第1131話。エゲツないトウ・キック。
本日2話目の投稿です。
【ホテル・ドラゴニーア】のディバイン・スイート。
「ノヒト先生。まだ、わからない言葉があるんです」
ハリエットは言いました。
「【スカアハ訓練所】で聞いた言葉ですか?」
「はい。後で調べようと思ってメモしておいたんだけど……」
ハリエットは【スマホ】を取り出して操作します。
「ちゃんとメモを取るなんて偉いですね。でも、戦闘中に【スマホ】に打ち込んだりしていませんよね?」
「もちろん。え〜と、あった。ブラフ、ピュア・ブラフ、セミ・ブラフ、スロー・プレイ、ドローイング・デッドって何ですか?」
「なるほど。いずれも分類的には、対人戦闘における心理の読み合いに関する言葉みたいですね。ブラフとは端的に言うなら……ハッタリや虚仮威し……の事です。ピュア・ブラフとは、対人戦の時に自分を実際より強く見せて、相手を怯ませたり、逃走させたりするハッタリの事です。セミ・ブラフとは、明らかに劣勢の側が、何らかの根拠を持って将来的に優利な状況になる事を見越して、あるいは期待して不利な状況でも撤退せず戦闘を選択する事です。スロー・プレイとは逆ブラフで、本来は明らかに自分が優勢だとわかっているけれども、相手が劣勢を悟ると戦闘を避けて逃げてしまうかもしれない場合に、相手に戦闘を選ばせる目的で自分を実際より弱く見せる事です。ドローイング・デッドとは、どんな行動選択をしても、どんな局面変化が起きても負け(死亡)が確定している状況です」
「ふむふむ、なるほど……。あ、忘れちゃった。ノヒト先生、もう一度ゆっくり教えて下さい」
ハリエットは、私の説明をポチポチと【スマホ】に打ち込みながら言いました。
「ハリエット。【マリオネッタ工房】の【スマホ】には音声入力といって、音声を自動的に文章にして記録するモードがありますよ」
「えっ?そうなんですか?知らなかった」
「ハリエット。メニュー画面から……音声入力……を選ぶか、文字入力のキーボード画面で、このマークを押せば良い」
アイリスが音声入力モードの使い方をハリエットに教えます。
「おーーっ!便利」
私は同じ説明を、繰り返しました。
「しかし、【スカアハ訓練所】で、そのような対人の心理戦などという訓練もしたのですね?」
魔物の中にも知性が高い種族や個体がいて心理戦を仕掛けて来る場合がありますが、ブラフなどの心理戦は基本的に対人において行われます。
「何か話の流れ的に、アタシ達と、【スカアハ訓練所】の訓練生と教官の代表とで個人戦をする事になって、【経験値迷宮】で中ボスを倒した後に、中ボス部屋で試合をしたんです。こっちはアタシが先鋒、グロリアが次鋒、フェリシアが中堅、レイニールが副将、グレモリー先生が大将。向こうは訓練生4人と教官1人。もちろん全勝でブチのめしましたよ。アイツらアタシ達を舐め腐っていたけど、負けた後は少し大人しくなった。最後まで感じは悪かったけど」
【経験値迷宮】内で死亡しても入口に強制転移させられるだけで、装備品の損耗や消費アイテム以外にはリスクがありません。
なので、【経験値迷宮】の内部では本気の対人戦闘訓練が行えます。
「そうですか。まあ、グレモリーに勝てる人種は、ほぼ居ないでしょうし、勇者ピルエット・ルミナスのスペックから逆算して推定出来る勇者養成機関【スカアハ訓練所】の訓練生達の強さも、【聖格】持ちの【ファミリアーレ】とフェリシアとレイニールなら勝つでしょうね」
ハリエットが聞いたというブラフ云々という一連の用語は、その【ファミリアーレ】とグレモリー・グリモワール・ファミリー組、対、【スカアハ訓練所】代表の対抗戦の時に、【スカアハ訓練所】側のギャラリーが言っていた言葉なのだとか。
つまり、初めは先鋒のハリエットが強者然として悠然と立つ様子を見て【スカアハ訓練所】側のギャラリーが……ブラフだ……と言ったのだそうです。
ハリエットの個人戦の結果は……始め……の合図直後にハリエットの鋭い踏み込みから放たれた横一閃の胴薙ぎの初太刀を、【スカアハ訓練所】側の先鋒は視認する事すら出来ず、そのまま上下真っ二つに両断され瞬殺。
その後、次鋒戦はグロリアが対戦相手に死亡判定が出ないギリギリに力を調節して殴り倒し、そのまま意識を失った相手のマウントを取って数十発パウンドして、顔面を完全破壊しテクニカル・ノック・アウトで勝利したのだとか。
それだけ力の差があるなら、グロリアは一撃必殺の打撃で試合を即座に終わらせる事も出来たでしょうが、なるべく痛め付けるようにしたのだそうです。
優しいグロリアにしては珍しいラフ・ファイトですね?
【スカアハ訓練所】の訓練生達が、サイラスの事を差別用語で呼んで嘲笑ったから、と。
サイラスは自制して相手にせず無視していたようですが、グロリアの方が先にブチ切れた、と。
なるほど。
大好きな彼氏を馬鹿にされたら、さすがに温厚なグロリアもキレる訳ですね。
中堅戦は、フェリシアが得意の【気象魔法】による1億ボルトの【雷轟】で相手を丸焦げにして圧勝。
副将戦は、レイニールが、グレモリー・グリモワールの【固有魔法】の1つ……【脳破裂】……で秒殺。
【脳破裂】とは、対象の頭部に力学的外力によって強い衝撃を与えるか、脳や頭蓋内に何らかの作用を生じさせ、瞬間的に脳内に空洞現象や真空現象による圧力の急激な変化を生じさせ、結果頭蓋骨を破壊して頭部を破裂させる魔法です。
ダーク・サイドのロール・プレイヤーであるグレモリー・グリモワール好みのエグくてグロい魔法でした。
レイニールは見様見真似で、グレモリー・グリモワールの【脳破裂】を再現してみせたそうです。
グレモリー・グリモワールはレイニールの事を……親の贔屓目抜きにして超天才……と激賞していました。
グレモリー・グリモワールと、フェリシアとレイニール姉弟はパスが繋がっていてるので、グレモリー・グリモワールが【脳破裂】を使ってみせれば、フェリシアやレイニールはパスを通じて魔法制御のやり方は感覚として覚えられます。
とはいえ、【固有魔法】は、開発者以外には簡単に再現出来ないから固有な訳で、それを初見で再現してみせたのなら、やはりレイニールはNPCとしては超が付く魔法の天才と断言して差し支えありません。
末恐ろしい才能です。
大将戦は、【スカアハ訓練所】の教官が……自分は魔法を封じて戦うので、其方も正々堂々と魔法禁止で戦うように……と要望した、と?
という事は、その【スカアハ訓練所】の教官は【魔法使い】だったのですか?
グレモリー・グリモワールの対戦相手になった【スカアハ訓練所】の教官は【剣士】だった?
はあ?
だとするなら、私には【スカアハ訓練所】の教官が設定した試合のレギュレーションの意味が全く理解出来ません。
【剣士】にとって剣が得物であるように、【魔法使い】にとっては魔法が得物でした。
【スカアハ訓練所】の教官の言い分が……自分は得意な剣を使わず素手で戦うので、グレモリー・グリモワールも得意とする魔法系統の【死霊術】は使わないでくれ……という事ならわかります。
そもそもグレモリー・グリモワールのような【純粋魔法使い】はレベル・アップに応じた身体能力の成長率に【下方補正】が掛かるので……【剣士】と【魔法使い】が両方とも魔法を禁止する……というのは【剣士】側を不当に利するだけで、【魔法使い】側には不当に不利なハンデキャップ・マッチでした。
こんなモノ正々堂々でも何でもありません。
もしかして、その【スカアハ訓練所】の教官は頭がアレなのでしょうか?
百歩譲って……自分は剣を使わず丸腰で戦うから、其方も魔法を使うな。その代わりに好きな武器を使え……というなら、まだ辛うじて理解が出来ますが……。
【スカアハ訓練所】の教官は、そこまで卑怯なハンデ・キャップをグレモリー・グリモワールに強いてまで、勝ちたかったのでしょうか?
訓練生達の前で余りにも無様に負けて恥をかきたくなかった、と?
いやいや、不公平なハンデをグレモリー・グリモワールの側だけに課すような卑怯な要求をしている時点で、無様な醜態を晒していると思いますが?
で、【スカアハ訓練所】の教官の要望というか、意味不明な挑発に対して、グレモリー・グリモワールは応じた、と?
まあ、何となくそんな気がしました。
結果は【スカアハ訓練所】の教官の踏み込みからの袈裟斬りに、グレモリー・グリモワールがカウンターでドロップ・キックを合わせて蹴り飛ばし、追撃で助走からのサッカー・ボール・キックで勝利。
股間を爪先・キックで行きましたか?
うわ〜……。
【スカアハ訓練所】の教官は大切なモノを失いましたね……。
大切なモノとは、訓練生達からの信頼や名誉などではありませんよ。
男性機能……つまり生殖能力です。
グレモリー・グリモワールが装備する【神の遺物】の【魔女のトンガリ靴】には特殊なギミックがありました。
【魔女のトンガリ靴】は爪先の先端が少し湾曲して尖っています。
グレモリー・グリモワールのような混沌系の【職種】か、あるいは【魔人】が【魔女のトンガリ靴】を履いて【闘気】を込めながら【敵性個体】を蹴り……トンガリ……の先端部分で突き刺すと【呪】系の攻撃判定が付きました。
【呪】系の傷やダメージは【治癒】では治療出来ません。
原則として、【呪】系の【能力】や武器による傷やダメージ、あるいは【呪詛魔法】によって受けた傷やダメージは、【解呪】の【能力】や魔法やアイテムのギミックでなければ治らないのです。
例外として、莫大な魔力コストを支払って強大な出力の【完全治癒】を行使すれば、力技で無理矢理【呪】で受けた傷やダメージを治療してしまう事も可能ですが、現代において人種NPC最高クラスの【回復・治癒職】であるアルフォンシーナさんでさえ、【チュートリアル】を受ける以前には【呪】を【完全治癒】で治療する事が出来なかったのだとか。
なので、おそらく【神格者】か【チュートリアル】後のアルフォンシーナさんクラスの【回復・治癒職】か、【解呪】系の【神の遺物】を使わなければ、件の【スカアハ訓練所】の教官の股間は一生使い物にならないでしょう。
【経験値迷宮】は内部で死亡しても入口で【復活】するギミックがありました。
しかし、【呪】によって受けた傷やダメージは【治癒】不可能なので、その【呪】が致命の一撃で死亡して【復活】しない限り、【呪】による傷やダメージは残ります。
【スカアハ訓練所】の教官は恥知らずにも卑怯な試合のレギュレーションを要求して、グレモリー・グリモワールを怒らせた事で、無残にも去勢されてしまいました。
まあ、気の毒だとは思いませんけれどね。
両者合意の上での戦闘訓練による結果ならば、それを裁判所に訴えたところで却下されるのがオチです。
もちろん、その【スカアハ訓練所】の教官が人物として公明正大で訓練生達の指導者として立派な振る舞いをしていれば、グレモリー・グリモワールも彼を去勢するようなエゲツない仕置きはしなかった筈。
むしろ、相手がグレモリー・グリモワールだから、まだマシだったのですよ。
もしも【スカアハ訓練所】の教官が喧嘩を売った相手がトリニティだったなら……。
いや、トリニティは外見から明らかに【魔人】だとわかるので、その卑怯な教官は、トリニティを恐れて喧嘩を売るような真似はしなかったでしょうね。
また、トリニティがゲームマスター代理だという事は、無用なトラブルを避ける為に【スカアハ訓練所】にはミネルヴァから事前告知してあります。
卑怯な者は、巨大な権威には滅法弱いのですよ。
とにかく今回の不運な事故は、勇者候補生達を教える指導者には有るまじき卑怯な振る舞いをして、グレモリー・グリモワールを怒らせた【スカアハ訓練所】の教官の自業自得です。
なので私は、件の教官の股間を治してあげたりはしません。
ニーズが治してあげたのですか?
一応【スカアハ訓練所】があるノース大陸の管轄守護竜として致し方なく……ですか。
なるほど。
まあ、今回の件で、その教官が心を入れ替えてくれれば良いのですけれどね。
もう【スカアハ訓練所】を解雇になった?
あ、そう。
一応その教官を治療する事と引き換えに、ニーズは……【世界の理】と国際法と世界各国の国内法に違反しない……と【契約】させて放逐したそうです。
まあ、そういう卑怯で頭がアレな人物というのは、自分が悪いのに、他人を逆恨みして良からぬ事を考えがちですからね。
ニーズの対応は妥当でしょう。
その凄惨な練習試合の後、【スカアハ訓練所】側はグレモリー・グリモワールやフェリシアやレイニール、そして【ファミリアーレ】の子達に対して、二度と舐めた態度を取らなくなったのだとか。
もちろん最初から誠実で真摯な【スカアハ訓練所】の教官と訓練生達が大半だったようです。
どのような所にも、集団の中には一定数おかしな連中がいるモノなのですよ。
なので、私からは別に【スカアハ訓練所】自体にペナルティを科すつもりはありません。
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