第1095話。過激な大神官。
【竜城】の大広間。
【高位女神官】のジャンヌ・ラ・ピュセルは、へたり込みました。
彼女は【黒の結社】のスパイである事がゲームマスター本部と【竜城】の上層部には知られていましたが、【黒の結社】側の情報を得る為に泳がされていたのです。
しかし、たった今ソフィアの口からジャンヌ・ラ・ピュセルがスパイである事がバレていた事が宣告されました。
同時に彼女には【竜城】から私のプライベート・代理人事務所への転属辞令が出されたのです。
これは【神竜】からの神命でした。
つまり、ジャンヌ・ラ・ピュセルには拒否権はありません。
ジャンヌ・ラ・ピュセルは茫然自失あるいは顔面蒼白という様子で項垂れ焦点が定まらない視線で床の一点を眺めていました。
「ジャンヌよ。まあ、座れ。そして朝ご飯を食べるのじゃ。其方は今頭の中で取り留めもない思考がグルグル駆け巡っておるか、あるいは何も考えられない状況じゃろうが、何も失うモノはないのじゃ。既にアルフォンシーナと、其方が所属する【黒の結社】穏健派【サエクラリス】の代表者達と、同じく【黒の結社】穏健派【プロテスターリ】指導者イェフーダー・イシュ・カリヨトは緊密に連絡を取り合い、双方の間で諸々の取り決めや交渉が行われておる。司法取引が成立するかどうかは、今後の推移を見守らなければならぬが、いずれにしろ現時点で其方が【黒の結社】のスパイとして摘発を受けたところで、それを原因として新たに【黒の結社】の穏健派から処罰される者は出ぬのじゃ。其方の身柄も【調停者】たるノヒトが悪いようにはせぬ。じゃから、これ以上何も心配するような事は起こりはせぬのじゃ。安心せよ」
ソフィアは言います。
「過激派の【オルトドクソス】と【ウニヴァルサーレ】は世界各国で一斉摘発が行われ事実上瓦解し、更に逃亡犯も必ず見つけ出して完全に叩き潰しますが、この両宗派は、あなたが秘密メンバーになっている【サエクラリス】や協力関係にある【プロテスターリ】とは敵対する組織なので問題はありませんよね?」
アルフォンシーナさんは言いました。
「全てをご存知なのですか?」
ジャンヌ・ラ・ピュセルは訊ねます。
「全てというのが何を意味するのかわかりませんが、およそ【オルトドクソス】と【ウニヴァルサーレ】が現在までに計画していた事の大半は調べが付いています。一斉摘発で身柄が拘束された【オルトドクソス】と【ウニヴァルサーレ】のメンバーの取り調べが各国の司法当局によって行われていますので、新たな情報があるかもしれませんが……」
「では【オルトドクソス】によって行われた【ガレリア共和国】のテロについてもご存知なのですね?」
!
「【ガレリア共和国】のテロとは、【マッサリア】の無差別同時多数爆破テロ事件ですか?」
私は訊ねました。
「はい。あのテロは事前に情報が掴めず阻止出来ませんでした」
「何と!ノヒトは事件発生直後から【黒の結社】の関与を疑っておったが、あの爆破テロの犯人は、やはり【黒の結社】じゃったか……」
ソフィアが言います。
「何故、【黒の結社】……いいえ、【オルトドクソス】なる組織は【マッサリア】でテロを起こしたのですか?人出が少ない早朝を狙い犯行声明もなし、意図がわかりません」
「私もハッキリした事はわかりません。ただし【オルトドクソス】は確かに過激派でしたが、どちらかと言えば、長い時間を掛けて工作員を主権国家の中枢に浸透させて政治体制そのものに影響を及ぼそうと考えるような政治工作を好んで行う宗派なので、【マッサリア】の件は、私達【黒の結社】の内部の者からも疑問視されているのです。ああいうテロを行うのは、基本的には【ウニヴァルサーレ】の方だったのです。なので意図や動機は私にもわかりません」
ジャンヌ・ラ・ピュセルは説明しました。
「そうですか……」
「ノヒト様、ソフィア様。もしも御二方のお許しが頂けるなら、現在我が国が拘束している【オルトドクソス】のメンバーに特殊な取り調べ手法を用いて喋らせますが?」
アルフォンシーナさんが言います。
「拷問や自白剤や【眷属化】か?それらは一応違法の筈じゃがのう……」
ソフィアが言いました。
「お食事の席ですので特殊な取り調べ手法とだけ申し上げておきます。そして、国家の安全保障に関わる緊急時には、事前にソフィア様のご許可を頂き、事後に元老院による承認があれば、【ドラゴニーア】の国内法上は一応適法扱いには出来ます」
アルフォンシーナさんは微笑みます。
おっかないですね。
「【眷属化】は何者かが先んじて敵対行動や攻撃を仕掛けて来た場合、反撃の一環あるいは延長として行われる場合には【世界の理】的には、一応セーフです。なので好ましいかどうかは別として、今回のケースでは【オルトドクソス】のメンバーが【ドラゴニーア】で何らかの違法行為を行っていたのであれば【ドラゴニーア】に敵対行動を取ったという解釈が可能で【眷属化】も【世界の理】には反しません。主権国家の司法当局による拷問や自白剤の使用は、【世界の理】に違反していなければ、私が関知する問題ではありませんので、良いとも悪いとも明言しません」
「アルフォンシーナよ。それが必要ならば、やれ」
ソフィアが許可を与えました。
「畏まりました」
アルフォンシーナさんは頷きます。
「マイ・マスター。私も何かの時の備えとして【眷属化】を覚えたいのですが?」
トリニティが言いました。
「トリニティは【魔人】ですから【眷属化】の使用適性がありますね。魔法制御のやり方はパスを通じて教えられます。ただし【眷属化】は対象の脳に自分の血液などの細胞組織を送り込む必要があるのですが、私はゲームマスターの無敵仕様で出血しませんし、細胞組織も肉体から乖離しないので具体的な方法をやって見せる事が出来ません。機会があれば、グレモリーかノートに実演してもらいましょう」
「ありがとうございます」
「発言をしても宜しいでしょうか?」
ジャンヌ・ラ・ピュセルが訊ねます。
「うむ。言ってみよ」
ソフィアが許可を与えました。
「恐れながら教えて頂きたいのですが……私の連絡員達は、どうなるのでしょうか?」
「リミージョことバルテレミー、シジモンドことカジミールに関しては、知り得る事を全て供述し、過激派【オルトドクソス】と【ウニヴァルサーレ】の摘発に協力し、今後の裁判でも検察側の証人として証言を行う事を【契約】したので司法取引が成立し、関連の裁判が終了すれば新しい名前と顔と戸籍を与えて釈放されます。ジェルヴァージオことデュバリエに関しては【ウニヴァルサーレ】の二重スパイで司法取引を一切拒否しているので厳罰に処されるでしょう」
アルフォンシーナさんが説明します。
「二重スパイ?デュバリエが裏切っていたなんて、そんな……」
「まあ、スパイの業界では良くある事じゃ。じゃから、スパイを使って情報を得るのは良いが、スパイに重要な情報を与えてはならん」
ソフィアが言いました。
「ソフィア。せっかくの朝ご飯が冷めてしまいますので、話の続きは後でも良いですか?」
「うむ。我も納豆卵掛けご飯をお代わりじゃ。ジャンヌもテーブルに着いて食べよ。その食事は其方の分じゃ。せっかく料理を用意したのじゃから、無駄にするでない」
ソフィアが言います。
「しかし、私はソフィア様を裏切っていた背神者でございます。皆々様とテーブルをご一緒するなど滅相もない事でございます」
ジャンヌ・ラ・ピュセルは恐縮しました。
「や〜かましいっ!これは命令じゃ。其方は、もはやノヒト預かりの身。ノヒトの庇護下にある者であれば、【竜城】としては食事の準備をせざるを得ぬ。其方は、つべこべ言わず食べれば良いのじゃ」
「か、畏まりました」
ジャンヌ・ラ・ピュセルが席に着いて慌てて食事を始めます。
きっと、味なんかしないでしょうね。
さてと気分を改めて朝食を頂きましょうか。
私がお願いしていた今朝のメニューは、もちろん和食(【タカマガハラ皇国】料理)。
ご飯、味噌汁、納豆、漬物、卵焼き、焼き魚、サラダ。
旅館定番の朝食、あるいは牛丼屋の朝定食というスタイルでした。
トリニティとカルネディアは洋食パターンを選んでいます。
フェリシテは好みが良くわからなかったので、とりあえずカルネディアと同じ物にしました。
和食は好みが分かれるメニューがありますからね。
特に納豆とか。
私が好むネギ多めカラシ多めの納豆ご飯は、ウエスト大陸辺りの食文化では殆どゲテモノ扱いらしいです。
カルネディアは納豆が大丈夫でした。
というか、カルネディアが大丈夫ではない料理って今まで何もなかったような……。
まあ、カルネディアはサバイバル生活で食べられるモノは何でも食べていました。
それこそ死なない程度の多少の毒物なら我慢して食べるというような食生活だったようです。
健康診断をしたら、カルネディアは寄生虫とかも結構持っていましたし……。
もちろん今の彼女は私の魔法でクリーンな状態です。
なので私は、これからはカルネディアが食べたいと言った食べ物は、どんなに高級なモノでも食べさせてあげたいと思っていました。
健康に悪いモノと昆虫系は除きますけれどね。
さすがに身の回りでカルネディアが、スナック感覚で昆虫をバリバリ食べるのとかを見ていてSAN値が正常を保てる気がしません。
森でのサバイバルでカルネディアは、昆虫系を結構な高頻度で食していたそうですが……。
芋虫とかは狙って捕まえていたのだとか。
高タンパク食らしいですからね。
はっ……食事中に想像するような事ではありません。
いかん、いかん、今のはなかった事に。
・・・
食後。
「……という訳で、ジャンヌ。あなたには、カルネディアの保護者代理という役割を担ってもらいます」
私はジャンヌ・ラ・ピュセルの今後について決定事項を伝えました。
「畏まりました」
ジャンヌ・ラ・ピュセルは即座に従います。
「ノヒト。という訳とは、どういう訳じゃ?」
ソフィアが訊ねました。
「ですから食事の前にしていた……ジャンヌの身柄を私が預かり、プライベート・代理人事務所に転属させる……という話の続きです」
「お〜、そういう訳か。わかったのじゃ」
ソフィアは……ポンッ……と握った手で反対の手の平を打ちます
「この場で、私とミネルヴァとトリニティとカルネディア、フェリシテ、それから、あなたの直属の上席者になる予定のユーリアへの絶対の忠誠を【誓約】して下さい」
「畏まりました。ノヒト様、ミネルヴァ様、トリニティ様、カルネディア様、フェリシテ様、ユーリア様に絶対の忠誠をお誓い申し上げます。【誓約】」
ジャンヌ・ラ・ピュセルは言われた通りに【誓約】しました。
もはやジャンヌ・ラ・ピュセルは完璧に心が折られているので、私達の決定に疑問を差し挟む余地すらないのかもしれません。
「結構。では、後の説明はミネルヴァから受けて下さい。後で【ワールド・コア・ルーム】に送らせます」
「畏まりました」
「アルフォンシーナさん。【ドゥーム】から連れて来た人化能力を獲得した11体の【古代・グリフォン】と【古代竜】の【フラテッリ】という子達がいます。彼女達をカルネディアと一緒に国立学校に通わせたいのです。【ドゥーム】でミネルヴァの分離体であるカプタが厳しく教育したので社会性と、【敵性個体】ではない他者に対する力の制御は行えるとの事です。その上で、ダメージと攻撃威力値が0になる【神の遺物】の【パンダの着ぐるみ】を着せて学校では過ごさせますので、他所のお子さん達に危害を加えたりする事はなく安全です。受け入れてもらえますか?」
「ノヒト様とカプタ(ミネルヴァ)様が安全性を担保して下さるのでしたら問題ありません。私としては【パンダの着ぐるみ】もなくて良いと思います」
アルフォンシーナさんは言います。
「大丈夫ですか?カプタ(ミネルヴァ)も……【フラテッリ】に力の制御に関しては厳しく教育して、過去に【ドゥーム】で味方陣営を傷付けた事はないので【パンダの着ぐるみ】は必要ない……と断言していましたが、他の生徒さんの保護者の方達から反対があるのではありませんか?」
「程度問題だと思います。国立学校の児童、生徒、学生は才能を持つ子供が多くいます。特に魔力量が多かったり、魔法制御能力が高い子供達は入学に優利になります。その傾向は低学年程顕著になります。つまり、低学年で高い魔法適性を持ち攻撃魔法を使える児童が、もしも校内で魔法を不適切に行使すれば当然怪我人が出る可能性がありますし、下手をすれば死者も出るかもしれません。残念ながら【ドラゴニーア】の国立学校では、歴史的にそういう痛ましい事故や事件も何度か発生しています。児童の保護者は、それを了解して子供を国立学校に通わせています。大半の保護者は……まさか自分の子供は、そのような事故や事件には巻き込まれないだろう……と考えていると思いますが、少なくとも保護者は、そういった事故や事件が起きる可能性を了解する誓約書を書いています。つまり、他の児童や生徒や学生に怪我をさせたり、最悪の場合死なせてしまうような可能性は、【古代・グリフォン】や【古代竜】に関係なく起こり得ます。つまりは初めに申し上げた通り、程度問題。世界の管理神たるミネルヴァ様の分離体であるカプタ様が安全だと断言なさるなら、私は問題ないと思います。むしろ、そんな事を問題視して騒ぎ立てる保護者がいるなら、子供を国立学校から公立や私立に転校させれば良いだけの事。国立学校は、国家の中枢を担う人材を育成する目的で存在しています。子供を甘やかしたり、保護者の顔色を伺うような類の学校ではありません。もちろん事故や事件は起きないに越した事はありませんけれども」
アルフォンシーナさんはニッコリと微笑みながら言いました。
あ、そう。
まあ、理屈としては、そうかもしれませんが……。
私も程度問題主義者ですが、私の許容する程度とアルフォンシーナさんの許容する程度は、随分と差があるような……。
私は軟弱なのでしょうか?
【ドラゴニーア】は他国を圧倒する経済大国なので、国家予算比として軍事費の割合が大した事がないように錯覚してしまいがちですが、実は【ドラゴニーア】の軍事費は1国で全世界の半分以上を占めています。
つまり金額だけで言えば【ドラゴニーア】は圧倒的世界最強の軍事国家でした。
そして【ドラゴニーア】の兵士は……訓練より実戦の方が楽だ……と言い放つくらいの戦闘狂ばかり。
そんなバッキバキの軍事国家である【ドラゴニーア】の大神官は軍の最高司令官も兼ねています。
なので、アルフォンシーナさんは、私なんかより遥かに腹が据っているのですね。
むしろ、ソフィアの方が……他の子供の保護者の手前、【フラテッリ】に【パンダの着ぐるみ】を着せれば安心……というアルフォンシーナさんより穏当で保守的な発言をしていたくらいです。
ソフィアよりアルフォンシーナさんの方が過激だとは……。
ジャンヌ・ラ・ピュセルの処遇の件でも、ソフィアは助命を願っていましたが、アルフォンシーナさんは当初処刑を強硬に意見具申したそうです。
いつもニコニコと鉄壁の微笑みをたたえていますが、色々な逸話を聞くとアルフォンシーナさんて実は滅茶苦茶おっかない人らしいのですよね。
兎にも角にも、結局アルフォンシーナさんの判断で……【フラテッリ】の【パンダの着ぐるみ】はなし……という事に決まりました。
もちろん、事故や事件が起こらないように、【フラテッリ】には【契約】で行動制限を掛けますけれどね。
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