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第1117話。乳業施設。

【エデン牧場】乳業施設。


 私とトリニティとカルネディアとフェリシテとカリュプソ、【ファミリアーレ】、グレモリー・グリモワールの養子のフェリシアとレイニールは、牧場の乳搾り体験にやって来ました。

 乳搾り体験が出来るコーナーは、イメージしていた牛舎などではなく、先進的で巨大な施設です。

 乳業施設……どうやら出荷用の牛乳を生産するオートメーション施設みたいですね。


 私達は乳業施設の建物に入り、2か所の気密ドアに挟まれた魔法的な殺菌・消毒が行われる特殊な部屋を通って搾乳が行われている場所に入ります。


「牛乳を搾る施設にすら魔導(マジカル)・エアロックがあるなんて、やっぱり【シエーロ】の技術は凄いわね」

 イフォンネッタが感嘆しました。


「イフォ。エアロックは、気体や液体などの圧力や濃度が異なる2つ又は複数の空間や領域の境界に設置され、流体が相互に流入・流出しないように工夫され、不具合なく人や物を内外に通過させる機構だから、この部屋はクリーン・ルーム(無菌室)と呼ぶべきじゃないかな?」

 ロルフがイフォンネッタの誤解を訂正しました。


「クリーン・ルームね。わかったわ。ロルフ、ありがとう」

 イフォンネッタは、ニッコリ笑ってお礼を言います。


 10歳も年上のイフォンネッタが、年下のロルフから間違いの訂正されて、率直にお礼を言える関係性は好ましいですね。

 私は、このイフォンネッタとロルフの何気ないやり取りを【ファミリアーレ】の素晴らしい美点だと思います。


 イフォンネッタの解釈は厳密な定義から云えば誤っているのかもしれませんが、彼女が言いたい事のニュアンスは伝わります。

 なので、あえてイフォンネッタの誤謬(ごびゅう)を指摘して間違いを訂正したロルフは、もしかしたら……上から目線でマウントを取る嫌な奴……と誤解されるかもしれません。

 せめて皆の前ではなく、後でこっそり教えてあげれば、イフォンネッタも皆の前で恥をかく事もなかったのですから。


 しかし、このロルフの行動は(こと)【ファミリアーレ】のメンバー間では推奨されるべき事なのです。


【ファミリアーレ】は、クラン独自の決まり事として……お互いに知識を与え合い、間違いを指摘し合い、誤りを正されたら感謝をして絶対に腹を立てたりしない……という約束をしているのだとか。

 江戸時代の松江重頼という俳人の論書に引く……問うは一旦の恥、問わぬは末代の恥……という格言もあります。


【ファミリアーレ】は冒険者クランでした。

 未開地に分け入ったり、魔物と対峙する事が多い冒険者は、誤った知識を持っていれば呆気なく死んでしまいます。

 正しい知識を身に付ける事は、冒険者にとっては生命線でした。


 なので、【ファミリアーレ】は……メンバーが何か間違って記憶していたり認識を誤っていれば直ぐその場で訂正し合い、正しい知識を教えられた側は素直に感謝する……というローカル・ルールを作ったのです。

 このルールを発案したのは、ハリエットでした。


 ハリエットは……アタシは、おバカだから何か間違ったら、直ぐ教えて欲しい……と【ファミリアーレ】のメンバー全員にお願いしたのです。


【ファミリアーレ】のメンバー構成の中ではイフォンネッタが25歳で最年長ですが、イフォンネッタを除けばハリエット達4人の獣人娘達が年長組。

 そしてイフォンネッタ以外は、全員同じ【竜都】の【神竜神殿】の孤児院出身者達で、先輩・後輩の間柄でもあります。

 下の世代の子達は、当初ハリエット達4人に遠慮しがちで間違いを指摘したり訂正したりする事も簡単ではありませんでした。


 しかし、ハリエットが……間違いは、すぐ教えて欲しい……と言い出し、それを皆がクランのルールとした事で、チームとして好ましくない余計な遠慮はなくなったのだそうです。


 もちろん【ファミリアーレ】の子達もTPOを弁えているので、クランのメンバー以外の他所(よそ)様に対して誰彼(だれかれ)構わず間違いを指摘して講釈を垂れるような失礼はしません。

 あくまでも【ファミリアーレ】内のローカル・ルールでした。


 私は、このように自発的に風通しが良いクランにしようとしている【ファミリアーレ】の子達のローカル・ルールを好ましく思いますし、私の弟子として自慢に思います。


 ハリエットが、おバカ?


 とんでもない。

 彼女は、いつも飾らない正直で素朴な言葉で、周囲の人達に大切な気付きを与えてくれる素晴らしい子ですよ。


 ・・・


 私達は、クリーン・ルームを通過して牛舎の中のミルキング・パーラーと呼ばれる搾乳コーナーに入りました。


 ミルキング・パーラーは、乳牛から乳を搾って殺菌し、容器に充填して出荷したり、パイプ・ラインで同じ施設内や近くにある乳製品の加工工場に送るまでを、完全自動で行える施設です。

 驚くべき事にメンテナンスや不測の事態への対応以外、基本的には無人で全ての工程が完了するのだとか。


 乳牛は搾乳の時間が来ると、誰の誘導も受けず自ら乳を搾られにミルキング・パーラーにやって来て、ピットと呼ばれる区画に入り自動的に牛乳を搾られ、それが終わると自分でミルキング・パーラーを出て、放牧地や牛舎に帰るそうです。

 乳牛は乳が溜まって排出されないと乳炎などを起こす事もあるので、ミルキング・パーラーで搾乳して貰える事を覚えると、以後は促されなくても自ら勝手に乳を搾られに来るのだとか。


 凄い施設です。


 私達が体験する乳搾りは、昔ながらの手搾り作業なので、ミルキング・パーラーの一画にある牛乳の手搾りコーナーに向かいました。

 乳業施設のスタッフに説明されて、私達は順番に乳搾りに挑戦します。


 牛乳の手搾りコーナーには、3頭の牛がいました。


「こうして親指と人差し指で上の方をグリップして、中指、薬指、小指と順番に握れば、効率良くミルクが搾れます。慣れて来ると、こうして素早く搾れますよ」

 乳業施設の女性スタッフのイグレータさんが見本として乳搾りをデモンストレーションしてくれます。


 イグレータさんは【山羊足人(サテュロス)】で、【エデン牧場】のイギー牧場長の娘さんでした。


 しかし、イグレータさんの搾乳技術は見事ですね。

 みるみる内にバケツに牛乳が溜まって行きます。


 私達は順番に牛の乳搾りに挑戦しましました。


「古来、専業で乳搾りをする女性は、ミルク・メイドと呼ばれていました。ミルク・メイドの女性達は皆肌が綺麗だったので、牛乳に触れる事で肌が綺麗でスベスベになると思われ、貴族がミルク風呂に入ったりする例や、現在も牛乳由来の化粧品や美容用品などが沢山ありますよね?」

 イグレータさんは説明します。


 一同は頷きました。


 イグレータさんの説明口上は、この乳業施設に視察に訪れたり、乳搾り体験をするお客さん達に日常的に聞かせているのでしょうね。

 立て板に水という様子で淀みがありません。


「牧場で働く者として、牛乳などの乳製品は適度に摂取すれば健康促進に役立つ事は否定しませんが、ミルク・メイドの女性達の肌が綺麗な理由は牛乳に触れているからではありません。医学的には牛乳の成分が人種の皮膚から吸収される事はあり得ないのです。しかし、実際にミルク・メイドの女性達は肌が綺麗な傾向が高かったのは事実です。それは、古代に人種を苦しめた感染症である天然痘が関係しています。天然痘に感染すると亡くなる人が多いのですが、生き残る人もいます。しかし天然痘は治っても肌に目立つ黒い痘痕(あばた)が残ります。天然痘に似た感染症に、牛由来の感染症である牛痘(ぎゅうとう)があります。牛痘に罹患すると免疫が出来て、天然痘の免疫も獲得します。そして牛痘は天然痘に比べれば肌に酷い病痕を残しません。ミルク・メイドは日常的に牛と接触しているので高い割合で牛痘(ぎゅうとう)に感染して免疫を獲得しています。結果としてミルク・メイドは天然痘にも免疫を持ち、天然痘による痘痕(あばた)がないのです。これがミルク・メイドが他の人達より肌が綺麗だった理由です。この事実に着目して牛痘に罹患した牛から天然痘のワクチンが発明されました」

 イグレータさんは説明しました。


 なるほど。


 ミルク・メイドと言えば、私的にはオランダの画家フェルメールの絵画が思い浮かびます。

 ヨハネス・フェルメールの通称の方が有名ですが、本名は、ヤン・ファン・デル・メール・ファン・デルフト。


 私は、芸術方面はさっぱりなのですが、グレモリー・グリモワール(私)のパーティ・メンバーだったピットーレ・アブラメイリンさんが西洋美術を学び大のフェルメール好きだったので、その話を何度も聞かされたので知っていました。

 ピットーレ・アブラメイリンさんのハンドル・ネームであるピットーレとは、画家や絵描きを意味します。


 美術大学・及び大学院で西洋美術を学んだガチ勢のピットーレ・アブラメイリンさん(いわ)く……フェルメールは、レオナルド・ダ・ビンチ、レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン、ノーマン・ロックウェル、ジャクソン・ポロックと並んで影響を受けた大好きな絵描きだ……との事。

 彼が、いつも熱弁するので、私も、それらの画家や作品について、いつの間にか詳しくなってしまいました。


 3頭の牛から順番に乳搾り体験を終えた私達は、同じ乳業施設内のチーズ作り体験コーナーに移動します。


 ・・・


 チーズ作り体験コーナーは、先程自分達が搾った牛乳を使ってチーズを作れる趣向でした。


 チーズ作り体験コーナーでも、イグレータさんが先生役をしてくれます。

 イグレータさんがチーズの作り方を説明してくれました。


 チーズの作り方は、意外な程簡単ですね。

 もちろん、それは、この体験コーナーの設備などが整っているからなのでしょうが……。


 チーズ作りの材料は、一晩置いて分離させ乳脂肪分を抜いた牛乳と、みんなが今搾って来たばかりの牛乳を混ぜたモノ。

  牛乳を温めて、レンネットと呼ばれる乳酸菌と酵素の混合物を加えると、たんぱく質が凝固します。


 レンネットとは、哺乳動物の胃の中で作られるモノで、これが母乳を消化する為に必要なのだとか。

 つまり、レンネットがなければ、私達は母乳を消化して栄養を得られない訳です。


 このレンネットがチーズ製造に役立つ事を人間が発見したのは偶然ですが、ある意味では神の差配と呼べるかもしれません。

 チーズの発祥は諸説あるものの、保水作用がある牛や山羊や羊などの反芻動物の胃を素材とした水筒にミルクを入れ持ち歩いていた事によって偶然チーズが生まれたという仮説については、ほぼ全ての研究者に異論はないところでしょう。


 レンネットを添加して凝固した牛乳から乳清を除去すると、カードというモノが出来ました。


 このカードを熱湯に入れて練って千切って丸めれば、ピッツァ・マルゲリータやインサラータ・カプレーゼなどに使われるモッツァレッラになるそうです。

 しかし、私達が作るのはモッツァレッラではありません。


 カードを適当なサイズに切り分け、それを型枠に入れ圧力を掛けて水分を抜きます。

 適宜脱水したら型枠を外し適宜食塩水に漬け、食塩水から出した後は適宜乾燥させ、熟成庫で適宜熟成させれば完成。


 何とも簡単ですね。


 いいえ、()()の部分に職人の熟練の知恵と経験が結集されているのです。

 きっと、適宜の塩梅が僅かでも違えば、出来上がったモノが別物になったり、失敗してしまうのではないでしょうか?


 私達が習ったチーズの製法は、イタリアチーズの王様と呼ばれるパルミッジャーノ・レッジャーノなどと(ほとん)ど同じらしいです。

 イグレータさんが言うには……【英雄(ユーザー)】がもたらした地球(神界)のレシピ……なのだとか。


 パルミッジャーノ・レッジャーノは2、3年、長いモノでは5年もの熟成期間を要し、熟成が進むと金槌で叩いても割れないくらい表面がカチカチに固くなるハード・タイプと呼ばれるチーズです。

 しかし、このチーズ作り体験で作られるチーズは熟成期間が短いので表面がカチカチにはなりません。


 そう言えば、北米大陸にはウィッフェンプーフというチーズを餌にして釣る事が出来る体長数mにも及ぶという巨大な魚のUMA(ユーマ)(未確認動物)がいますね。

 UMA(ユーマ)(未確認動物)とは、神話や伝説や童話などに登場する想像上の生き物ではなく、実在すると云われている(少なくとも……実際に見た……と言い張る人達がいる)生き物の事。

 まあ、正直に言って眉唾物の話です。


 湖に生息している(とされる)ウィッフェンプーフは捕まえる事が極めて困難ですが、チーズをエサに釣ると捕獲出来るのだとか。

 昔の魚類図鑑には……ウィッフェンプーフは匂いが強いチーズを好む……と明記されていて、餌に適したチーズとしてスティルトンやブルーやリーデルクランツなどが紹介されているそうです。


 もちろん、現代においてウィッフェンプーフは、見間違いや、ジョークや、ホラ話やヨタ話の(たぐい)で、馬鹿馬鹿しい創作だと科学的見地からは断定されていますが、20世紀の初め頃にはウィッフェンプーフは米国の湖や川や池などの淡水域で実際に生息していると信じられていたのだとか。

 当時は魚屋などで…… ウィッフェンプーフの切り身……として、何らかの魚が販売されていた事例もあるらしく、それを食べた人の証言によると脂が乗って美味しいそうです。


 同じような経緯で、あたかも実在の動物として伝わっているUMA(ユーマ)(未確認動物)として、ジャッカロープやヴォルパーティンガーやティジー・ウィジーなどが知られていました。


 ジャッカロープは、アメリカのワイオミング州等に棲息すると言われる、鹿の角を持つ(うさぎ)UMA(ユーマ)(未確認動物)です。

 その目撃例は、ウィルス感染によって頭部に角のように見える乳頭腫が出来てしまった野生の(うさぎ)だと推定されていました。


 ヴォルパーティンガーは、ドイツのバイエルン近郊の森に生息すると言われる、角と翼を持つとされる(うさぎ)UMA(ユーマ)(未確認動物)です。

 これも、頭部と背中に角や翼のように見える乳頭腫が出来てしまった野生の(うさぎ)の誤認と推定可能でした。


 ティジー・ウィジーは、英国のウィンダミア湖周辺に生息すると言われる翼を持ったハリネズミのUMA(ユーマ)(未確認動物)です。

 UMAユーマ(未確認動物)なので一部の人達はディジー・ウィジーが実在すると信じていたのですが、その種明かしをすると19世紀にウィンダミア湖の貸しボート屋の主人がボートの順番待ちで退屈している子供達にしてあげた作り話がティジー・ウィジーの発祥でした。


 他にもUMA(ユーマ)(未確認動物)界隈の二大巨頭であるネッシーと雪男(イエティ)は特に有名ですね。


 何故、私がこのようなUMA(ユーマ)(未確認動物)に詳しいかと言うと、それは、このゲームの魔物や【魔人(ディアボロス)】などの、クリーチャー・キャラクターとして、それらのUMA(ユーマ)(未確認動物)は、神話生物や伝説上の生物と並んで頻繁にネタ元になっているからです。


 例えば、前述の例に多く出た、角がある(うさぎ)なら……。


【超位】の魔物【アルミラージ】。

【高位】の魔物【マーダラス・バニー】。

【中位】の魔物【ジャッカロープ】や【レプス・コルヌトゥス】。

【低位】の魔物【角野兎(ホーンド・ヘア)】や【角兎(ホーン・ラビット)】。


 それから、角と翼を持つ(うさぎ)で【中位】の魔物【ヴォルパーティンガー】。


 ……などなどが、この世界(ゲーム)に存在します。


 ところで、雑多な出来事が起きる様子を表す兎角(とかく)や、話を変えたり要約する際に使われる兎に角(とにかく)と言った言葉は、文字通り……角が生えた(うさぎ)……に(まつ)わる伝説や寓話から由来するのでしょうか?

 良くわかりませんね。


 ()()()、私達はチーズ作り体験を楽しみました。

お読み頂き、ありがとうございます。

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活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。


・・・


【お願い】

誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。

心より感謝申し上げます。

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ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。

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