第1120話。ノート・エインヘリヤルの対【イスプリカ】工作。
【エデン牧場】のお土産コーナー。
私とカリュプソとウィローは、お土産コーナーの屋外にあるテラス風の休憩スペースに移動してコーヒーなどを飲んで一服していました。
カルネディアは【ファミリアーレ】の子達とお土産選びを楽しんでいて、トリニティとフェリシテはカルネディアに付いています。
カルネディアは、お土産コーナーに置いてあった自分と同じ【ゴルゴーン】の姿をディフォルメした縫いぐるみを大量に欲しがっているようですね。
【シエーロ】には【知の回廊の人工知能】やルシフェル達が北米サーバー(【魔界】)から連れて来た様々な種族や、その子孫達が数多く暮らしていました。
なので、お土産コーナーにも様々な種族を模った縫いぐるみが売られています。
今までカルネディアが私やトリニティに何かを強請った事はありません。
トリニティは……縫いぐるみなどという虚な偶像は無価値だ……と考えて、カルネディアにも……無価値なモノを欲しがるのは良くない。百歩譲って買うとしても1つあれば良い……と窘めようとしているようです。
私はパスを通じてトリニティの思考を読み取りました。
トリニティ……カルネディアが縫いぐるみを沢山欲しがるなら在庫があるだけ買ってあげなさい。
私は【念話】で伝えます。
仰せのままに致します。
トリニティが【念話】で了解しました。
カルネディアは、まだ子供です。
子供が縫いぐるみや人形などを使って……ゴッコ遊び……というロール・プレイをする事は、子供の脳や精神の発達に、とても良い効能がありました。
縫いぐるみや人形を使って遊ぶ事の効能は、⾃分と他者(縫いぐるみや人形)との関係を相対化する事で、自我と他我の存在を知覚し、個体ごとの様々な違いを認識し、共感力や言語による伝達力を高めます。
これらは社会性を身に付ける学習として極めて高い効果がありました。
端的に言って、縫いぐるみや人形を子供に与える事には意味があり、価値があり、有意義です。
とはいえ、本音を言えば、私がトリニティに……カルネディアに縫いぐるみを買ってあげるように……と指示した理由は、単に私がカルネディアを甘やかしたいからなのですよね。
カルネディアは幼いながら森の中で孤独に壮絶なサバイバルをして来たのです。
彼女は、姉と呼んだ3人の年長者が亡くなるのを看取り、3人の姉達やそれ以前に亡くなった者達のミイラ化した遺体に花やお供物を捧げて祀り、寂しさや悲しさに必死に耐えて、たった1人て生き延びて、私とトリニティの養女になりました。
なので、これから私はカルネディアを沢山甘やかすつもりです。
世界中から親バカと呼ばれても構いません。
トリニティとのパスを通じて様子を見ていると、カルネディアはトリニティに可愛い【ゴルゴーン】の縫いぐるみを大量に買ってもらって、1体の縫いぐるみを抱きしめ、他を【収納】に仕舞い嬉しそうに笑っていました。
良かったですね。
すると、ゾロゾロと【レジョーネ】のメンバーが休憩スペースにやって来ました。
【レジョーネ】は一通りお土産コーナーを見て回ったものの、特に購入品はないようです。
まあ、お土産コーナーや高速道路のサービス・エリアなどで売られているお土産商品というのは、地域性などを強調した少量生産品が多く、製造コスト的に多少割高な料金設定になっていますからね。
お土産として、その場所でしか買えないご当地商品が欲しいのでない限り、似たような食品やお菓子が食べたいだけならスーパー・マーケットなどで費用対効果が高い大量生産のプロパー商材を購入すれば良いのです。
「ノヒト。少し良いかしら?」
私の隣に座ったリントが言いました。
「何でしょうか?」
「ノート・エインヘリヤル……というか、彼女の陣営の者達が行っている軍事戦略について、意見を聞かせて欲しいのだけれど」
「私に答えられる事なら構いませんよ」
「ありがとう。【ガレリア共和国】が自由同盟に加盟を目指して現在奴隷制廃止に向けて動いている事は周知の通りよね。それを踏まえて現在ノート陣営は、対【ガレリア共和国】方面戦線では飛び地となっている【トランサルピナ】と本国との中間領域を占領してランド・ブリッジによる補給路の確立を企図している以外では、専守防衛に徹して対【ガレリア共和国】戦線を拡大させない方針を採っているわ。これは、妾からスライマーナに……【ガレリア共和国】が奴隷制廃止を約束しているので、対【ガレリア共和国】への攻撃は手柔らかに……と依頼しているからでもあるの。【ガレリア共和国】側にも、妾から内密に……【クレオール王国】は【トランサルピナ】の飛び地解消以外の攻勢は仕掛けないから、【ガレリア共和国】側から【クレオール王国】側への攻撃や軍事的挑発は控えるように……と指示している」
「なるほど。せっかく自主的に奴隷制廃止に舵を切った【ガレリア共和国】をノート達【クレオール王国】が攻め立てて追い詰めれば、現在の【ガレリア共和国】政府が倒れてしまうかもしれませんからね。奴隷制廃止を約束している【ガレリア共和国】政府が倒れ、奴隷制の維持を掲げる政党が政権を奪取すれば、リントにとって都合が良くないでしょうし、私にとっても好ましくありません。妥当な差配でしょう」
「そういう経緯で【クレオール王国】は対【ガレリア共和国】戦線の戦力に余剰が生まれて、その戦力を対【イスプリカ】方面に向けられた。【イスプリカ】は、妾やノヒトの意向を無視して奴隷制を維持する方針を採っているから、ノート陣営が【イスプリカ】に攻め込んでも文句はないわ。けれど、【イスプリカ】方面でノート陣営は軍事戦略的には理解に苦しむ、おかしな事をやっているのよ」
「おかしな事ですか?」
「ええ。【イスプリカ】では皇帝や各領主達が統治を確立しているのは都市内だけで、都市城壁外では、野盗や山賊や奴隷狩りなどが跳梁跋扈する無法地帯になっている。ノート陣営の少数精鋭の部隊が、その無法地帯に進出して、野盗や山賊や奴隷狩りなどを各個撃破して、連中が奴隷を連れていれば解放している。そこまでは理解出来るのだけれど……」
「奴隷制は【世界の理】に反しますので、私としても是認出来る行動ですね」
「そうなのだけれど、問題はその先。ノート陣営の【イスプリカ】進出部隊は撃破・制圧した野盗や山賊や奴隷狩りなどを処刑したりはせず、未開地に土着させ現地を開拓させ集落を築かせているのよね。ノート陣営は一体何がやりたいのかしら?」
「それは野盗や山賊や奴隷狩りを捕虜に取って連行し、【クレオール王国】で農地開拓作業をやらせているという事ですか?」
「いいえ。ノート陣営の部隊が撃破・制圧した野盗や山賊や奴隷狩りに開拓させているのは【イスプリカ】領内よ」
「ならば単純な占領地政策ではありませんか?【イスプリカ】の現地武装勢力を撃破・制圧した後、恭順させ味方にして、【クレオール王国】側の開拓農民に変え、徐々に支配領域を拡げて行こうという戦略でしょう」
「違うのよ。ノート陣営の部隊は撃破・制圧した野盗や山賊や奴隷狩りなどに……【クレオール王国】に敵対しない事と、【世界の理】と国際法を守る事……だけを【契約】させたら拘束を解いて、彼らと協力して現地で集落を築いて農地を開拓した後、当座を凌げる食糧などを提供して完全に撤退する事を何度も繰り返している。どうやら、これはノート陣営が【クレオール王国】建国や、解放奴隷を率いて勢力を築く以前にも、ノートが個人的に活動している時からやっていた事らしいわ。ノート陣営の部隊によって野盗や山賊や奴隷狩りを強制的に廃業させられ未開地に土着して農民に変わった者達は、【イスプリカ】国民として【イスプリカ】の現地領主に税を納める体裁になっているから、ノート陣営や【クレオール王国】には1銅貨の利益もないのよ。利益がないだけではなく、野盗や山賊や奴隷狩りが土着して農民として【イスプリカ】の地元領主に税を納める事になれば、得をするのは【イスプリカ】の地元領主達じゃない?何故ノート陣営は敵国を利するような、おかしな事をやっているのかしら?私には全く理解出来ないのよ。だから、ノヒトに意見を聞こうと思ったの。ノヒトはノートの身内なのでしょう?彼女の考えがわかるのではなくて?」
「ん?状況が良くわかりませんね。ノートやスライマーナ女王に訊ねてみましたか?」
「もちろん。でも、スライマーナは……ノートの意向……としか言わないし、ノートは……軍事機密……としか言わない。まあ、【イスプリカ】の野盗や山賊や奴隷狩りを廃業させて農民に変える活動自体は、妾にとっても望ましい事だから、別に無理矢理ノートに目的を喋らせる必要もないのだけれど、ノートの意図が全くわからないから混乱しているのよ」
「ノートが何も考えていない可能性もあるのでは?」
「ノートはともかく、普段妾が【念話】でやり取りしているスライマーナは、極めて合理的な考え方を持っているわ。ノートの指示が不合理ならスライマーナが同意しないと思うのよ」
「う〜ん、私にも全く理解出来ませんね。ミネルヴァ……」
私はミネルヴァに話を振ります。
チーフ……ノート・エインヘリヤルの意図は単純です……彼女は、野盗や山賊や奴隷狩りなど撃破・制圧して無力化した後、命乞いをされて殺すのを躊躇って甘い対応をしているだけです……しかし、そのまま解放してしまうと再び野盗や山賊や奴隷狩りなどに戻ってしまうので、非合法活動を止めさせた上で敵対しない事を【契約】させているのです……スライマーナは、それを……【イスプリカ】を軍事攻略する為の遠大な懐柔工作……などと誤解して、ノートの意向に沿っているだけです……つまり、ノート・エインヘリヤルはチーフの予想通り、その場の感情に流されて、あまり深く考えずに行動しているだけだと推定されます……しかし、ノートの意図はともかく、調略や懐柔工作としては一定の効果はあるようですね……事実として、ノート陣営に撃破・制圧された後、助命されて農民化した元の野盗や山賊や奴隷狩りなどは、真面目に農作業に従事して非合法活動からは足を洗い、ノートや【クレオール王国】に対しては恩情を掛けられた事に感謝しているようです……純軍事的には、ノートや【クレオール王国】への敵対禁止だけでなく、【クレオール王国】側の味方にしたり【イスプリカ】に対する尖兵となるように仕向ければ、より合理的だとは思いますが、少なくともノート陣営に対して敵対しない開拓集落が【イスプリカ】内に増えるだけでも多少のメリットはあります……しかし、ノート陣営が掛けている少なくない費用に見合う戦略かと問われれば、甚だ疑問がありますが……。
ミネルヴァが【念話】で推定しました。
わかりました。
私は【念話】で了解します。
「リント。ミネルヴァの見立てでは、やはりノートは、あまり深く考えずに大して状況を好転させない戦略性が少ない施策を選択していると推定されます。ノートは、撃破・制圧した野盗や山賊や奴隷狩りなどから命乞いをされ、彼らを果断に処す覚悟がなくて、単に甘い対応をしているだけのようですね。スライマーナは、ノート信者なので、ノートの行動を過大評価して追認しているのでしょう」
「そうなの?妾も過去に痛い思いをしているからノートの甘さを批判出来ないけれど、戦争をしているというのに随分と悠長な気もするわね。今は【イスプリカ】が小国乱立の混乱状態だから、そんな甘い行動の影響が顕在化しないけれど、妾が分析する限り【イスプリカ】の皇帝と各領邦領主達は、ノート陣営と【クレオール王国】の伸長に危機感を共有し始めているわ。このままだと【イスプリカ】の皇帝と各領邦領主達は、【クレオール王国】という共通の敵に対して結束して、強敵になるかもしれない。妾としては奴隷制採用国家の【イスプリカ】が【クレオール王国】との戦争に勝利するシナリオは避けたいところだから、少しノートのお尻を叩いた方が良いかしら?」
「そうかもしれませんね。ただし、あのノート・エインヘリヤルは筋金入りのセレブ・ニートですから、多少発破を掛けたくらいでは重い腰が上がらないと思いますが……」
「ノヒトからグレモリーに、ノートのコンサルタントを頼んでくれたでしょう?妾からもグレモリーに、ノートにやる気を出させるようにお願いしておくわ」
その時、グレモリー・グリモワール一行がお土産コーナーから出て来ました。
「ん?私に何をお願いするって?」
グレモリー・グリモワールは訊ねます。
「ノートの話よ。彼女の陣営は……」
リントは、私に説明した話の内容をグレモリー・グリモワールにも聞かせました。
・・・
「ノートに、そういう甘いところがあるのは否定しないね。ま、ノートも自分の尻に火が点けば、否が応でも腹を括るっしょ。放っときゃ良いよ」
グレモリー・グリモワールは突き放します。
「ウエスト大陸を管轄する守護竜としては、そうも行かないのよね。グレモリー、ノートの所にコンサルタントに行くついでに……対【イスプリカ】戦線では気を付けないと痛い目を見る……って伝えてくれないかしら?」
「リントちゃんが自分で言ったら良いじゃん。私は、ノートの母親じゃないから、ノートがグダグダやって失敗しても面倒を看きれないよ」
「はあ、仕方ないわね。スライマーナに良く良く言っておくわ。まったく、ノートって恐ろしく潜在能力が高い癖に怠惰で煮え切らないから苛々するわ」
「本それ。ま、ノートのセレブ・ニート癖って、元来は……そういうロール・プレイ……だったんだけれど、たぶん異世界転移の時点でロール・プレイに人格が引っ張られていると思うんだよね。それは私やノヒトも同じで薄らと自覚がある。だから、ノートにやる気を出させるのは無理じゃないかな〜。むしろ、ノートが適切な行動選択を取れば、将来的に堂々とグダれるって方向で思考誘導した方が効果が高いんじゃね?知らんけれど」
「思考誘導……なるほど、一考の余地がありそうね」
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・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
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