第1137話。装甲軍医。
【ホテル・ドラゴニーア】のディバイン・スイート。
私は【ファミリアーレ】からの質問攻勢を受けていました。
「ノヒト先生。【スカアハ訓練所】の教官や訓練生達から指摘された事なのですが、やっぱり私は【後衛】に入って【回復・治癒職】に徹した方が良いのですか?」
イフォンネッタが訊ねます。
イフォンネッタの【職種】は【医療魔法士】という純粋【回復・治癒職】でした。
通常【回復・治癒職】は陣形に守られて専ら味方の【回復】と【治癒】を行うモノです。
イフォンネッタは【ファミリアーレ】の中でもリスベットに次ぐ魔法への高い素質を持っていました。
純粋【回復・治癒職】としては、クラン【ファミリアーレ】の中で最高の潜在能力を有しています。
しかし、イフォンネッタは【ファミリアーレ】への加入時期が他のメンバーより遅く、【ファミリアーレ】がブート・キャンプとサウス大陸での【遺跡】チャレンジを経験した後に合流しました。
なので、現時点のイフォンネッタは【ファミリアーレ】の中ではレベルが低く、中核を担うメンバーという訳ではありません。
ただし、今後イフォンネッタのレベルが上がれば、【ファミリアーレ】のメイン【回復・治癒力】として活躍を期待されています。
イフォンネッタが……未だ見ぬ未知を探求する冒険者……に憧れてファミリアーレへの入団を決めた経緯からもわかるように、彼女の性格は良く言うと勇敢で積極的なのですが、悪く言うと無謀で好戦的でした。
彼女はハリエットやモルガーナと同様、敵勢に向かって先頭切って突撃を仕掛ける猪突猛進タイプなのです。
私は心の中でイフォンネッタの事を、ハリエットとモルガーナと3人纏めて……【ファミリアーレ】の脳筋トリオ……と呼んでいました。
【回復・治癒職】が敵に突撃して真っ先に戦列から脱落したら、クランのメンバーを誰が治療するのか?
もう少し自重した方が良い。
イフォンネッタは、【スカアハ訓練所】の教官や訓練生達から、そのように苦言を呈されたようです。
正論ですね。
実際イフォンネッタは2日間の【スカアハ訓練所】への体験入所の訓練で【経験値】に入った際、【敵性個体】と【遭遇】する度に突貫しては死亡判定が出て真っ先に脱落する事を繰り返していたみたいです。
これが【ファミリアーレ】の中核メンバーであったなら……自分勝手で無責任な事をすると、他のメンバーに迷惑が掛かる……と説諭をするところですが、【ファミリアーレ】の中ではレベルが低いイフォンネッタの場合、それ程期待もされていないので自由にやらせていました。
また、私はグレモリー・グリモワールなどから助言をもらい、イフォンネッタの今後について少し考えもあるので【回復・治癒職】らしからぬ振る舞いを放置しています。
イフォンネッタの【職種】である【医療魔法士】は、【創造主】や守護竜など正当な神々を祀っている神殿で洗礼を受けず、また神殿に通って祈りを捧げたりもせず、自力で魔法適性に覚醒した【回復・治癒職】なので、信仰による恩恵を受けていない分、高い素質に恵まれていなければ発現しないレア職でした。
イフォンネッタが珍しい【医療魔法士】の【職種】に覚醒した理由はイフォンネッタに素質があったからですが、そもそもイフォンネッタが神殿で洗礼を受けなかった理由は、彼女の両親が置かれていた状況が間接的に影響を及ぼしています。
イフォンネッタの両親は【エルダー・ホビット】のジリオさんと、【ダーク・エルフ】のシメネーラさん。
シメネーラさんは、【スヴァルトアールヴヘイム】の名門貴族ビヨルルンド家に生まれ、ジリオさんと恋に落ちました。
ノース大陸に暮らす【エルフ】や【ダーク・エルフ】は種族的に、やや排外的な文化があり、また他種族間の婚姻では子供を授かり難い傾向もあって、家族から結婚を反対されたのです。
止むを得ず、2人は駆け落ちしました。
なので、イフォンネッタは生まれた土地の最寄りの神殿で生後間もなく行われる筈の洗礼を受けていません。
神殿で洗礼を受けていないので、イフォンネッタには信仰系ではない【医療魔法士】の【職種】が発現したのです。
日本サーバー(【地上界】)の各大陸の神殿には、在地の政府から洗礼を受ける赤ん坊を戸籍に記録する役割が任されていました。
この世界の常識として、人種は赤ん坊が生まれると、国際指名手配犯などの余程の事情がない限り、神殿で洗礼を受けるのが当たり前だからです。
しかし、ジリオさんとシメネーラさんは駆け落ちしたので、シメネーラさんの実家である貴族家のビヨルルンド家に身元を知られる訳には行かず、イフォンネッタに洗礼を受けさせられませんでした。
イフォンネッタに洗礼を受けさせると、洗礼を行った神殿からジリオさんとシメネーラさんの居場所が【スヴァルトアールヴヘイム】のビヨルルンド家に伝わるかもしれません。
そうなれば、シメネーラさんは実家に連れ戻され、ジリオさんと強制的に離縁させられる可能性もありました。
まあ、【スヴァルトアールヴヘイム】が所属する【ユグドラシル連邦】に絶大な影響力を持つ【ニーズヘッグ聖域】の前大祭司であるディーテ・エクセルシオールによると……ビヨルルンド家の人達は基本的に良識ある人格者ばかりらしいので、シメネーラさんの娘イフォンネッタを見れば情が移って、ジリオさんとの結婚を追認した可能性もあった……そうですけれどね。
現在は、私とソフィアとディーテ・エクセルシオールが口添えしたので、ジリオさんとシメネーラさんの結婚はシメネーラさんの実家ビヨルルンド家からも公認されています。
何やかんやあるものの、結論としてはイフォンネッタは【回復・治癒職】として高い素質を持っていました。
【ファミリアーレ】には純粋【回復・治癒職】がイフォンネッタしかいないのにも拘らず、彼女は突撃癖がある為に、【ファミリアーレ】の【回復】と【治癒】は、【前衛】を兼ねる【修道女】のグロリアと、【支援職】を兼ねる【錬金術士】のリスベットが主に行っています。
【スカアハ訓練所】の教官や訓練生達に言われるまでもなく、本来イフォンネッタの【職種】適性からいえば、彼女は【ファミリアーレ】の【前衛】に守られて【後衛】で【回復・治癒職】に専従する方が適切でした。
ただし私は、イフォンネッタには好きなようにやらせています。
それは匙を投げたという訳ではなく、先述した通り、グレモリー・グリモワールのアドバイスを受けて、一応は意図があっての事でした。
「グレモリーからは何と言われましたか?」
「グレモリー先生は……【復活】ギミックが働き死亡リスクがない領域での訓練ならば、現時点ではそれで良い……と」
イフォンネッタは答えます。
「私も同じ考えです」
「良いのでしょうか?」
「イフォンネッタ自身は前線で戦いたいのでしょう?」
「はい。でも【スカアハ訓練所】の各パーティで【回復・治癒職】の役割というモノを聞くと、それで良いのかと不安になりました。私も【回復・治癒職】の役割を全うして【ファミリアーレ】に貢献しないといけないのではないかと……」
「まずは、イフォンネッタのモチベーションが上がる事をやるというのも育成の1つの方法論です。【攻撃職】に適性があるサイラスが【前衛壁職】を目指すようにです」
「ですが、【ハイ・オーガ】であるサイラス君は、元来種族的に【耐久力】が高いので、【前衛壁職】も熟せるのでしょうが、私は【ダーク・エルフ】と【ホビット】の混血ですので種族的に近接戦闘は弱いです」
「心配はいりません。私は【小人】族の【ブラウニー】でありながら強力な【近接攻撃職】であったゴーゴー・ガールさんというユーザーを知っています。種族ごとの長所・短所は、アビリティ・ビルド……つまり経験や訓練で、ある程度補正可能です。それに、グレモリーから……イフォンネッタには、エタニティー・エトワール型の【回復・治癒職】にしたら良いのではないか……と提案され、了解しました。なので、現時点の育成段階ではイフォンネッタが積極的に攻撃に加わり近接戦闘を行い、近接戦闘系のステータスを向上させる事は何ら問題がありません。ドンドンやって下さい」
「エタニティー・エトワール様とは、確か【神話の時代】にグレモリー先生と一緒にパーティを組んでいた英雄様ですよね?」
「はい。エタニティー・エトワールさんは、おそらく史上最高の【回復・治癒職】です。彼女の種族は【天使】で、位階は最高位の【熾天使】。もちろん、レベルは99で、【回復・治癒職】に求められる主要な熟練値は全てカンストしていました。しかし、エタニティー・エトワールさんの【職種】は【高位僧侶】だったのです。これを不思議には思いませんか?」
「不思議とは?」
「位階もレベルも主要熟練値もカンストしているのに、何故エタニティー・エトワールさんの【職種】は【高位僧侶】のままで、最上位職の【大神官】や【大祭司】や【法皇】や【大巫女】や【大僧正】や【法王】などではないのか?……という事です。イフォンネッタは疑問には思いませんか?」
「ああ、確かに……」
「エタニティー・エトワールさんは取得条件的に、なろうと思えば、いつでも最高位聖職者系の【職種】になれました。しかし、ワザとそうしなかったのです。その理由は【高位僧侶】が持つ近接戦闘の長所を失わない為です。【僧侶】や【修道士】や【修道女】などは【回復・治癒職】としての能力を持つ聖職者ですが、同時に近接戦闘も得意とする特殊な系統の【職種】です。【ファミリアーレ】ではグロリアが【修道女】ですのでイメージし易いでしょう。エタニティー・エトワールさんは史上最高の【回復・治癒職】でありながら、そこら辺の【攻撃職】より近接戦闘を得意とし、【才能】として持つ【防御力S】と【防御魔法】のおかげで生半可な【前衛壁職】よりも優れた鉄壁の固さを誇りました。彼女は、その堅牢な防御力と【回復】と【治癒】の能力を持つので……要塞型病院……と呼ばれ、紙装甲のグレモリーを近接防御で守り抜き頼りになる僚機として全幅の信頼を受けていたのです。エタニティー・エトワールさんは、イフォンネッタが目指すべき雛型です」
「エタニティー・エトワール様とは凄い方だったのですね?」
「そうですね。グレモリーの功績の半数は、エタニティー・エトワールさん抜きでは成し遂げられなかったでしょう。そのグレモリーが見て……イフォンネッタは、エタニティー・エトワールさんのようなタイプの近接戦闘を苦にしないどころか、近接戦闘のエキスパートという特殊なタイプの【回復・治癒職】にしてはどうか?……と提案したので、私は了解しました。なので、当面の育成方針としてイフォンネッタは、ハリエットやモルガーナと一緒にドンドン敵陣に突撃して構いません。もちろん、【闘技場】や【経験値迷宮】、あるいは【コンティニュー・ストーン】を所持した上での【遺跡】など、【復活】が可能な場合に限っての事ですけれどね。ユーザーであるエタニティー・エトワールさんのような要塞型病院というのはハードルが高いかもしれませんが、この世界の住人のイフォンネッタでも装甲軍医くらいにはなれるでしょう」
「装甲軍医ですか……わかりました。頑張ります」
この世界の設定上、ステータスはレベルに応じて成長しました。
その際、平均して成長する訳ではなく、種族や【職種】によって成長し易いステータスと、成長し難いステータスというモノがあります。
それとは別に熟練値という概念があり、例えば【攻撃力】は攻撃回数と【適性個体】への与ダメージによって、【防御力】は防御回数と防御した【適性個体】の攻撃威力値によって、【耐久力】は被ダメージによって、【回復・治癒職】は【回復】の行使回数と魔力回復量と【治癒】の行使回数とダメージ治癒量によって少しずつ成長します。
その他に、武器・防具・アイテムなどにも、それぞれ熟練値が設定されていました。
つまり、イフォンネッタが種族や【職種】的に近接戦闘能力が成長し難いとしても、めげずに繰り返し近接戦闘をし続ければ、近接戦闘に関連するステータスは僅かずつでも確実に成長するのです。
これがアビリティ・ビルドの概念でした。
この世界では才能や素質がなくても、ひたすら地道な努力を継続すれば、やがて誰でも、なりたいモノになれるのです。
いいえ、それはゲームに限らず、きっと地球でも同じ普遍的真理なのかもしれません。
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