第1133話。魔術的な美味しさ。
【ホテル・ドラゴニーア】のディバイン・スイート。
注文した料理がテーブルに並びました。
ハリエットの質問攻めも小休止。
彼女は、まだ私に聴きたい事があったようですが、料理が冷めてしまうような不粋な真似はしません。
私が注文したのは、カプリ島のサラダと、サルティン・ボッカと、ピッツァ・マルゲリータと、タリアテッレ・アッラ・ボロネーゼと、ペシェ・アッラックア・パッツァと、ボローニャ風カツレツ。
今宵のディナーはコースではなく、アラカルトでした。
コースでは……前菜、魚料理、肉料理……というように順番に料理が給仕されますが、アラカルトでは料理が全てテーブルに並びます。
そこが醍醐味。
欧米人には怪訝な顔で見られますが、日本人は主食となる何らかの炭水化物と一緒に御菜を食べたい民族。
今回の場合は、ピッツァやパスタを主食に、その他の料理を食べる事になります。
いや、むしろピッツァやパスタを御菜に白飯を食べる事だって出来ますよ。
お好み定食や、ラーメン・ライスや、焼きそばパンの感覚ですね。
また、アラカルトの良さとして、前菜、魚料理、肉料理に拘らず同系統の料理を複数注文しても問題ない事です。
私は、通常コースではあり得ないピッツァとパスタの両方を同時注文していますからね。
カプリ島のサラダは、トマトとモッツァレッラとバジルを、塩・胡椒と、エクストラ・バージン・オリーブオイルで味付けしたサラダ。
トマトの赤、モッツァレッラの白、バジルの緑がイタリア国旗をイメージさせます。
ナポリはヨーロッパの中では緯度が低く温暖な為、気候的に牛より水牛の飼育に適しているので、カプレーゼでも牛乳ではなく水牛乳を原料とするモッツァレッラ・ディ・ブーファラを用いるのが正式。
概してオーロックス種の家畜牛は暑さを苦手としており、日本でも北海道で畜産・酪農が盛んな理由です。
美味いっ!
世界最高と目される【ガストロノミア】が使う材料が全て特級品なのは当然ながら、特別な調理をする訳でもなく、ただ生の食材を併せて塩・胡椒とオリーブ・オイルを掛けただけというのに、ここまで美味しいモノなのでしょうか?
これはNPCが作る料理としては、初めて【ワールド・コア・ルーム】の料理店の味を超えたかもしれません。
誰が作っても味には大差はない……などと考えていたインサラータ・カプレーゼですら、これ程までとは……恐るべし、【ガストロノミア】。
否が応でも後の料理への期待が膨らみます。
サルティン・ボッカはイタリア語で……口の中に飛び込む……という意味。
調理が簡単で短時間で出来上がる為に、そう呼ばれます。
イタリアの首都ローマが本場だと見做されていますが、イタリアのブレシアが発祥とする説が、ほぼ間違いないと考えられていました。
まあ、何処が起源かという事よりも、後年発展・普及した土地が本場認定されるのは、良くある事です。
本場とされるローマ風のサルティン・ボッカの調理法は、仔牛の薄切り肉に、生ハムやセージの葉で巻いたモノを串や楊枝で刺し止め、酒精強化ワインや白ワインを振りバターで焼いたモノ。
【ガストロノミア】では、仔牛肉以外にも豚肉や鶏肉や仔羊肉など、様々なバリエーションがあるそうですが、今日は私が日本で良く食べていたローマ風で作ってもらいました。
う、美味いっ!
これも、ありふれた材料を合わせて軽く火を通しただけだというのに……何たる嫋やかな味なのか?
お次は、ピッツァ・マルゲリータ。
ご存知ナポリ・ピッツァを代表する世界一有名なピッツァですね。
ピッツァ・マルゲリータも、インサラータ・カプレーゼと同様に赤のトマト・ソース、白の水牛のモッツァレッラ、緑のバジルでイタリアの三色旗を想起させます。
ナポリの伝統に則って、薪窯で焼かれ微かに煤けたような香と風味を感じますね。
そしてナポリ・ピッツァをナポリ・ピッツァたらしめるのは……額縁……と呼ばれる縁の部分。
日本でポピュラーな宅配ピザは基本的にアメリカン・ピザなので縁の部分はパンのような密度と歯応えがあるのですが、本物のナポリ・ピッツァの額縁はケーキのように柔らか。
更には、ピッツァ職人の技量がわかるのも、この額縁。
名人と呼ばれるピッツァ職人が伸ばして焼いたピッツァの額縁は、ピッツァ生地の中にあった気泡が集まって膨張し綿菓子か淡雪のようにフワッフワなのです。
う……美味い……。
私は寿司とナポリ・ピッツァに関しては、一家言ありました。
休暇の度に美味しい寿司とピッツァを求めて、日本国内は元より遥々ナポリまで出掛けて老舗や有名店を梯子する程。
観光地などは巡らずに、ひたすら寿司とピッツァを食べる為だけに時間を費やします。
そんな私が食べて来たピッツァ・マルゲリータの中でも【ガストロノミア】のピッツァは最高……いや、最高レベルとしておきましょうか。
やはり本場ナポリの老舗には敬意を払いたいですからね。
とりあえず、このピッツァ・マルゲリータはお代わりで……。
通常イタリア料理の高級店リストランテでは、ピッツァをメニューに載せない店舗もあるそうです。
ピッツァは、どちらかと言えばファスト・フードの分類で格式に合わないからなのだとか。
高級料亭のメニューに、もんじゃ焼きやお好み焼きがないのと、同じような事かもしれません。
ピッツァを食べたければ、ピッツァ専門店に行け、と。
しかし【ガストロノミア】にとってピッツァは特別なメニューなのだとか。
それは、900年前に経営破綻して廃業寸前だった【アルバロンガ】の【ガストロノミア】本店を、グレモリー・グリモワール(私)が出資して助けた際に、彼女(私)が最初に行ったのは宅配ピッツァ業態でした。
当時【ガストロノミア】には、給料が支払えないので料理人やホール・スタッフが誰もおらず、また取引先にも不渡りが回っていたので、碌な食材も仕入れられず、致し方なく間に合わせの材料でピッツァを作って、それをデリバリーするくらいしか出来なかったからです。
その後、徐々に経営が良くなって来てからも、一番厳しい時にお店を支えてくれた常連さん達を裏切らないように、今や【ガストロノミア】は世界中のVIPを顧客とする超高級リストランテでありながら、ピッツァもメニューに載せ続けているのだとか。
また【ガストロノミア】系列のピッツェリアもあり、かつての常連さん達と同じような、所謂庶民のお客さん達も気軽に手頃な価格で【ガストロノミア】と同じレシピのピッツァを食べられるようにしているそうです。
なるほど、なるほど。
そういう初心を忘れない心意気は大切です。
事業で何か上手く行かない時、迷った時に支えとなる背骨になりますからね。
タリアテッレ・アッラ・ボロネーゼは、イタリアでは美食の街として知られるボリョーニャを代表するパスタです。
タリアテッレ・アッラ・ボロネーゼは、ボローニャからアメリカに渡りアレンジされて日本に伝わり、日本で最も有名なパスタ……スパゲティ・ミートソースになりました。
スパゲティ・ミートソースのように、イタリア国外では、ボロネーゼに使われるパスタは、スパゲッティである事が多いようですが、本場ボローニャを含むイタリアでは、伝統的に卵を使った幅広麺のタリアテッレを用います。
タリアテッレはフェットチーネと呼ばれる事もありますが、厳密には異なるものの、基本的に両者は同じモノを指すと考えて差し支えありません。
讃岐うどんと稲庭うどんは厳密には違うけれど、素麺や冷麦やきしめんとは明らかに異なり、うどんのカテゴリーとして同じというような事です。
ボロネーゼ発祥の地であるボローニャという都市を表す言葉は、学問、肥満、赤。
学問の意味するところは、ボローニャには、ヨーロッパ最古の総合大学のボローニャ大学があり……近代科学の父。天文学の父……と呼ばれるガリレオ・ガリレイを始め、天文学史上最も重要な発見の1つと云われる地動説で有名なニコラウス・コペルニクスことミコワイ・コペルニクや、長編叙事詩の神曲で有名なダンテ・アリギエーリなど、錚々たる人物達が在籍していた学園都市だから。
赤は美しい赤煉瓦の街並みだから。
肥満は、即ち……ボローニャの食べ物が全て美味し過ぎて、誰もが食べ過ぎてしまう……という美食の街だから。
つまりボローニャ料理は、それだけ美味しいのです。
美味いっ!
この美味しさは一体何なのでしょうか?
もはや魔術的な美味しさを感じます。
単にアクア・パッツアとして呼ばれる事もあるペシェ・アッラックア・パッツァはナポリ名物。
フランスのマルセイユ名物であるブイヤベースが良く引き合いに出されますが、あちらは魚介のスープで、ペシェ・アッラックア・パッツァは魚介の水煮あるいはトマト煮という違いがあります。
また、ブイヤベースは魚介と一緒に調理する野菜の原型がなくなるまで煮込みサフランやハーブなどをふんだんに使って出来上がりにはアイオリ・ソースを付けるなど手間暇を掛け、複雑で重厚な味わいが特徴ですが、ペシェ・アッラックア・パッツァは魚介の水煮(トマト煮)である事から野菜は形を残しシンプルに魚介本来の味わいが楽しめます。
どちらが優れているという事はありませんが、私は個人的な好みとしてペシェ・アッラックア・パッツァを良く食べますね。
大半の日本人は魚介特有の風味を忌避しないので、素材そのままのシンプルな調理法を好む傾向があるように思いますが、これも個人的な印象に過ぎません。
【ガストロノミア】のペシェ・アッラックア・パッツァは、メインとなる魚介を魚から1種類、貝から1種類選べるスタイルです。
お客が、その場で具材を選んで注文可能なのも比較的出来上がりが早いペシェ・アッラックア・パッツァの利点ですね。
調理に時間が掛かるブイヤベースでは、こうはいきません。
私は定番のカサゴとアサリを選びましたが、ちょっと狡をして、トリニティには甘鯛と蛤、カルネディアには赤むつとムール貝のバリエーションを注文させ、それぞれをシェアして3種類を味わう事にしました。
深めのスープ皿に盛り付けられたペシェ・アッラックア・パッツァには焼きウニが乗っています。
焼きウニ乗せは、900年前にグレモリー・グリモワール(私)の思い付きで始めたレシピでした。
美味いっ!
ペシェ・アッラックア・パッツァと言えば、私的にはカサゴとアサリが定番ですが、他のバリエーションも悪くありません。
これは何度も通って、様々なコンビネーションを味わいたくなります。
真鯛とアワビという贅沢バージョンや、タラとホタテの北の海バージョン、更には鯵とシジミ、鯖とアオヤギというような本場ナポリでは食べられないような変わり種ペシェ・アッラックア・パッツァも、注文すれば作ってくれるそうですね。
アクア・パッツァとは直訳すれば……奇妙な水……や……狂った水……という意味ですので、どんな具材を使ったって良いのですよ……たぶん。
オーナーのノルベルト氏曰く……なるべく、お客様のご希望には添うが、その組み合わせが合うかどうかは約束出来ない……との事ですが、おそらく【ガストロノミア】のシェフの腕なら不味くなるという事はないでしょう。
最後に登場したのは、ボローニャ風カツレツ。
こちらも肥満の街ボローニャの名物料理です。
コトレッタと言えばミラノ風カツレツが余りにも有名ですが、ボローニャ風カツレツも有名でした。
正当なレシピでは、ミラノ風に使われる肉は仔牛肉と決まっているそうですが、ボローニャ風に使われる肉は仔牛肉だけではなく鶏肉バージョンもあります。
【ガストロノミア】では、豚肉や仔羊肉や、【パイア】や【地竜】などの肉でも対応してくれるのだとか。
私は、このボローニャ風カツレツでも狡をして、仔牛肉、豚肉、鶏肉の3種類を私とトリニティとカルネディアで注文しシェアする姑息な作戦を取りました。
ミラノ風カツレツは仔牛肉にパン粉を付けてフライパンで焼き上げた、カツレツとしてはシンプルな調理法ですが、ボローニャ風カツレツは肥満の街に相応しく贅沢でスーパー・ハイ・カロリー。
ボローニャ風カツレツは、パン粉を付けてラードで揚げたカツレツをブイヨンに浸けてから、スライスした生ハムとパルミジャーノ・レッジャーノで覆いつくし、オーブンで加熱した後、仕上げにスライスした白トリュフをこれでもかと掛けて完成。
ボローニャ近郊で同じエミリア・ロマーニャ州に属するパルマの世界的に有名なパルマ産生ハム。
同じくエミリア・ロマーニャ州のパルマとレッジョ・エミリア産のイタリア・チーズの王様パルミッジャーノ・レッジャーノ。
同エミリア・ロマーニャ州のアペニン山脈で採れる最高品質の白トリュフ。
正に、エミリア・ロマーニャ州の高級食材の全部乗せみたいな料理が、ボローニャ風カツレツなのです。
ボローニャ人が誇りをもって、自分達の故郷を……肥満……の街と喧伝するのも理解出来ますね。
もちろん、ここは異世界なので地球産食材は使われていませんが、【ガストロノミア】では、それに劣らない超一級の食材を異世界中から集めていました。
こんなモノ、美味しいに決まっています。
あ〜、美味い……。
私はゲームマスターとして、定常不変の無敵の肉体を持っています。
つまり、カロリー制限は必要ありません。
トリニティとカルネディアも、カロリーを魔力に還元して代謝可能な【魔人】です。
スーパー・ハイ・カロリーの美味しい料理を好きなだけ食べられる幸せ。
最高です。
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