第1143話。コンビニとスーパーとファミレス。
異世界転移57日目(世界暦919年10月27日)。
未明。
「信じられんが、あの膨大な数量の回収が終わったな。ノヒト様のおかげで作業が捗った。ありがとう」
シピオーネ・アポカリプトは言います。
「いいえ。ほんの暇潰しですから気にしないで下さい」
【パノニア王国】各所に点在していたシピオーネ・アポカリプト陣営の様々な産業施設と生産設備は、私が手伝ってバラシ作業が全て終わり、シピオーネ・アポカリプトの【在庫目録】に収容が完了しました。
当初シピオーネ・アポカリプトは、軍事関連の主要な生産設備だけを北米サーバー(【魔界】)に移築して、民生用の大部分の生産設備は【パンゲア】に残して行くつもりだったようです。
どうやら、ミネルヴァが設定した移民輸送のスケジュールを守る為にそのように考えていたのだとか。
何か必要なモノがあれば、移民輸送が終わった後にシピオーネ・アポカリプトが【パンゲア】に通って少しずつ回収作業をしても別に良かったのですが、彼はスケジュールを守る事を至上命令と考えていたようです。
しかし、私が手伝ったおかげで、ほぼ全ての生産設備がバラされて回収出来ました。
ただし、これからシピオーネ・アポカリプトと【パノニア王国】国民が入植予定の北米サーバー(【魔界】)では、私やブリギット(ミネルヴァ)がシピオーネ・アポカリプト達の為に産業インフラを用意してあげる予定です。
だからこそ、ミネルヴァは……どうしても必要なモノだけ輸送するように……と通達していました。
私とブリギット(ミネルヴァ)が造り【神位バフ】が掛かったインフラなら、守護竜や【世界樹】や【神格】の守護獣らによる【神位級】の攻撃を継続して与え続けでもしない限り破壊不可能ですので、事実上の永久インフラと考えて差し支えありません。
また、当然ながら私とブリギット(ミネルヴァ)によるインフラは、シピオーネ・アポカリプトが移築を望んだ【パノニア王国】にある自前のインフラより高性能でもあります。
つまり、経済合理性だけを考えるなら、【パノニア王国】にある既存のインフラを移築する意味は、ほぼありません。
しかし、シピオーネ・アポカリプトは、私とブリギット(ミネルヴァ)が造るインフラを……ありがたく使わせてもらう……と言いながら、現在使用中のインフラを【パノニア王国】から北米サーバー(【魔界】)に移築して使う事にも拘りました。
何故なら、私とブリギット(ミネルヴァ)が与えたインフラは、【パノニア王国】の国民(技術者)には構造理解や修理やメンテナンスが困難だからです。
まあ、私とブリギット(ミネルヴァ)の造ったインフラはメンテナンス・フリーでもありますけれどね。
「余りに隔絶して高度な技術を神から与えられたら、神の御技は人種NPCにとってブラック・ボックスになって経験の蓄積や技術の継承が出来ない。仮にユーザーの私や、ゲームマスターのノヒト様が何らかの理由で居なくなった場合にも、人種NPCによって産業文明が維持出来るように、彼らが自前の知識と技術で修理やメンテナンスが可能な技術基盤は最低限維持しておきたい。非効率で不経済かもしれないが、これは以前からの方針なんだ」
シピオーネ・アポカリプトは言いました。
「なるほど。わかりました」
シピオーネ・アポカリプト自身が認めているように、より高性能な産業インフラがあるのに、敢えてクオリティが低い技術を併存させる事は、表面的には非効率で不経済でしょう。
しかし、ユーザー消失以後、日本サーバー(【地上界】)で文明が衰退した最大の理由は、シピオーネ・アポカリプトが懸念した事が実際に起きてしまったからでした。
基本的に【神格者】である私とブリギット(ミネルヴァ)が構築した技術は、【創造主】が創った【初期構造オブジェクト】に準ずる耐久性を持つので、ユーザーの技術が経年劣化し壊れ、そのまま失われてしまった状況とは異なります。
しかし、つい最近私は、オラクルとヴィクトーリアとの情報共有で……【ドゥーム】で【創造主】が創った【初期構造オブジェクト】のインフラが稼働しなくなっていた……事を知りました。
【創造主】が創った【ドゥーム】の産業インフラは、現地住人によって利便性を高める目的で外付けの装置が付け加えられていて、その外付けの装置の故障により、本来なら絶対壊れない【創造主】の【初期構造オブジェクト】が動かなくなる……という状況になっていたのです。
同じ事が、私とブリギット(ミネルヴァ)が造った産業インフラにも起こらないとは限りません。
【神格者】が造った本来なら壊れない技術であっても、そこに依存して技術の蓄積や継承を怠れば、不測の事態が起きた際に詰みます。
そういう意味で、シピオーネ・アポカリプトの考えは極めて妥当でした。
シピオーネ・アポカリプトは……脳筋の戦闘狂……というロール・プレイヤーですが、中々どうして知性的ではありませんか。
「ま、全部ヘックスの受け売りだがな。基本的にヘックスの言う通りにしておけば間違いはない」
シピオーネ・アポカリプトは言います。
あ、そう。
ヘックス・スカイ・クラッドは、シピオーネ・アポカリプト陣営の軍師格の女性でした。
まあ……他人の意見を率直に受け入れられる脳筋は、少なくとも馬鹿ではない……と好意的に考えておきましょう。
「それで……まだ未確定の話なのですが、北米サーバー(【魔界】)で魔物に支配されている西、南、北の各大陸を平定したら、その内1つを【パノニア王国】からの移民に貸与します。ミネルヴァは、西大陸は緯度的に【パンゲア】と同じような気候帯なので、其処に【パノニア王国】国民を入植させようと想定しているようです。一応の方向性としては、それで構いませんか?」
「あ〜、ヘックスやグゥイネスは入植地が寒地だとか砂漠だとか、人種が住み難い極端な気候でなければ特に希望はないらしいが、キャスの奴が……移民先は絶対に【パノニア王国】より暖かい場所が良い……と言い張っていた。だから選べるなら南の方が良いかな」
シピオーネ・アポカリプトは言いました。
「暖かいのは北大陸ですね。北米サーバー(【魔界】)の五大大陸は南半球側に傾斜していて、北大陸の中央に赤道が走っています。従って、日本とは逆で、北が暖かく南が寒くなります」
「そうか。なら北大陸が良いな。あ、でも砂漠とか乾燥帯ではないよな?」
「北大陸は砂漠ではありません。中央部付近は熱帯雨林気候で、南北は亜熱帯気候です」
「そうか。なら希望は一応、北大陸という事で頼む」
「熱帯雨林は開拓に苦労するかもしれませんよ。大丈夫ですか?」
北米サーバー(【魔界】)は、日本サーバー(【地上界】)のような環境不変フィールドではないので、人種の手で切り拓けます。
ただし都市内や大陸沿岸部などを除いて北大陸は広大な熱帯雨林に覆われているので開拓は大変そうでした。
「むしろ、その方が退屈しなそうだから、ありがたい。ロール・プレイ的にな」
シピオーネ・アポカリプトは笑います。
ロール・プレイ?
シピオーネ・アポカリプトのロール・プレイは……脳筋の戦闘狂。
つまり……敢えて魔物の数や脅威度が高い【マップ】やシチュエーションを選択して、より多くの【敵性個体】と戦いたい……という事でしょうか?
確かに樹木が生い茂る熱帯雨林なら、平野部などと比べれば相対的に魔物の脅威は高まり負荷は上がるでしょうが……。
それは、シピオーネ・アポカリプトにとってはともかく、北米サーバー(【魔界】)に入植する【パノニア王国】の移民達にとって意味がある負荷だとは思えません。
この世界はこの世界の住人にとって、遊びではなく生存を賭けた非情な営みなのですから。
「それはロール・プレイというか、無意味な縛りプレイになりませんか?」
私は所謂……縛りプレイ……というヤツが嫌いです。
オフ・ラインのパーソナル・ゲームなら好きなようにプレイすれば良いですが、殊【ストーリア】のようなオン・ラインで複数のユーザーが参加するMMORPGにおいて、意味もなくプレイを……縛る……行為に何の意味があるのか理解出来ません。
ロール・プレイと縛りプレイは、似ているようですが、全く違う概念です。
グレモリー・グリモワールやノート・エインヘリヤルやシピオーネ・アポカリプトが行っていたのは、ロール・プレイであって、縛りプレイなどではありません。
ロール・プレイとは、日本語では……役割演技……と訳されます。
一般的には……起こり得る状況を予め想定して、実際に起こった場面で適切に対応出来るようにする目的で行われる学習や訓練方法の事……を指しました。
例えば、サービス業態の研修などで、先輩がお客の役を演じ、新人が接客対応をする場合などは、比較的行われる頻度が高い代表的なロール・プレイでしょう。
模型やシミュレーターや地形図などを用いた、医師やパイロットや軍隊などの訓練もロール・プレイの一種と見做せますね。
転じて、そういう現実ではない役割演技を行うゲームが、ロール・プレイング・ゲームと呼ばれます。
この【ストーリア】が正にロール・プレイング・ゲームでした。
ロール・プレイング・ゲームでは、プレイヤー(ユーザー)は、現実ではないゲームの設定と世界観の中で【戦士】や【魔法使い】などの役割演技をする訳です。
また、ゲーム会社が用意した現実ではない設定や世界観を踏まえた上で、更にプレイヤー(ユーザー)自身がゲームの中での振る舞い方としてのロール・プレイを重ねる場合がありました。
グレモリー・グリモワールなら、傍若無人で悪逆非道なダーク・サイドの悪い魔女。
ノート・エインヘリヤルなら、セレブ・ニートな研究オタク。
シピオーネ・アポカリプトなら、余り細かい事を考えない脳筋の戦闘狂。
……という具合に。
ゲームの世界観と【世界の理】を守るゲームマスターの中の人……という私自身の職責も、一種のロール・プレイのようなモノかもしれません。
噛み砕いて言えば、プレイヤー(ユーザー)自身が行うロール・プレイとは、プレイヤー(ユーザー)が操作するプレイヤー・アバターに、特定の性格や価値基準や行動原理を持たせ……そのキャラクターなら、こういう状況では、こういう行動をする筈だ……という役割演技をする事です。
これは、伝統的なTRPGの流れを汲む、正しいロール・プレイの方法論と言えました。
昔懐かしいボード・ゲームのTRPGでは、各キャラクターに、それぞれ……性格……が設定されている場合があります。
例えば……【僧侶】のキャラクターは行動不能になった怪我人を放置して先に進む事が性格的に出来ない……とか。
【盗賊】なら怪我人を無視して先に進める……とか。
もしも、プレイヤーが操作するキャラクターの性格に相応しくない行動選択をすると、TRPGの進行役であるゲームマスターが、プレイヤーの操作をやり直させる場合もあるのです。
このTRPGの進行役であるゲームマスターが、私の職責であるゲームマスターの由来でした。
他方……縛りプレイ……とは、プレイヤー(ユーザー)が意味もなく自分が不利や不便になるように自主的かつ意図的に……縛り(制限や負荷)……を設定して、ゲームの難易度を勝手に上げる行為の事を指します。
例えば、ギルドや店舗の利用禁止や、魔法や【能力】を一部又は全て禁止、あるいは全ての戦闘行為の禁止などなど……。
これは、ロール・プレイの場合と異なり、単なるハンデ・キャップに過ぎません。
百歩譲って、何らかの合理的な理由や根拠があるならロール・プレイとして成立します。
例えば……プレイヤー・アバターは平和主義や博愛主義を信奉するので不殺生を自らに課していて、一切の戦闘行為を禁止している……とか。
そういうプレイヤー・アバターの性格付けとして、もっともらしい……主義・主張・思想・心情・哲学……などの背景や物語があるなら、その縛りは意味を持ちロール・プレイとなります。
【ストーリア】のゲーム時代には、動画投稿サイトにアップされた無数の実況プレイ動画の中に……縛りプレイ……というジャンルがありましたが、私は運営の一員として、それらを全く面白いと思った事はありませんし、実際に意味がない単なる縛りプレイ動画は動画再生回数の上位には上がって来ませんでした。
動画再生回数が伸びていたのは、【ストーリア】を代表するロール・プレイヤーであったモフ太郎氏が行っていた……危機に瀕した無辜の弱者を、無償の善意で助ける正義の味方……のような背景や物語として意味があるロール・プレイの動画でしたからね。
まあ、このゲームは……エニシング・ゴーズ……が売りですから、遊び方はユーザーの自由だと考えていますので、縛りプレイも否定はしませんし、他所様のゲームの遊び方に口出しする気もありません。
ただし、否定はしませんが、個人的な好みの問題で嫌いだというだけの話です。
「いや、言葉が足りなかったな。ロール・プレイというのは、つまり……大変な状況でも逃げずに立ち向かう……という意味だ。【パノニア王国】の国民は、過去には【マギーア】の属国にされ、隷属されている状況に半ば諦観していて……自分達のような矮小な存在は、どんなに努力しても、どうせ境遇を良い方向には変えられない……という卑屈な奴隷根性が染み付いていた。私は、それを変えたかった。だから……立ち上がって、前を向いて、自分の意思で前進しろ……と焚き付けた。【パノニア王国】の国民は変わった。今の連中には、自分の人生を自分で切り開く気概がある。それに【パノニア王国】が入植しなくても、どちらにしろ熱帯雨林が広がる北大陸には、いずれ誰かしら入植するのだろう?なら、その大変な役割は、私達が引き受けてやろうという意気込みだと考えてくれ」
なるほど。
そういう前向きで積極的な熱苦しい体育会系のノリは、無意味な縛りではなく、脳筋の戦闘狂のロール・プレイヤーとしてシピオーネ・アポカリプトらしいと言えますね。
そして、私はそういう……困難な状況から逃げずに、自分から飛び込んでやろう……という気概や覚悟が存外に嫌いではありません。
困難に立ち向かって逃げない開拓者精神は、あらゆる事において少しでも楽な道を選ぼうとする負け犬根性とは対極にある考え方。
そして、概して成功を収める者のメンタリティは前者の方なのです。
「実際に北大陸に入植するかどうかも含めて、【魔界】平定戦が片付いたら、現地の状況を確認してもらいますので、決定はその後でも構いません」
「ああ、わかった。ところで折り入って1つ頼みがあるんだが……」
「何ですか?シピオーネにはゲームマスター本部業務に様々な協力をしてもらっていますので、あなたからの依頼なら出来るだけ聴きますよ」
「なら、移民先の主要都市に24時間営業のコンビニとスーパーとファミレスを作ってもらいたい。日本と同じクオリティで、尚且つ庶民が日常的に使えるヤツをだ」
「……それが折り入っての依頼ですか?」
「ああ、無理だろうか?」
「構いませんよ。請負います」
「そうか、ありがたい。私の【パンゲア】での最終目的が、その3つだったんだ。夢が叶う」
シピオーネ・アポカリプトは屈託なく喜びました。
シピオーネ・アポカリプトは【パンゲア】統一戦争の目的として、【パノニア王国】の国民に……コンビニとスーパーとファミレスのある国の未来……を約束したのだそうです。
そう言えば、グレモリー・グリモワールも【サンタ・グレモリア】の開発の最終目標について同じような事を言っていたような……。
元同一自我なので思考の方向性が同じなのでしょうね。
「では、そろそろ時間なので戻ります。また明日」
「ああ、明日も宜しく頼む」
シピオーネ・アポカリプトは言います。
私はシピオーネ・アポカリプト達に挨拶をして【転移】をしました。
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