第110話。大鉱脈。
本日、3話目の投稿です。
異世界転移、22日目。
早朝。
私とソフィア、それからファヴは……【アトランティーデ海洋国】王家の面々、【パラディーゾ】の大巫女ローズマリーさん、巫女長スカーレットさん、その他【高位巫女】達と、朝食を食べています。
ローズマリーさんとスカーレットさんが食事に加わった理由は、ファヴから大切な話があるからでした。
パスが繋がったファヴとローズマリーさんなら、神託という形で意思を伝え合う事が出来ます。
しかし、ファヴは、内容を直接伝えたい、との事。
ならば、会議などを行い直接伝えれば、とも提案したのですが……奪還作戦に遅れが生じるといけない……とファヴは難色を示しました。
私は、多少、奪還作戦が遅れたとしても、個人的には、全く問題ないと思っています。
何故なら、サウス大陸は、既に900年間も魔物に占拠された状態だったからです。
今さら、1年や2年……という訳でした。
それを言うと、一刻も早いサウス大陸の解放を望む人々からクレームが来るかもしれませんので、言いませんが、本音では、私は、そう考えています。
無責任?
うーむ、そうですね……ある意味では。
しかし、現在ノーマンズ・ランドに人種はいません。
1年や2年、サウス大陸の奪還作戦が遅れたからと言って、生きられるはずの無辜の人々が死ぬでしょうか?
もしかしたら、風が吹けば桶屋が儲かる、的な、バタフライ・エフェクトによって、死ぬ人種が発生するのかもしれませんが……。
私は、現在のサウス大陸の状況は、一分一秒を争うような事態ではないと捉えています。
それに、実際にサウス大陸の人々から……早くしろ……などという催促が来たら、私は、すぐ奪還作戦を中止して【ドラゴニーア】に帰りますよ。
ゲームマスターの職務上の意思決定に、運営側ではない誰かが介入して来るなんて、とても是認出来ませんからね。
「ディエチよ、これに、タルタルソースをかけて欲しいのじゃ」
ソフィアが甘えた声で言いました。
すぐに、ディエチが【宝物庫】から瓶入りのタルタルソースを取り出して、ソフィアの料理にかけてあげます。
オラクルとディエチは、ソフィアの背後に控えていました。
ソフィアの場合、食事時には、色々と世話を焼いてあげる人がいないと、周りが汚れたり、お行儀的にも、色々と酷い有様になりますので……。
その点、ファヴは、きちんとテーブルマナーを心得ています。
私なんかより、はるかに上品にナイフやフォークなどを使いこなして、美しく食事をしていました。
ファヴの背後にも、昨夜、私が内職で造った、新しい【自動人形】・シグニチャー・エディションが控えています。
ファヴの【自動人形】は、ウンディチという個体名で、ディエチと同じく、執事役。
しかし、ソフィアの身の回りの世話を第一としてプログラムされているディエチとは異なり、ウンディチは秘書官的な役割を果たす目的としてプログラムされています。
これは、ファヴからの要望でした。
まあ、ファヴは、ソフィアと違って世話に手がかかりませんので……。
「ファヴ様、先ほど頂いた。憲法草案は非の打ち所がないものだと思えます。このまま【パラディーゾ】の新憲法として制定致しましょう」
ローズマリーさんが、昨晩遅くまでファヴが書き付けていた文書の束を出して言いました。
「いいえ、これは参考資料に過ぎません。これは【ドラゴニーア】の憲法と【パラディーゾ】の旧憲法を併せただけのモノで、現在の【パラディーゾ】の現実に即しているのか、甚だ疑問です。これは、あくまでも参考資料として、人種が新憲法を自分達で創るべきです」
ファヴは、キッパリとした口調で断言します。
「畏まりました」
ローズマリーさんは、言いました。
「ソフィアお姉様に頼んで、【ドラゴニーア】の大神官アルフォンシーナ殿から、指導をして頂けるように、お願いしてあります。ローズマリーとスカーレットは、明日から、【ドラゴニーア】に向かい、しばらく研修して来ると良いでしょう。アルフォンシーナ殿は、在位800年。現在、為政者としては、世界最長の在位期間を誇る人物です。英雄大消失以来、世界各国の文明が大きく衰退した中、【ドラゴニーア】は、多くの旧文明の知識や技術を維持しています。それは、至高の叡智を持つソフィアお姉様と、英明なるアルフォンシーナ殿の、努力と才知があればこそです。2人は、【パラディーゾ】とサウス大陸の為に、竜都【ドラゴニーア】で、たくさん、学んで来て下さい」
ファヴが言います。
「畏まりました」
ローズマリーさんが言いました。
「喜んで仰せのままに致します」
スカーレットさんは言います。
どうやら、ファヴが直接伝えたかった話は、これなのでしょう。
この世界では、守護竜に仕える役職の事を、使徒、と総称しました。
使徒には、各大陸ごとに【女神官】や【巫女】などと個別の呼び名があります。
サウス大陸の使徒組織の構成は、セントラル大陸とは、少し違っていました。
セントラル大陸では、【神竜】に仕える使徒は原則として女性のみ。
主神殿である竜都【ドラゴニーア】の竜城で修行を積み、【高位女神官】に昇った者は竜城に残り、【高位女神官】に昇れなかった者達の中から、指導力や事務処理能力などの適性が高い者達が地方の神殿長として派遣される仕組みです。
サウス大陸では、【パラディーゾ】の中央塔で使徒組織の中枢を占めるのは、ローズマリーさんを始めとした【巫女】達。
地方の塔に所属するのは、男性聖職者達なのです。
私とソフィアに……死んでも構わないから【パラディーゾ】に連れて行って欲しい……と懇願して迷惑をかけてくれた男性聖職者達は、この役職の者達。
サウス大陸の男性聖職者達は、【僧侶】や【修道士】の職種持ちがいましたが、魔法詠唱が行えない者も、たくさんいました。
これは、【ドラゴニーア】のように、使徒達の育成システムが確立していないから、なのでしょう。
こうした使徒育成システムを学ぶ事も、ローズマリーさんとスカーレットさんが【ドラゴニーア】に研修に赴く理由なのです。
使徒が女性だけ、あるいは、中枢に務めるのが女性だけ、などという慣習に関して、私は、ゲームマスターとして、男女雇用機会の均等をせよ、などと言うつもりはありません。
信仰や伝統や文化に類する事は、コミュニティの多数が支持している限りにおいて、平等という枠に無理やり嵌めるのは如何なモノか、と思います。
ゲームマスターの遵守条項にも、個人や社会の、思想・信条・信仰・通念・伝統・文化などには、可能な限り干渉しないように、と明示されていますしね。
行き過ぎた平等主義は、逆に多様性を奪う事になるからです。
何かで読んだのですが。
多様性には、言語定義的には、絶対的多様性と多元的多様性が存在しているそうです。
絶対的多様性とは、多様性を阻害するモノは、全て排除する、という考え方。
多元的多様性とは、画一的なモノも多様性の構成要素の一部と捉え、大きな多様性の中に内包する、という考え方。
絶対的多様性は、一神教的、統制主義的、理想主義的。
多元的多様性は、多神教的、自由主義的、現実主義的。
確か、こんな解釈だったはずです。
絶対的多様性は、共産主義の基本原則であり、多元的多様性は、自由主義の基本原則であるのだ、とか。
難しい政治哲学の話は、私にはよくわからないですが、私は、諸々の問題はあるにせよ、日本の社会が好きでした。
なので、どちらかを選べと言われたら、私なら、迷わず多元的多様性を支持しますね。
・・・
食後。
私達は、千年要塞に【転移】しました。
昨日の買取査定の結果を確認します。
私……コアと肉以外の部位の買取で45万金貨(450億円相当)。
ソフィア……コアと肉以外の部位の買取で219万金貨(2190億円相当)。
オラクル……コアと肉以外の部位の買取で69万金貨(690億円相当)。
ファヴ……コア以外の部位の買取で336万金貨(3360億円相当)。
ファヴは、当初、私達と同じように、肉は【ドラゴニーア】の騎竜繁用施設に寄付する、と申し出てくれたのですが、ファヴは、セントラル大陸の守護竜ではないので、と断りました。
それに、守護竜だって、何かの時に個人として使える資金を持っていた方が良いと思います。
現在の保有現金は、というと。
私……685万金貨(6850億円相当)。
ソフィア……959万金貨(9590億円相当)。
オラクル……319万金貨(3190億円相当)。
ファヴ……336万金貨(3360億円相当)。
もう、大金過ぎて、感想もありませんね。
私達は、千年要塞の転移座標部屋から、【ダイアモンドブルク】に【転移】しました。
・・・
私達は、気合いも新たに南方へ向けて進軍を開始します。
魔物が、相当、濃くなり始めました。
明らかに、【パラディーゾ】の北側より、南側の方が、魔物が多いのです。
スタンピードを継続している遺跡に近い為なのでしょう。
ほどなくして、ファヴの【神位結界】の外に出ました。
「ソフィア、ファヴ、オラクル。ここからは【神位結界】の外です。魔物の脅威度が跳ね上がりますから、気を引き締めて行きますよ」
一同は頷きます。
私達は、向かって来る魔物を蹴散らしながら進軍しました。
私とソフィアには、あまり影響はありませんが、ファヴは【超位】の魔物を一撃で仕留めきれない事が発生し始めます。
オラクルの攻撃に至っては、攻撃が、牽制の意味合いしかなくなってしまいました。
やはり、【神位結界】の恩恵は大きいですね。
しかし、私達は、地力が違います。
多少、魔物が強くなったところで、誤差の範囲。
さしたる問題はありません。
私達は、【大鉱脈】に到着しました。
・・・
世界中の鉱山の中で、特定スポーン・エリアに設定されているのは、五ヶ所。
セントラル大陸の【ピアルス山脈】。
オリハルコンなどを産出します。
イースト大陸の【霊山】。
ヒヒイロカネなどを産出します。
ウエスト大陸の【ルピナス山脈】。
魔法水晶などを産出します。
サウス大陸の【大鉱脈】。
アダマンタイトやダイアモンドなどを産出します。
ノース大陸の【暗い穴】。
ミスリル鉱などを産出します。
五ヶ所は、五大鉱脈と呼ばれていました。
この世界には、五大鉱脈以外にも、もちろん鉱山・鉱脈はありますが、この五ヶ所には、周期スポーンが発生する他に、あるギミックが設定されている為、非常に重要な場所なのです。
五大鉱脈では、採掘された鉱物が、自動的に回復しました。
つまり無限資源。
オリハルコン、ヒヒイロカネ、魔法水晶、アダマンタイト、ダイアモンド、ミスリル鉱の他にも、金銀銅鉄などの多様な鉱物も指定領域内に存在する資源は全て、自動的に回復するのです。
とはいえ、翌日には元通り、などという訳ではありません。
一度掘り尽くした鉱床や鉱脈は、百年単位で、ゆっくりと元に戻っていくのです。
私達は、地上の【掘削車】の整備施設に向かいました。
【掘削車】の確保が【大鉱脈】を訪れた目的なのですから。
私は、【収納】に【掘削車】を回収して行きます。
ファヴが、サウス大陸の守護竜として、私が【収納】にしまった台数を確認し記録しました。
私が、確保した数の証人となってもらいます。
私は【調停者】なので、私が台数を申告すれば、それに異を唱える者は、いないのだそうですが、それはそれ。
私は、こういう事は、キッチリしたい性質ですので。
ファヴが確認した台数を元に、私は、【パラディーゾ】の国庫に対価を支払います。
・・・
私達は、【大鉱脈】内部の主坑道を歩いていました。
ソフィアが特定スポーン・エリアで、ボス戦に挑みたい、と言った為です。
まあ、それも良いでしょう。
主坑道は、ゲーム開発時点から存在する初期構造物なので、内部は不滅。
従って、落盤や浸水、有毒ガスの発生などは起こりません。
主坑道の内部は、円形にくり抜かれた、巨大で滑らかな壁面です。
シールド工法で掘られた巨大なトンネルみたいでした。
主坑道の左右に等間隔で横穴への入口となる部分があり、その先は支坑道。
支坑道を鉱夫達が、【掘削車】で掘り進む訳です。
私達が歩く主坑道には、900年の歳月で、すっかり鉱物が回復していました。
支坑道は完全に埋没しています。
回復した鉱物に押し出される格好となり、主坑道に放置されている【掘削車】を、私は次々に回収しました。
数は、50台程度を私が買取り、残りは、【修復】をかけて、整備施設に置いて帰るつもりです。
50台もあれば、世界の主要都市全てに製薬工場を造っても余りが出ますからね。
それ以上はいりません。
それに、全てを買う資金もありませんし、サウス大陸解放後に、鉱山の操業を再開する時に、【掘削車】がなければ困るでしょう。
主坑道に、魔物はスポーンしない設定ですが、深部から、魔物が上がって来るので、案外、魔物の数が多いですね。
さしずめ、小さなダンジョンのようになってしまっています。
とはいえ、ダンジョンとは違い、迷路設定はないので、サクサクと進んで行きました。
出現する魔物は、【王モグラ】、【ワーム】などが多く、【岩石竜】と【鉱石竜】などともエンカウントします。
かなりの長距離を進むと、急に広大な空間に出ました。
「着きました。ここがスポーン・エリアです」
特定スポーン・エリアの中央には、【鉱石竜】の彫像が置いてありました。
「念の為、オラクルは、私の【収納】に入っていて下さい。戦闘が終わったら、また、すぐ出してあげますからね」
「畏まりました。皆さま、ご武運を……」
私は、オラクルを【収納】にしまいます。
さてと、やっつけますか。
既に、ソフィアは、【クワイタス】をグルグル回して、準備万端。
ファヴも、【クルセイダー】を構えます。
「死体をなるべく綺麗に維持して倒して下さい」
「うむ。【神竜の斬撃】で、首を一刀両断なのじゃ」
「ソフィアお姉様。僕は収束ブレスで援護します」
「うむ。背中を預けるのじゃ」
「では、行きますよ」
私達は、スポーン・エリアに足を踏み入れました。
すると、その場に巨大な【不滅の結界】が張られ、巨大なバトルフィールドが形成されます。
このバトルフィールドは、私達か、エリア・ボスらか、どちらか一方の陣営が全滅するまで解除されません。
まさに、逃げ場のない決闘場です。
20頭の【鉱石竜】がスポーンしました。
ソフィアが突撃して、瞬時に4頭を斬り捨てます。
ファヴが収束ブレスで、援護。
「復活する?」
ファヴが驚きの声を上げました。
「ボスを仕留めねば眷属を補充するのじゃ。【魔力探知】を使うのじゃ。魔力反応が一際高い個体がおるじゃろう?あやつがボスじゃ」
ソフィアが、私から教わった設定を、さも自分の知識のようにして、ファヴに伝えます。
「わかりました」
ファヴは、応えました。
「待って下さい」
私は、ソフィアとファヴを制止します。
「何故じゃ?」
「何故です?」
「素材回収をしましょう。エリア・ボスは、最大99頭まで眷属を補充します。なので、眷属を全滅させて、それから、ボスを仕留めましょう。今回は、スピードより、最大成果を追求しましょう」
スポーン・エリアで、強制エンカウントを行うと、その刺激で、バトルフィールドの周囲にも、たくさんの魔物が同時スポーンしました。
この現象により、【青の淵】で、ソフィアがスポーン・エリアに誤って入ってしまった際、多くの【竜】や【翼竜】が周辺に拡散し、危うく【センチュリオン】に被害を出しかけたのです。
しかし、この周囲は無人の領域ノーマンズ・ランド。
人的被害が出る心配がないので、慌てる必要はありません。
せっかくですから、119頭の【古代竜】を丸っと討伐・回収してやりましょう。
「なるほどの。わかったのじゃ」
「わかりました」
・・・
戦闘は、僅か10分ほどで、終了。
私達は、全く問題なく、合計119頭の【鉱石竜】を討伐しました。
眷属が補充されるとはいえ、バトルフィールド内で同時に存在出来る【古代竜】は、20頭だけ。
たかが20頭の【鉱石竜】など、ゲームマスターと、【神竜】と守護竜のチームにかかれば、全く問題にもなりません。
文字通り、歯牙にも掛けませんよ。
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