第1102話。生命の樹。
【エデン】の市街地。
私とカリュプソと、【ラ・スクアドラ・ディ・ソフィア】は【エデン】の街並を散歩しています。
「ふ〜む。【エデン】は何というか牧歌的じゃな?」
ソフィアは言いました。
「【エデン】に限りませんよ。基本的に【シエーロ】の各都市は大体こんな感じです。【シエーロ】の先端技術は【知の回廊】と各都市の中枢で一元的に管理されていて、それ以外は【天使】達がスロー・ライフというか、むしろ前近代的とも思える非機械的な生活様式を好むので、穏やかなモノなのです。900年前は、ユーザー達が街中で【乗り物】を乗り回しているのを見て、眉を潜める【天使】もいましたからね。ただし、私が知る昔の【シエーロ】とは少し変わっている部分もあります」
「何が変わったのじゃ?」
「【巨人】です」
街中では【天使】と【巨人】が協力・分業している様子が散見されました。
これは【エデン】に限らず【シエーロ】全体に言える事です。
【天使】は、種族的に高い魔法適性を持ちますが、そのバランシングとして魔力(【闘気】)を肉体に纏わせない状態の【天使】は【膂力】のステータスが人種最弱でした。
【闘気】を練らないと【天使】は【ロング・ソード】すら満足に振れません。
なので、ゲーム時代のNPC【天使】達は非力を補う為に、仕事ならば効率化の為に止むを得ず【乗り物】や浮遊移動機などを使いますが、日常生活では基本的に家畜を使っていました。
しかし、現代では【天使】族が日常的に行わなければならない労力を要する作業を【巨人】が肩代わりしています。
この【巨人】達は、【天使】の奴隷や使用人として搾取されている訳ではなく、所謂出稼ぎ労働者達でした。
出稼ぎの【巨人】達は、同族の【巨人】が運営する認可組合(ギルド的なモノ)から適正な賃金で人材派遣され、適切な労働環境で働く雇用形態になっているのだとか。
もちろん雇用主の【天使】が、労働者の【巨人】に契約外の労働を強要する事は違法ですし、暴力などを振るえば普通に犯罪です。
労使契約が適切である事の証左として、出稼ぎで一財産築いた【巨人】達が故郷で家を建てたり、旧来は【天使】が占有していた都市に【巨人】が家を買って移り住む例も少なくないのだとか。
私は当初……【巨人】が【天使】に雇用されている……という報告を聞いて……奴隷のような酷い扱いを受けているに違いない……と思いました。
しかし、ミネルヴァに詳しく調べさせたところ、少なくとも【シエーロ】の【巨人】は【天使】と完全に対等の立場で働いていたのです。
むしろ、農作業などに【下方補正】が掛かり食糧自給が難しい【巨人】にとっては労働の対価として妥当な賃金を受け取り、それで十分な食糧を購入出来るようになった事で飢餓がなくなり喜ばれているのだとか。
天軍の中にも【巨人】による兵科が存在していて、【巨人】という強力で頑丈な【前衛壁職】が魔法攻撃主体の【天使】と共闘する事で高い相乗効果を発揮していました。
900年前は、天敵同士として設定されていたNPC【天使】と【巨人】が味方として一緒に戦っているというのは、正直言って意外で、私も驚いたのです。
「なるほど。【シエーロ】の原住民の大半は【天使】じゃが、【巨人】も一定数居るのじゃったな?その両種族は永年不倶戴天の対立関係にあったと聞く」
「その通りです。200年程前に起きた【天使】対【巨人】の最終戦争に【天使】側が完全勝利した事で、【天使】族が【巨人】族を飲み込む形で永年の対立構図が消滅したそうです。その最終戦争には、天軍側で戦った【巨人】も種族単位でいたらしく、戦後処理で【天使】達は味方になった【巨人】達に配慮する必要が生まれ、以後両種族は同盟関係を構築して、平和が続いているみたいですね」
「それは誰の施策なのじゃ?」
「ルシフェルです」
「ふむ。あのルシフェルも、【巨人】との永年に渡る敵対関係を止めて和平構築を行うとは、中々どうして良い政策も行っておるではないか?」
「多少の懐柔政策を取ったからと言って、【シエーロ】と北米サーバー(【魔界】)で13億人以上を虐殺した罪は軽くなりませんけれどね」
「ま、それは、そうじゃ。ところでノヒトよ、【エデン】には何か面白きモノはないのか?」
「【生命の樹】……いいえ、時間がありません」
「何じゃ?言い掛けて止めると気になるではないか?」
「【エデン】には最難関【秘跡】の1つ……【生命の樹】……というモノがあります。しかし、これは【メイン・クエスト】に位置付けられているので、一旦エントリーすると物凄く面倒です」
「どんな【秘跡】なのじゃ?」
「エントリーはしませんよ。ソフィアは【ドゥーム・マップ】の【箱庭の書】の件で前科があるのですからね」
「わ〜かっておるのじゃ。どういう【秘跡】か訊いておるだけじゃ」
「【生命の樹】の【秘跡】は日本サーバー(【地上界】)の五大大陸中を冒険して9個の【セフィラ】と呼ばれる宝を集める、所謂【宝探し秘跡】です。【エデン】の中央神殿の地下にある亜空間フィールドには【生命の樹】というオブジェクトがあります。植物の樹ではなく、樹を表徴した台座みたいなモノです。この台座には10個の【鍵穴】と呼ばれる投入口があり、第1の【鍵穴】に第1の【セフィラ】である【王冠】をセットすると【秘跡】が始まります。その後8個の【セフィラ】を五大大陸の各地で見付けて【生命の樹】の決められた【鍵穴】に納めるとクリア。最後の【セフィラ】である【王国】が報酬として手に入ります」
【生命の樹】の【秘跡】のクリア条件である9個の【セフィラ】とは……。
第1の【セフィラ】……【王冠】。
第2の【セフィラ】……【知恵】。
第3の【セフィラ】……【理解】。
第4の【セフィラ】……【慈悲】。
第5の【セフィラ】……【峻厳】。
第6の【セフィラ】……【美】。
第7の【セフィラ】……【勝利】。
第8の【セフィラ】……【栄光】。
第9の【セフィラ】……【基礎】。
クリア報酬として貰える最後の【セフィラ】……【王国】。
隠された【セフィラ】……【知識】。
基本的には……第1から第9までの【セフィラ】を集めて最後の【セフィラ】である【王国】を貰う……というのが正攻法ですが、隠された【セフィラ】である【知識】は他の【セフィラ】3つ分を埋める事が可能です。
これは、【生命の樹】の【秘跡】が最高難易度の【超絶級】なので、場合によってはランダムで指定された宝が、ユーザーのキャラ・メイクなどとの関係で無理ゲーや詰み状況になる事があり、その救済策でした。
因みにグレモリー・グリモワールは正攻法で宝を全て集めて1度、隠された【セフィラ】の【知識】を3つ集めて、もう1度……計2回のクリアを達成しています。
「何と!?国が貰えるのか?」
「はい」
まあ、ゲーム時代は運営がプログラムをポチれば、任意の国をユーザーに統治させる事も可能でしたが、現在はプログラムをポチる運営がいないので、事実上この【秘跡】の報酬はなくなっていると思いますが……。
もしかしたら、ソフィアが【生贄のトーテム】に自らの生命を捧げて、カプタ(ミネルヴァ)が喚び出された時のように、私とミネルヴァが正規の手続きで許可をすれば【世界の理】が【生命の樹】の【秘跡】をクリアした者に任意の国家の統治権限を与える仕様になっているのかもしれません。
「歴史上その【生命の樹】の【秘跡】を実際にクリアして、国を貰った者がおるのか?」
「2組のパーティが【生命の樹】の【秘跡】をクリアしています。1組はグレモリーのパーティ【ラ・スクアドラ・インカンタトーレ】で、もう1組はAAA氏というユーザーがリーダーだったパーティです」
AAA氏は、グレモリー・グリモワール(私)の知り合いでした。
彼が初心者の頃、色々とゲームの立ち回り方を教えてあげたり様々な便宜を図ってあげたのです。
グレモリー・グリモワール(私)のパーティ【ラ・スクアドラ・インカンタトーレ】は、このゲームで最初に【生命の樹】の【秘跡】をクリアしました。
その後、【ラ・スクアドラ・インカンタトーレ】が同【秘跡】を再度クリアし、その後3番目にして最後にクリアしたのがAAA氏のパーティです。
それ以後【生命の樹】の【秘跡】をクリアした者はいません。
【生命の樹】の【秘跡】のクリアに必要な9個の宝は毎回ランダムで入手場所と獲得条件が変わるので攻略法は教えてあげられませんでしたが、グレモリー・グリモワール(私)が【生命の樹】の【秘跡】を攻略した経緯を詳細に記録したログは、AAA氏のパーティの役に立ったようです。
「グレモリーか?何処の国を貰ったのじゃ?」
「グレモリーのパーティは【生命の樹】の【秘跡】を2回クリアしていますが、既に【イスタール帝国】で臨時皇帝の経験があったグレモリーは……国なんか貰っても面倒なだけ……と、【創造主】(運営)と取り引きをして……自分の両目の眼球の機能を完全に維持したまま、【コア】としても使えるように改造して欲しい……と要求しました。【創造主】(運営)は、その要求に応じてグレモリーの両目の眼球を【コア】にしました。クリア2回分の報酬で、眼球2つという取引です」
「何じゃと?自分の眼球をか?」
「はい。なので、グレモリーは【コア】化した両眼に1体ずつ計2体の【悪魔主】を封じているので、強力無比な魔法をクーリング・タイムなしで3発までなら連発可能です」
「自らの眼球に【悪魔主】を封じてまで魔法を極めようとするとは、グレモリーの【魔法使い】としての執念と向上心は何とも筆舌に尽くし難いのじゃ」
「あ〜、まあ、グレモリーは、ダーク・サイドのロール・プレイヤーとして……くっ、この両眼に封じた【悪魔主】が血を欲している。抑えきれない……という寸劇をリアルにやってみたかったというのが本当の理由ですけれどね」
グレモリー・グリモワール(私)の黒歴史をバラしてしまいました。
まあ、もはや私は、グレモリー・グリモワールと自我が分かれているので他人事です。
「では、もう1組のユーザー・パーティは実際に国を貰ったのか?」
「はい。AAA氏は【プレスタンツァ】の最高経営責任者になりました」
「はぁ?意味がわからぬ。【プレスタンツァ】は国家じゃろう?主権国家である【プレスタンツァ】の最高経営責任者とは、どういう意味じゃ?」
「そのままの意味です。サウス大陸に紐付く【隠しマップ】である【プレスタンツァ】の中央国家【プレスタンツァ】は企業政体という国体を採用しています。なので、900年前には王や皇帝や大統領ではなく、AAA氏が最高経営責任者として国家統治を行っていました。ミネルヴァのサーベイランスによると、現在の【プレスタンツァ】は国民投票による議会制に変わっているようですが、相変わらず企業政体の国体は維持されていて、成人した国民は全員企業政体【プレスタンツァ】の社員という事になっているようです」
「アンは?【プレスタンツァ】の元首たる【アンピプテラ】は何をしておるのじゃ?」
「ミネルヴァによると基本的には何もしていないようですね。【プレスタンツァ】は企業政体ですから、守護竜の【アンピプテラ】は株主という位置付けで配当を受け取っているだけのようです。何らかの安全保障上の危機があれば、もちろん【アンピプテラ】も守護竜としての役割を果たすのでしょうが、幸いにして【プレスタンツァ】の企業政体としての業績は良く国情は極めて安定しているようなので、【アンピプテラ】の出番はないみたいです」
AAA氏が経営していた企業政体の【プレスタンツァ】は、業績が良かったので、企業格付もAAAだった訳ですね。
「しかし、何ともはや……。我が妹ながら呆れ返るのじゃ。あのような怠け者は守護竜の風上にも置けぬ」
「守護竜が遊んでいられるのは、平和な証拠ですよ」
【神竜】の【ドラゴニーア】のように。
「我らは、サウス大陸の【遺跡】を全て攻略しておる故、【プレスタンツァ】には行けるのじゃったな?」
「行けますね」
「【魔界】平定戦が片付いたら、【プレスタンツァ】に行ってアンの奴めに説教をしてやらねばならぬ。国の統治を人種だけに任せて、自分は配当を受け取って怠けているとは、羨ましい……じゃなかった、守護竜として在るまじき醜態じゃ。第一あの阿呆は我の【黄金の卵を産む鶏】を焼き鳥にして食べてしまったのじゃ。絶対に殴ってやらねば気が済まぬ。ぐぬぬ……」
「姉妹喧嘩は、周囲に被害が出ないようにやって下さいね」
「無論じゃ。我のドラゴン・パンチ1発でノック・アウトしてやるのじゃ。【魔界】平定戦が終わったら、【プレスタンツァ】行きと【生命の樹】の【秘跡】に挑むのは確定じゃな」
「ソフィアが【生命の樹】の【秘跡】をクリアして、国を貰っても仕方ないのでは?既にセントラル大陸と惑星【ストーリア】の公海を所有しているのですから」
「我は、【生命の樹】の【秘跡】のクリア報酬として、【ドゥーム】のような【時間加速装置】の国を貰えるように【創造主】にお願いするのじゃ。自分専用の【時間加速装置】の国があれば、好きなだけ遊んだりサボったり出来るのじゃ」
やれやれ、ソフィアも【アンピプテラ】を怠け者呼ばわり出来ませんね。
それに【時間加速装置】となるのは、【ドゥーム・マップ】のような【箱庭の書】の【秘跡】に限られるので、【生命の樹】の【秘跡】報酬で【時間加速装置】の国が貰える可能性はありません。
「さてと、そろそろ時間です。昼食会場に向かいましょう。【レジョーネ】と【ファミリアーレ】と【フラテッリ】とグレモリー達一行も間もなく合流するでしょう」
「うむ。【エデン牛】を、これでもかと食べてやるのじゃ」
私達は【エデン牛】尽くしのランチが用意してある【エデン】の中央神殿に【転移】しました。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集もご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。