第1123話。ジンギスカン論争。
お土産コーナーの休憩スペース。
「グレモリー。そう言えば、ルパートさんとデーリー家のメンバーはどうしたのですか?姿が見えませんが……」
「視察が終わったから、お土産と一緒に【サンタ・グレモリア】に送って来たよ」
グレモリー・グリモワールは答えました。
「ルパートさん達も、【ガストロノミア】の【ホテル・ドラゴニーア】店でディナーを一緒に食べるモノだとばかり……」
「【ホテル・ドラゴニーア】のメイン・ダイニングとかバンケット・ルームとかを予約出来れば良かったんだけれど、今回は急遽だったから空きがなくてホテルの特別室にルーム・サービスとしてお料理を運んでもらう形式になって人数的にギリだったんだよね」
「そうですか」
「ま、【ガストロノミア】の系列レストランと、【ホテル・ドラゴニーア】の系列ホテルは、【サンタ・グレモリア】に出店してくれる事になったから、【サンタ・グレモリア】の人達は【ガストロノミア】の料理を、これからいつでも食べられる。それに、普段私らの料理を作ってくれている、アリスの専属料理長のジェレマイアさんて人がいるんだけれど、ジェレマイア料理長のお師匠さんが【アルバロンガ】の【ガストロノミア】本店で修業した人だったんだよ。つまり、ジェレマイアさんは【ガストロノミア】の系譜に連なる技術とレシピを受け継いでいる。だから、ある意味ではルパート達【サンタ・グレモリア】の首脳陣は、毎日タダで【ガストロノミア】系列の料理を食べているとも言える。だから全く問題ないよ」
「なるほど、わかりました」
「それよかさ、これはノヒトとリントちゃんにも関係するんだけれど……」
グレモリー・グリモワールは話題を変えます。
「何かしら?」
リントが訊ねました。
「今【サントゥアリーオ】って、リントちゃんの【神位結界】の影響で、ノヒトが構築した東西南北の関所以外からは【サントゥアリーオ】国境を往来出来ないっしょ?航路ギルドの定期運行飛空船も【結界】に弾かれているから不便だよね?」
「そうですね。現状【サントゥアリーオ】には軍隊も国境警備隊もありませんから、国境を半ば封鎖するのは止むを得ない措置なのですが、【ウトピーア法皇国】の人倫に反する行為によって人工繁殖で生まれ【魔力子反応炉】に繋がれ隷属されていた1億人の人々に情緒や社会性などを身に付けてもらう目的で入ってもらっている【保育器】ごと、明日【時間加速装置】である【ドゥーム】に送りますので、時間の流れの違いで直ぐに育て直しが完了して、彼ら1億人が【サントゥアリーオ】国民として社会復帰……というか解放される予定です。そうなれば【サントゥアリーオ】の国境警備の問題は少なくとも人数的には解決出来ると考えています」
「ただし、【サントゥアリーオ】の国軍や国境警備隊の編成や訓練の期間も考慮して、妾としては今後もしばらく【サントゥアリーオ】の【神位結果】は、そのままにした方が良いと思うのだけれど……」
リントが言います。
「うん。ま、【サントゥアリーオ】は0からの再建だから移行期間はあっても良いだろうね。でさ、ちょっと思い付いたんだけれど、ノヒトの【超神位魔法】の【魔導空間力場形成】で、リントちゃんの【神位結界】境界面の定期運行飛空船の航路上に任意の開口部を構築出来ないかな?これが【魔法公式】ね。魔力コスト的にノヒト以外には無理だろうけれど、ノヒトなら、たぶん、これで行けっと思うんだけれど……」
グレモリー・グリモワールが魔法で空中に長大で複雑怪奇な【魔法公式】を浮かび上がらせました。
「……ちょっと、待てよ。これはトンネル効果か……ディテールでは少し修正が必要かもしれませんが……大枠としては、これで行けそうに思えますね……ミネルヴァ?」
私は、ミネルヴァにグレモリー・グリモワールの【魔法公式】の検算を行わせます。
チーフ……解析の結果、グレモリーさんの【魔法公式】を少し改変した、この【魔法公式】なら、定期運行飛空船がリントさんの【神位結界】を安全に透過する事が可能になります……チーフと私は幾何学的アプローチに固執していましたが、グレモリーさんの方法論は量子力学ですね……率直に言って、グレモリーさんのアイデアは途轍もないです。
ミネルヴァは【念話】で驚愕、あるいは感嘆しました。
【結界】は【防御魔法】の一種と思われますが、実は【空間魔法】です。
従って、【結界】のギミックを弄るなら基本的に空間や図形を取り扱う数学の分野である幾何学を用います。
しかし、私とミネルヴァが幾何学で……定期運行飛空船の【神位結果】透過ギミック……を考えても上手く行きませんでした。
グレモリー・グリモワールは数学の分野である幾何学ではなく、物理学の分野である量子力学のトンネル効果を応用して、文字通り【神位結界】にトンネルをこじ開けて障壁突破してしまったのです。
「グレモリー。ミネルヴァによると、あなたの【魔法公式】を、このように改変すれば【神位結界】透過ギミックを構築可能です」
「あっ、そこをシクってたか……テヘペロ」
グレモリー・グリモワールは苦笑いしました。
「いいえ。このアイデア自体が素晴らしいですよ。私もミネルヴァも全く想起し得なかった画期的なアイデアです。これを直ぐに【サントゥアリーオ】の【神位結界】境界面で実行します。ありがとうございます」
「役に立ったなら良かったよ。この開口部なら、私も空路で【サントゥアリーオ】国境を越えられるよね?」
「はい。というか、リントが事前承認した対象なら魔力反応で識別可能なので、【サントゥアリーオ】内外を【転移】で出入りする事も出来ますよ。率直に言って、驚くべき大発見です」
「あ、そう。なら便利になるね」
「はい。グレモリーには、また何かお礼をしなければいけませんね」
「マジで?じゃあ、何かしら考えておくわ」
グレモリー・グリモワールは、おそらく演算能力において宇宙最高とその次のスペックを持つミネルヴァと私が考え倦ねていた……【サントゥアリーオ】国境に張られた守護竜の【神位結界】の通行方法……を思い付いたのです。
こういう0から1を閃くブレイク・スルー能力と、1を100に応用する演算とでは思考のプロセスが全く異なるので、演算能力が高くても閃きに関しては別問題だとはいえ、私とミネルヴァは、この世界を誰より熟知していました。
そういう意味で、グレモリー・グリモワールの閃きは、やはり凄まじいと言わざるを得ません。
「あの……皆様、お話中失礼致します」
牧場視察の案内役をしてくれている【座天使】のエバネッセルが言いました。
「何ですか?」
「このような屋外の吹き曝しではなく、カフェにお移りになってご歓談なさっては如何でしょうか?このテラス席は席数が限られておりますので……」
エバネッセルは、守護竜達が座るベンチの背後に立つ、カリュプソとウィローとティファニーとウィルヘルミナに視線を向けて言います。
カリュプソとウィローは初めは私と同席していましたが、【レジョーネ】が合流して席が足りなくなったので立ち上がり、守護竜達にベンチを譲りました。
確かに、私達が今いる場所は、お土産コーナーの休憩スペースに過ぎないので、お土産コーナーの軒先の幌の下に置かれた木製のテーブルとベンチしかありません。
中身が一般人の私は全く気にしませんが、エバネッセル的には……【神格者】が寛ぐには粗末過ぎる……と考えたのでしょう。
また、カリュプソとウィローとティファニーとウィルヘルミナが座る席がなくて立ったままなのも、エバネッセルから見ると気になるのかもしれません。
「スタンドや飲食コーナーなどではない正式なカフェは……バーベキュー・コーナーの隣と、厩舎区画と、牧場本部内にあるようですね?一番近いのはバーベキュー・コーナーの方ですが、移動は【転移】なので距離は関係ありません。カフェに移動しますか?」
私は【エデン牧場】の地図付きパンフレットをテーブルに広げて訊ねました。
「なら、移ろう。カフェなら乳製品以外も色々とメニューがあるんでしょう?」
グレモリー・グリモワールが訊ねました。
「はい。各種飲み物はもちろん、デザートや軽食やアルコールもございます」
エバネッセルが答えます。
「なら、移動しましょう。どのカフェにしますか?」
「如何でも良いけれどね」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「では、バーベキュー・コーナーの隣のカフェがお勧めです。あの一画はロッジ風の建物で統一され、内装も木製のアンティーク調で設えられておりますので、なかなか良い雰囲気で落ち着けると思います」
エバネッセルが説明します。
「【ファミリアーレ】や子供達はどうしますか?」
「子供達は、この後夕食の時間まで、家畜のショーを観るらしいよ。トリニティさんが子供達の引率をしてくれるらしい」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「ノヒト様。私もトリニティ様と一緒に、お子様達に付いて参ります」
ウィローが言います。
「あ、そう。なら、ウィローは子供チームの方をお願いしますね」
「畏まりました。では、失礼致します」
ウィローは、トリニティが引率している子供チームに合流する為、お土産コーナーの建物に入って行きました。
さてと目的のカフェは、ソフィア達がいるバーベキュー・コーナーの隣。
ならば、ソフィア達に付いているという【コンシェルジュ】を目標にして【転移】すれば問題ありませんね。
良し。
「では、移動します……【転移】」
私とカリュプソ、【レジョーネ】、グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオール、そしてエバネッセルは、カフェに【転移】しました。
・・・
バーベキュー・コーナーの隣。
ロッジ風のカフェ。
カフェに到着。
エバネッセルが説明した通り、カフェは山小屋風という設えの雰囲気がある内装です。
ゼンマイ仕掛けの円盤式オルゴールなどがインテリアとして置かれていました。
なるほど、悪くありません。
「あ、ソフィアちゃん達がいるじゃん」
グレモリー・グリモワールが手を振りました。
大きな窓から直ぐ隣のバーベキュー・コーナーが一望出来て、【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】と【フラテッリ】がジンギスカンを食べているのが見えます。
ソフィアとウルスラが私達に気付いて、バーベキュー・コーナーの芝生に面したデッキに上がり、カフェの中に入って来ました。
「何じゃ?皆もジンギスカンを食べに来たのか?」
ソフィアが訊ねます。
「ジンギスカンは食べませんね」
「お茶をしに来ただけだよ」
私とグレモリー・グリモワールは言いました。
「ジンギスカンは最高じゃぞ。ところで1つ訊くが、皆はジンギスカンのタレは後付け派か、それとも事前にタレに漬け込む派か?」
ソフィアが質問します。
「ジンギスカンのタレですか?考えた事もありませんが、そう言われると……ジンギスカンは肉を焼いた後でタレに付けて食べるタイプと、予めタレに漬け込んだ肉を焼くタイプがありますね。私は両方とも好きですよ」
ジンギスカンには、大別して肉に味を付けずに焼き食べる直前にタレを付けて食べるスタイルと、タレに漬け込んである肉を焼いて食べるスタイルがありました。
確か、ジンギスカンの本場北海道では、沿岸部ではタレ後付けスタイルが主流で、内陸部はタレ漬け込みスタイルが主流だった筈です。
このスタイルの違いは諸説あるものの、肉の鮮度管理が未発達だった時代、羊肉は冷凍されたマトンが大半で、それは相応に癖が強い肉だったのだとか。
その独特の癖を日頃魚介類を良く口にしていた沿岸部の人達は比較的受け入れられ、そうでない内陸部の人達は忌避したので、沿岸部では焼いた肉にタレを後付けにして素材の味を生かし、内陸部ではタレに肉を漬け込み肉の癖を消す棲み分けになったのだそうです。
まあ、現代は鮮度管理や冷蔵技術が発達しているので、羊肉の癖は一昔前と比べて劇的に少なくなっているので、どちらのスタイルのジンギスカンを食べても大半の人は両方とも美味しいと感じられるようですが……。
結局は両者を別の料理として両方楽しめば良いと思いますが、タレ後付け派とタレ漬け込み派というような派閥があるのでしょうか?
良くわかりませんね。
「タレが先か後かで論争があるの?」
グレモリー・グリモワールが訊ねました。
「うむ。このバーベキュー・コーナーでは、どちらか選べるのじゃ。我はタレは後付けが良いのじゃが、ウルスラはタレに漬け込む方が良いと言っておる。後付けスタイルは、素材の美味しさを楽しむ事が出来るのじゃ。また、羊以外の肉や野菜や魚介などを一緒に焼いても、タレが後付けならば、牛肉や豚肉は塩胡椒で、魚介はレモンを絞ってという具合に別々の味付けが可能なのじゃ。タレに漬け込むスタイルはジンギスカン鍋の中が全てタレの味になってしまうのじゃ」
ソフィアが言います。
「予めタレに漬け込んだお肉を焼いて食べるスタイルは、タレの味がお肉に染み込んで美味しいし、羊のお肉の独特の癖を消す事も出来るよ。それに、たっぷりのタレがジンギスカン鍋の溝に溜まるから、うどんをジンギスカン鍋に入れておいてタレ煮込みうどんが楽しめる。タレを後付けするスタイルだと、うどんはシメで焼うどんにしか出来ないじゃん。お肉をタレに漬け込む場合、うどんを煮込みながら、気にせず同時に肉や野菜を追加で焼く事も出来るんだよ」
ウルスラが反論しました。
「ふん。羊肉の癖が気になるなら、ジンギスカンなど食べずに湯豆腐でも食べておれば良いのじゃ」
「ソフィア様だって、素材そのままの味が楽しみたければ、タレに付けないで、そのまま食べれば良いんだよ」
「タレに付けなければ味がないのじゃ」
「なら、最初からタレに漬け込んでも良いじゃん」
く、くっだらね〜……。
「そんな事で、いちいち喧嘩をしないで下さいよ」
「タレ問題は、我とウルスラで別パターンを注文しジンギスカン鍋を分ける事で解決したのじゃ。じゃが、今度は付け合わせの野菜で論争となった。このバーベキュー・コーナーのジンギスカンでは、野菜はキャベツとモヤシがベースで、そこにピーマンや人参やタマネギやカボチャやジャガイモやニラや春菊などを選んで注文出来るのじゃ。我はキャベツとモヤシとタマネギと人参がベスト・マッチじゃと思うが、ウルスラはカボチャとジャガイモが良いなどと馬鹿な事を言うのじゃ」
ソフィアは言います。
「カボチャとジャガイモが美味しいよ。それに馬鹿って言う方が馬鹿なんだもんね〜」
ウルスラが言いました。
「い〜や。キャベツとモヤシとタマネギと人参は、焼そばや野菜炒めでも定番の組み合わせじゃ。これが黄金のコンビネーションなのじゃ」
「なら、焼きそばと野菜炒めを食べておけば良いじゃん?ジンギスカンには根菜が合うんだよ」
「ソフィア、ウルスラ。食の好みは、それぞれです。鍋を分けたなら下らない争いをしないで、お互いに自分が好きなようにジンギスカンを食べれば良いでしょう?」
「おっと、いかん。シメの焼うどんがあるのじゃ。我はシメの焼うどんの事まで考えて野菜を選びタレを後付けにしたのじゃ。我は至高の叡知と深淵なる思慮を持つ故、ウルスラのような短絡的な思考はしておらぬ」
ソフィアは言います。
「ふ〜んだ。アタシには、焼うどんより美味しいタレ煮込みうどんがあるもんね〜だ」
ウルスラは言い返しました。
ソフィアとウルスラは、お互いに変顔をして挑発し合いながらバーベキュー・コーナーに戻って行きます。
やれやれ……。
「ま、あれは喧嘩する程仲良しって事なんだろうね……」
グレモリー・グリモワールが呟きました。
一同は苦笑します。
「気を取り直して、落ち着いてコーヒーでも飲みましょう」
私達はテーブルに付いて、各自注文をしました。
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