第1100話。閑話……魔境の支配者。
本日2話目の投稿です。
【樹海】。
グリファ・プルクラ=ロストラ。
それが彼女の名である。
意味は……美しい嘴を持つ【グリフォン】の雌……というくらいの意味だ。
通常なら魔物が【スポーン】しない【シエーロ】にあって例外的に魔物を【スポーン】させる【スポーン・領域】の1つ。
それが【樹海】。
【シエーロ】の中央領域【エンピレオ】と西方領域【カエルム】との境界に位置する広大で深い森には、無数の魔力溜まりがあり【魔力探知】を阻害する為、サーチに長けた者であっても強者との不意の【遭遇】を警戒して容易には足を踏み入れない魔境。
その魔境の生態系の頂点に君臨する【捕食者】として存在するのが、1頭の雌の【古代・グリフォン】。
それが、グリファ・プルクラ=ロストラである。
グリファ・プルクラ=ロストラは、生まれながらに【古代・グリフォン】として【スポーン】した【超絶レア】個体であった。
その時の彼女には、まだ名はない。
後にグリファ・プルクラ=ロストラとなる若い【古代・グリフォン】は、【樹海】東部の【カエルム】側にある岩場を根城としていた。
前にも述べたように、この【樹海】では【魔力探知】が明瞭に働かず、また【古代・グリフォン】の巨体では密度が高い樹々が邪魔をして飛行による狩猟がし難い。
【樹海】は魔物が濃い領域なので、1日森の地を駆って獲物を追えば生きる為に必要な糧は得られるが、【グリフォン】は空腹を満たす為だけに血道を上げる【地竜】達のような低俗な生き物とは違う。
【グリフォン】は誇り高い種族なのだ。
その上位種たる【古代・グリフォン】ならば、尚の事。
彼女には……強者の中の強者……としての譲れない矜持があった。
若い【古代・グリフォン】は考えた。
魔物の群を屈服させ使役して、その者達に【樹海】の樹冠の下で獲物を追い立てさせ、上空に逃げる為に樹冠の上に飛び出した獲物を彼女が狩れば良い……と。
若い【古代・グリフォン】は、その考えを実行に移した
彼女は、【樹海】で広大な縄張りを持つ【領域】に挑んだのである。
【領域】が従える【眷属】の群をそっくり強奪してやれば良い。
【領域】の種族は、【モーザ・ドゥーグ】。
【超位超絶級】の【魔狼】であった。
愚かな【低位】の【魔狼】である【ブラック・ドッグ】。
脆弱で矮小で愚鈍な人種に飼い慣らされ使役される……犬……という種族名で呼ばれる事が表すように、【ブラック・ドッグ】など、【古代・グリフォン】にとってはワザワザ狩る価値もない卑賎な畜生の類である。
その犬畜生の上位種が【ヘル・ハウンド】。
これも下等な生物だ。
その下等生物の上位種が【バーゲスト】。
群を形成した【バーゲスト】は、【グリフォン】の巣を襲撃して卵や雛を襲う事もあるので、それなりに気を付けなければならない【魔狼】だが、【古代・グリフォン】の敵ではあり得ない。
そして肉が不味いので【コア】以外は食う価値もない、所詮は犬畜生の上位種に過ぎないのだ。
【バーゲスト】の上位種が【モーザ・ドゥーグ】。
【モーザ・ドゥーグ】は【古代・グリフォン】でも油断ならない相手と言える。
常に血生臭さと瘴気を振り撒き、悍しい【呪詛】を使う難敵だ。
しかし、【呪詛】は射程が短い。
上空に居れば、【呪詛】を身に受けるリスクはなくなる。
【超位超絶級】の【モーザ・ドゥーグ】とはいえ、所詮は【魔狼】。
地を這う事しか出来ない【魔狼】如きを屈服させる事など造作もない。
上空から高速で下降しながら魔法と【ブレス】で急降下爆撃してやれば、地べたに這い蹲る【魔狼】族は為す術がなく蹂躙出来るだろう。
後にグリファ・プルクラ=ロストラと名乗る若い【古代・グリフォン】は考えた。
その考えは、ある意味では事実を含んでいる。
確かに飛行可能な個体と、飛行不可能な個体が戦えば、飛行可能な個体が圧倒的に優利には違いない。
しかし、後にグリファ・プルクラ=ロストラと名乗る若い【古代・グリフォン】は経験が浅かった。
彼女は知らない。
位階で拮抗する相手との戦いにおいて何よりも重要な事は飛行能力ではなく経験である……と。
後にグリファ・プルクラ=ロストラと名乗る若い【古代・グリフォン】は、意気揚々と【樹海】の中央に居る【モーザ・ドゥーグ】の本拠地に攻め込んだのであった。
・・・
【樹海】中央【周期スポーン・エリア】。
若い【古代・グリフォン】は高高度を旋回しながら期が熟すのを待っている。
この高度なら地上からサーチされる事はない。
今晩は満月。
深夜0時ジャストに【周期スポーン】が発生する。
この周辺を根城にする【領域・ボス】の【モーザ・ドゥーグ】も、この【周期スポーン・エリア】で生まれた個体だ。
【周期スポーン】から長い年月を生きた【モーザ・ドゥーグ】は、満月と新月の度に【周期スポーン】する自分の同族である【モーザ・ドゥーグ】を殺して、事実上【樹海】の支配者として君臨している。
小山の大将。
お前が支配者面をしていられるのも今日が最期だ。
若い【古代・グリフォン】には戦略がある。
もう間もなく訪れる午前0時には、【周期スポーン】が発生するのだ。
【モーザ・ドゥーグ】は、新たに【周期スポーン】した【モーザ・ドゥーグ】を排除しなければならない。
当然、新旧【周期スポーン・エリア・ボス】同士の戦闘となるのは必定。
長年を掛けて数を増やした群を持ち、また経験の差もあるので、戦闘自体は古株の【モーザ・ドゥーグ】が勝つだろう。
しかし、新しい【スポーン】個体も同族の【モーザ・ドゥーグ】なのだ。
簡単には勝負は決まらない。
激しい抗争によって勝利した側も無傷ではいられないのだ。
傷付き魔力を減らした生き残った方の【モーザ・ドゥーグ】に、高高度の死角から急降下爆撃をお見舞いしてやれば勝利は揺るがない。
若い【古代・グリフォン】は考えた。
これぞ、二頭の虎が1つの獲物を争うように、並び立つ二者を潰し合わせる戦略、即ち…… 二虎競食の計。
【創造主】に与えられた知識によると、そう呼ばれている。
今回潰し合わせるのは虎ではなく【モーザ・ドゥーグ】であるが……。
完璧な戦略。
それは当然の事。
何故なら、【古代・グリフォン】の方が【モーザ・ドゥーグ】より知能ステータスが高いのだから。
・・・
午前0時。
後にグリファ・プルクラ=ロストラと名乗る若い【古代・グリフォン】は、翼を折り畳んで滑空を始めた。
狙いは【モーザ・ドゥーグ】の首級1つ。
音速を超えた猛スピードで地表に迫ると、1頭の【モーザ・ドゥーグ】が、もう1頭の【モーザ・ドゥーグ】の首筋に噛み付いて振り回しているところだった。
つまりは、噛み付いている側が、若い【古代・グリフォン】が狙うべき獲物。
勝った。
しかし、若い【古代・グリフォン】は脳裏に違和感を生じたのである。
何かが、おかしい。
第六感。
虫の知らせ。
野生の勘。
そう呼ばれる根拠を説明出来ない警鐘。
根拠はないが、知性が高い者が自らの演算能力と茫漠とした記憶の渦の中から紡ぐ事が出来る、研ぎ澄まされた危機回避の精髄。
若い【古代・グリフォン】は、翼を広げて翼面に大気を孕み旋回を試みる。
そして、地表ギリギリで機首上げに成功し離脱した。
ドゴーーンッ!
刹那の後。
彼女の背後で凄まじい閃光と爆発が轟いたのである。
何が起きた!?
何らかの攻撃魔法か?
若い【古代・グリフォン】は激しく動揺した。
しかし、間一髪のところで彼女は爆発を避ける事が出来たのである。
あの爆発に巻き込まれていたら、若い【古代・グリフォン】も生命はなかったに違いない。
全力で上昇して十分に距離を取ったところで、若い【古代・グリフォン】は爆心地の方に注意を向けた。
見ると、巨大なキノコ雲が湧き上がり、舞い上がった大量の粉塵が摩擦して静電気を生じさせ、飽和した電圧が地表に放電して稲光が光っている。
いや、これも何らかの魔法ギミックかもしれない。
若い【古代・グリフォン】は慄然として爆心地を眺めていると……。
「へえ〜、何か変なのが逃げたと思ったら【古代・グリフォン】じゃん?」
若い【古代・グリフォン】の近くで声がした。
!
誰?
全く気配を感じなかった。
彼女は戦慄して振り返る。
そこにいたのは、赤い髪をした【天使】。
3対6枚翼を持つ【熾天使】。
赤毛の【熾天使】は爆発の余波で吹き荒れる暴風にローブの裾をはためかせて、空中に佇んでいた。
どうやら、この【熾天使】は、膨大な魔力量を持っている。
若い【古代・グリフォン】は、即座に……この【熾天使】と戦ったら勝てない……と判断した。
ならば先程の爆発は、この【熾天使】の仕業か?
「超絶レア種だね。【調伏】しよう」
赤毛の【熾天使】は、そう言って魔力を収束し始める。
殺られる。
「ラフ。何をしている?」
また別の声。
今回も気配を感じなかった。
振り返ると、純白のローブを纏った【天使】がいる。
肌も髪も透き通るように白い。
アルビノ。
そして、この【天使】は、何と6対12枚翼を持っていた。
奇形?
異形?
【創造主】に与えられた知識によると、【天使】族の位階は翼の枚数で決まる。
最上位は3対6枚翼の【熾天使】の筈。
ならば、この6対12枚翼の【天使】は、一体何だというのか?
「あ、ルシ兄。何か【古代・グリフォン】が迷い混んでいたから、【調伏】しようかなって」
赤毛の【熾天使】が言った。
「戦意を失っているじゃないか。中立化した魔物は見逃しておやり」
白い姿で多数の翼を持つ異形の【天使】は穏やかな声で言う。
この異形の【天使】は確実に赤毛の【熾天使】より強い。
いや、比較対象になるような、そんな生易しい存在ではないだろう。
こいつはバケモノだ。
この異形の【天使】の魔力量は、若い【古代・グリフォン】の【魔力探知】の限界値を振り切っている。
測定不能。
【魔力探知】の限界値は【超位超絶級】の筈。
それを超える魔力を持つ者とは、即ち……【神格者】。
「ちぇっ、わかったよ。で、実験は上手く行った?」
赤毛の【熾天使】は、若い【古代・グリフォン】に全く興味がなくなったように、異形の【天使】に訊ねた。
「上手く行ったよ。【呪詛】は思念に依拠するから、【呪詛】発動後に発動源の生命体が消滅した場合、【呪詛】の効果は滞留せず瞬時に消えてしまう……という仮説が裏付けられた。また、研究が一歩進んだよ」
異形の【天使】は愉快そうに言う。
「え?【呪詛】の傷は癒えない筈でしょう?」
「うん。傷は癒えない。けれど、傷を受ける前に詠唱者を殺せば、【呪詛】のギミックの発動自体をキャンセルしてしまえるんだよ。この仕様は、今後の【呪詛】対策になるだろう」
「なるほど。なら、もう帰る?」
「うん。会議をすっぽかして来たから、早く帰らないとミッキに叱られる」
「ミッキ姉は、おこりん坊だもんね?」
「いや、ミッキも、ああいう品行方正な役割を演じているのさ。天軍の規律と教化の為にね」
「ふ〜ん」
「あ、あの……」
若い【古代・グリフォン】は話し掛けた。
人種や【魔人】と、【古代・グリフォン】の声帯は形状が異なる為、【古代・グリフォン】は人種の言語を発声出来ない。
従って、若い【古代・グリフォン】は魔法で空気を震わせて人種の言語を話したのである。
「ん?人語を解するのかい?」
異形の【天使】は興味深そうに訊ねた。
「あ、は、はい」
若い【古代・グリフォン】は答える。
「そうか。なら、気を付けてお帰り」
「あの、純白なる【神格者】様。あた、私を、あなた様の下僕にしては頂けないでしょうか?」
「【神格者】?ああ、僕は【神格者】ではないよ。それに匹敵する力は持つけれどね。下僕になりたいという事は、【調伏】しろ、と?」
「はい」
この異形の【天使】は強い。
赤毛の【天使】も、若い【古代・グリフォン】より強いが、そんなレベルの話ではなかった。
絶対強者。
若い【古代・グリフォン】は、戦っても絶対に勝ち目がなく、また逃げても絶対逃げきれない異形の【天使】と邂逅した事で知ったのである。
世界には決して超えられない高みがあるという事を。
それを知った若い【古代・グリフォン】が、その絶対強者の庇護下に収まりたいと願う事は、生存本能を持つ生命体としては当然の帰結であった。
「ならば、そうしよう。【調伏】。名前は適当で良いか……。お前の名前は、グリファ・プルクラ=ロストラ。【領域・ボス】個体を殺してしまったから、しばらく【樹海】の秩序が乱れるかもしれない。お前は、この【樹海】の新しい【領域・ボス】となり、魔物達が【樹海】の外に出て悪さをしないように統制しなさい」
【名付け】を受けた若い【古代・グリフォン】改め、グリファ・プルクラ=ロストラには、異形の【天使】から膨大な魔力が流れ込んで来るのを感じたのである。
「ははっ。畏まりました、我が主。恐れながら、主のお名前は?」
グリファ・プルクラ=ロストラは訊ねた。
「僕はルシフェル」
「ルシフェル様。終生あなた様にお仕え致します」
こうして、【古代・グリフォン】グリファ・プルクラ=ロストラは、【樹海】の支配者となったのである。
その後、グリファ・プルクラ=ロストラの元には、主人であるルシフェルから、【魔界】という場所で【調伏】された雄の【古代・グリフォン】が届けられた。
どうやら……この雄と番い繁殖しろ……という事らしい。
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