第1139話。プシュコポンポス(冥界の案内者)。
本日2話目の投稿です。
【ホテル・ドラゴニーア】のディバイン・スイート。
「カルネディアは【スカアハ訓練所】の訓練に参加してみて如何でしたか?」
「う〜んと、お母さんと、みんなと一緒だったので楽しかったです」
カルネディアは笑顔で答えました。
カルネディアは【スカアハ訓練所】での戦闘訓練というモノが余りピンと来ない様子です。
まあ、深い森の中でサバイバルをして来た野生児のカルネディアにとって、食糧確保や身を守る為ではなく訓練の為に戦闘をするという事の意味がわからないのも無理はありません。
ともかく、楽しかったのなら何よりですね。
「カルネディア様は凄まじい戦闘力でした。フェリシアさんとレイニール君も強いのですが、カルネディア様は別格です」
リスベットが言いました。
【ファミリアーレ】の子達も頷き、口々に驚嘆の言葉を言います。
まあ、カルネディアが、フェリシアとレイニールに比べて強いのは当然ですね。
カルネディアとフェリシアとレイニールの共通点は【魔導士】あるいは【魔導士】の【職種】を持つ事。
しかし、その他のステータスの比較において、カルネディアの能力は、フェリシアとレイニールを圧倒的に上回ります。
ユーザーの場合は種族差を単にタイプの違いと見做せますが、NPCの場合は人種より【魔人】の方が種族としてレベル・クオリティが高く設定されていました。
つまり、【真祖格】持ちの【ゴルゴーン】であるカルネディアは、【聖格】持ちの【ハイ・エルフ】であるフェリシアとレイニールより地力で上回ります。
また、カルネディアのレベルは50で、フェリシアとレイニールのレベルは30を超えた程度。
レベルでもカルネディアの方が上。
さらに、カルネディアは推定10歳の子供ながら、生まれてから最近まで、ずっと文明圏から隔絶した【老婆達の森】の野生で孤独に暮らして来たのです。
毎日が生存を賭けた戦いという過酷な生活に身を投じていたカルネディアは、狩で食糧を得る為、あるいは身を守る為、日常的に魔法を行使して来ました。
そのおかげでというか、所為でというか、とにかくカルネディアの魔法の熟練値は10歳の子供としては異常な程高いのです。
対するフェリシアとレイニールは、魔法適性に覚醒して【魔法使い】になって僅か2か月余り。
年季が違います。
そして生命のやり取りのような際どい実戦経験という意味でも、カルネディアは場数を踏んでいました。
フェリシアとレイニールは、グレモリー・グリモワールという最高の指導者に付き切りで教えを受けているとはいえ、カルネディアと比較すると【魔法使い】として修羅場を潜り抜けて来た数が違います。
親バカと言われるかもしれませんが、ウチのカルネディアは優秀なのですよ。
当のカルネディア本人は、【ファミリアーレ】から褒められている事には無頓着で、キョトンとした顔でトリニティを見上げていました。
トリニティはカルネディアの頭を撫でながら微笑み掛けています。
「カルネディアは実戦経験が豊富ですからね」
私は、それ以上は言いません。
カルネディアは、何も好き好んで強くなったのではないからです。
彼女が強いのは、そうでなければ生き延びられなかったからでした。
カルネディアは強い凄い……と、褒めそやす事は、彼女に、いつもお腹が空いていて、寂しくて、苦しくて、悲しくて、カルネディアが……お姉ちゃん……と呼ぶ3人の年長者達との死別を含む壮絶なサバイバル生活を思い出させるかもしれません。
【ファミリアーレ】の子達も、それを察したのか、それ以上カルネディアの強さの秘密について追及して来ませんでした。
「カルネディアちゃんの、あの【プシュコポンポス】って魔法は凄かったよね〜。ノヒト先生、あれは何ですか?」
ハリエットが訊ねます。
前言撤回。
空気が読めない子がいましたね。
ハリエットの竹を割ったような正直で率直な性格は、彼女の大きな美点でもありますが、空気を読んで欲しい時には多少問題ありです。
まあ、良いでしょう。
カルネディアにとって悲しい過去は紛れもない現実なのですから、いつかは乗り越えなければいけません。
カルネディアに対して周りが腫れ物に触るようにして接すると、精神の発達上、却って良くない可能性もありますからね。
なるべく自然体を心掛けましょう。
「【プシュコポンポス】?カルネディアが詠唱した魔法の名前ですか?」
「はい。何か黒い影みたいなのが、ブワ〜ッて飛んで行ったと思ったら【敵性個体】の群を一気に殲滅しちゃいました。爆発とか閃光とか轟音とかが全然ないのに黒い影に包まれた【敵性個体】がバタバタって倒れて即死でした」
「公式設定にはない魔法名ですので、カルネディアのオリジナル魔法かもしれません」
「おそらく【超位】の【呪詛魔法】の一種だと思います」
今日の午前中カルネディアに付いて【スカアハ訓練所】の訓練に参加していたトリニティが言いました。
なるほど。
トリニティは自身も【呪詛魔法】のエキスパートですし、カルネディアと直接パスが繋がっていますからね。
私とカルネディアとのパスは、トリニティを介した間接的なモノなので、リアル・タイムでカルネディアの魔法を解析する事は出来ません。
ただし、ゲームマスターの私は他者のログ・データを調べる事が可能です。
なので、私はカルネディアのログを調べました。
【冥界の案内者】。
カルネディアが行使した魔法です。
「ログを調べてみましたが、トリニティが推定したように【呪詛魔法】の一種です。そして、カルネディアの【才能】である【闇魔法】も混ざった【複合魔法】ですね」
「私が見ても感心する程、優れた魔法でした」
トリニティは言いました。
プシュコポンポスというのはギリシア神話に登場するオリンポス12神の1柱であるヘルメスの別名です。
ヘルメスという神様は、古代ギリシアにおいて旅人や商人などの守護神として崇敬を集めていたのだとか。
また、幸運と富を司る事からギャンブルの御利益を期待して博徒や賭場を仕切るギャングの守神になったり、狡賢くて詐術や奸計を司る事から詐欺師の守神になったり、足が速いとされる事から泥棒の守神になったりと、幾分かダーティな業界の人達から信仰される場合もあります。
ヘルメス自身、清廉潔白な善神というより、多少トリック・スター的なイメージもありますからね。
ヘルメスの大切な役割の1つが神々の伝令。
特にオリンポスの最高神ゼウスには、良く使いっ走りをさせられています。
これも、ヘルメスの足が速いという設定によるのかもしれません。
ヘルメスの……神々の使い……という要素から転じて、死者を冥界に案内する役割も付加されました。
なので、ヘルメスの別名が冥界の案内者となる訳ですが……。
これ、カルネディアが考えてオリジナル魔法に名付けた名称とは思えません。
「カルネディア。あなたは【冥界の案内者】がギリシア神話のヘルメスから由来すると知っていますか?」
「わかりません」
カルネディアは首を振りました。
やっぱり。
「では、何故【冥界の案内者】という名前を付けたのですか?」
「わかりません。最初から使えました」
「最初から?つまり、物心付いた時には既に【冥界の案内者】という魔法を覚えていたのですか?」
「はい」
「う〜む……」
状況を考えると、カルネディアが【誕生の家】で生まれた直後、彼女が新生児で自我や意識が確立していない時に、何者かが外部から【冥界の案内者】の魔法をカルネディアの脳にインストールしたと推定されます。
しかし、カルネディアの記憶にある事ならログを遡れば、【冥界の案内者】を覚えた経緯もわかりますが、カルネディアが物心付く以前であるとカルネディアのログには記録されません。
【スクロール】でしょうか?
いや、カルネディアが物心付く以前の自我や意思がない状態であれば、【スクロール】を読んで魔法を覚える事は不可能です。
そもそも【スクロール】には公式設定にないオリジナル魔法を書いて封じ込められるギミックはありません。
何か別の方法です。
【保育器】のような学習装置でしょうか?
しかし、【知の回廊の人工知能】が開発した【保育器】も【スクロール】同様オリジナル魔法を覚えさせるような機能はありません。
【保育器】より高性能な学習装置?
いや、【保育器】を設計したのは虚な機械だとはいえ、一応【神格】を持った【知の回廊の人工知能】です。
【神格者】以外に、あの【保育器】の複雑怪奇なギミックを構築出来るとは思えません。
だとしたら、物心付く前の赤ん坊のカルネディアに【冥界の案内者】を覚えさせた方法は?
それを行ったのは誰か?
雲を掴むような話で、現時点では情報が少な過ぎて推論すら立ちませんね。
蓋然性の問題としては、【七色星】の現地【神格者】であるギミック・メイカーなる者が何らかの関与をしているなら、新生児のカルネディアにオリジナル魔法をインストールする事も可能かもしれませんが……。
いずれにしても、現時点では何もわかりません。
ミネルヴァ……。
私は【念話】で訊ねました。
現時点では無数にある可能性の中から5%以上の確率の推定はありません。
ミネルヴァは【念話】で答えます。
まあ、そうでしょうね。
考えてもわからない事は、考えるだけ時間の無駄です。
【冥界の案内者】をカルネディアが如何やって覚えたにしろ、現在カルネディアの安全や健康に害があるモノでないのですから、差し迫った問題は特にありません。
「さてと、そろそろ私は仕事に行かなくてはいけませんので、お暇しますよ」
「マイ・マスター。私もお供致します」
トリニティが言いました。
「トリニティは、良きタイミングでカルネディアと【ファミリアーレ】と【フラテッリ】を【ワールド・コア・ルーム】に送って、そのまま休んで下さい。今日は多少の夜更かしは認めます。明日も【ウトピーア法皇国】から解放した人達を収容している【保育器】を【サントゥアリーオ】から【ドゥーム】に送って学習時間を短縮する仕事もありますので、今日はこれで解散です」
「しかし……」
「トリニティは種族的に強靭な肉体を持つとはいえ、休息や睡眠を完全に無視出来る訳ではありません。休む事も仕事の内と考えて下さい。トリニティの力が必要な緊急時には、無理矢理にでも出動してもらいますので、休める時には休んで万全のコンディションを保ってもらう事が最優先です」
「仰せのままに……」
トリニティは不承不承という様子で了解します。
「グレモリー。私は帰りますよ。今日はご馳走様でした」
「帰るの?この後、子供らを寝かし付けたらアルフォンシーナさんとビルテさんを呼んで飲み会に雪崩れ込む予定なんだけれど?ノヒトも如何?」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「仕事です。30分後に【パンゲア】でシピオーネと合流しなければいけません」
「あ、そう。なら、仕事が片付いたら寄ってよ。ラーラもノヒトと話したい事があるみたいだし。私らは、この部屋で朝までコースだから顔を出してよ」
「う〜ん、今日は遠慮しておきますよ。また誘って下さい。ラーラ皇帝の用件は、もしも緊急ならミネルヴァに連絡して下さい」
「いや、緊急って訳じゃないと思う。なら、今日は、お疲れだね〜」
「ノヒトよ。また明日なのじゃ」
ソフィアが言います。
「お疲れ様です」
私は、守護竜達とユグドラと、ディーテ・エクセルシオールと、【月虹】のメンバーと、【イスタール帝国】のラーラ皇帝に目礼して【転移】しました。
・・・
【ワールド・コア・ルーム】。
「チーフ。お帰りなさい」
ミネルヴァが言います。
「ただいま戻りました。【パンゲア】に運ぶ物資は何かありますか?」
「【使い捨て門】と【転送装置】の運用が本格的に始まっていますので、当面チーフに物資輸送をお願いする必要はありません。ただし、【パンゲア】ではなく、【ドゥーム】の方で【使い捨て門】の起動に使う【賢者の石】などアイテムの消費が予想より激しいので、【ストッカー】から補充してもらえますか?」
【無限ストッカー】はゲームマスターしか【神の遺物】を取り出せないので、面倒ですが私が補充をしなければいけません。
「【ドゥーム】は【時間加速装置】ですから致し方ありませんね。【賢者の石】は、幾つ補充すれば【ドゥーム】の当座を凌げますか?」
「カプタ(ミネルヴァ)からの要請は1万個ですが、余裕を見て10万個程あれば良いかと」
「10万ですか……。わかりました」
【ドゥーム】は【時間加速装置】として今や欠く事が出来ない極めて有用なゲームマスター本部の生産拠点になっています。
反面、【ドゥーム】に【オーバー・ワールド】から何か必要な物資を送る必要に迫られた場合、その頻度が【時間加速装置】なので増加してしまうのが面倒なところ。
まあ、【ドゥーム】から得られる莫大な恩恵との対比で言えば、その労力など微々たるモノなのですけれどね。
【パンゲア】に話を戻すと、【パンゲア】には私が最初に輸送した物資の中に【使い捨て門】と【転送装置】が含まれていて、現地で設置され運用されていました。
なので、【パノニア王国】からの移民事業も、私が【転移】で輸送しなくても【使い捨て門】を用いて【パノニア王国】側で勝手にやってもらう事も可能なのです。
しかし、【使い捨て門】は一度に輸送出来る人数が限られていました。
また、【転移】のギミックを発動する度に起動キーとして【賢者の石】を毎回消費するので、却って非効率なのです。
【賢者の石】が足りなくなれば、その都度私が【無限ストッカー】から補充しなければいけません。
だったら私が一気に【パンゲア】からの移民を大量輸送を行った方が、結果として世話がない訳です。
・・・
ゲームマスター本部【ストッカー・ルーム】。
私はゲームマスターの身体能力をフル・スイングして【無限ストッカー】から10万個の【賢者の石】を取り出し、同じく【無限ストッカー】から取り出した大量の【宝物庫】に入れて、次々に【コンシェルジュ】に預けました。
【賢者の石】がフル・スタックした【宝物庫】は【コンシェルジュ】によって後程【転送装置】で【ドゥーム】に送られます。
大質量の物体を送る場合など、【コンシェルジュ】のスペックでは消費魔力的に【転送装置】で送る事が困難な場合もあるので、そういう時はミネルヴァが指示してカリュプソや北米サーバー(【魔界】)にいるブリギット(ミネルヴァ)に輸送業務をやらせていますが、小さくて軽い【宝物庫】の輸送ならば数が多くても【コンシェルジュ】のスペックで事足りるでしょうね。
【賢者の石】以外にも、ミネルヴァがリスト・アップした雑多な【神の遺物】のアイテムを補充しなければいけません。
こちらは【賢者の石】の補充のように、ひたすら単一アイテムをスタックすれば良い訳ではなく、様々なアイテムを必要数量ずつ別々の【ストッカー】からピック・アップしなければならないので、かなり手間が掛かります。
しかし、ゲームマスターのスペックなら問題なし。
人には絶対に真似出来ない超速で手を動かし作業する事に加えて、【短距離転移】も駆使して、文字通り目にも止まらぬ速さで必要な【神の遺物】をピック・アップし、大量の【神の遺物】が詰まった【宝物庫】を【コンシェルジュ】に預けて、無事に補充が完了しました。
「では、ミネルヴァ、出掛けますよ」
「行ってらっしゃい」
ミネルヴァが言います。
私は【パンゲア】に向かって【転移】しました。
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