第1141話。モッド、ボット、パット。
本日2話目の投稿です。
【パノニア王国】王都【パノニア】。
工廠。
私は改めて工場の中を見回しました。
ここは装甲戦闘車両や、軍用トラックや、火砲の生産ラインのようです。
「それにしても、この工場……いや、工廠ですか。少し設計には粗さが見えますが、建て付けは私が見ても優れていますね。溶接……いや、【加工】による接着でしょうか。全く継ぎ目がわからない見事な施工です。ボルトなどの接合部材も見えませんし、凄い施工技術ですね?【スキエンティア】を攻め滅ぼした後の戦後賠償で、【スキエンティア】の技術者達に建造させた……と言いましたか?やはり、【ドワーフ】族の職工技能というモノは、それ程素晴らしいという事なのでしょうね?もしかしたら【スキエンティア】の技術レベルは【ニダヴェリール】より高いかもしれません。ここは、どのくらいの工期で建てたのですか?」
「【スキエンティア】に戦後賠償で造らせたのは工作機械類なんだ。それから工場のレイアウトとラインの設計もやらせた。工期はそうだな〜、工作機械の搬入と組み立ては丸1日も掛かったが、私がやった内部構造の建て込みは、正味30分というところだな。異世界転移してから視点変更が出来ないから、俯瞰から眺めてバランスを見られなくて、サイズ調整に意外と手間取った」
シピオーネ・アポカリプトが答えました。
「工作機械の搬入と組み立てが1日?それに、内部構造の建て込みが30分ですって?」
私は、驚きのあまり意図せず声が上擦ってしまいます。
あり得ません。
幾ら建屋の外装部分が【初期構造オブジェクト】で既に出来上がっていたとしても、この大規模な工場に大量の工作機械類を運び込んで組み立てるのに、たった1日では早過ぎます。
私がやれば可能でしょうが、面倒なので【スクエア】などの建築では、大概【自動人形】・シグニチャー・エディションなどに内装工事をやらせていました。
高性能な【自動人形】・シグニチャー・エディションを大量投入しても、この工場の規模になると工作機械の搬入と組み立て作業は1日で終わらないでしょう。
それに、内部構造の建て込みが30分だなんて、絶対に不可能ですよ。
内部構造の工事は、私がやっても最低でも1時間は掛かります。
もちろん、その1時間というのは必要な部材が全て手元に揃っていて、作業工程が完全に頭に入っている状態で……ゲームマスターである私が全開フル・スイングして……という意味。
構造部材を片手間で造りながら、作業工程が手探りの状態でやれば数時間は掛かるかもしれません。
ナイアーラトテップさんのようなトップ・クラスの生産系ユーザーや、大量の【不死者】軍団で作業を分担出来るグレモリー・グリモワールでも半日仕事になるでしょう。
シピオーネ・アポカリプトのスペックなら丸1日を要するのではないでしょうか?
そしてNPCなら大手ゼネコンが施工して、どんなに急いでも月単位の工期が掛かるでしょう。
工場建設というモノは基本的にオーダー・メイドが当たり前。
建売住宅のような既製品の工場などというモノは存在しません。
設計が仕上がらなければ、各部に使用される部材の材質やサイズがわからないのです。
鋼材を部材に【加工】して組み立て……どう見積っても30分で造れる訳がありません。
「あ、いや、工場の【MOD】を入れたんだよ」
シピオーネ・アポカリプトは、驚いた私の様子を見て困惑したように言います。
「あ……そうか……。【パンゲア】のユーザーは公式の【建築MOD】が配布されていましたね」
私は【パンゲア】の仕様を思い出して納得しました。
【MOD】とは……モディフィケーション……の略で、変更や修正や改良を意味します。
現在地の【パンゲア・マップ】は、元来はゲーム【ストーリア】の開発段階のクローズド・ベータ版でした。
クローズド・ベータ版の目的は、ゲーム・システムや設定やデザインなど基本的な内容を、ゲーム開発会社の人間や、招待されたユーザーに体験してもらい操作感などの意見を訊いて、後の正式版である【ストーリア】にフィード・バックする事。
シピオーネ・アポカリプト(私)のようなゲーム開発会社内部の人間と、ゲーム開発会社が選定・招待したゲスト・ユーザーだけに【パンゲア】のプレイが許可され、不特定多数のユーザーには情報しか公開されないので……閉じた・ベータ版……と呼ばれます。
シピオーネ・アポカリプトは、このクローズド・ベータ版【パンゲア】で、私がプレイしていたアバターでした。
それから開発が進むと、一般募集で集められたユーザーに無料公開される……開かれた・ベータ版……という、所謂体験版によって、ゲームのシステムやデザインやバグなどの最終チェックが行われます。
オープン・ベータの【ストーリア(仮)】では様々な制約があり公開部分が限定されているものの、基本的に正式版の【ストーリア】と同じ【マップ】や【秘跡】やイベントや戦闘などが体験出来ました。
ノート・エインヘリヤルは、このオープン・ベータ版【ストーリア(仮)】で、私がプレイしていたアバターです。
それらの段階を踏んで、正式版の【ストーリア】が発売された訳ですね。
従って、クローズド・ベータ版【パンゲア】の目的は、ゲームを遊んで楽しむ事ではなく、あくまでも開発に主眼が置かれており……レベルを上げたり、素材を集めたり……というゲームには付き物の面倒なプロセスが、殆ど素っ飛ばされていました。
なので、建築は【MOD】によってワン・クリックで完成するようになっていたのです。
【建築MOD】を使えば建築作業に時間も労力も掛からず、建材を造ったり集めたり購入する必要すらありません。
つまり、シピオーネ・アポカリプトはデザインなどの種類は限られていますが、工場や城や店舗や家などを、時間や労力や素材や金銭などのコストなく一瞬にして建築可能なのです。
だから、この工場の内装は見た目上、部材の接合部などがわからなかった訳ですね。
接合部なんか初めからないのですから。
ゲームマスターの私が言うのもおかしいですが、チートです。
これなら、シピオーネ・アポカリプトが僅かな期間で【パンゲア】全土を武力統一出来たのも不思議ではありません。
敵国の領土内に密かに忍び込んで、一瞬で堅牢な城を建ててしまえば征服と占領が捗ります。
「工作機械類の搬入と組み立て、それから生産自体も作業は【BOT】と【PAT】で自動化してやっているから【パノニア王国】は機甲軍団や艦隊の配備が早かった。もちろん【PAT】はNPCの同意を得た上で使用している。人道に反するような使途では使っていない。現時点ではミネルヴァ様からの指示で【BOT】と【PAT】の使用を停止している。ミネルヴァ様からは……ノヒト様に了解をもらえば、【BOT】と【PAT】の使用を許可する……と言われた。必要なら、いつでも……【BOT】と【PAT】が適切に使用されているか……について、ノヒト様の査察を受けるつもりもある。だから、今後も【BOT】と【PAT】の使用を認めて欲しい」
シピオーネ・アポカリプトは釈明しました。
【BOT】とは……ロボット……の略称で、この世界【ストーリア】のようなMMORPGなど、オン・ラインのマルチ・プレイヤーが参加するゲームで、ユーザー・プレイヤーの操作を代行させる目的で使われる人工知能やプログラムの事です。
【BOT】は、本来ユーザー自身が操作すべきプレイヤー・キャラクターのアバターを自動制御して……指定領域に【スポーン】する魔物を、ひたすら攻撃させる……などのプログラムを組んでおき、放置したままレベル上げや経験値稼ぎをさせたり、素材を集めたり生成したり、整地や水抜きをやらせたり、工場のライン作業……などなどの単純作業に従事させておき、長い時間や面倒な労力を要するような作業などを代行させる目的で使用されました。
異世界転移して来たシピオーネ・アポカリプトに当てはめて考えると、【BOT】 にシピオーネ・アポカリプトのアバターを操作させる目的で予め作業工程のプログラムを組んでおけば、彼は夜中に眠ったままで様々な作業を熟せます。
ゲームマスターである私は睡眠を必要としません。
しかし、ユーザー・アバターとして異世界に転移して来たグレモリー・グリモワールと、ノート・エインヘリヤルと、シピオーネ・アポカリプトの私の元同一自我である3人は睡眠を必要としました。
昼間はシピオーネ・アポカリプトが起きて活動し、夜中はシピオーネ・アポカリプトは眠りながら【BOT】に何らかの作業をやらせておけば良い訳です。
【BOT】は、ゲーム・バランスを壊すので、正式版の【ストーリア】で使用すると、規約違反でアカウント停止対象でした。
例えば、大勢のユーザーが無秩序に【BOT】を使用すれば、様々な物品やサービスの生産性が向上して、ゲーム内経済が簡単に壊れてしまいますからね。
しかし、クローズド・ベータ版の【パンゲア】では、公式のモノであれば【BOT】の使用がゲーム開発会社から認められていたのです。
【パンゲア】は開発段階のプログラムなので、販売製品ではありません。
売り物ではないのでゲーム・バランスなんか関係ないのです。
むしろ、私達ゲーム開発会社は、なるべく多くのデータを集める目的で、ユーザーに【BOT】の使用を推奨して、可能な限り24時間プレイ状態を継続するようにお願いしていたくらいでした。
【PAT】とは……プロセス・オートメーション・ツール……の単語の頭文字を取った呼称で、通常NPCが自立的に行っている作業を、プログラムにより完全自動化出来るツールの事でした。
【BOT】はユーザー自身の作業を人工知能やプログラムで代行させるモノですが、【PAT】はNPCの挙動をプログラムでコントロールするという点で違いがあります。
【PAT】を使用すると、例えばNPCの行動を……。
1…自己の生命と安全を守れ。
2…午前8時までに出勤しろ。
3…午前8時から正午まで所定のタスクを実行しろ。
4…正午から午後1時まで休憩しろ。
5…午後1時から午後5時まで所定のタスクを実行しろ。
6…午後5時になったら退勤しろ。
……というふうに制御可能でした。
これは単純化された凡例に過ぎませんが、実際には作業工程の1つ1つを、もっと細分化してプログラムする事が可能なので、物理的に、またはコスト的に、あるいはリソース的に、そして作業に従事するNPCの能力的に不可能なタスクでない限り、プログラムしたタスクはプログラムされた通りに何でもNPCに実行させる事が可能です。
つまり【PAT】を使用すると、NPCをプログラムに強制的に従わせる事も出来てしまうのですよね。
NPCが自我も意思も感情もないプログラムであるゲーム時代であれば、単なる仕様の問題でしかありません。
正式版の【ストーリア】では【PAT】の使用が禁止されていますが、認められているゲームは沢山あります。
しかし、NPCに自我と意思と感情があるとするなら、【PAT】によってプログラムでタスクを実行させる行為は、自然で健全な事だとは到底思えません。
「【パンゲア】のユーザーには公式【MOD】と同様に公式【BOT】と公式【PAT】が配布されていますからね……。【BOT】と【PAT】は【パンゲア】では認められていましたが、正式版では違法ツール扱いです。百歩譲って【BOT】使用に関してはシピオーネ自身だけに影響がある個人的な問題と超法規的に解釈して、見て見ぬふりをしても構いませんが、NPCの生命体に対する【PAT】使用に関しては【ストーリア】においては明確な【世界の理】違反ですので許可出来ません」
「ミネルヴァ様の説明によると……私は、クローズド・ベータ版の【パンゲア】に依拠するプレイヤー・アバターだから、正式版の利用規約には同意していない。従って、正式版の【世界の理】の適用外という解釈も取り得る……との事だったが?」
「そういう解釈も取り得る……というだけの事です。ゲームマスターとして私は、その解釈を認めません。現在【パンゲア】は【ストーリア・マップ】に完全にエントリーされました。従って、【パンゲア】にも【ストーリア】の【世界の理】が適用されています。シピオーネだけを特別扱いはしません」
「そうか……【PAT】が使えなくなると、ウチの生産性は相当に下がるな……」
シピオーネ・アポカリプトは明らかにガックリという様子で言います。
「シピオーネ。私は【PAT】の使用自体を禁止してはいませんよ。私が【世界の理】に反すると裁定したのは、生命体NPCへの【PAT】使用です。つまり生命体以外のユニットに【PAT】を使用してタスク・プログラムによる統合運用と作業の効率化は許可します。あなたの所には、【ドゥーム】のカプタ(ミネルヴァ)から【自動人形】・シグニチャー・エディション500体の他、各種【ドロイド】も貸与されます。それらの【自動人形】や【ドロイド】のタスク・プログラムを【PAT】でシステム化して運用すれば、効率化は図れるでしょう。因みに【神の遺物】の【自動人形】は生命体扱いになりますので、【PAT】は使用出来ません」
「なるほど、確かにそうだな。ノヒト様、ありがとう」
「正式版では、本来【BOT】も【PAT】も違反ツールです。しかし、特別に使用を認めたのは、シピオーネに【パノニア王国】からの移民を庇護して幸せにしてもらいたいからです。そこは良く理解しておいて下さいね」
「良くわかった。任せてくれ」
シピオーネ・アポカリプトは力強く頷きました。
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