】の【自動人形】は、【遺跡】の【宝箱】からか、守護竜の降臨イベントで貰うか、特定の最高難易度【秘跡】のクリア報酬か、特定の最高難易度【スポーン・オブジェクト】のクリア報酬からでしか入手出来ません。
それらは【ドゥーム】では受給出来ないので、【ドゥーム】では【神の遺物】の【自動人形】を入手する方法がないのです。
「北米サーバー(【魔界】)でルシフェルが保有していた【神の遺物】の【自動人形】を、私の分離体が接収しました」
「あ〜、つまり取り上げたのですね?」
「身も蓋もなく言えば、そうです。ルシフェルの個人資産は、全てグレモリーさんの名義に変わりましたが、グレモリーさんは件の【神の遺物】の【自動人形】の所有権を放棄して、ゲームマスター本部に贈与してくれました。その【神の遺物】の【自動人形】を、しばらく【ドゥーム】で私の分離体の指導の下、様々なシチュエーションに対応出来るように研修や訓練をさせていたのです」
「わかりました。それで、トリニティ付きにする理由は?」
「トリニティは、【魔界】平定戦が落ち着いたらイースト大陸で【始まりの秘跡】に挑みます。トリニティのスペックが高いので、彼女に発給された【始まりの秘跡】は最高難易度の【超位超絶級】です。トリニティが挑む【始まりの秘跡】のクリア条件は……単独で、イースト大陸を救え……というモノ。なので、【秘跡】のレギュレーションに抵触せずに、トリニティの【秘跡】攻略を助けられる味方ユニットとして件の【神の遺物】の【自動人形】を用意しました」
トリニティと不可分の存在である【使い魔】のウィローは、【秘跡】のクリア条件に設定される場合の……単独……というレギュレーションに抵触しません。
また、【自動人形】などの非生物ユニットも道具やアイテムという扱いとなり、同じく単独というレギュレーション上セーフです。
「なるほど。ミネルヴァがそうした方が良いと考えるのなら、そうしましょう」
「ありがとうございます。では、後程【ドゥーム】からの移住組は、チーフの執務室に集合させます」
「では、そういう事で」
私は、自分の執務室に向かいました。
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