第1140話。移民輸送作戦3日目。
【七色星・マップ】
【パンゲア】中央国家【パノニア王国】王都【パノニア】。
【パノニア】に到着。
いつものようにシピオーネ・アポカリプトと側近が出迎えてくれました。
私達は簡単に挨拶を交わします。
「何か問題はありますか?」
私は挨拶もそこそこに訪ねました。
「年寄が何人か亡くなった。それ以外は特段の問題はない」
シピオーネ・アポカリプトは答えます。
「お年寄りが?移民事業の経緯で無理が掛かって体調を崩したのですか?危急の時は、ミネルヴァ経由で報せてくれれば、直ぐに治療に飛んで来たのですが?」
「いや、寿命だ。移民事業とは直接関係はないから問題ない。ミネルヴァ様には一応連絡したが、神の御技を以ってしても寿命は延ばせないのだろう?」
「まあ、そうですが……」
「いずれの年寄も家族や縁者に見送られて安らかに逝った大往生だから止むを得ない。どんな人生を送って来たのかは伺い知れないが、少なくともベッドの上で寿命で亡くなったんだから死際に関しては幸せな部類だろう」
「なるほど。では直ぐに輸送を始められますか?」
「ああ、これが今日の輸送者のリストと集合場所だ。多少辺境も混ざっているから大変かもしれないが、宜しく頼む」
シピオーネ・アポカリプトは集合場所が記された地図を差し出しました。
「わかりました」
私は地図を受け取って、【マップ】と【同期】します。
「それから、そっちに移築予定の王都【パノニア】にある造船所や工廠の設備をバラして順次【転送装置】で送っているんだが24時間フル・タスクでシフトを回して突貫工事をしているが、スケジュール的に、ちょっと間に合いそうもないな。ミネルヴァ様からの指示で……ノヒト様の指示を仰ぐように……と言われたんだが如何すれば良い?」
「ならば、後で一度現場を見てみましょう。もしかしたら、工場ごと運べるかもしれません」
「結構大規模な工場なんだが……」
「規模は関係ありません。やろうと思えば私は惑星ごとだって【転移】で運べます。問題は【初期構造オブジェクト】の施設構造部分が、どの程度工場の設備構造部分に影響を及ぼしているかです。建物ごと【転移】出来るならば造作もないのですが、おそらく王都【パノニア】内にある建物なら【初期構造オブジェクト】でしょう。【創造主】が創った【初期構造オブジェクト】は、私も触知不可能ですからね。【初期構造オブジェクト】の建物の構造体と工場設備が独立したユニットになっていれば問題ありませんが、【初期構造オブジェクト】の建物部分と、【初期構造オブジェクト】ではない内装部分が一体化していて、それらが工場設備にも建築構造として影響を及ぼしているいると厄介です。無理矢理【転移】したら肝心の工場設備部分も壊れてしまいますので」
「どっちにしても凄まじいな……」
「ゲームマスターの仕様ですよ。とりあえず、人員の輸送から始めます。工場移築関係は、その後で見てみます」
「了解。私は工場の方に行っている」
「わかりました。では後程……」
私は移民輸送作戦を開始しました。
・・・
あ〜、終わった……。
200万人を輸送しましたよ。
3日目ともなると、ある程度纏まった大口の人数は運び終えてしまったので、辺境の町や村にいる数十世帯という小口輸送の頻度も増えて来ました。
それを、何度も何度もピストン輸送するのは、クッソ大変なのです。
こんな事なら、トリニティ、カリュプソ、ウィロー……それから【レジョーネ】の【転移能力者】達にもお願いして、総動員で輸送作業をするべきだったかもしれません。
いや、何とかなったのですから今日のところは良いでしょう。
私の苦労とは対照的に【ワールド・コア・ルーム】の受け入れ体制の方は、作業に慣れたようで滞りなく進捗しました。
【コンシェルジュ】の誘導に従って【パノニア王国】の国民が極めて秩序立って整然と移動してくれているおかげでもあります。
家族ではない他人同士がお互いに協力し合い、お年寄りや子供の移動を助け合ってくれているのだとか。
因みに、私が【超神位】の【完全回復】と【完全治癒】を掛けているので、移民団の中にいる傷病者や障害を持つ人達は丸っと治っています。
それでも寿命で亡くなってしまったお年寄り達は致し方ありません。
【知の回廊】内は、空き部屋が沢山あるので当面の宿泊施設に心配はなし。
また、【時間加速装置】の【ドゥーム】から膨大な食料を始め様々な物資が出荷されて来ているので、移民の皆さんに配給する生活必需品も潤沢に揃っています。
事前に想定していたより、問題が起きていません。
良い事です。
しかし、明日は更に小口の輸送件数が増えるらしいので、さすがに誰かに手伝ってもらわなければ、私の頭がおかしくなりそうですね。
まあ、無敵体質のゲームマスターは発狂する事はありませんが……。
やれやれ。
さてと、シピオーネ・アポカリプトが工場を移築したいとか何とか言っていました。
そっちを、やっつけに行きますか……。
私はシピオーネ・アポカリプトと合流する為に、【転移】をします。
・・・
王都【パノニア】の工廠。
私は、ミネルヴァが移動させておいてくれた【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】を目標にして【転移】して来ました。
眼下には、古典SF映画で観たような巨大なパイプやダクトが張り巡らされた工場があります。
これは、明らかに工場の基幹構造であるパイプやダクトが、【初期構造オブジェクト】の建物に巻き付くように敷設してありますね。
たぶん一気に【転移】で輸送するのは不可能でしょう。
とりあえず、私は【マップ】の光点反応でシピオーネ・アポカリプトを探しました。
いましたね。
私はシピオーネ・アポカリプトがいる辺りに【短距離転移】します。
・・・
工廠の内部。
「シピオーネ。人員輸送は今日のノルマを片付けましたよ」
「ありがとう。で、この工場なんだが?」
シピオーネ・アポカリプトは訊ねました。
「無理ですね。あれだけパイプやダクトが【初期構造オブジェクト】部分の外壁にゴテゴテと支持されていると、当然ながら【転移】すれば、パイプやダクトは破壊されます」
「そうか……。ど〜すっかな〜」
シピオーネ・アポカリプトは顔を顰めて頭を掻きます。
「ゲームマスター本部から資金と労働力の援助をしますので、とりあえず重要な基幹工作機器類だけ輸送して、また1から北米サーバー(【魔界】)で工場を造っては如何ですか?」
「いや、この工廠も、造船所もウチの自前の技術者じゃなく、【スキエンティア】を攻め滅ぼした後、戦後賠償として【スキエンティア】の技術者達に造らせたモノなんだよ。だから移民後に同じモノを私達の力だけで再建出来る保証がない。というか、たぶん無理だ」
「シピオーネ。あなたは、この工場程度の設計なら可能でしょう?」
シピオーネ・アポカリプトのロール・プレイは……脳筋の戦闘狂……ですが、彼は、私とグレモリー・グリモワールとノート・エインヘリヤルと元同一自我でした。
ゲームマスターである私はスペックが強化されていますが、グレモリー・グリモワールやノート・エインヘリヤルとシピオーネ・アポカリプトの地頭の性能は基本的に同じです。
そして、シピオーネ・アポカリプトは技能系や生産系に高いステータスを誇る【ドワーフ】のキャラ・メイクをしていました。
ならば、シピオーネ・アポカリプトなら、工場設計くらい出来る筈です。
「私の設計だとウチの技術者や工員達は現時点の知識ではメンテナンスも修理も出来ない。というか、そもそも図面が読めない。【パンゲア】の度量衡はヤード・ポンド法なんだよ。【スキエンティア】の技術者達の設計なら、ウチの技術者も工員も図面が読めるヤード・ポンド法が使われているから都合が良かったんだ。私がヤード・ポンド法に換算して設計すれば良いんだが、どうしても頭の中でメートル法で構想するから、換算時に端数で誤差が出易くなるのが問題だ。【魔界】って所に入植したら、農業や畜産や、その他ありとあらゆる生産活動を1から始めなけりゃならない。【パノニア王国】移民の庇護者である私が工場の運営にだけ掛かりっきりにはなれないだろうからな」
あ〜、ユーザーからの嵐のようなクレームを生んだ、例のヤード・ポンド法問題ですね……。
このゲームの生みの親であるケイン・フジサカのバック・グラウンドがアメリカだったのと、ゲームの世界観や雰囲気作りの為に、当初このゲームのNPC達が使う度量衡は、敢えてヤード・ポンド法が採用されていました。
しかし、このゲームのメイン・ユーザーはメートル法に慣れ親しんだ日本人です。
そうなると必然的に……。
「なあ、10cmって何インチだっけ?」
「え〜と、計算する……3.93701インチだってよ」
「はあ?訳わかんね〜よ。ここのギアの経を端数切り上げて4インチでスケール取ったらヤバイかな?」
「いや、ダメだろ……」
「だとすると、他のパーツも全部、いちいち訳のわからない端数が出るのか?」
「だな」
「ちっ、わかり易いから10cmキッカリで図面引いてんのに、3.93701って半端な数字は一体何なんだよっ!あ〜っ!モヤモヤするっ!」
「しょ〜がね〜だろっ!NPCの従業員達はメートル法だと図面が読めね〜んだからっ!」
……という生産系ユーザー達による怨嗟の声が響きました。
なので、ゲーム発売後しばらくして【ストーリア】の度量衡はメートル法に全面的に改変されたのです。
その……【ストーリア】におけるメートル法革命……を主導したのが、ゲーム内最高と呼ばれた生産系ユーザー・サークルの【ヴァルプルギスの夜】に所属していたナイアーラトテップさんでした。
後にグレモリー・グリモワール(私)が作った【ラ・スクアドラ・インカンタトーレ】に移籍する【ストーリア】史上最高の生産職ユーザーです。
しかし、ゲーム発売以前のベータ版である【パンゲア】では当然ヤード・ポンド法が生き残っていました。
「なるほど。それは確かに大問題ですね」
「とりあえず、現時点でも一部の基幹技術者達にはメートル法を叩き込んでるし、いずれ全ての技術者と工員がメートル法を理解出来るように順次教育はするつもりだが、技術者はともかく工員は……。【パノニア】の国民は基本的に識字率が低いし、数学の理解率も然程高くないからな〜」
「なら、あなたの艦隊の船は如何やって設計したのですか?」
「あれは、私が小さなサイズのプロトタイプを1隻造って、それをバラバラにして各部のパーツを技術者達に採寸させて縮尺を変えて建造したんだ」
「随分と回り諄い事を……」
「まあ、当時は切羽詰まった戦時下だったから、あんな七面倒臭い真似が平気で出来たんだよ。我が事ながら……戦争の狂気……って奴を実感したね」
「なるほど……。要するにメートル法とヤード・ポンド法で互換性があれば良い訳ですよね?」
「ん?何とかなるのか?」
「例えば、モニターを内蔵したゴーグルなどで、図面上のメートル法とヤード・ポンド法をリアル・タイムで自動変換して読み取るギミックがある【魔法装置】があれば良いのでは?言葉で指示・伝達するなら、ヘルメットに内蔵したヘッド・セット付きトランシーバーで自動翻訳する【魔法装置】もあれば良いでしょう」
「まあ、理屈としちゃそうだな。だが、ウチの技術者や工員達全員に、それを配備するとなると、今から開発・製造して行き渡るまでの期間が問題だな」
チーフ……【ドゥーム】のカプタ(ミネルヴァ)に指示して、メートル法とヤード・ポンド法の自動変換ギミック内蔵ゴーグルと、同自動翻訳ヘッド・セット付きトランシーバー内蔵ヘルメットを、各1万セットずつ製造させ用意しました……更に必要なら何万セットでも追加製造可能です。
ミネルヴァが【念話】で報告して来ます。
「シピオーネ。とりあえずゴーグルとヘッド・セット付きトランシーバー内蔵ヘルメットを1万セットずつ用意しました。それで当座は凌いで、メートル法への完全移行を進めて下さい」
「えっ?【ストーリア】には、そんな特殊用途の【魔法装置】が実用化されているのか?幾らだ?」
「たった今発注して造らせました。私は86400倍の速度で作業が進む【時間加速装置】を保有しています。それから対価は……【パノニア王国】からの移民をシピオーネが庇護して、北米サーバー(【魔界】)で自活させ幸せにする……という事にしましょう」
「実質無償提供か……ありがたい。それにしても、【時間加速装置】って、それチート【MOD】なんじゃね?」
「私は運営なので、チート【MOD】の使用もアリなんですよ」
「ははは……。まあ、とにかく度量衡問題は何とかなるな。となると、基幹工作機器類を全部バラして送ったら、後は向こうで私が設計した工場を建て直せば良いな?」
「そうして下さい。出来る限り支援はします」
「宜しく頼む」
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・・・
【お願い】
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