第1112話。閑話… 続・大神官付き筆頭秘書官の日誌…6。
本日2話目の投稿です。
【竜城】大神官の私室。
私は、アルフォンシーナ様と、お忍びで突然【竜都】にやって来た【イスタール帝国】のラーラ・グレモリー・イスタール皇帝陛下のランチに同席していました。
ラーラ陛下は、現在の後【イスタール帝国】を建国した元勲グレモリー・グリモワール様について、アルフォンシーナ様とお話をしています。
「つまり、900年前の【イスタール帝国】の食糧問題は食糧保管の不備に原因があったという事ですね?グレモリー様は、その事に気が付き各地に倉庫をお造りになる勅令を出された、と?」
アルフォンシーナ様は訊ねました。
「仰る通りです。ご存知の通り、我が【イスタール帝国】は【大砂漠】という不毛の地に国土の大部分を覆われております。従って900年前当時、【イスタール帝国】の食料生産量は決して潤沢とは言えませんでした。しかし輸入なども含めてやり繰りすれば計算上辛うじて何とか足りる食糧は確保されている筈でした。計算上食糧が足りている筈なのに何故【イスタール帝国】国民が飢えるのか?それは簡単な事だったのです。せっかく収穫されたり輸入した食糧は担当責任者達の取り扱いが悪く、輸送、保管、備蓄、加工、流通、販売の段階で度々損失が発生していたのです。あるいは管理者が着服・横領していたモノも何割かあるかもしれません。そうした保管時の損失は、アルフォンシーナ猊下が仰ったように倉庫など施設インフラの不足もありますが、そもそもの問題として【イスタール帝国】の為政者や大臣・官吏達、あるいは現場の役人達が無能だった為に管理体制の不備や不徹底、あるいは食糧の取り扱いに関する見識不足などがあり、貴重な食糧が各地で屋外に野晒しで積み上げられたりして劣化し相当量が廃棄されていたのです。砂漠国家の乾燥地帯で食糧の腐敗という事が起き難いとはいえ、無造作に野積みなどにされれば様々な要因によって食糧は傷みます。国家の中枢にいる為政者達でさえ、そんな基本的な問題にも気付かない程、当時の【イスタール帝国】は文明が遅れた後進国だったのです。いいえ、文明水準の問題ではありませんね。単に為政者達が無能で怠惰だったのですよ。その問題点をグレモリー皇帝陛下は自ら膨大な統計書類や様々な報告書などを読み込み計算して見付け出しました。国書に引くグレモリー陛下のお言葉によると……【イスタール帝国】は人口が少ないのだから飢餓を防ぐだけなら、何も農業大国や畜産大国なんかになる必要はない。少ない人口を食べさせるだけの必要充分な食料を大切に扱って適切に管理し賄えば良いだけだ……と仰ったそうです。このグレモリー陛下による事績は……知識は砂漠の井戸のようなもので、浅いと用を成さない……という【イスタール帝国】の為政者及び全国民に意識改革をさせるお言葉として我がアベスターグ家の家訓、及び【イスタール帝国】政府のモットーの1つとなっております」
ラーラ陛下は仰います。
「なるほど。それは私にとっても為政者の1人として身につまされるお話ですね」
「はい。しかし恐るべきは、【イスタール帝国】の食糧不足に起因する飢餓の際たる原因が、管理の不備だと見抜かれたグレモリー陛下の慧眼です。驚くべき事に翌年から現在に至るまで【イスタール帝国】で食糧不足に起因する餓死者は居なくなりました。それは【モ・グーラ】などで始まった大規模室内農業が軌道に乗ったという事もありますが、食糧管理体制の改善によって廃棄される食糧が激減した事も大きく寄与したのです。何しろ、それ以前の【イスタール帝国】の流通や保管の時点での食糧廃棄率は30%近かったのです。これは消費者による廃棄は含まれません。農業や畜産が容易ではない砂漠気候の【イスタール帝国】で、それだけの食糧が管理の不備で無駄になっていたなんて本当に呆れてしまいますよ。余程当時の為政者達が無能だったのでしょうね。 前【イスタール帝国】の歴代皇帝達や政府が莫大な対外債務を背負ってまで外国から導入した近代化農業とやらで増産された食糧は僅か3%でした。その近代化農業とやらに掛かった予算を捻出する為に【イスタール帝国】が負った対外債務の償還には、国体を引き継いだ後【イスタール帝国】の国民の血税で数百年も掛かったのです。対して、グレモリー陛下が行った食糧備蓄倉庫の建築と適切な食糧管理の徹底は、その100万分の1以下の予算で、10倍の効果を生みました。私達国政に携る者は、過去の【イスタール帝国】の無能な為政者達を反面教師に、何事にも手を抜かず良く考えて真摯に職責を果たす事を肝に銘じております」
「確かに……。グレモリー様という方は、私達が思いもよらないような画期的な方法で問題を解決してしまう事もありますが、殆どの場合は、そのようにして責任ある立場の者達が真剣に思考して真面目に働き、皆が当たり前の事を当たり前に行う事で物事を前進・改善なさる事績が多いようにお見受けしますね」
「仰る通りです。正にそれが当家に伝わるグレモリー陛下からの薫陶の柱となっております。聖君グレモリー祖皇帝陛下語録には……民が飢える国の皇帝は眠ってはならない……という言葉もございます。つまり……飢餓で国民が死ぬ理由は、君主が怠け者だからだ……というグレモリー陛下からの御叱責。それが代々の皇帝が物心ついた時から毎日繰り返し教育され学ぶ【イスタール帝国】流の帝王学なのです」
「なるほど。しかし、グレモリー様の薫陶があったとはいえ、厳しく自らを律して国民に奉仕する姿勢と覚悟はラーラ陛下も御立派だと思いますよ」
「それは、私達アベスターグ家の者達は、自らを……正当な【イスタール帝国】皇帝ではない……と考えているからなのですよ」
「正当ではないとは、如何いう意味でしょうか?」
「我がアベスターグ家の開祖ミースラ・アベスターグの遺言があるのです。開祖ミースラの死に際しての臨終の言葉は……アベスターグ家は【イスタール帝国】の正当な皇帝たるグレモリー・グリモワール陛下から帝位を一時的にお預かりしているだけの、言わば代理皇帝に過ぎないという事を決して忘れてはならない……というモノです。その開祖ミースラの遺言に従い、我がアベスターグ家は代々【イスタール帝国】の帝位を代理として継承して参りました。従って、国民に奉仕する義務を放棄したら、私達アベスターグ家は帝位を返上しなければならなくなります。私も気持ちの上では、正当皇帝たるグレモリー・グリモワール陛下にお仕えする下僕として、現在も仮初の代理皇帝の職務を果たしていると考えております。なので再臨なさったグレモリー陛下に親書をお送り申し上げ……帝位をグレモリー・グリモワール正当皇帝陛下に返上致したい……と言上致しましたが、拒否されてしまいました」
「帝位返上ですか?それは、グレモリー様は現在も【スヴェティア】の終身制国家元首である九賢者の第1席の地位にあるので、【イスタール帝国】の帝位にお戻りになる事は出来ないでしょうね。【イスタール帝国】が【スヴェティア】に併合されるなら、話は別ですが……」
「ええ。グレモリー陛下御本人からも、そのように言われました。私個人としては、グレモリー様が事実上の君主であるなら【スヴェティア】による【イスタール帝国】併合や、【スヴェティア】の属国に【イスタール帝国】がなる事も厭わないのですが、【スヴェティア】を管轄なさるセントラル大陸の守護竜【神竜】様と、我が【イスタール帝国】を管轄なさるイースト大陸の守護竜【アジ・ダハーカ】様との御関係もあり、そう簡単な話ではありませんからね」
「ラーラ陛下。失礼を承知で率直に申し上げますが、そのミースラ・アベスターグ・イスタール皇帝陛下の遺言は、もしかしたらアベスターグ家の帝位を盤石なモノにする為の巧妙な方便なのかもしれませんよ」
「方便ですか?如何いう事でしょうか?」
「もしも、お気を悪くしたならお許し下さい。これは私の穿った見方かもしれませんが、ミースラ・アベスターグ・イスタール第二代皇帝陛下は……大英雄グレモリー・グリモワール様から帝位を禅譲された……とは喧伝せず。アベスターグ家は正当なる【イスタール帝国】皇帝たるグレモリー・グリモワール様から代理帝位を一時的に預かったに如かず……と遺言なさったとの事。仮に血が繋がらない有徳者への皇帝権威の移動を認める禅譲であれば、同じ論理で第三者による簒奪も正当化されます。事実グレモリー様からミースラ陛下への皇帝位の継承は、血の繋がりがない他者へのモノでした。もしかしたら……ミースラ陛下は血が繋がらない他人であるグレモリー様から帝位を継いだのだから……と、第三者がミースラ陛下から帝位を奪ってやろうと考えるかもしれません。しかし、【イスタール帝国】の皇帝権威がグレモリー様から貸与された代理帝位なのであれば、理屈の上ではグレモリー様本人がアベスターグ家から帝位を自らに戻し、改めて第三者へ帝位を貸与しない限り整合性がありません。もしも、アベスターグ宗家の皇帝を易姓革命によって弑逆して帝位簒奪した他家の者が、【イスタール帝国】皇帝を僭称しても、その者は正当皇帝たるグレモリー・グリモワール陛下から帝位を預かってはいませんので、つまり偽の皇帝という事になります。偽の皇帝などという不名誉な称号で呼ばれる事がわかっているなら、皇帝位を奪ってやろうなどと考える者は少ないでしょう。つまり、一見ミースラ陛下は……自らの権威などグレモリー様から与えられた仮初の代理に過ぎない……と謙譲しながら、その実自らの代理帝位を……グレモリー様以外の何人からも侵し難い確固たる根拠……として巧みにアベスターグ家による【イスタール帝国】皇帝位の世襲体制を完成させてしまったのではないでしょうか?恐れながら、ミースラ陛下は平民の御出自です。臣下の中には前【イスタール帝国】の貴族家の血筋の者もいたでしょう。ミースラ陛下がお亡くなりになった時点では、【イスタール帝国】国内にアベスターグ家による皇帝位の世襲を本心では認めたくない者もいたかもしれません。なので、賢明なミースラ陛下は……アベスターグ家は、正当皇帝たるグレモリー・グリモワール陛下から代理帝位を預かっているだけ……と遺言し、事実上アベスターグ家以外の者が【イスタール帝国】の帝位を奪える正統性を完全に潰して、アベスターグ家による帝位世襲を確立したのではないでしょうか?私がミースラ陛下の立場なら、きっとそうします。無論ミースラ陛下以降の歴代アベスターグ家がグレモリー様の代理皇帝として【イスタール帝国】の国民から支持され敬愛される為に善政に腐心した努力の結実として、現代アベスターグ朝【イスタール帝国】皇帝の権威を補完している事は言うまでもありません」
「なるほど……。そういう視点はありませんでしたが、確かに英雄大消失以降、開祖ミースラは皇帝権力の確立には随分苦労したと伝わっています。アルフォンシーナ猊下の推測が正しいのかもしれません」
「開祖ミースラ陛下の遺言を貶めるような事を申し上げてしまい申し訳ありません。御気分を害されたのではありませんか?」
「とんでもない。他ならぬアルフォンシーナ大神官猊下からの様々な示唆に富んだ御言葉ですので、謹んで拝聴致します」
「ゼッフィ。今の話は、この場限りの最高機密として記録しなさい」
アルフォンシーナ様が私に御命令になりました。
「畏まりました」
「ところで、ラーラ陛下。お帰りの予定はいつになりますか?」
アルフォンシーナ様はラーラ陛下にお訊ねになります。
「え〜と……今夜は【ホテル・ドラゴニーア】に1泊して、明日正午の船で帰るつもりでした」
ラーラ陛下は、お答えになりました。
「ならば丁度良いですね。実は今夜【ホテル・ドラゴニーア】のメイン・ダイニングで、グレモリー・グリモワール様が神々とご一緒にディナーをお召し上がりになる予定です。私から、ソフィア様とノヒト様とグレモリー様に……ラーラ陛下も御同席出来ないか?……と伺ってみましょうか?」
「えっ?グレモリー陛下と神々のディナーに、私がご一緒するのですか?それは光栄な事ですが……少し気遅れします」
「御心配には及びませんよ。ソフィア様はもちろん、守護竜の皆様方も、ノヒト様も、ユグドラ様も、グレモリー様も、皆様気さくな方ばかりです。30日にグレモリー様と【サンタ・グレモリア】のアリス・アップルツリー侯爵閣下が、【イスタール帝国】を表敬訪問なさる予定なのでしょう?その前に、グレモリー様と一度非公式な形でお会いになってみては如何ですか?【アガルータ】との問題も公式訪問の前に一度ラーラ陛下からグレモリー様にご相談になれば宜しいと思います」
「【アガルータ】との事ですか?」
「はい。【アガルータ】は、かつてイースト大陸の覇権国でしたが、900年前に【イスタール帝国】との大会戦……【モ・グーラ】の戦い……で一敗地に塗れて以来、急激に影響力を弱め、国力も凋落しました。その【モ・グーラ】の戦いで寡兵の【イスタール帝国】を率いて見事に勝利に導いたのが他ならぬグレモリー・グリモワール様です。30日の公式訪問の際に、グレモリー様から……【イスタール帝国】と【アガルータ】が紛争になれば、【イスタール帝国】の味方になる……との言質を頂ければ、【アガルータ】は震え上がり【イスタール帝国】に手を出す事を躊躇するでしょう。【ドラゴニーア】としてもコストが掛からず同盟国の【イスタール帝国】の安全保障上の懸念が少なくなるなら、とても望ましい事です」
「アルフォンシーナ猊下……あなたは恐ろしい方ですね。我が【イスタール帝国】は【ドラゴニーア】と同盟国で本当に良かったですよ」
「まあ、恐ろしいだなんて……うふふふ……。では、グレモリー様に、今夜のディナーにラーラ陛下を御同席させて頂けるよう、私からお願いしても構いませんか?」
アルフォンシーナ様は微笑んで訊ねます。
「はい。宜しくお願いします」
ラーラ陛下も微笑み返して言いました。
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