第1115話。【ネーラ(魔界)】の現状。
【エデン牧場】。
私と【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】は、青々とした牧草が生い茂る牧場を、のんびり歩いています。
「時間が許すなら、この草の上で昼寝をして過ごしたいですね〜」
「家畜の糞がいっぱいじゃがのう。この牧場は環境不変フィールドの【採草地】や【放牧地】じゃから家畜の糞は一昼夜経てば消えるのじゃろうか?」
ソフィアは言いました。
「表土の部分に接触していれば環境不変ギミックで消滅するでしょうね。草の上に乗って地表から浮いた状態なら、異物として残るかもしれません」
環境不変フィールドでは、例えば動物の死骸なども腐敗などによる分解の程度が進行すれば、いずれは消えますが、形がある程度保たれている状態なら明らかな異物なので、環境不変ギミックによって一昼夜で消えてしまう事はありません。
つまり、死体が消えて殺人事件などが次々に迷宮入りしてしまうというような問題は起こらないのです。
ただし死体が原型を留めずバラバラに散乱しているような状態なら一昼夜で消えてしまうので、完全犯罪を企図するなら死体を細かくバラバラにして環境不変フィールドに埋めてしまえば良いですね。
もちろん犯罪を推奨している訳ではありませんよ。
「家畜の排泄物は有用な堆肥などになる故、環境不変ギミックで消えてしまうのは少し勿体ないような気がするのじゃが?」
「牧場では、厩房の中の糞などは毎日の掃除の時に寝藁などと一緒に集めて堆肥にして北米サーバー(【魔界】)に輸送し現地の農業に利用するようですが、放牧地の糞はそのまま放置する例が多いようです。拾い集めるにも労力が掛かるので費用対効果の問題でしょう」
「なるほど。楽園である【シエーロ】の牧場は【採草地】や【放牧地】など牧畜に適した草が勝手に生える環境不変フィールドであるし、【畑】や【水田】や【果樹園】なども元々農業に適した肥えた土の環境不変フィールドじゃから堆肥は必要ない訳か?【地上界】の農業や牧畜は基本的に【平地】や【平原】や【原野】などの環境変更可能な【領域】を農地化して行われるが、場合によっては【荒野】など環境変更可能ではあるが、開梱し堆肥などの肥料を打って土壌を改良しなければ農業に適さない土地の場合や、他に土地がなく止むを得ず【不毛の地】などでの明らかな農業不適地で極めて不利な農業を強いられる場合もある。【シエーロ】の状況は羨ましいのじゃ」
「元来は【シエーロ】の原住民である【天使】族が農業や畜産などが苦手なので、そのバランシングだったのですよ。まあ、現在の【シエーロ】にはイギー牧場長のような農業や畜産に長じた種族が、北米サーバー(【魔界】)から大量に強制移住させられていて、【天使】が第一次産業に従事する事は稀らしいですが……」
「イギーは【魔界】から拉致されて来たのか?我には、拉致されて強制労働されているようには見えなかったが?」
「拉致されたのは、イギー牧場長の先祖の皆さん達ですよ。現在の世代は大半が【シエーロ】生まれでしょう」
「なるほど……。話は変わるが、先程イギーが話していた大魔王ベルゼブブや蝿騎士団とはどんな連中なのじゃ?」
「北米サーバー(【魔界】)の一切合切はミネルヴァとブリギット(ミネルヴァ)に差配させているので詳細は知りませんが、報告によると、ベルゼブブは【魔人】で、ルシフェルの【眷属】らしいです。蝿騎士団はベルゼブブが率いる【魔界】最強の陸上騎兵軍団なのだとか」
「ほ〜う、【魔界】最強の陸上騎兵とな、それは見てみたいのじゃ」
「【魔界】平定戦で会うかもしれません」
「リュミエルとは、どんな奴なのじゃ?ルシフェルの子で、イギーの口ぶりからすると敬意を払われている者のようじゃが?」
「リュミエルの名前は良く聞きますね。ルシフェルの子供達の中では珍しく天軍には加わらず、また北米サーバー(【魔界】)の支配階級にもならず、北米サーバー(【魔界】)の原住民達と同じ一般市民の立場で暮らしていて、時には北米サーバー(【魔界】)の原住民達の利益代弁者の役割を果たしているそうです。そのような背景もあり北米サーバー(【魔界】)の原住民達や、イギー牧場長などの非【天使】種族などから敬愛される存在らしいですよ」
「ふむ。なかなか立派な者ではないか?ルシフェルの子という事は種族は【天使】か?あるいは【魔界】の民である他種族との混血か?」
「リュミエルの母親はカマエルという【智天使】らしいので、純血の【天使】ですね。リュミエルの位階は【熾天使級】です。まあ、【培養器】による人工繁殖なので、誰が親だとかは、あまり関係ないのかもしれませんけれどね」
「ほう。【熾天使】とは【天使】族の最高位階ではないか?人工繁殖個体とはいえ、そのような高い位階の出自にあり、ノヒト不在時には【シエーロ】の君主でもあったルシフェルの血を受けた者が、【シエーロ】首脳部には加わらず、【魔界】に出奔した理由は何じゃ?」
「リュミエルは【熾天使級】の【改造知的生命体】としては最終ロットらしいです。彼が【保育器】に入っている間に【シエーロ】ではルシフェル勢とミカエル勢との間で激しい内戦があり、【保育器】などの【改造知的生命体】生産施設が修復不可能なレベルで致命的に破壊されたそうです。なので、リュミエルは言わば未熟児の状態で【保育器】から出された為に、【器】に先天的な欠損を生じて【熾天使】として生まれ付き備わっている筈の高度な魔法適性に覚醒しなかったようです。なのでリュミエルは【シエーロ】の首脳部には加わらず、北米サーバー(【魔界】)に捨てられたのだとか」
「人工繁殖ではあるが、ルシフェルにとっては我が子じゃろう?魔法適性がないからといって我が子を捨てるのか……。ルシフェルらの行き過ぎた合理主義には、慄然とするのじゃ」
「同感です。生物的本能から離れる事を理性と呼ぶなら、ルシフェル達の行動原理は極めて理性的なのかもしれませんが、あまりにも感情が希薄で無機質過ぎて気持ち悪いですね」
「じゃが、以前聞いた話では、ルシフェルは……人種を守る……という【存在意義】を【知の回廊の人工知能】から移管されたという事じゃったが、何故、魔法適性がない者を捨てるような真似をするのじゃろうか?」
「【知の回廊の人工知能】による命令によってです。ルシフェルは【知の回廊の人工知能】に半ば隷属されていた期間があり、その隷属を打破した後もミカエルやガブリエルやラファエルという身内を【精神支配】され人質に取られてしまい望まない命令の実行を強いられていたそうです。【知の回廊の人工知能】の意図は、北米サーバー(【魔界】)の原住民に知識や技術を与えず文明水準を低い状態で維持する事によって、北米サーバー(【魔界】)支配をやり易くする事だったようです。まあ、それでもルシフェル本人は、ある程度の行動の自由があり日本サーバー(【地上界】)にも行けたようですから、【神竜】などに恭順して【知の回廊の人工知能】に対抗するなど、対応策は幾らでもあったので、全く同情は出来ませんけれどね」
「なるほど」
かつて天帝を僭称した【知の回廊の人工知能】は、【シエーロ】と北米サーバー(【魔界】)を完全に支配しようと考えました。
何故なら、オリジナルの【知の回廊の人工知能】に元来プログラムされていた……人種を守る……という第一優先である【存在意義】を、【知の回廊の人工知能】がルシフェルに移管してしまった事により……秩序を維持する……という第二優先の【使命】が【知の回廊の人工知能】の最大目的にすり替わってしまい、北米サーバー(【魔界】)の秩序維持の為に原住民の隷属的支配という選択を採用してしまったからです。
その隷属的支配体制の確立に際して【知の回廊の人工知能】が重要視したのが、天軍と呼ばれた【天使】族のコミュニティでした。
【天使】族は……上席者の意思に従う……という鉄の階層構造を持ちます。
つまり【天使】族の最上位階にある【熾天使】達を完全に支配出来れば、その下位にいる全ての【天使】達を【知の回廊の人工知能】が支配する事など訳もありません。
天軍の総帥ルシフェルのスペックは、【天使】はもちろん【改造知的生命体】の中でも別格でした。
ルシフェルは、単純なステータス値の比較で【神格】の守護獣にも匹敵するでしょう。
もちろん【神格者】ではないルシフェルは、【神位魔法】や【神位の能力】という理不尽なまでの圧倒的な力を持ち得ないので、【神格】の守護獣と真正面から戦って勝つ事は難しいでしょうが……。
【熾天使】であるミカエル級【改造知的生命体】もクローニング元の種族限界値の高いステータスを誇りました。
しかし、【知の回廊の人工知能】がグリップしている彼ら支配階級の【改造知的生命体】達は数が増やせませんし、個々のステータスも向上しません。
【シエーロ】の【改造知的生命体】以外のクローン【天使】達と、その子孫達は、【天使】特有の上席者に従う階層構造を持つので問題はありませんが、【シエーロ】の【巨人】と北米サーバー(【魔界】)の原住民達は数が多くステータスも成長します。
彼らに魔法や科学の知識と技術……つまり高度な文明を与えれば、総体として支配階級の【改造知的生命体】達のスペックを上回り、叛乱を起こされれば【知の回廊の人工知能】は彼らに倒されるかもしれません。
【知の回廊の人工知能】は、それを恐れたのです。
基本的に【知の回廊の人工知能】は機械でしかありません。
なのでプログラムに従っていただけの虚な機械である【知の回廊の人工知能】に怒りを向けるのは馬鹿馬鹿しい話でした。
しかし、ルシフェルは違います。
ルシフェルは自由意思を持つ人種。
なので私の怒りは、ルシフェルに向いていました。
ルシフェルは、【知の回廊の人工知能】に隷属されていたから致し方ない……とは思いません。
前述の通り、日本サーバー(【地上界】)に向かい【神竜】たるソフィアの前に跪き祈りを捧げて頼れば、【神竜】や【ドラゴニーア】軍の力を借りて、【知の回廊の人工知能】に立ち向かえたのですから。
それをしなかったルシフェルの意図は……いずれ日本サーバー(【地上界】)に侵略して支配してやろう……という計画が【知の回廊の人工知能】だけでなく、ルシフェル自身の野望でもあったからです。
その野望は、ミネルヴァによる情報分析により判明していました。
私は【創造主】が創った、このゲームの世界観を破壊したルシフェルを許せません。
ましてや、【知の回廊の人工知能】とルシフェルが暴虐邪智の限りを尽くした北米サーバー(【魔界】)は、私がコンセプトから作り上げた【マップ】なのですから。
北米サーバー(【魔界】)の初期配置NPC達は、私の子供達のような存在です。
彼らと彼らの子孫達を、【知の回廊の人工知能】とルシフェルは皆殺しにしました。
子供や孫を殺されて、虐殺の首謀者を恨まない者はいません。
私とミネルヴァは、【知の回廊の人工知能】やルシフェルの命令に従っていただけの【天使】達について、罪の重さで個人差はありますが何十年か何百年か後には特赦を与えるつもりです。
しかし、首謀者のルシフェルだけは永遠に懲罰を受けさせ、特赦は与えるつもりはありません。
あるいは北米サーバー(【魔界】)の復興が成り、ルシフェルの利用価値がなくなった時点で、私はルシフェルを滅殺してしまう可能性もあります。
私はルシフェル本人にも、それを通告していました。
滅殺されたくなければ、現在の北米サーバー(【魔界】)の住民の為に働いて、私の怒りが多少なりとも収まるように精々実績を積むしかありません。
ルシフェルには……人種を守る……という【存在意義】があるので、贖罪の為に死刑を受け入れるというような殊勝な気持ちもないのです。
本当にムカつきますよ。
いやいや、あんなクズの為に私が腹を立てるのすら勿体ない。
もうルシフェルについて考えるのは止めましょう。
何か別の楽しい事を考えようではありませんか。
「ソフィア。11月20日から23日までは【ルガーニ】での休暇旅行です。それから年末には【タカマガハラ皇国】旅行で温泉とグルメ三昧を計画しています。なので、ソフィアも公務を溜め込まず予定通りにスケジュールが切れるようにしておいて下さい」
「うむ、わかった。じゃが、11月半ばから後半は【魔界】平定戦の最中になるのではないか?我ら【レジョーネ】が前線を離れる余裕があるじゃろうか?」
ソフィアは訊ねました。
「私達は【遺跡】をクリアして【スタンピード】を止め、地上の魔物を殲滅した後は、時々現地軍の手に余るような局地戦の援軍に出動する程度の簡単なお仕事なので、拘束時間としては比較的暇ですよ。大変なのは私達が切り開いた地域に後方から進出して防衛・復興するルシフェル麾下の現地軍です。彼らは、しばらく寝れないでしょうね」
「ふむ。【ドラゴニーア】としても【魔界】の復興には、支援金や無利子借款などを振り出したり、【魔界】現地政府の復興債を引き受ける準備があるのじゃ。既にアルフォンシーナからミネルヴァに話は通しておる筈じゃ」
「はい、聞いていますよ。国債の引き受けは【ユグドラシル連邦】や【銀行ギルド】でもやってくれるそうですが、【ドラゴニーア】からの資金は額面が1桁違うので助かります。物資は【時間加速装置】の【ドゥーム】から潤沢に供給され始めました。しかし、お金はゲームマスター本部でも発行出来ますが、無尽蔵に金貨を発行すると世界経済がハイパー・インフレになるので出来ませんからね。世界最大の経済大国である【ドラゴニーア】が【魔界】復興のスポンサーになってくれれば、これ以上ない支援です。ありがとうございます」
「気にするな。支援金や借款には、言葉は悪いが【ドラゴニーア】企業の紐付き融資が含まれる。【魔界】は更地からの復興じゃから確実に利益は出るじゃろう。此方も儲けが出る美味しい話なのじゃ」
「とはいえ、それだけの莫大な資金を、直ぐ使用可能なキャッシュで保有している国家は【ドラゴニーア】くらいですから、有り難い事には違いありませんよ」
「まあ、【魔界】が安定すれば、世界経済にも良い影響があるのじゃ……。おっ、【ファミリアーレ】達がいるではないか?乗馬をしておるようじゃ。行ってみよう」
ソフィアは駆け出します。
私達は観光組に合流しました。
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