第1109話。雑談しながら移動。
【エデン】都市城壁外。
私達は【エデン】の都市城壁を出て、長閑な風景の中を歩いています。
【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】を目標に利用して牧場まで一気に【転移】しても良かったのですが、別に急ぐ理由もないので私達は自然の中を歩く事にしました。
青々とした草原を歩くのは気持ちが良いですからね。
私達は他愛ない雑談をしながら牧場に続く道を歩きます。
カルネディアとフェリシテ、グレモリー・グリモワールの養子であるフェリシアとレイニール、【ファミリアーレ】、【フラテッリ】は楽しげに話しながら歩いていました。
子供達は、あっという間に仲良くなります。
【エデン】の城壁外は見渡す限りの草原が広がっていました。
この草原はゲーム時代から存在する環境不変フィールドです。
そして【エデン】周辺の環境不変フィールドは雑多な植物が生える【草原】や【草地】ではなく、放っておいても勝手に畜産や酪農に適した草が自然に繁茂する【採草地】や【放牧地】などに設定されていました。
つまり、元来【エデン】はゲーム会社が牧畜に最適化して創り出した【領域】なのです。
【シエーロ】では、他にも【畑】や【水田】や【果樹園】などとして初期設定された環境不変フィールドの【領域】が多数存在していました。
こうして農業や畜産に最適化された【領域】に住む【シエーロ】の主要原住民である【天使】達は、【人】などに比べて農業や畜産の能力で劣るのに、【シエーロ】は楽園と呼ばれる程に豊かなのです。
そのように恵まれた土地に住む事で【シエーロ】の【天使】が、おかしな特権意識や選民思想を持ち、【知の回廊の人工知能】やルシフェルに扇動されて数多の罪なきNPC達を虐殺した事に繋がるとするなら、私は、そのようにして【シエーロ】を創ったゲーム会社の一員として不本意で仕方ありません。
ただし、現在【シエーロ】に暮らす【天使】達は、私達ゲーム会社が初期配置したNPCではなく、【知の回廊の人工知能】とルシフェルらによって作り出されたクローン達なので、彼らの手による虐殺は、直接的にはゲーム会社の責任ではないのですが……。
「ノヒト。実は【竜の湖】の湖底に生まれた【スポーン・オブジェクト】を攻略したらクリア報酬として【シェイプ・シフター】を手に入れたんだよ」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「へえ、【シェイプ・シフター】とは珍しいですね」
「うん。アップ・デート……つまり【魔界】か【七色星】かはわからないけれど、新【マップ】のエントリーによって、もしかしたら魔物の希少性に変化が起きているんじゃないのかな?私は、この前も【超絶レア】の魔物【ハンプティ・ダンプティ】と【遭遇】して【調伏】したばかりなんだよ」
「ミネルヴァによると、新【マップ】エントリーの大規模アップデートで様々な微調整や新要素の実装が行われているようですが、魔物や【魔人】などの【スポーン】率や【遭遇】率に変更はないそうですよ」
「あ、そう。何だか、最近やけに引きが良いんだよね〜……」
「グレモリーは、ゲーム時代より【運】ステータスが向上していますよ。あなたが見るステータス表示上は変化はないでしょうが、私が持つ運営用の【鑑定】ではわかります」
「マジか?何で?」
「あなたは異世界転移してからプレイヤー・キルをしていますか?」
「結構しているよ。対【ウトピーア法皇国】戦争とか色々あったから……」
「あれは【世界の理】と国際法上、【ウトピーア法皇国】に非があり、あなたには正当防衛が認められる戦争ですから【善行値】に変化は起きません。つまり、【善行値】がマイナスされるようなプレイヤー・キルという意味ですよ」
「そういう意味のプレイヤー・キルはしてないね。今は、私にウザ絡みして来たり、ムカつくユーザー連中がいないから。プレイヤー・キル以前に、そもそもプレイヤー・ヴァーサス・プレイヤーが起きない」
「なので、グレモリーには異世界転移以来、【善行値】のマイナスが起きていません。それに加えて、あなたは【サンタ・グレモリア】で孤児や貧困層を大勢庇護するなどして【善行値】が大幅プラスになっています。結果ゲーム時代のあなたに起きていた【運】の【下方修正】が解消されたのですよ。引きの強さは、その所為でしょう」
「なるほどね……。異世界はユーザーがいなくなって危機に陥ってしまったけれど、私個人にとってはユーザーがいなくなって、むしろ平和になったって事か」
「そういう事です」
「グレモリー。その【シェイプ・シフター】や【ハンプティ・ダンプティ】とは何じゃ?」
ソフィアが質問します。
「魔物だよ。ま、見てもらった方が早いかな……」
グレモリー・グリモワールはポケットの中から軟式テニス・ボールのようなモノを取り出しました。
「ほう。白い球体じゃが?これが魔物か?」
「うん。種族としては【スライム】や【ウーズ】や【ショゴス】とかと同じ不定形生物だよ」
「グレモリー。いつも【シェイプ・シフター】をポケットに入れて、そんな無造作に持ち歩いているのですか?」
「【調伏】してからポッケに入れっぱだった……」
グレモリー・グリモワールは苦笑して頭を掻きます。
「まあ、グレモリーの従魔ですから別に好きなように持ち歩いてもらって構いませんし、【調伏】された【シェイプ・シフター】は、主人であるグレモリーの魔力をエネルギーとして受け取れるので飢えて死ぬ心配はないので良いのですけれどね」
「【シェイプ・シフター】って、魔力以外は何を食べるのかな?」
「雑食です。【スライム】のように生ゴミでも何でも食べますよ」
「なら、飼う手間が掛からなくて良いね」
「グレモリー。その【シェイプ・シフター】とやらは【スライム】なのか?」
ソフィアが訊ねました。
「【シェイプ・シフター】は、種族特性として持つギミックが【スライム】とは大分違う。もしかしたら……ドッペルゲンガー……という俗称の方が有名かもね」
「【ドッペルゲンガー】とは【チュートリアル】で現れる自分自身の姿をした【幻影】の事ではないのか?我は2度目に【チュートリアル】に入った折、【泉の妖精】から、そう説明されたが?」
「うん。この世界の設定上は、それが正確な【ドッペルゲンガー】の定義だけれど、私らユーザーは、この【シェイプ・シフター】の事を俗称でドッペルゲンガーとか、ドッペルとか読んでいたんだよ。【シェイプ・シフター】よりドッペルゲンガーの方が地球では耳馴染みがある言葉だし、本物の【ドッペルゲンガー】とは【チュートリアル】でしか【遭遇】しないからさ」
「ふむ。なるほど」
【シェイプ・シフター】とは、変身能力を持ち、球体の姿で【スポーン】し、位階によって最大で無限の姿に【形状変更】を行える不定形生物に分類される魔物です。
【シェイプ・シフター】に特定の正体という状態はなく……【形状変更】する……という【能力】そのものが本質で、球体の形で【スポーン】するのは、単に表面張力的に球体が最もエネルギーを消費しない形状だからでした。
「この【シェイプ・シフター】は低レベルだから、こんなに小さいし知性も低い。それに今は何も形状記憶させていないから【形状変更】もしないけれど、レベルがカンストした【シェイプ・シフター】を従魔として使役すると強力な味方ユニットになる。【シェイプ・シフター】は接触した生物に変身して、変身した生物の最高で50%のステータスをコピー出来るんだよ。私に変身すれば外見だけでは区別出来ないだろうね」
「グレモリーの50%とな?それは弱いのではないか?」
「ま、ソフィアちゃんからしたら、そうだろうけれど、私は、この世界の平均的な人種より圧倒的に強いし、魔法が得意だから、私の50%コピーでも相対的には強力な個体だよ。それに、魔力量とか魔法の最大出力とかに関係ない私が持つ雑多な細々した魔法を、私に変身した【シェイプ・シフター】に行使させれば色々と便利なんだよ。【魔法の木】が全開放されている私が使える魔法の種類は滅茶苦茶多いからね」
「なぬっ!では、我が、その【シェイプ・シフター】を使役すれば、我の50%のコピーを作れるのか?」
「それは、どうかな?【シェイプ・シフター】で守護竜をコピーした事例を、私は聞いた事がないし……」
「作れませんね。【神格者】はコピー出来ない仕様です」
「つまり、グレモリーが使役するヒモ太郎も、元は【神格】の守護獣じゃからコピー出来ないのじゃな?」
ソフィアは訊ねます。
「出来ませんね。というか、ヒモ太郎は【ホムンクルス】で厳密には生物ではありません。【シェイプ・シフター】は生物にしか【形状変更】しません」
「なるほど。じゃが、例えばアルフォンシーナならば50%のステータスでコピーが可能なのじゃな?」
「はい」
「しかし、アルフォンシーナの50%とは、どの程度のスペックなのじゃろうか?一般的な人種より優秀なのか?劣るのか?それとも有能な聖職者や公職者より更に優れておるのじゃろうか?あまりピンと来ぬのう」
「アルフォンシーナさんに変身した【シェイプ・シフター】は、軽く【竜城】で働く【上位女神官】の平均以上のスペックにはなるでしょうね」
「有用ではないか?我も【シェイプ・シフター】が欲しいのじゃ」
「【遭遇】したら【調伏】すれば良いのですよ。【シェイプ・シフター】は【超絶レア】個体ですが、ソフィアはグレモリーより【運】ステータスが高く、【天運】の【才能】も持っているので、将来的に【遭遇】する可能性はあるでしょう」
「そうじゃな。して、【ハンプティ・ダンプティ】という魔物の方は、どんな性質を持つのじゃ?グレモリーの口ぶりでは、【ハンプティ・ダンプティ】も相当有用に違いない」
「ま、一応は便利だね。【ハンプティ・ダンプティ】は【宝箱】並の【収納】容量を持つ魔物なんだよ。自立で活動出来るから、主人の命令に従って動ける大容量【収納】として荷物持ちとか輸送とかお使いとかに役立つ。でも、脆弱だから戦闘ではクソの役にも立たないけれどね。今の私は、【ハンプティ・ダンプティ】の能力を完全に上位互換する【宝物庫】を装備した【自動人形】・シグニチャー・エディションを、ノヒトとミネルヴァさんから大量に貸与されているから、【ハンプティ・ダンプティ】はスペックが微妙で正直使い道がないんだよ。だから、【サラザール】とか【ロックウェル】とかの国際オークションで売っ払っちゃおうかと思っているんだけれどさ」
グレモリー・グリモワールは説明しました。
「確かに好事家の王侯貴族や富豪などなら、【ハンプティ・ダンプティ】を面白がって高値で競り落としてくれるかもしれませんね」
「ふむふむ。【収納】能力はともかく、珍しい魔物ならば我もコレクションとして飼いたいのじゃ」
ソフィアが言います。
「なら、ソフィアちゃんが買う?1千金貨なら即金の相対で売るけれど?」
グレモリー・グリモワールは条件を提示しました。
「1千金貨とは、法外な値段じゃっ!グレモリーはタダで手に入れたのじゃろう?」
1千金貨は日本円なら、1億円相当です。
「ピオさんが言うには、【ハンプティ・ダンプティ】は希少だから、相場は1個体で数千金貨は下らないらしいよ」
「ぬぐぐ……。高過ぎる。それなら自分で見付けて【調伏】した方が良いのじゃ」
「あ、そう?私は、別にどちらでも構わないけれど」
ソフィアは巨万の個人資産を持つ割には、結構お金には渋いところがありますからね。
「まあ、グレモリーが言うように【宝物庫】を装備した【自動人形】・シグニチャー・エディションは、【ハンプティ・ダンプティ】を上位互換しますので、現状ソフィアが【ハンプティ・ダンプティ】を実働運用するメリットはありません。コレクションとしての相場が高いと感じるなら、そういう時は直感に従って買い控えておけば、それが正しい判断ですよ」
「うむ。わかったのじゃ」
ソフィアは頷きました。
「後さ、思い出したんだけれど、ゲーム時代に私が発見した【アスピドケロン】の仮拠点って如何なってるのかな?あれが、まだ健在なら【アスピドケロン】の上を私の別荘か拠点として開発したいんだけれど、私が900年前に置いて来た【ビーコン】は、エネルギー切れになって魔力反応が途切れてロストしちゃっているんだよ」
グレモリー・グリモワールが訊ねます。
「ミネルヴァに聞いてみて下さい。彼女のサーベイランスなら見付かるでしょう」
「そっか……なるほど。ノヒト、私が見付けた【アスピドケロン】は今サウス大陸南の外洋を泳いでるってさ。【アスピドケロン】上の仮拠点は半壊しているらしいけれど、現時点で誰も上陸して実効支配している訳ではないから、今も、あの【アスピドケロン】の所有権は登記通りに私のモノとして認められているっぽい」
チーフ……グレモリーさんが900年前に発見した【アスピドケロン】上に【キー・ホール】を送って、近い内に彼女を【転移】で現地に連れて行く約束をしました。
ミネルヴァが【念話】で報告しました。
わかりました……【転移】は私がやるか、トリニティかカリュプソにやらせましょう。
私は【念話】で了解します。
「グレモリー。ミネルヴァが、あなたの【アスピドケロン】に【スパイ・ドローン】の【キー・ホール】を派遣しますので、到着し次第【転移】で連れて行きますよ」
「マジで?あんがとね〜」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「グレモリーよ。その【アスピドケロン】とは何じゃ?」
ソフィアが訊ねます。
「【アスピドケロン】てのは巨大な亀の姿をした、所謂島状の魔物だよ。島のように巨大な亀だけれど穏やかな性質で海上に浮かんで、ゆっくり世界中の海を回遊している。亀の甲羅の部分は、森や砂浜などの環境不変ギミックを持つ島になっているから、そこに住む事も出来る。【アスピドケロン】が潜水すると沈んじゃうけれど、甲羅の上には【転移】や魔法は阻害しないけれど水密ギミックだけがある特殊な【結界】が張ってあるから、島の上にいる生き物は溺れない。私は、あれを別荘にしようかと思っているんだ」
「ほ〜う、そのような魔物がいるのか?我も欲しいのじゃ」
「巨大な亀の【アスピドケロン】の他にも島状の魔物は、巨大な魚の【ルティーヤー】とか、巨大な蟹の【サラタン】とかがいるよ。最初に上陸する時に、その魔物の島内にある【スポーン・オブジェクト】を攻略しなくちゃならない。【スポーン・オブジェクト】の攻略に失敗するとプレイヤーはランダムで何処かの地上に強制【転移】させられて、島状の魔物は、そのまま逃げちゃうけれどね」
「ノヒト。我にも【アスピドケロン】を見付けてくれ」
「何に使うのですか?」
「秘密基地や空母として使うのじゃ。あるいは海生人種の神殿の本部用地にするのも良い」
「島状の魔物は操縦出来ず、回遊に任せているだけなので、基地や空母や神殿用地としては使い勝手が悪過ぎますよ。グレモリーのように別荘などとして利用するのが主な用途です」
「勝手に回遊してしまうのなら、その【アスピドケロン】の島までの移動は如何するのじゃ?見失ったら二度と見付からぬのか?あるいはアンカーなどで固定するとか?」
「普通はグレモリーがそうしていたように島内に魔力反応を飛ばす【ビーコン】などを設置しておいて、その反応で場所を特定して海洋船舶や飛空船や【飛行】などで移動するのです。【アスピドケロン】などの島状の魔物は極めて巨大ですからパワーも凄まじいので、海底にアンカーを打ったくらいでは固定は出来ません。私とパスで繋がる者と、ソフィア(の脳に共生するフロネシス)ならば、移動する【転移座標】にも【転移】が可能ですけれどね」
「なるほど。なら【アスピドケロン】を見付けて別荘にしたいのじゃ」
「暇が出来たら構いませんよ」
「約束じゃぞ」
「はい。暇が出来たらですけれどね」
「うむ」
そうこうしていると、視線の先に白い柵で囲われた牧場が見えて来ました。
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