第1110話。【エデン牧場】。
【エデン】の都市城壁外。
【エデン牧場】入口。
私達は【エデン】の都市城門から続く街道をゾロゾロと列を成して歩き、牧場の入口にある【エデン牧場】と書かれた立派なゲートのある広場に到着しました。
広場には数台の大型【乗り物】が駐機しています。
この【乗り物】は、言わば観光バスで視察組を乗せる為に準備されたモノだとの事。
「え〜と、では、ここで畜産・酪農を御視察なさる皆様と、牧場を観光なさる皆様で別行動とさせて頂きます」
【座天使】で天軍騎獣管理長であるエバネッセルが言いました。
「我は【ペガサス】を貰い受けに来たのじゃが、どちらに行けば良いのじゃ?」
ソフィアが訊ねます。
「ソフィア様は観光の方でございます」
「うむ。わかったのじゃ」
こうして視察組と観光組で2チームに分かれる事になりました。
視察組は【レジョーネ】、グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオール、【サンタ・グレモリア】の畜産・酪農担当責任者のルパート氏と同現場担当であるデーリー家に、ウィローとエバネッセルが案内役として随行します。
学究肌のウィローは視察を希望したので、私が許可しました。
観光組は私とトリニティとカルネディアとフェリシテとカリュプソ、【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】、【ファミリアーレ】、【フラテッリ】、それからグレモリー・グリモワールの養子フェリシアとレイニールという組み分け。
「なら、また夕食の時にね〜」
グレモリー・グリモワールは言います。
「はい。後程」
視察組は移動用に準備されていた観光バス的な数台の【乗り物】に分乗して、遠方に見える巨大な建物に向かって走り出しました。
あれは牧場地区の本部的な建物です。
観光組は、その場に残されました。
すると、複数の人達が歩み出て来ます。
彼らが私達観光組の案内役なのでしょうね。
「ノヒト様、ソフィア様、皆々様。【エデン】の牧場長を拝命しております、イギー・インカビリアでございます。本日は、ようこそおいで下さいました。私共が丹精込めて育てている家畜達を見て行って下さいませ」
柔和な表情をした老年のイギー・インカビリア牧場長が歩み出て挨拶をしました。
イギー・インカビリアの種族は【山羊足人】で、【天使】ではありません。
楽園と呼ばれる【シエーロ】では農業や畜産に適した環境不変フィールドが沢山あるので、農業や畜産が他種族に比べて、やや不得意な【天使】の弱点をカバーしています。
この世界の【天使】は、個人差はあるものの、基本的には魔法戦闘特化の偏ったステータス構成になっていますからね。
このように【シエーロ】は【天使】の弱点をカバーする環境不変フィールドが設定されているとはいえ、そもそも【天使】より農業や牧畜に適した種族に農業や畜産をやらせた方が良いのは当然の話でした。
【山羊足人】は牧畜に優れた種族。
なので【山羊足人】のイギー・インカビリアが【エデン牧場】の牧場長を務めているのでしょう。
「宜しくお願いします」
私はイギー牧場長に挨拶しました。
「宜しく頼むのじゃ」
ソフィアが鷹揚に言います。
一同も挨拶しました。
私達は、イギー牧場長に促されてゲートを潜り牧場の中に入場します。
「ん?何やら魔力反応が……」
ソフィアが言いました。
「はい。このゲートには家畜に悪影響があるウイルスなどを牧場敷地内に持ち込ませないよう、防疫措置として各種病源の検出ギミックが施されております。私は技術者ではないので、どのような仕組みなのか詳しくはわかりません」
イギー牧場長が説明します。
「なぬっ?それはハイテクじゃ。やはり【シエーロ】の科学力は侮り難い……」
ソフィアは感心しました。
・・・
【エデン牧場】。
「当牧場では、乗馬、搾乳体験、チーズ作り体験、家畜との触れ合いなどが行えます。また動物達によるショー、ソフトクリーム・スタンドなど乳製品を使った各種レストランやカフェや飲食ブース、各種売店などもございます。移動には馬車がございます。どうぞお楽しみ下さいませ」
イギー牧場長が説明します。
牧場スタッフにより、皆に【エデン牧場】の地図が付いたパンフレットが配られました。
「では自由時間にします。牧場の敷地の外には出ないように。午後5時30分になったら、このゲートに集合して下さい」
私は皆に言います。
「「「「「は〜い」」」」」
子供達が返事をしました。
早速カルネディアとフェリシテ、【ファミリアーレ】と【フラテッリ】、フェリシアとレイニール達の子供チームは連れ立って近くにあったソフトクリーム・スタンドに向かいます。
子供達に、トリニティと【エデン牧場】のスタッフが案内役として数人付いて行きました。
【フラテッリ】のクイントは大興奮。
彼女は、自分専用のアイスクリーム製造機を欲しがるくらいアイスクリームが大好物のようです。
「我は、アイスクリームの上にソフトクリームを乗せるかの〜。アイスクリームを土台にして、こう3本のソフトクリームを伸ばすのじゃ。名付けて【ケルベロス】スペシャルじゃ」
「アタシはバニラと苺のスパイラルにしようっと」
ソフィアとウルスラが言いました。
「はい。待った」
私は、ソフィアを捕獲します。
「はっ、離せっ!何をするっ!我は、【ケルベロス】スペシャルを……」
ソフィアがジタバタと暴れました。
「ソフィア。あなたは【ペガサス】を受領しに行くのでしょう?その為にイギー牧場長がスタンバイしているのですから」
「その前にソフトクリームを買うのじゃっ!牧場と言えば、ソフトクリームなのじゃっ!」
「後です。ソフトクリームはなくなりませんよ」
「嫌じゃーーっ!」
ソフィアは絶叫します。
結局、ソフィアとウルスラはソフトクリーム・スタンドで大量のソフトクリームやアイスクリームを買い占めて【収納】に詰め込みました。
ソフィアを引率すると、いちいちスケジュールが脱線するのですよね。
一度に接客するとソフトクリーム・スタンドが混雑して時間効率が悪くなる……とか考えないのでしょうか?
まあ、急ぎませんので構いませんが……。
・・・
私とカリュプソと【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】はイギー・インカビリア牧場長に案内されて牧場内を歩いていました。
ソフィアとウルスラは満面の笑みでソフトクリームを頬張りながら歩いています。
ソフィアのソフトクリームは、本来の販売用規格では、あり得ない高さになっていましたが、ソフィアが【理力魔法】で支えているので崩れません。
【ペガサス】が繁用されている厩舎まで【転移】や【飛行】などで移動すれば早いのですが、別に急ぐ理由もないので牧場内を散策がてらの移動となりました。
こういう時間の使い方が贅沢というモノです。
「【エデン】は【シエーロ】で最も畜産・酪農が盛んな地域です。牛、豚、羊、山羊、馬、驢馬、鶏……など動物種の家畜と、魔物種である【エデン牛】、野生の【パイア】が家畜化した【ヒュージ・ピッグ】、【ペガサス】、【ユニコーン】、【バイコーン】、【トライコーン】、通称【ビッグ・ホーン】としても知られる【巨角羊】、山羊の魔物【カプリコーン】……など多数の家畜を繁殖・飼育しています。かつての【シエーロ】では、クローニングと生体培養技術による工場による食肉生産がメインになっておりましたが、ミネルヴァ様よりクローニング技術の一部凍結も含めて食料生産計画の見直しを指示され、現在牧場は大忙しです。しかし、私共のように以前から【エデン】の牧場運営に携わって来た者にとっては、大変やり甲斐がある事です。やはり食肉も乳製品も、クローン培養されたモノより、自然の中で生まれ育ったモノの方が美味しいですからね」
イギー牧場長は歩きながら説明しました。
ミネルヴァの査察によると、【知の回廊の人工知能】とルシフェルの主導によって生産されていたクローニング技術を用いたバイオ・ケミカルな食肉は、安全性や栄養価などの面で、一応は……問題ない……という判断が下されています。
しかし、現代日本人的な感覚かもしれませんが、私は気分的に工場で生産されたクローン生物の肉より、牧場で草を食んで育った家畜の肉の方が、何となく美味しそうな気がしました。
実際、クローン肉は全ての食肉が完全に均質な味になりますが、人の手による飼育では双子の家畜でも育て方を変えると全く異なる味になるそうです。
味覚というのは個人差が大きい感覚なので、同じ品種の家畜でも飼育法次第で多様な味の食肉が生まれる方が面白いと思いますけれどね。
私は、食とは単なる栄養補給ではなく、人生の楽しみだと思います。
なので、私の意向を汲んだミネルヴァの指導で、今後【シエーロ】では、なるべく人の手による農業や畜産に回帰する方向で改革が行われていました。
少し前までは【魔界】平定戦や、その後の北米サーバー(【魔界】)復興事業などを考慮して、【シエーロ】はクローニングを含めた生産力の全てをフル稼働していましたが、現在は単純な生産力だけなら【時間加速装置】の【ドゥーム】から出荷される膨大な生産物があるので、もはや単純一次生産は必要がなくなっています。
今後【シエーロ】の農業や畜産業は、美味しさや多様性や希少性など、より付加価値が高い方向にシフトする必要がありました。
そうしなければ【シエーロ】の農業や畜産業は、【ドゥーム】の生産物によって完全に駆逐されてしまうでしょう。
私とミネルヴァは、【オーバー・ワールド】諸国には【ドゥーム】生産物に対する関税を掛けて自国の産業を守る特例を認めていました。
しかし【シエーロ】は、その特例の対象外。
何故なら、【シエーロ】は【創造主】の直轄地であり、【ドゥーム】はゲームマスター本部直轄地だからです。
外界とのアクセスが途切れている現在の世界において、【シエーロ】の最高責任者は【創造主】の全権代理である私でした。
また【ドゥーム】を直轄するゲームマスター本部の最高責任者も私です。
つまり、私が管轄する【シエーロ】と【ドゥーム】の間で貿易関税を掛けるのは、私名義の口座同士でお金が動くようなモノで無意味ですからね。
従って今後【シエーロ】の産業は、物量ではなく品質やサービスの面で【ドゥーム】とは差別化を図らなければいけません。
「あれは何じゃ?」
ソフィアが牧場の彼方此方に置かれた白い円形の塊を指差して訊ねました。
ソフィアが指差す先には、巨大なカマンベール・チーズのような白い塊があります。
「あれは、ロール・ベール・ラップ・サイレージでございます。牧草を刈り纏めてラップに包んで発酵を促し、保存性を高め栄養価を高める措置として行います」
イギー牧場長が説明しました。
「ほう。あれがグレモリーが欲しがったサイレージ・マシンなるモノによって作られる発酵飼料か?」
「はい。ロール・ベール・ラップ・サイレージなら大規模な発酵サイロを建築する必要がないので、省スペースで経済的です。その代わり、牧草を刈り取りラップを巻く工程にサイレージ・マシンが必要となります。マシンではなく原始的な人海戦術でも可能ですが、人手を掛けられるなら大規模なサイロを建築して纏めてサイレージした方が効率的です」
「なるほど。技術力がない代わりに人件費が安い国や地域なら原始的な方法。先進国で機械化による集約農業を行うならサイレージ・マシンの方が良いのじゃな?」
「仰る通りです。他にもロール・ベール・ラップ・サイレージの利点は、個別にラップ梱包されたサイレージを輸送や輸出する際にも便利です。もちろん様々な事情を考慮して双方を併用しても構いません。例えば牧草ではなく、穀物のサイレージを行う場合には、うちの牧場でもタンク型のサイロを使用します。視察に向かわれた皆様は、それらを御覧になるでしょう」
「なるほど。勉強になったのじゃ」
ソフィアは頷きます。
ソフィアは知らないようですが、【ドラゴニーア】を含む先進国には、既に刈り取りからラッピングまで1台で熟せる農機のサイレージ・マシンがありますけれどね。
ただし、使い勝手などの面で希望するモノがなかったので、グレモリー・グリモワールは【シエーロ】からサイレージ・マシンを購入しようと考えたようです。
もしかしたら、グレモリー・グリモワールが本格的に畜産・酪農を行わせようと考えている【サンタ・グレモリア】の牧場は比較的規模が小さいので、【ダビンチ・メッカニカ】や【ガリレオ・テックニカ】などが製造している大規模牧場向けの業務用サイレージ・マシンでは大き過ぎたり取り回しが悪かったのかもしれません。
【シエーロ】では、北米サーバー(【魔界】)で使用する目的で比較的小型のサイレージ・マシンも開発・生産されていたので、グレモリー・グリモワールの需要に適ったのでしょう。
北米サーバー(【魔界】)は魔物の脅威に曝されているので、基本的に都市城壁内で畜産や酪農が行われていますので、小型のサイレージ・マシンが使われていました。
そうこうする内、私達は1棟の大きな建物に到着します。
騎馬の繁用施設でした。
「こちらにソフィア様に献上申し上げる【ペガサス】の駿馬が繁用されております」
イギー牧場長が言います。
「うむ。見ようではないか」
私達は繁用施設に入りました。
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