第1136話。質問攻めは続く。
【ホテル・ドラゴニーア】のディバイン・スイート。
ハリエットが私を質問攻めにした事が呼水になったのか、現在は【ファミリアーレ】による質問大会になっていました。
ティベリオは、グレモリー・グリモワールからの指導によってクラン【ファミリアーレ】の指揮についてキッカケを掴みつつあるようです。
グレモリー・グリモワールは指揮官や戦術家としても多くの経験と実績を持ちますが、指揮官としては奇を衒わず基本に忠実なタイプでした。
グレモリー・グリモワールが基本を重んじるスタイルなのは……オーソドックスで無難な戦術を採り、リスク管理をしっかりしてさえおけば、後は自分の馬鹿火力で何とでもなる……という自信があるからです。
基本的にグレモリー・グリモワールの戦いは、敵が対グレモリー・グリモワール用の特別な戦術を採る事が普通でした。
しかし、グレモリー・グリモワール対策として選択した戦術が、即ち敵の得意な戦い方であるとは限りません。
グレモリー・グリモワール対策を採った結果、敵は自分が苦手な戦術を行わなければならない不利な状況に陥り、勝手に自滅する場合もあるのです。
つまり、これが……自分がやりたい戦術を敵に押し付ける……という、ヨハン・クライフ・イズム。
グレモリー・グリモワール用の特別な戦術を採らないで余裕をかましている敵は、そもそも彼女の眼中にはありません。
ただし、グレモリー・グリモワールも味方陣営が、明らかに不利だったり劣勢の場合には、局面に応じて奇襲や謀略も使います。
しかし、基本的にグレモリー・グリモワールは、一か八かのようなギャンブルを好まず、オーソドックスな指揮や戦術を好みました。
型破りな奇策や計略というモノは、基本という型があってのモノ。
基本という型がなくて、トリックばかりに感けている者は、形なし……つまり役に立たないのです。
応用というモノには個人個人のスタイルがありますし、能力の個人差もあるので、他者を指導するならグレモリー・グリモワールのような基本至上主義者の方が適しているでしょうね。
「ノヒト先生。サイラスが訊きたい事があると言うのですが……」
グロリアがサイラスの代わりに言いました。
あ、そう。
「サイラス。遠慮せず何でも訊いて下さい」
「あの……俺、【前衛壁職】系の【能力】を覚えたいです」
サイラスが朴訥とした口調で言います。
「【前衛壁職】ですか?」
「はい。無理ですか?」
「無理という事はありません。ただし、サイラスのステータス構成や潜在能力を考えると、【前衛壁職】よりも、【闘気】を込めた溜め斬りによる一撃の火力を生かす【純粋攻撃職】系なのですよね。どうして【前衛壁職】系の【能力】を覚えたいのですか?」
「【ファミリアーレ】にはハリエットがいるから、俺も役に立ちたいです」
「えっと、つまり……【ファミリアーレ】には既にハリエットというクラン最高の秒間火力を持つ【攻撃職】がいるので、サイラスは【前衛壁職】になった方が、役割分担としてクランに貢献出来る……という訳ですか?」
「みんなを守りたいです」
「なるほど。それは、とても立派な考えです。しかし、やりたい事ではなく、出来る事をしてチームに貢献するのが適材適所、あるいは役割分担です。サイラスは【攻撃職】の適性があるので、本来は【前衛壁職】をするのは非効率ですね」
「ダメですか?」
「ダメではありません。向き不向きはあるにしても、【攻撃職】系に適性がある者が、【前衛壁職】系のアビリティ・ビルドを行って実際に【前衛壁職】になる事もあります。ただし、適性がない【職種】を志向すると、適性がある【職種】よりもステータスの成長に時間も労力も余計に掛かります。また、【前衛壁職】としての最大能力値でも同レベル帯の本職の【前衛壁職】には敵いません。つまり、適性がない【職種】を目指すと、相応にデメリットを被ります。ただし、サイラスに困難な道を進む意思と覚悟があるなら、人は何にでもなれますよ」
「覚悟はあります」
「わかりました。であるなら、方法は2つ。1つはレベルが51以上になったら、【神竜】に頼んで【職種変更】する方法。しかし、この方法は50レベル分が【職種変更】のコストとして徴収されてしまうので、育成がレベル1からやり直しになります」
本来【職種変更】をする為には、守護竜降臨イベントを起こすのが一般的な方法でした。
守護竜を降臨させるには、99レベルにカンストした上で各大陸中央にある守護竜の本神殿で、礼拝堂の8つの守護竜像を動かす必要があります。
しかし、この守護竜像は、一部の例外を除いてNPCには動かせません。
従って、本来NPCは、守護竜降臨イベントでの【職種変更】が不可能なのです。
【チュートリアル】であれば、ゲームマスターの私、ユーザーのグレモリー・グリモワールやノート・エインヘリヤルやシピオーネ・アポカリプト、NPCから認定ユーザーという判定に変わったトリニティ、ユーザー仕様の空アバターを使用しているブリギット(ミネルヴァ)とカプタ(ミネルヴァ)が、【チュートリアル】発動のキーとなる守護竜像を代理操作して、【強制転移魔法陣】によってNPCを【チュートリアル・マップ】に送り込む事が出来ました。
しかし、守護竜降臨イベントでは亜空間から守護竜を【オーバー・ワールド】に降臨させるので、発動キーは【職種変更】を行う本人が動かさなければいけません。
元々の仕様では、それは不可能でした。
けれども、ゲーム時代と現在は状況が変わっています。
守護竜降臨イベントで降臨させなくても、既に【神竜】達は【オーバー・ワールド】にいますからね。
守護竜の中の守護竜たる【神竜】のソフィアは、幼児用のハイ・チェアにチョコナンと座って食後のデザートを貪り食べていました。
なので、ソフィアが暇な時に捕まえて、50レベル分のコストを支払い【職種変更】をしてもらえば良いのです。
しかし、サイラスは浮かない表情。
どうやらサイラスは、現在30を超えたレベルを、更に20レベル上乗せした上で、50レベルをコストとして支払い、もう一度レベル1から鍛え直す事に難色を示しているようです。
であるならば、もう1つの方法を選ぶしかありません。
「もう1つは現在のサイラスの【職種】から成長・分岐して到達可能な上位職の中から、最も【前衛壁職】に適した【職種】を目指すという方法です」
「それは何ですか?」
「【異能戦士】です。【異能戦士】は戦士系最上位職の1つで、【攻撃力】と【防御力】と【膂力】と【耐久力】に秀でますが、一方で素早さや器用さや隠密行動やサーチ能力、それから飛び道具の使用などは苦手とします。【異能戦士】は、サイラスの種族【ハイ・オーガ】と相性が良いです。サイラスは現在の【職種】である【戦士】から2段階クラス・アップをすれば【異能戦士】になれます」
とはいえ、【異能戦士】を目指すプレイヤーは、育成を失敗して【狂戦士】になってしまう例がとても多いので注意が必要でした。
しかし、【狂戦士】も決して悪い【職種】ではありません。
同位階・同レベルでの1対1のプレイヤー・ヴァーサス・プレイヤーなら、【近接攻撃職】として最強クラスの攻撃威力値を叩き出せる【狂戦士】の方が、【異能戦士】より強いでしょう。
単独・プレイなら【狂戦士】を選んで全く問題ありません。
ただし、【狂戦士】は破格の攻撃性能を持つ代償で知性が大幅に下がり、パーティ・メンバーと協力して戦う集団戦闘に大きな支障を生じさせます。
従って、サイラスが【ファミリアーレ】の仲間達を守りたいなら、単独特化の【狂戦士】ではなく、より扱い易い【異能戦士】を目指さなければいけません。
「俺は【異能戦士】を目指します」
サイラスは決意を秘めた表情で言いました。
「ならば、それを意識した育成を試みましょう。実際に【異能戦士】になれるかどうかは、サイラスの努力次第です」
「頑張ります」
サイラスは頷きます。
すかさず、グロリアがサイラスに……頑張らなくちゃね……と声を掛けました。
サイラスは、完全にグロリアにリードされているのですね。
確かにグロリアの方がサイラスより年長者ですが、2人の年齢差は1歳だけです。
サイラスも男の子なら、2人きりの時は別として、みんなの前では多少無理をしても、グロリアをリードするポーズくらい見せても良いような気もしますが……。
まあ、須く男性は、情緒や精神年齢の点で女性より未熟な傾向があるそうなので、姉さん女房のお尻に敷かれているくらいが丁度良いのかもしれません。
ただし、日本時代の私なら、こう思った事でしょう。
リア充は爆発しろ……と。
「サブリナ。あなたは何か質問はありませんか?」
私はサブリナに話を振りました。
サブリナは、【ファミリアーレ】の先輩達の質問と、私の答えを真剣な表情で聴いていますが、自分では質問をせず、ずっと黙っています。
ただし、彼女は毎日のメールでのレポートでは、私に対して様々な質問をして来ました。
なので、本来サブリナは好奇心が旺盛で、向学心が強いタイプなのだと推察出来ます。
しかし、こういう【ファミリアーレ】が全員揃っているような場で、サブリナは質問はおろか発言をする事すら珍しい状態。
おそらく【ファミリアーレ】最年少の彼女は、先輩や年長者に遠慮があるのでしょう。
だからこそ、ハリエットが代表して様々な事を私に質問しているのだと思います。
とはいえ、ハリエットの質問内容が、サブリナの訊きたい事と同じだとは限りませんからね。
「えっと……グレモリー先生やフェリシアさんやレイニール君の【マップ】の位置情報を駆使した戦闘技術は、本当に凄いと思います。如何したら、あのような凄い戦闘技術を身に付けられるのでしょうか?」
サブリナは訊ねました。
サブリナは弓による遠隔攻撃を主体とした戦い方をしますので、他のメンバーよりグレモリー・グリモワール達が行う【マップ】と同期した遠隔攻撃方法に興味があるのでしょう。
これは、この世界において、ユーザーがNPCより優利な点の核心を突いた質問ですね。
しかし、困りました。
グレモリー・グリモワールが【マップ】を駆使した戦い方を出来るのは、身も蓋もなく言えば彼女がユーザーだからです。
NPCがグレモリー・グリモワールと同様の戦闘技術を身に付けるのは不可能ではないものの、困難と言わざるを得ません。
訓練を積みトライアル&エラーを繰り返して、徐々にグレモリー・グリモワールの【マップ】を駆使した戦い方に似たような感覚を、ある程度覚える事は可能でしょう。
しかし、何処まで習熟しても、それは……似たようなモノ……という範疇を超えません。
なので、NPCがユーザーであるグレモリー・グリモワールと全く同じ戦闘技術を身に付ける為の具体的な方法論は……本質的にはない……というのが結論です。
「ユーザーであるグレモリーと、あなた達の空間認識能力が根本的に違うのは致し方ありません。ユーザーと、あなた達この世界の住人では戦闘フォーマットなどが異なるからです。フェリシアとレイニールがグレモリーの戦闘技術に近い能力を身に付けているのは、フェリシアとレイニールがパスを通じてグレモリーと視点を共有したり戦闘フォーマットの使い方を見て、ユーザーが行う三人称視点的な戦闘方法を自然に覚えたのだと思います。なので、ユーザーではなく、ユーザーとのパスによる視点共有も出来ないサブリナ達が、ユーザーと同等の【マップ】と同期した遠隔攻撃を行うのは不可能とは言いませんが難しいのです」
「そうですか……」
サブリナは残念そうに言いました。
この世界のユーザーの視点はオプション画面から設定変更が可能でしたが、デフォルト状態では三人称視点です。
照準器を覗き【狙撃】をするような場合を除いて、俯瞰からの三人称視点の方が戦闘がし易いというユーザーが多数派なので、ユーザーの基本的な視点は三人称視点でした。
NPCは当然ながら一人称視点で、視点位置の設定変更などは出来ません。
まあ、人間の視点は目がある位置を基準とするので、一人称視点が当たり前なのですけれどね。
上方やや後方からの三人称視点は、NPCからしたら……一体誰の視点なんだ?……という話です。
異世界転移後にグレモリー・グリモワールやノート・エインヘリヤルやシピオーネ・アポカリプトの視点はデフォルトの三人称視点から、NPCと同じ一人称視点に固定されてしまったようですが、彼女達はゲーム時代に慣れ親しんだ三人称視点的な空間認識能力を維持していました。
また、【マップ】に同期して遠隔の対象をロック・オンしたりという事も、ユーザーの戦闘フォーマットならば、NPCよりも簡単に行えます。
つまり、元来のスペックと慣れの問題で、ユーザーには空間認識能力に一日の長がありました。
そして、パスを通じてグレモリー・グリモワールと視点と感覚を共有出来るフェリシアとレイニールも、一般的なNPCよりも優利である訳です。
「サブリナ達この世界の住人はユーザーとは異なります。しかし、訓練と経験を積めばユーザーであるグレモリーと同じような戦闘技術を身に付ける事も不可能ではありません。ユーザーではないフェリシアとレイニールは、実際【マップ】と同期した戦闘が行えているのですから。フェリシアとレイニールは、ユーザーであるグレモリーとのパスがあるので【ファミリアーレ】より優利かもしれませんが、例えば、ユーザーとのパスを持たないディーテさんや、【ドラゴニーア】の大神官アルフォンシーナさんも、【マップ】と同期した戦闘が行えています。要するに技術の取っ掛かりとして何かコツを掴めれば、後はそれをブラッシュ・アップすれば良いだけです。あらゆる技術習得の方法論と同じで、努力あるのみですね」
「はい。わかりました」
サブリナは頷きました。
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