第1106話。誤解の怖さ。
【エデン】中央神殿の広間。
怒涛の【エデン牛】肉祭後のデザート・タイム。
私はエスプレッソを飲んでいます。
「さて、懸案である900年前の【エレビア】王家の子孫というシルバー・ロードなる者と、ギャング紛いの傭兵団【銀の弾丸】を如何するかについてですけれど……」
リントが切り出しました。
「如何もこうも、現実的な選択肢は2つしかないのじゃ。1つは放置。もう1つは対応。対応する際の唯一の現実的方法論も1つしかないのじゃから、後はリントが放置か対応かを選べば、自ずから結論は出るのじゃ」
ソフィアが言います。
「放置は論外。対応を選びますわ。ですが、対応の方法論は幾つか考えられるのではありませんか?」
「もちろん、あらゆるリスクを全て無視するならフリー・ハンドで何でも出来る。しかし、リスクを最小化するなら、選べる方法論は1つしかないのじゃ。リスクとは【バルドル】の存在。守護竜たるリントにとって人種の王など一顧だにする必要はない。従って、王の落胤の子孫などという者なら、言うまでない。リントにとって……【エレビア】の王家の遠い子孫……などという無価値な肩書が意味を持つのは、その権威を裏書きする【バルドル】がおるからじゃ。リントがシルバー・ロードや【銀の弾丸】への対応を誤ると、【バルドル】が不愉快に思うかもしれぬ……というリスクさえなくなれば、シルバー・ロードも【銀の弾丸】も本来リントが頭を悩ませるような連中ではない」
「【バルドル】との対立リスクをなくす方法とは何ですか?」
「簡単じゃ。【シエーロ】や【アーズガルズ】に最初に向かった時のように、【門】を利用可能なグレモリーを【エレビア】に先行して送り込み、現地で【ビーコン】を発動させノヒトを迎え入れ、我らも一緒に【エレビア】に行くという方法論じゃ」
「【エレビア】に行った、その先は?」
「ノヒトが【バルドル】を顕現させ現世に存在を固定して、【バルドル】の手でシルバー・ロードと【銀の弾丸】を如何にかしてもらえば良い。厄介の種は、シルバー・ロードなる者が【エレビア】王家の分家筋で下手な対応をするとウエスト大陸と【エレビア】との外交問題になりかねず……延いては【リントヴルム】と【バルドル】の対立が起こりかねんからじゃろう?ならば、【エレビア】から【バルドル】を連れて来て、【バルドル】にシルバー・ロードと【銀の弾丸】を如何にかさせれば全方位丸く収まるのじゃ」
「確かに……。ノヒト、グレモリー、やってもらえるかしら?」
「どちらにしろ、ゲームマスター業務に必要なので【エレビア】にも【転移座標】を置きたいと考えていましたし、9柱の守護竜を顕現させて現世に存在を固定するのも予定の内ですので構いませんよ。その代わり、私は【リントヴルム】の利益代表ではなく、中立のゲームマスターとして振る舞います。シルバー・ロードと【銀の弾丸】の問題に関しても【バルドル】と基本的な情報共有はしますが、【リントヴルム】の肩を持ってお願いなどはしません」
「ノヒトはケチじゃ。まあ、【バルドル】に直接会えれば説得はリントがやれば良いのじゃ」
ソフィアは言いました。
「そうですわね」
リントが頷きます。
「私も【エレビア】に行くのは構わないけどさ、ソフィアちゃんやリントちゃんは、【バルドル】の意向を……シルバー・ロードと【銀の弾丸】に便宜を図って欲しい……という意味として解釈しているけれど、それって本当に正しいのかな?私には、【バルドル】は……シルバー・ロードと【銀の弾丸】の処遇は、そっちで勝手にやってくれ。自分には関係ない……って言っているように感じるのだけれど?」
グレモリー・グリモワールが言いました。
「何故そう思うのかしら?」
リントが訊ねます。
「だって、事実として【バルドル】にとって、シルバー・ロードと【銀の弾丸】は、ほぼ関係ない奴らだもん。シルバー・ロードの祖先だという、900年前の【エレビア】皇太子(後の王)の落胤って奴は、【エレビア】と【サントゥアリーオ】の血を半分ずつ受け継ぐ子供だから、【バルドル】にとっても半分は責任があったかもしれないけれど。その後、その落胤の子や孫と何世代も重ねる内に、【エレビア】側の血はドンドン薄れているんだから、【バルドル】からしたらシルバー・ロードなんか、【エレビア】の現在の王とは殆ど他人だって思っているよ。私だったら900年前に家系が分かれて会った事もない人は、親戚ではなく他人として扱うからね。だから、リントちゃんがシルバー・ロードと【銀の弾丸】を如何扱っても、【バルドル】は何とも思わないんじゃね?つまり、今の状況って、【バルドル】の意向を深読みし過ぎて、リントちゃん自身が問題をややこしくしているだけなんじゃないの?」
「あ……それは、あり得るのじゃ」
ソフィアが呟きました。
「でも、【バルドル】は……シルバー・ロードと【銀の弾丸】に明らかな違法行為があるなら現地司法当局の対応を尊重するが、明確な違法行為がないなら出来るだけ穏便に対応して欲しい……と伝えて来たわよ。出来るだけ穏便な対応……って……便宜を図れ……って事じゃないのかしら?」
リントは訊ねます。
「い〜や、【バルドル】の奴めは原則論者じゃ。今回の件でも【バルドル】は、リントに原則論を伝えたに過ぎん。【バルドル】が言った……明確な違法行為がないなら出来るだけ穏便に対応する……などという事は、他国の王の子孫に対する扱いに限らず、一般の民達に対する法律や司法の扱いでも当たり前の事じゃ。つまり、【バルドル】は至極当たり前の事を言っただけ。じゃからグレモリーが推測するように、【バルドル】は……ウエスト大陸の事は【リントヴルム】がやれば良い。もはや、【エレビア】王家とシルバー・ロード某とは縁遠い他人なのだから、自分には関係ない……と、丸投げしたという解釈が正解なのやもしれぬ」
「だから【バルドル】に忖度して変な気を回す前に、もう1回きちんと単刀直入に確認してみたら?」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「そうしてみるわ……」
リントは頷きます。
・・・
しばらくして後。
リントが亜空間を通じて【バルドル】と接触を図り、シルバー・ロードと【銀の弾丸】に対する【バルドル】の考えを誤解が起こらないような質問の仕方でに訊ねたところ、【バルドル】の答えは……どうでも良い……でした。
ならばと、リントが重ねて……シルバー・ロードと【銀の弾丸】を、どのように処しても構わないのか?……と訊ねたところ……私には関係ないので、そちらの問題は、そちらで好きなように処せば良い……との事です。
つまり……【エレビア】王家に連なる血筋のシルバー・ロードと【銀の弾丸】への対応を誤ると、【バルドル】が不愉快に思うかもしれない……という、リントやソフィアの推測は杞憂でしかなく、グレモリー・グリモワールが推測したように……【バルドル】はシルバー・ロードと【銀の弾丸】を無関係な他人……だと考えていました。
「何だか色々と頭を悩ませたけれど、結論は馬鹿馬鹿しい程にシンプルだったのね?」
リントは言います。
「僕達守護竜が毎日一同に会して朝食を共にする意義が、今回の騒動でも証明されましたね。直接会って話せば、このような誤解や行き違いは起きないのですから」
ファヴが言いました。
「全くだ。リントは、相手の真意を勝手に忖度した結果、それを誤解して本来必要がない便宜を図ろうとしてしまった。そして、リントは、その誤解に基づく忖度による便宜を図った事で、【バルドル】に対して……1つ貸しを作った……と考えるだろう?しかし、事実関係を見れば、それは間違いだ。【バルドル】からすれば今回の件は……自分とは関係ない人種への対応は、リントの好きにすれば良い……と言ったつもりが、それをリントが勝手に自分への貸しだと考えていると知れば、それこそ不愉快な気分になる。こうして、小さな行き違いが、相互不審に繋がる可能性もあった」
ヨルムンが言います。
「本当にそうね。誤解って怖いわ」
リントは言いました。
ニーズとユグドラも頷きます。
「リントよ。ならば、シルバー・ロードと【銀の弾丸】は誰に気兼ねする事もなく、叩き潰してやれるのじゃな?」
ソフィアが訊ねました。
「そうですわね。シルバー・ロードと【銀の弾丸】に対して、武装解除の上【サントゥアリーオ】中央聖堂への出頭命令を全世界に公示しますわ」
リントは言います。
やれやれ。
一件落着……というか今回の件は、リントによる単なる深読みによる誤解でしかなく、結果から見れば、そもそも初めからリスクなど全く内包していなかったのですけれどね。
・・・
「ノヒト。この後の事なんだけれど、私らは【エデン】の農場とサイレージ・マシンを見学させてもらう。カルネディアちゃんと【ファミリアーレ】の子達と、あと【フラテッリ】の子達は如何の?」
グレモリー・グリモワールが訊ねました。
「夕食の時間までは【スカアハ訓練所】で訓練の予定ですが?」
「もう【スカアハ訓練所】は良いんじゃね?そもそも【ファミリアーレ】の子達を【スカアハ訓練所】に誘ったのは私だから矛盾するけれど、ぶっちゃけ、あの【スカアハ訓練所】はハメ技とかバグ技とかに尖り過ぎてて戦闘技術的な汎用性が低いと思うよ。この前偶然【剣聖】クインシー・クインに会ったんだけれど、【剣聖】も……【スカアハ訓練所】は、勇者養成機関じゃなくて、勇者型ロボット製造ラインだ……って言って、【スカアハ訓練所】のカリキュラムには否定的な意見だった。当代の勇者ピルエット・ルミナスと彼女のパーティも、【スカアハ訓練所】を卒業した後に【剣聖】とか、【権聖】のユリとか、【賢聖】のディーテとか、アルフォンシーナさんの所に出稽古に来たりして基礎を学び直したらしいよ。もちろん、特定のシチュでなら格上の【敵性個体】でも一方的にハメ殺せる知識や技術を持っているのは実際有用だとは思うけれど、そればっかだと良くないと思うんだよね。私は究極の戦闘技術って、どんな相手でも関係なく戦える汎用技術だと思うから。まあ、それが困難だからハメ技やバグ技を見付けたり覚えたりする事に血道を上げて活路を見出そうとしているんだろうけれどさ」
「なるほど。グレモリーは【ファミリアーレ】に、これ以上【スカアハ訓練所】での体験は必要ないと考えている訳ですね?」
「そゆこと。てか、【スカアハ訓練所】の価値って、要するに死亡判定が出てもリスクなく【復活】可能な【経験値迷宮】があるからだよね?アルフォンシーナさんが【竜都】にある【経験値迷宮】をウチのフェリシアとレイニールに使わせてくれるって言ってくれたんだよ。ノヒトが頼めば【ファミリアーレ】や【フラテッリ】も【竜都】の【経験値迷宮】を使わせてもらえるでしょう?【竜都】の【経験値迷宮】が使わせてもらえるなら、相対的に【スカアハ訓練所】は私やノヒトにとって利用価値が下がったんじゃね?」
なるほど。
アルフォンシーナさんは……【竜都】にも【経験値迷宮】がある……という機密を、グレモリー・グリモワールに情報開示したのですね。
グレモリー・グリモワールが、アルフォンシーナさんから信用されているから?
いいえ、アルフォンシーナさんから何らかの条件提示があって、グレモリー・グリモワールは取引をしたのかもしれません。
という事は……。
チーフ……アルフォンシーナ・ロマリアとの交渉の結果……継続的な【エデン牛】種牛の優先輸入枠と【シエーロ】産の純血【エデン牛】精肉の優先輸入枠……の確保を条件に……【ドラゴニーア】はゲームマスター本部関係者と【ファミリアーレ】に対して【竜都】の【経験値迷宮】の訓練での使用を認めました。
ミネルヴァが【念話】で報告しました。
ほらね。
グレモリー・グリモワールと取引したなら、ゲームマスター本部とも取引してくれますよね。
【エデン牛】の種牛と精肉の無償提供ではなく、購入枠が対価なら……誰に売るか……という選択の問題でしかないので、私や【シエーロ】には全く損はありません。
「わかりました。ならば【ファミリアーレ】と【フラテッリ】は、午後【スカアハ訓練所】には行かせません」
「カルネディアちゃんと【ファミリアーレ】と【フラテッリ】は、午後そのまま私らと牧場見学すりゃ良いよ」
「そうですね。そもそもノース大陸へは観光旅行という名目でスケジュールを組んだのですから、最後は、のんびり牧場見学も悪くありません」
状況が変われば計画を修正・変更・中止するのは、私やグレモリー・グリモワールの得意な事。
逆に言えば無節操なだけかもしれませんけれどね。
その無節操さは、私やグレモリー・グリモワールの小さな短所かもしれませんが、同時に大きな長所だと思います。
そもそも、観光と言いつつ【ファミリアーレ】を勇者養成機関の【スカアハ訓練所】で訓練をさせるとか、私も大概、脳筋趣味過ぎたかもしれません。
こうして、午後は予定変更。
カルネディアとフェリシテ、【ファミリアーレ】と【フラテッリ】も、グレモリー・グリモワール一行と一緒に牧場見学をする事になり、【レジョーネ】も……【シエーロ】における畜産と酪農の視察……という名目で私達と一緒に行動する事になりました。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。
 




