第1138話。アニマ・ジュエル(魂魄石)。
【ホテル・ドラゴニーア】ディバイン・スイート。
「ノヒト様。私も質問をして構いませんか?」
フェリシアが訊ねました。
「もちろん構いませんよ」
「良かった。質問はノヒト様の門人である【ファミリアーレ】の皆さんしか出来ないのかと……」
「いいえ。【ファミリアーレ】の子達は、いつもグレモリーに引率や指導をしてもらっています。なので、そのお返しに、フェリシアとレイニールが私に訊きたい事があるなら、私が答えられる限り答えますよ」
「ありがとうございます」
「それで、何を訊きたいのですか?」
「これは何でしょうか?微弱な魔力を帯びているだけで危険な物質ではないようですが、お母さんの【鑑定】でも【不明物質】と表示されるらしく、ノヒト様ならおわかりになるかと……」
フェリシアは【収納】から何かを取り出して言います。
フェリシアが持つ物質はピンポン玉程度の大きさをした小さな球体で、眩しく光り輝いている為、素材自体が持つ色やテクスチャーが視覚的には判別不能でした。
まるで……光そのもの……というような物質です。
私の【超神位】による【鑑定】でも、やはり【不明物質】と表示されました。
私のゲームマスター権限でも解析不可能な物質を、ユーザーやNPCは生成出来ません。
つまり、これは間違いなく【創造主】の創造物。
グレモリー・グリモワールも、この【不明物質】が【創造主】が創り出したモノだと推定して……危険はない……と判断したのでしょうね。
原則として【創造主】は、ユーザーやNPCを意味もなく害するような危険な物質を創り出しません。
例外的に何らかのペナルティを内包する代わりに性能が高めに設定された魔剣などだとするなら、【鑑定】すれば設定として、きちんと仕様が表示されます。
「何でしょうね?【創造主】が創り出した物質には違いないと思いますが、私が知る限り、このようなアイテムや物質は知りません。手に取って見ても構いませんか?」
「それが……」
フェリシアが【不明物質】を私の手の平に置こうとすると……。
【不明物質】は消えました。
「消えましたね……」
「はい。私に接触していないと直ぐに【収納】に戻って来てしまうんです。そして【収納】に入った状態では数量も重量も0という判定になります」
フェリシアは、もう一度【不明物質】を【収納】から取り出して説明しました。
ふむふむ、なるほど。
私はフェリシアの手の平に置かれた状態のまま、【不明物質】に触れてみます。
表面は滑らかで硬質。
磨き上げた宝石かガラスのようです。
熱伝導率が低いのか、フェリシアの体温が移っているような感じはありませんが、かと言って冷たくもありません。
金属ぽくはないですね。
触り心地は【魔法石】に近いような気がします。
しかし、光度が高いので表面のテクスチャーは全く視認出来ません。
「これを何処で入手したのですか?」
「この前、突然頭の中に……【始まりの秘跡】をクリアした……という声が聞こえて、これが【追加贈物】として【収納】に送られて来ました」
「なるほど。ミネルヴァ……」
チーフ……それは、【七色星・マップ】のエントリーに伴うアップ・デートで追加実装された新しいアイテムの【魂魄石】です……【魂魄石】は基本的には【魔法触媒】や【回復・治癒・アイテム】として働きますが、特殊な性質を持ちます……持ち主の【善行値】によって状態を変え、【善行値】が高まると光り輝き、逆に【善行値】が低下すると暗くなります……持ち主の【善行値】が高ければ、【魂魄石】は魔法詠唱時の演算補助や魔法効果の増幅を行い、また【回復】や【治癒】の回数や効果も高まります……反対に持ち主の【善行値】が低ければ、何もギミックを発動しません……【魂魄石】は過去においてステータス上は見る事が出来なかった【善行値】を可視化出来るアイテムです……アップ・デート以前は【始まりの秘跡】の【追加贈物】は【不思議な鞄】や金貨などでしたが、アップ・デート以後は【魂魄石】に換装されました……つまり、新規参入するユーザーが古参ユーザーとの差を埋める助けとなるように実装されたブースター・アイテムという訳です……持ち主から切り離せないので、売却や廃棄は出来ません……【始まりの秘跡】以外の【秘跡】でもランダムで報酬としてドロップするので、古参ユーザーも【魂魄石】を入手可能です。
ミネルヴァは【念話】で説明しました。
ああ、この【不明物質】が、あの【魂魄石】でしたか……。
私も【七色星・マップ】のエントリーに伴う大規模アップ・デートで新たに実装された要素に関しては、ミネルヴァと情報共有して知っていましたが、細かな事は面倒なのでミネルヴァに丸投げにして自分では詳しく仕様を調べたりはしていません。
何故【鑑定】すると【魂魄石】ではなく【不明物質】と表示されるのですか?
私は【念話】で訊ねます。
【魂魄】のギミックを解放するには、別途【秘跡】をクリアする必要があります……それまでは【魂魄石】は【不明物質】と表示されます。
ミネルヴァは【念話】で説明しました。
わかりました……ありがとう。
私は【念話】を終わらせます。
「ミネルヴァによると、これは【魂魄石】というアイテムです。【魔法触媒】や【回復・治癒・アイテム】として働きますが、ギミックを解放するには別途【秘跡】をクリアする必要があります。フェリシアの【善行値】が高まると明るく光り、逆に【善行値】が低下すると暗くなるのだとか。つまり、現在のフェリシアは【善行値】が高い状態ですね。【魂魄石】は【創造主】(運営)の基準で評価して持ち主の【善行値】が高い状態なら、【魔法触媒】や【回復・治癒・アイテム】としての性能が高まるようです」
「【魂魄石】のギミックを解放するには新たな【秘跡】をクリアする必要があるのですね?あ、これがそうか……」
フェリシアは何かに気付いたように言いました。
「何か思い当たる事がありましたか?」
「はい。【ラウレンティア】で困っている人を9人助けなさい……という【秘跡】が来ていたのです。何故【ラウレンティア】なのでしょうか?」
「フェリシアは【ラウレンティア】で【チュートリアル】を受けたので、フェリシアにとって【始まりの都市】は【ラウレンティア】だからです」
「なるほど。ノヒト様、教えて下さりありがとうございます」
フェリシアは綺麗な所作でお辞儀をします。
【魂魄石】とは、【収納】枠や装備枠を圧迫しない【魔法触媒】あるいは【回復・治癒・アイテム】なので、確かに後発の新規ユーザーにとってはブースターとなるモノですね。
高い効果を得るには、相応の【善行値】を稼がなければならないので、後発の新規ユーザー救済策としては丁度良いバランスに調整されていると思います。
因みに……【始まりの秘跡】とは、ユーザーを対象に発給される【秘跡】で、ゲーム時代ならばフェリシアのようなNPCには発給されない……のだと、私は理解していました。
しかし、ミネルヴァが【始まりの秘跡】のソース・コードを詳しく解析したところ、どうやらユーザー判定とは無関係に【チュートリアル】を受けた者に機械的に【始まりの秘跡】が発給されるシステムになっていたようです。
なので、NPCのフェリシアにも【始まりの秘跡】が発給された訳ですね。
【魂魄石】の……【善行値】を稼がなければ用を成さない……というギミックは、一見ダーク・サイドのロール・プレイヤーには不利なように思いますが、実際のところダーク・サイドのロール・プレイとはいえ【世界の理】やNPC達が定めた国際法を破りまくるような無法なロール・プレイはアカウント停止案件なので出来ません。
この世界を代表するダーク・サイドのロール・プレイヤーであり、傍若無人で悪逆非道を演じるグレモリー・グリモワールだって【善行値】は相当に高いのですから、仕様として問題はない訳です。
「【魂魄石】の事をグレモリーにも伝えて下さいね」
「はい。わかりました」
私がフェリシアに話した内容は、パスを通じてリアル・タイムでグレモリー・グリモワールにも伝わっていますが、フェリシアが【魂魄石】のギミックを解放する為には、【ラウレンティア】で……お使い【秘跡】……を熟さなければなりません。
未成年のフェリシアが、保護者であるグレモリー・グリモワールの許可なく【ラウレンティア】に向かう事はあり得ないので、その了解を受ける必要があります。
「僕も、お姉ちゃんと同じのが欲しい」
レイニールがフェリシアが持つ【魂魄石】を羨まし気に見ながら言いました。
「そうは言っても、これは【創造主】様から賜ったモノだから、レイニールにはあげられないのよ」
フェリシアがレイニールに言い聞かせます。
「レイニールも【始まりの秘跡】をクリアすれば、レイニールの【魂魄石】を貰えますよ」
「本当?じゃあ、僕も【始まりの秘跡】をクリアする。如何すれば良いの?」
「【始まりの秘跡】はランダムで発給されますが、大概は【始まりの都市】の冒険者ギルドを初めて訪れるか、都市城門から城壁外に最初に出た際に発給される場合が多いです。なので、レイニールは【ラウレンティア】の都市城門から城壁外に向かって徒歩で通過するか、【ラウレンティア】の冒険者ギルドを訪問すれば【始まりの秘跡】が発給される筈です」
「なら、お母さんにお願いして【ラウレンティア】に連れて行って貰おう」
レイニールは屈託なく言いました。
【始まりの秘跡】が発給されないケースとして考えられるのは、ユーザーが商人などのロール・プレイをしている場合、【始まりの都市】内で最初は露天商として、やがて屋台や店舗を賃貸したり購入したり定住商人として生活を続けていて、冒険者ギルドには全く立ち寄らず、全く都市外に出掛けない場合。
あるいは、都市城門を通らず、飛空船や【飛行】や【転移】などで【始まりの都市】に出入りしている場合などが考えられます。
おそらく、フェリシアとレイニールは、後者のパターンですね。
トリニティの場合は、【妖精王】が【導き手】として【始まりの秘跡】の発給を告げる神託が書かれた【スクロール】をトリニティに運んで来ました。
トリニティが【チュートリアル】を受けたのはサウス大陸中央国家【パラディーゾ】の北方都市【ベルベトリア】です。
しかし、トリニティは【ベルベトリア】に、サウス大陸奪還作戦の際に立ち寄って以来、訪れていないので、ゲーム・システムが督促役として【妖精王】を遣わしたのかもしれません。
「フェリシアの【始まりの秘跡】は、どのような内容だったのですか?」
「私は、【栄光の始まり】の皆さんと一緒に野草の採取に出掛けたら【始まりの秘跡】が発給されて、道すがら【遭遇】した【闇狼】の群を殲滅したら……【始まりの秘跡】をクリアした……という声が聞こえました。その時にレイニールも一緒でしたが、レイニールには【始まりの秘跡】が発給されなかったのです」
「【栄光の始まり】とは?」
「あ、【サンタ・グレモリア】の所属冒険者パーティの皆さんです。お母さんが指導してあげているので、仲良くしてもらっています」
「なるほど。フェリシアにとって、その【栄光の始まり】なる冒険者パーティが【始まりの秘跡】の【導き手】となったのかもしれません。その【栄光の始まり】なる人達は、フェリシアにとって今後も何かと【秘跡】やイベントのキッカケになる可能性があります。魔物に襲われて【栄光の始まり】が全滅などしないように、可能なら保護してあげると良いかもしれませんよ」
【栄光の始まり】だなんて、いかにも意味あり気なパーティ名です。
何となくゲーム・システムの作為を感じますね。
つまり、フェリシアの栄光の始まりに【導き手】として、その冒険者パーティが現れたのだとするなら、【栄光の始まり】を発動キーとして、今後もフェリシアに【秘跡】やイベントが発給されるかもしれません。
この世界では、全てのユーザーにではありませんが、時々ランダムで……【始まりの秘跡】の【導き手】……となるNPCが設定される場合があります。
そして【始まりの秘跡】の【導き手】に絡む【秘跡】やイベントは、比較的難易度が高く面倒なモノが多い代わりに相応の報酬が期待出来るという設定になっていました。
ただし、【始まりの秘跡】の【導き手】に設定されたNPCは、必然的に沢山の【秘跡】やイベントのフラグを持っています。
それらのフラグは、ユーザーが挑戦する難易度に調整されている為、放置すると【始まりの秘跡】の【導き手】に設定されたNPCは勝手にフラグを立ててしまう事があり、ユーザーが目を離すと身に余る【秘跡】やイベントに自ら巻き込まれて、呆気なく死亡してしまう例が少なくありません。
ゲーム・メタ的な仕様によって死亡などの被害を受けるNPCの立場からすると災難でしかないのですが……まあ、RPGあるあるです。
ただし、別に【始まりの秘跡】の【導き手】に設定されたNPCが死亡したところで、ユーザーの【メイン・秘跡】の進行が詰んでしまうなどの悪影響はありません。
なので、予定にない面倒な【秘跡】やイベントをもたらす【始まりの秘跡】の【導き手】 を……ウザいNPC……だと見做して端から完全放置するユーザーも多いのですけれどね。
この世界は行動選択の自由度が高く、エニシング・ゴーズが売りですので。
因みに、グレモリー・グリモワールにも【始まりの秘跡】の【導き手】に設定されたNPCがいました。
それがクリツィア。
今私達が食べ終えたディナーを提供した【リストランテ・ガストロノミア】の【アルバロンガ】本店で900年前にオーナーだった少女(後に成長し結婚して子持ちになった)がそうです。
「お母さんも同じ事を言って、【栄光の始まり】の皆さんは、ナディアさんの【自動人形】軍団が付かず離れず護衛しています」
あ、そう。
まあ、グレモリー・グリモワールなら、その辺りに手抜かりはありませんよね。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。