第1107話。王冠と手術。
【エデン】中央神殿の広間。
「ノヒト、グレモリーよ。たった今アルフォンシーナから連絡があったが、カルネディアと【フラテッリ】、それからフェリシアとレイニールと学友達の11月1日からの国立学校編入の手続きが正式に完了したそうじゃ。一応学力テストは受けてもらうが、魔力適性検査の結果、名前を書いて白紙で提出しても合格は確定じゃ」
ソフィアが言いました。
「ありがとうね。うちの子達の事を宜しく」
グレモリー・グリモワールは頭を下げて丁寧にお礼を言います。
「うむ」
「魔力適性検査とは?」
「ん?我は、アルフォンシーナから……カルネディアと【フラテッリ】のメンバー達の魔力量は合格基準を上回った……としか聞いておらぬが?」
チーフ……私が、カルネディアと【フラテッリ】を【魔力探知】した数値データをアルフォンシーナ・ロマリアに送りました。
ミネルヴァが【念話】で報告しました。
あ、そう。
「ミネルヴァからデータが送られていたそうです」
「そうか」
「もしかして編入の件を急がせてしまいましたか?私は来年の頭からでも良かったのですが?」
「我が急がせたのじゃ。別に早くて困る事はあるまい?」
ソフィアは言います。
「まあ、そうですね。何はともあれ、ありがとうございます」
「うむ。アルフォンシーナからの言伝で……グレモリーの方へは制服や教材などを【転送装置】で送るそうじゃが、ノヒトの方は制服などのサイズがわからぬが如何すれば良いか訊いて欲しい……そうじゃ」
「私の【収納】に入ったアイテム類はサイズが着用者に自動的に合うようになっているので、ミネルヴァ宛に【転送装置】で送ってくれれば有り難いです」
「わかったのじゃ」
「ソフィアちゃん。ペトロニアとベネディクトの事も受け入れてくれてありがとうね」
グレモリー・グリモワールがソフィアに言いました。
「何程の事もない。あの姉弟の種族が【魔人】の【ワー・ウルフ】だからと言って受け入れを拒否すれば、同じ理由でカルネディアの事も拒否せねばならなくなる。【ドラゴニーア】の国益として……【調停者】たるノヒトの養女を入学拒否した……などという噂が諸外国に拡まれば拭い難い汚点になる。ましてや、【フラテッリ】の者達は【超位級】の魔物なのじゃから、【魔人】の2人やそこいらなど今更という話じゃ」
「グレモリー。【ワー・ウルフ】の子達を【ドラゴニーア】に留学させるのですか?」
「うん。私は、フェリシアとレイニールが友達がいない学校に1人で転校するのは可哀想かと思って、【サンタ・グレモリア】の年齢が近い優秀な子を2人ずつ、フェリシアとレイニールと一緒に留学させようと思ったんだけれど。ディーテとかナディアとかアリスとかが……フェリシアとレイニールには護衛と側仕えが必要だ……って言って、フェリシアとレイニール以外では同年代で最強の【ワー・ウルフ】の姉弟も送り出す事になったんだよね。フェリシアとレイニールは強いし、自分の事は自分で出来るから必要ないって言ったんだけれどね……」
グレモリー・グリモワールは苦笑いします。
「いいえ、ダメよ。今世界で最も発展著しい自由都市【サンタ・グレモリア】の庇護者である【英雄】グレモリー・グリモワールの子供達に、護衛も側仕えもいないのでは何か良からぬ事を考える輩が現れるかもしれない。誘拐とか暗殺とかね。もちろんフェリシアとレイニールは強いけれど、狙われるという事自体が問題だし、【ドラゴニーア】にも迷惑が掛かるわ」
ディーテ・エクセルシオールが言いました。
「うむ。【竜都】の第1国立学校の対外警備は極めて厳重じゃが、学生や生徒として誘拐犯や刺客が送り込まれる可能性が絶対にないとは言えぬ。そういう胡乱な輩が犯行を諦めるような抑止力は何重にもあった方が良いじゃろう。フェリシアとレイニールは人種としては強大な戦闘力を持つが、見た目は普通の子供達じゃ。フェリシアとレイニールの側に常に目立つ【ワー・ウルフ】が付いておれば、敵も迂闊に手は出して来られぬのじゃ。それは、カルネディアも同様じゃぞ。カルネディアは自身が【ゴルゴーン】じゃからフェリシアとレイニールに比べれば、敵から侮られる事はないじゃろうが、こう言っては何じゃが、【聖格】持ちの【英雄】とはいえ人種には違いないグレモリーの養子のフェリシアとレイニールより、【神格者】のノヒトの養女であるカルネディアの方が敵からすると価値が高い標的になる。アルフォンシーナが【フラテッリ】の受け入れを了承したのも、他人を害せない【パンダの着ぐるみ】を【フラテッリ】に着せない方針を採ったのも、【フラテッリ】をカルネディアの護衛として見ておるからじゃ」
ソフィアは説明します。
「アルフォンシーナさんが、【フラテッリ】に【パンダの着ぐるみ】を着せる事を止めさせた背景は、そういう理由があったのですか?」
「当たり前じゃろう。アルフォンシーナが【フラテッリ】に【パンダの着ぐるみ】を着せないのは、いざという時にはカルネディアを守らせる為じゃ。その辺り、アルフォンシーナの安全保障に関する感性は超一流じゃ」
ミネルヴァ……あなたは、アルフォンシーナさんの考えを理解していましたか?
私は【念話】で訊ねました。
アルフォンシーナ・ロマリアから、そのようにした方が良いと提案され了解しました……彼女は恐るべき一代の傑物です。
ミネルヴァが【念話】で答えます。
なるほど。
兎にも角にも、カルネディアと【フラテッリ】は11月1から【竜都】の国立学校に編入する事になりました。
カルネディアと【フラテッリ】は、初等部6年生(日本の学年なら小学5年生)に編入し、グレモリー・グリモワールの養子のレイニールと同じクラスになるそうです。
「グレモリー。あの話をしなくても良いのかい?」
ユグドラが訊ねました。
「あの話?何の話だっけ?」
グレモリー・グリモワールは訊ね返します。
「シャワー室の件さ。一応ノヒトにも伝えておいた方が良いのではないかな?」
「あ〜、あれね……」
「何の話ですか?」
「【スカアハ訓練所】のシャワー室に隠しカメラが幾つか仕掛けてあったんだよ」
「はい?何ですって?」
「あ〜、心配はいらない。みんなが服を脱ぐ前に私が隠されていたカメラに気付いたからね。昨日までは、そんな魔力反応はなかったから私達の関係者に盗撮の被害に遭った者はいないよ」
「誰が何の為にそんな事を?」
「さあ?シャワー室を盗撮するような奴の考えなんかわからないね。【スカアハ訓練所】にはクレームを入れといた。【アンサリング・ストーン】を使って、その場にいた教官や職員からは一応事情聴取はしたけれど、隠しカメラについて何か知っている者はいなかった。訓練生達は聴取してない。犯人は、あの場にいなかった教職員か、訓練生か、あるいは外部の者か?破廉恥な目的か、あるいは他に何らかの意図があったのか?何もわからないね。ただし、女子だけじゃなく男子のシャワー室にも隠しカメラがあったよ。【スカアハ訓練所】が責任を持って調査をしてくれるそうだけれど、被害が出なかったから若い訓練生の悪戯とかなら大事にするつもりはないと【スカアハ訓練所】側には伝えたけれど、ノヒト的には、その対応で構わなかった?」
「ええ、構いません」
ミネルヴァ……一応、こちらでも調査をお願いします。
私は【念話】で指示しました。
了解です……この手の盗撮事件の大半は女子を標的にしたモノです……男子シャワー室も盗撮されていたというのが気になりますね。
ミネルヴァが【念話】で言います。
世の中には男女を問わず変質者はいますし、それに狙う性別を問わない変質者もいますからね。
「ノヒト。そろそろ牧場に向かうのじゃ。【ペガサス】の雄を我のペットにするのじゃ」
ソフィアが言いました。
「わかりました」
「あ、いや待て。その前に我は【生命の樹】というオブジェクトを見たいのじゃ」
「【生命の樹】ですね?はいはい……」
【ファミリアーレ】と【フラテッリ】が残った料理を各自の【宝物庫】に回収して、私達は神殿の地下にある【生命の樹】を見に行きます。
・・・
【エデン】中央神殿の地下。
亜空間フィールド【生命の樹】。
「ここも懐かしいね〜」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「グレモリー。この【生命の樹】の【秘跡】報酬は王国だというが、其方は国など欲しくはなかったのだとノヒトから聞いた。それは何故じゃ?」
ソフィアが訊ねます。
「国なんか絶対いらないね。私は【イスタール帝国】で半年皇帝をやってわかったよ。国家統治ってのはクッソ面倒で自由がないし、皇帝なんかになるメリットは全くない。王とか皇帝とかをやりたいと考える奴は無知か、然もなきゃドMだね」
「君主になるメリットはあるでしょう?地位、名誉、権力、富……その他諸々」
リントは言いました。
「地位や名誉なんか実体のない虚飾でしかない。私は統一物質主義の提唱者だよ。物理的な実体がないモノは信じない。権力も自分自身と身の周りの事が、そこそこ思い通りになれば事足りる。私は他所様から傅かれたりするのは好きじゃない。人は世間から敬われ過ぎず憎まれ過ぎずの塩梅が丁度良いんだよ。富も国家予算の中で王や皇帝が自由に出来る額なんて微々たるモノでしかない。私利私欲の為に民の窮乏を無視して重税を科したり、公の為に使わなくちゃならない国家予算を王や皇帝が私物化すれば、革命やクーデターに遭うか心ある誰かに誅されるかもしれない。大勢の民が神殿に願い出て……王を除いてくれ……と守護竜に頼めば、神罰に遭う可能性もある。結局、王や皇帝は余程頭がアレじゃなきゃ、守護竜という本物の神がいる此の世界では存外に好き放題は出来ないんだよ。だったら冒険者をやっている方が、ずっと自由で気楽だからね」
「いや。それはグレモリーが……民の為に善き皇帝たらん……としたからよ。世の中には酷い王や皇帝や、その他色々な肩書の独裁者もいるわ」
「だから、そういうタイプの王や皇帝や独裁者は頭がアレだって言っているんだよ。マトモな頭があるなら、民が貧しいのに自分が贅沢な暮らしをして幸せを感じられる訳がない。自分の国の民が貧しいのは、為政者たる自分の所為なんだからね。私は傍若無人に振る舞っているけれど、それが傍若無人だと理解してやっている。民を虐げて自分が贅沢をするのを悪い事だと思わないで当然だと思う王や皇帝や独裁者は、もはや頭がおかしいんだよ。そういう連中の頭に必要なのは、王冠じゃなくて手術だね」
「うむ。我は、アルフォンシーナが大神官を退いた後には、グレモリーのような者を【ドラゴニーア】の王位に据えたいモノじゃ」
ソフィアは頷きます。
「【ドラゴニーア】は共和制じゃん。それに、ソフィアちゃんは、君主制が好きじゃないのかと思っていたんだけれど?」
「別にそんな事はない。セントラル大陸でも【リーシア大公国】は君主制の国体じゃ。我は統治者に最も相応しい資質を持つアルフォンシーナが神殿に所属しておったから、アルフォンシーナに国家統治を差配させる為に【ドラゴニーア】の国体としてアルフォンシーナのチェックを受ける事を前提とした共和制を選択しておるだけじゃ。もしも、アルフォンシーナが王家に生まれておったら、我は【ドラゴニーア】を絶対王制や帝政にして、アルフォンシーナを玉座に据えたじゃろう」
「え?なら将来【ドラゴニーア】が王制になる可能性があり得るって事?」
「今の【ドラゴニーア】は元老院による議会政治が比較的上手く回っておる故、直ぐに如何こうする気はないが、もしも将来元老院がポピュリズムに傾斜して道を誤り、その時にアルフォンシーナのように元老院や民達を抑えられる強力な指導者がいないのならば、一時的か恒久的かはわからぬが、我が適任者を選んで王政復古をする可能性もないとは限らぬのじゃ」
「ふ〜ん」
「まあ、実際には将来【ドラゴニーア】が王政復古する可能性は低いじゃろうが……いざとなれば、そういう可能性もあるのじゃぞ……という脅しを掛けておかぬと、政治家達は簡単に腐敗するのじゃ。腐敗が起きるのは公職者や聖職者も同じじゃが、政治家は資格もテストもなく選挙に勝ちさえすれば誰でもなれる故、時々トンデモない馬鹿が選ばれる事もある。王政復古したら馬鹿な元老院議員達は新王によって真っ先に粛清される対象じゃから、その危機感が元老院議員の腐敗を防いでおる意味合いもある。ノヒトが良く公僕という言葉を使うが、公僕とは即ち公に奉仕する下僕という事じゃろう?【世界の理】で民を奴隷にする事は禁じられておるが、我は極論するなら政治家とは公共に仕える奴隷であると思うのじゃ。政治家には、そういう気概で仕事をしてもらわねばならぬ」
「なるほどね」
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